« パウロ・・・第3回 悲惨な歴史の淵源となった パウロの教え | トップページ | ヴェネツィア史は、コンスタンティノープルより見るとよく分かる »

2012年11月12日 (月)

2012年11月 民族、国家、積み重ねの歴史 についての 友人との対話

私のホームページの「積み重ねの歴史 と 繰り返しの歴史」を
お読み頂いた友人からご質問を頂きました。


「積み重ねの歴史 と 繰り返しの歴史」
http://chuuseishi.la.coocan.jp/070717.htm



友人からの質問

1.「〇〇人」の定義?(民族の定義とは?)

2.「〇〇国」の定義?(国の定義とは?)

3.長い歴史の中で、何が積み重ねられたり繰り返されるのか?
  つまるところ、その実体の核心?


ご参考までに、友人への回答をご紹介させて頂きます。



1.〇〇人の定義(民族の定義)について


まず、
「地球上に、純粋な(ピュアーな)民族というものは存在しない」
と、考えるべきだと思っています。

人類は、
地球上どこででも、移動を繰り返していますので、

何れの土地でも、
いくつもの民族が歴史を塗り重ねていったと考えています。



従い、
「民族とは何か」を、定義するとしたら、

「自分たちは〇〇人だとのアイデンティティーを持った人間の集団」
というのかな、と考えています。


アイデンティティーの内容は、
宗教、言語、その他色々ありますので、特定はしない方がよいと思います。


この定義だと、

国を持たない
or 持たなかった
バスク人、クルド人、ユダヤ人、ジプシー(ロマ)の人々も、

定義に入ってくると思います。


混血や戦争などで吸収された人々も、
長年その土地に住むにつれて、時間の経過と共に

その民族に同化していって、

アイデンティティーを持つようになったのだろうと思います。

同化しない人、アイデンティティーを持てない人は、
なんかのタイミングを見計らって、
別の地域に移住していったのだろうと思います。


また、後から来た民族が、支配者となって、
以前から住んでいる人々を同化し、融合していくことも多かったと思います。



私は、
このような民族同士の融合を、「つるぼ」のような感じを持っています。


例えば、
日本は、シベリアや朝鮮半島、更には、中国や南方から舟でやってきた人々が、
日本という「るつぼ」で同化して一つの民族を形成したのだろうと思います。


その後、
朝鮮半島から来た人々(天皇家の祖先、騎馬民族かも知れません)が、
西の方から徐々に征服していって、
日本という国の骨格を作ったのだろうと思います。


平安時代初期に、
太秦に秦氏という帰化人が住んでいたと日本史で学びましたが、
彼らは、天皇家が半島から連れてきた側近なのでしょう。



東方への征服活動は、
鎌倉時代初期 源頼朝の平泉の藤原氏征伐でとりあえず終わりました。

源頼朝が、征夷大将軍に任じられた、ということが、

まだ、この時点で
東方への征服活動が行われていた、
または、
意識されていたことの表れだと思います。



藤原氏征伐は、
弟の源義経の根拠を潰す為でしたが、

日本武尊の東方遠征から始まった、征服活動の終着点と見るのが、
大きな歴史感覚による見方だと思っています。


ですから、
北海道は、函館周辺を除いて、
江戸時代が終わるまで、中央政府の支配が及んでいませんでした。


また、
沖縄は、薩摩の島津家が征服しましたが、自治を保っていました。


これらが、明治以後日本に編入されたのです。

(注) 北海道と沖縄は、
    明治以前も、日本の領土でしたが、
    中央政府の行政は及んでいなかった、ということです。

    中央政府の行政が及んでいたかどうかを論じているのであって
    日本の領土であったかどうかを論じているのではないことに
    ご注意下さい。



北海道のアイヌ人は、

明治以後、大半が日本人に同化され、

同化されなかった人々が、少数残ってアイヌ人を名乗っています。

アイヌ人は、
鎌倉時代には、関東地方のも住んでいたそうで、
東方征服により征服され、同化された人々なのです。


沖縄は、
北海道と違って、明治以降、日本人が大量に移住しませんでしたから、

沖縄の人々は、日本人に支配されていると感じて、

左派勢力や中国などのエージェントに踊らされている人が出てきているのが、
今日この頃の状況だと思います。


沖縄の人々は、
フランスのブルターニュ人と似た性格の歴史経過を
持っている人々だと思います。



最近、政治の世界で、
民主党には、帰化した朝鮮人の議員が多いとか、
在日の人々が、民主党に影響力を行使していると話題になり、

その反動で、
反朝鮮、反韓国の動きも出てきていますが、


これらの朝鮮人も、
長い歴史の流れの中では、日本という「るつぼ」の中で、
同化吸収されていくだろうと思います。


ただ、短期的には、

韓国の、彼らを使って、日本を支配しようとか、
日本を思うように動かそうとする動きには、

それなりの対処は必要でしょう。

これは、
中国の沖縄に対する工作活動についても言えることです。





2.〇〇国の定義(国の定義)について


国家というものは、
長い歴史の中では 「もろいもの」「不確かなもの」
という感じがしています。



従い、定義するとしたら、
「ある政治権力が、支配し、統治している地域に対する通称」
と、言うことでしょうか。




我々は、
500年続いた国民国家の最期の局面の時期に、
