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2008年2月12日 (火)

ランケの歴史哲学

ランケの「世界史の流れ」(ちくま学芸文庫)は、

1854年秋に
バイエルン王マクシミリアン2世の要請により、

ローマよりランケの時代までのヨーロッパ史の概略
を、講義した講義録です。


   ランケ 生没年 1795~1886 享年 90才 


その講義の冒頭に、ランケは、
序論として 自らの歴史哲学 を 述べています。

この講義内容 は、
多分に ヘーゲル を 意識したもの と 思われますので、

学問好きの マクシミリアン2世 が、

ヘーゲルの歴史哲学 と ランケのそれ との違い を
質問される前 に、講義の冒頭 で 述べたのだろう
と、推察しています。


解説の 佐藤真一先生 によると、

ランケ は、
「真の理論 は、事実認識 の うちにある」として、

「歴史叙述の形 をとって 間接的に 語っている」ので、

このように
ランケの歴史観 が 論じられているのは 貴重である
と、述べておられます。


ランケが、
ヘーゲル歴史哲学 を どのように 評価していたのか、
興味深いものが ありますので、

その記述 を 抜書きして、ご紹介したい と 思います。



<ランケ の 歴史哲学>


1.歴史における進歩の概念 を、
  どのように考えるべきであろうか

  全人類は、原始状態から
  一定の確かな目標 に 向かって 発展してし続けてきた、
  と、仮定するならば、

  2つの考え方 が、可能である。

  ① 全てを導く 一つの「意思」 が あって、

    人類の発展 を、
    一つの点 から 他の点 へ 推し進める 

  ② 人類には、
    何か 「精神的な特質」 が あり、
    必然的に 一定の目標 に向け、駆り立てる

  の、いずれかであろう。


  私(ランケ)は、
  この二つの考え方は、

  哲学的にも 成り立たないし、
  歴史的にも 実証できないとしたい。


  ①の場合は、

  人間の自由 は、完全に破棄され、
  人間は、
  意志のない道具 に されているから


  ②の場合は、

  人間は、
  全く「神」であるか、(又は)「無」であるか、
  で なければ ならないから。


  更に、

  この考えは、
  歴史的にも 実証されえない。


  ① 第一 に、

    人類 の 多くの部分 が、

    現在もなお
    原始的状態であり、出発点そのままであるので、


    「進歩」とは 何か、
    「人類の進歩」は、どの点に認められるのか、

    との疑問 が、起こってくる。


    確かに、

    ラテン的、ゲルマン的民族には、
    偉大な歴史的発展の諸要素 が 定着している。

    そこには、
    段階的に発展する 精神的な力 が 存在する。


    歴史には、

    全て、
    人間精神の歴史的な力 というべきもの が あることは
    否定できない。

    それは、
    原始時代に起こされ、
    ある種の恒常性 をもって 続けられている
    一つの運動 である。


    しかし、

    この普遍史的な運動 に 参加しているのは、
    全人類中 の 一系統 にすぎない。


    しかも、

    この歴史的な運動 に 加わっている 諸民族 が、
    一般的に、
    絶えず進歩しつつある と、みなすことは できない。


    例えば、

    アジアにおける 歴史の運動 は、
    むしろ逆行的だった。


    アジア文化 は、

    最古の時期 が 一番盛んであり、

    ギリシア的要素 や ローマ的要素 が 優勢であった
    第二、第三の時期 は、
    もはやそれほどたいしたものではなく、

    蛮族(蒙古族)の侵入 と 共に、
    全く 終わりを つげてしまった。


    (注) アジア とは、
       小アジア(現在のトルコ)を指すものと思われます。


    進歩の概念 は、

    地理学の上からも 確認されえない。


    ピョートル大帝のように、

    文化は、地球を一回りする。 
    即ち、
    東方から始まって、再び東方に戻るのだ、
    と、主張するものがあるとすると、

    私(ランケ)は、

    初めから
    それに、反対 を 唱えなければならない。



  ② 第二の誤謬 は、

    幾世紀にもわたる 進歩的発展 が、

    あたかも、
    人間の知識や能力 の 全部門 を、

    同時に 包んでいたかのように
    考えることである。


    例として、一つ上げると、

    近世において、
    美術 は、

    15世紀と16世紀の前半 に
    もっとも栄えたが、

    反対に、
    17世紀末と18世紀の四分の三の時期には、
    極度に衰えた。


    このように、

    地理学的な考え を排し、

    諸民族の発展 を、

    はじめから
    必ずしも 一切の分野 に 及ぶことなく
    滅亡することがありうる、

    という点を、
    認めなければならないとすると、

    およそ、
    人類の継続的運動の本質は 何であるか
    が、明らかになろう。


    それは、

    人類を支配する 偉大な精神的諸傾向 が、

    あるときには、
    相(あい)分かれて 現れ、

    また あるときには、
    相(あい)連なっている

    という事実 に、基づいている。


    しかし、

    これらの諸傾向の中には、
    いつも 一定の特別なもの があり、

    それが、
    特に 強く働き、

    ために、
    他のものが目立たない。


    例えば、

    16世紀後半には、

    宗教的なものが、圧倒的 で あったため、
    文学的なものは、その背後に 退いていた。


    従って、

    人類の あらゆる時代には、
    一定の大きな傾向 が 現れる。


    そして、

    「進歩」 は、

    全ての時代 に
    人間精神 の 何らかの運動 が 表れ、

    あるときは、
    この傾向 を、

    また、あるときは、
    別の傾向 を 盛んにして、

    自らの姿を 顕著に示す という点に存する。


    上記の考え方と反対に、

    人類の生活が、
    時代を追って 向上する点に 「進歩」があり、

    どの時代も、
    その前の時代 を 完全に凌駕するもので、


    それ故に、

    一番あとの時代が、
    最も 優れている と、考えるのは、

    神の不公正 ということになろう。


    私(ランケ)は、
    次のように 主張したい。


    おのおのの時代 は、
    どれも 神に直接するもの であり、


    時代の価値 は、
    それから生まれるものに 基づくものではなく、

    「時代の存在 そのもの」
    「そのもの自体の中」 に、存する。


    これ故に、

    歴史の考察、
    歴史における 個体的生命の考察 が、
    独自の魅力を持つ。


    歴史家は、

    A.第一 に、

      人間が、

      一定の時代に

      どのように 考え、
      どのように 生きたか、

      に、注目せねばならない。

      そうすれば、
      永久不変の基本理念 は 別として、

      各時代が、

      それぞれ 特殊な傾向 や 固有の理想
      を 持つことが、明らかになる。

      しかしまた、

      各時代が、
      それ自身 それぞれの 権利と価値 を 持つ とはいえ、

      それから派生したものを、見逃してはならない。


    B.第二 に、

      個々の時代の間の 相違 をも、識別し、

      その連続関係 の 内的必然性
      を、考察せねばならない。


      そうすれば、

      この場合に、
      ある種の進歩 が あることは、否認できない。


      しかし、私(ランケ)は、

      この進歩が、
      直線に 進むものではない と、主張したい。



    あえて言うことが 許されるとしたら、

    神について、
    次のように考えたい。


    神の前には、
    時間というものが、存在しないから、

    神 は、

    歴史上の人類 を、
    全体的に見渡し、同じ価値を認めている。

    神の前においては、

    人類のどの時代も、
    全て平等の権利 を 持つものである。


    従って、歴史家も、

    問題 を
    このように見なければならない。



2.いわゆる 歴史における指導的理念 を
  どのように 見るべきであろうか。


  ヘーゲル学派 は、

  人類の歴史は、一つの論理の過程 のように、

  正ー反ー合 という形で、
  肯定 と 否定 という関係で、織り成されている、

  との見解を、打ち立てた。


  このような歴史の見方、

  即ち
  種々の 論理的範疇 に従って
  自己発展する精神 の このような過程 もまた、

  先に、
  我々が 退けたところに帰着する。


  このような(ヘーゲルの)見解に従うならば、

  ひとり、
  理念のみが、独自の生命 を 持ち、

  人間は、

  全て、
  この理念によってみたされた 影像 もしくは 幻影 に、
  すぎぬものになろう。


  世界精神が、

  いわば、
  詐術によって事件をひき起こし、

  あるいは

  自己の目的 を 達成する為に、
  人間の激情 を 利用する となす
  学説の基底には、

  神と人間 の 品位を
  著しく損なう考えが、潜んでいる。


  こういう説は、

  必然的に
  「汎神論」に 帰着するだけ である。


  即ち、

  人間は、
  神に なりつつあるもので、

  その本性に具わる 精神的過程 によって、
  自己自身 を 生み出す
  と いうのである。


  (注) 汎神論 ;

     全ての物体や概念・法則が、

     神の顕現であり、神性を持つ、
     あるいは
     神そのものである、

     という宗教観、哲学観

     (出所;「ウィキペディア」)


     万物は、神の現れであり、
     万物に、神が宿っており、
     一切が、神そのものである、 とする 宗教・哲学観。

     古くは、ウパニシャッドの思想、ストア学派の哲学、
     近代では、スピノザの哲学など。

     (出所;Yahoo 大辞泉)

 

 

 

  (注) ヘーゲル「歴史哲学講義」の最後の文章

     世界史とは、
     自由の概念の発展 に 他ならない。

     が、
     客観的な自由の表現たる 実在の法律 は、
     形式的なものにすぎぬ 偶然の意思の抑制
     を、要求します。

     客観的な法 そのものが、
     理性的であれば、

     人々の認識も、
     理性に ふさわしいものとなり、

     主観的自由も、
     社会に 不可欠の要素となります。

     ・・・・・・

     哲学の関心 は、
     自由の理念の発展過程 を 認識すること
     にあるのです。

     歴史に登場する民族が、次々と交替する中で、

     世界史が、

     そうした発展過程 を 辿り、
     そこで、
     精神 が 現実に 生成されていくこと

     ・・・・・

     それこそが、
     正真正銘の「弁神論」であり、

     歴史の中に、
     神の存在することを 証明する事実 です。


     理性的な洞察力 だけが、

     聖霊 と 世界史の現実 とを 和解させうるし、

     日々の歴史的事実 が、
     神なしには おこりえないということ、

     のみならず、
     「歴史的事実」が、

     その本質からして
     「神自らの作品」であることを 認識するのです。


     出所;ヘーゲル「歴史哲学講義 下」373㌻、374㌻
         (岩波文庫)


  (注) 弁神論;

 

     世界における 悪の存在 が、

     世界の創造者である 全能な神の善性 と、
     矛盾するものではないこと を 弁明しようとする
     神の弁護論。

     ライプニッツが、
     初めて 用いた語 で、

     著書「弁神論」において、
     体系的に論じた。神義論

      (出所;Yahoo 大辞泉)



  従って、私(ランケ)は、

  指導的理念を、
  各世紀における支配的傾向以外のもの と、考えることはできない。

  これらの傾向は、
  記述はできても、究極的に一つの概念にまとめることはできない。

  それ故に、歴史家は、
  各世紀の大きな傾向を分析し、

  これら種々の傾向の複合体にほかならぬところの
  人類の大きな歴史を示さなければならない。


  神の理念という立場からすれば、

  人類は、
  限りない発展の多様性を自らの中に蔵しており、

  それは、徐々に、
  しかも、我々の知らない法則にしたがって、
  人が考えるよりも 遥かに神秘的かつ偉大に、表れてくる、

  と、考えるほかない。


  「物質的なもの」に関係ある領域では、
  無条件の「進歩」が認められる。

  この方面では、
  非常な異変でもない限り、退歩と言うことは先ずおこりえない。

  ところが、
  「精神的な方面」では、「進歩」は認められない。

  道徳、宗教、哲学、政治学、歴史記述では、進歩はない。

  キリスト教とともに、真の道徳と宗教が現れて以来、
  この方面では進歩は起こりえない。

  プラトンのあとには、もはやプラトンは現れ得ない。
  シェリングが、プラトンを凌いだとは思えない。

  プラトンやアリストテレスが完成した最古の哲学で十分である。

  何びとも、
  ツキディデスより偉大な歴史家だと自負することはできない。




< マクシミリアン2世 の 質問 >

  神が、
  個人の自由な自己決定を妨げずに、全体として人類に何らかの目標を定め、

  人類は、
  強制的ではないにしても、その目標に向かって導かれていく、

  と、考えてはいけないだろうか。

< ランケ の 回答 >

  それは、歴史的に実証できない。
  「いつかは、一人の牧者と、一群の羊だけになろう」
  との聖書の言葉があるが、

  今までのところ、
  世界史の有力な動きとして証明されていない。



以上が、
ランケの序論の講義の抜書きです。


ランケの家系は、
祖父まではプロテスタントの牧師で、
ランケ自身も敬虔なプロテスタントであったと思われます。

歴史学に対して、
非常に近代的、科学的な姿勢であり、
まるで、20世紀後半の人物かと思わせますが、

最近
次のようなランケの言葉を知り、

神を信じていながら、
学問に関しては神から距離を置いたランケの姿勢に、
一層の敬意を感じています。

「全ての物事には、神聖なる定め が 存在する。
 我々人間は、その存在を 直接証明することはできないが、
 その存在を 感じることはできる。

 ・・・・・・

 摂理を 信ずること、
 それは、
 あらゆる信念のうちの 最高のもの、全ての信念の 実質をなす。

 その点で、
 私の心は 揺らぐことがない。」

1873年 ランケより息子へ

 (出所;「誠実という悪徳」8㌻)



追記 2020年1月25日 記述

 

ランケは、

戦前、歴史の第一人者 として
いろいろな著作が 翻訳されているようですが

最近は、影が薄くなった印象があり
「もっと評価されてしかるべき大歴史家では?」
と、少々残念な気がしています。

ランケを偉大な歴史家だと考えるからこそ
ヨーロッパ人特有の欠陥がきになり、

本書を読んだ機会に
ドンキホーテぶりを発揮して、ランケを含めた
ヨーロッパ人の歴史認識(歴史常識)についての疑問
を 記述したことがあります。

今でも、この点について、ランケ先生に質問できたらな
と、叶わぬ願いを持っていますので、
一度お読み頂いて、感想を コメントを頂ければ幸いです。 

ガリアは、ローマ文明を 灯し続けたのか?

 

以 上

 

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コメント

Neurosurgさん

コメントをいただきながら、
ご返事が遅くなり申し訳ございません。

ご質問の件について、
私には回答する能力も知識もありませんので、

ランケについての私なりの感想を述べさせていただき、
ご返事とさせていただきます。

ランケは、
神が歴史を導くと考えた、ヘーゲルの考え方とは
根本的に異なる と、考えておられたのではないでしょうか。

信仰は、神の導きにより 深めるもの ですが、
歴史は、人間の活動の集積 であり、
神が 導くと考えると、何でもありとなってしまい、

学問的(科学的)でなくなる
と、考えられたのだろう と 想像しています。

ランケは、
1873年 息子さんに、次の言葉を送っておられるそうです。

「全てのものごとには、神聖なる定めが存在する。
 われわれ人間は、その存在を直接証明することはできないが、
 その存在を感じることはできる。

 ・・・
 摂理を信ずること、
 それは、あらゆる信念のうちの最高のもの、
 全ての信念の実質をなす。

 その点で、私の心は、揺らぐことがない。」

(「誠実という悪徳」序の前のページ 現代思潮社新社)

 尚、「誠実という悪徳」は、E・H・カーの伝記です

多分、ランケは、
ヘーゲル同様 敬虔なキリスト教徒(プロテスタント)だったのでしょう。

それ故に、
ヘーゲルと異なり、

神への信仰 と、
人間の活動の集積である歴史を、

敢然 と 区別していたのだろう
と、想像しています。

ご参考までに、

私のランケへの疑問
(すべてのヨーロッパの歴史家への疑問です)を、

昔 ホームページに掲載しましたので、
ご覧いただければ幸いです。


ガリアは、ローマ文明を 灯し続けたのか?
http://chuuseishi.la.coocan.jp/080215.htm

投稿: かんりにん | 2021年5月17日 (月) 15時48分

拝読いたしました。
今、ランケの実証史学について調べております。

ランケとヘーゲルの対比が諸々の資料によく提示されますが、そもそもランケが実証史学を提唱した目的は、歴史を個体的生命の考察に重点を置いたことにあるというのが前提としてあるだけで、ヘーゲルと対比されるのはあくまでも結果論的なものなのでしょうか。
たまたま自分が求めていた歴史観が、ヘーゲルを含めそれまで大勢として存在した歴史哲学と異なっていた、ということなのですか。

投稿: Neurosurg | 2021年4月25日 (日) 19時14分

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