生まれ育って40才ぐらいまで過ごしてきました。



ですから、
国家というものは、確固たるもののような印象を持っていますが、

実は、
「たが」が外れたらすぐ分解してして、
ばらばらになってしまう存在なのです。



これは、
冷戦終了後あっという間に崩壊した
ソ連を思い起こしていただければ、
すぐにご理解頂けると思います。



ヨーロッパで
500年間にわたって形成され継続してきた「国民国家」というものは、


歴史のある時期の一時的な産物であり、
国内に居住する 多様な民族を 「国民」として 認定した国家なのです。

国家 という スキーム の中で
色々な民族が 共存して「一つの国民」を 形成しているのです。

日本のように
自然発生的に 同一民族 が 国家(民族国家)を 形成したのではなく、

それなりの必然性 があったにしても
ある地域において 人為的に「国家というスキーム」を 形成したのが
国民国家なのです。



歴史が地域共同体から世界連邦への歩みを勧めていく内に、
分裂して、いくつもの部分に分解していく国民国家が、
いくつも生じるだろうと思っています。


チェコスロバキアが、そうですし、
ベルギーも、連邦になりました。

スコットランドがイングランドから分離するかどうかの投票が実施される
とのニュースが報じられています。

ブルターニュが、フランスから分離するかも知れませんし、
バスク人やクルド人も、独立し、
北イタリアが、アンブロシア共和国として独立するかも知れません。

このように、
地域共同体、ヨーロッパの場合はEUに、
直接つながりたいとの地方の意志が、

国民国家を分解させる力をもたらすのだろうと思います。


アジアにおいても、

多民族国家である中国の
共産党政権が崩壊し、
共産党支配の「たが」が外れれば、
チベットやモンゴルなどの地域が、分離独立するでしょう。



以上のことは、
以下のホームページで、幾つか書いていますので、
お読み頂ければ幸いです。



1.ヨーロッパの基礎視座
http://chuuseishi.la.coocan.jp/030516.htm


2.歴史における現在
http://chuuseishi.la.coocan.jp/000801.htm


3.ブッシュのイラク戦争(「歴史における現在」再論)
http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm


4.ベルギーへの誘い
http://chuuseishi.la.coocan.jp/070411.htm






3.長い歴史の中で、何が積み重ねられたり繰り返されるのか?


積み重ねの歴史をもたらしたものは、「競争」です。


この過酷な競争に、実際に耐えて、歴史を積み重ねてきた人たちが、


歴史上

フランドルから北フランスにかけての人々とアンジュー家以降のイングランド人という

ヨーロッパ人の一部  日本人だけだったのだろう と、考えています。


ですから、
「歴史において積み重ねられるもの」は、「競争の対象となるもの」です。


言い換えると、
「工夫により、現状より良くなるもの、便利になるもの」です。


典型的なものが、「技術」でしょう。


また、
資本主義社会みたいな「社会システム」も、
競争を促進するものとして考えるべきでしょうが、

これは、
競争に耐えた人々が、競争の中で作りだしてきたものです。


競争の対象とならないものは、
「価値」に関するものです。



芸術や哲学などは、競争の対象とはならないと思います。

ただご注意願いたいのは、


例えば、

芸術は、技術を前提にして価値があるということです。

楽器を弾くためには、
演奏技術を習得して、名人上手となった上で、

その演奏が、人を感動させる価値がなければ、
歴史に残る演奏家とならないのです。



人々を感動させる価値は、一つではありません。

芸術家が個性を発揮して、色々な形態で人々を感動させることは、
名画が沢山あることを考えればご納得頂けると思います。



この技術と価値が並存していることは、

例えば、
法律学や歴史学にも言えます。


法律的なスキル(技術)や歴史的な知識は、
積み重ねることは出来ますが、


例えば、
訴訟でどちらを勝たせば良いのかという、
比較衡量による価値判断や、


ある歴史の意味についての価値の判断は、
積み重ねのできないものなのであり、

人によって見解が異なりうるものなのです。



また、蛇足ですが、
ホームページにも書きましたように、


競争というものが、
人間にとってどれほど過酷なもので、辛いものかを

お考え頂ければと願っています。


何故、

世界中で、一部のヨーロッパ人と日本人だけが、
競争に耐えるエートスを持っていたのか、が、

私の一番の疑問であり、これからの研究テーマです。


ところが、
これをどうやって切り込んだらよいのか、方法論が見つからず、

犬も歩けば棒に当たるだろうと、
とりあえず現在はキリスト教関連の本を読んでいます。




ご指摘の中国は、
近年まで、繰り返しの歴史だと考えています。


注意すべきは、積み重ねの歴史は、

繰り返しの歴史に属する人々も、非人間的な積み重ねの歴史が、
否応なしに巻き込んでしまうという、残虐な凶暴性が存在していることです。



もし、巻き込まれるのを拒否したり、参加し損ねると、
置いてきぼりを食ってしまって、貧困にあえがねばならないのです。


よりよい生活、より便利な生活をしたければ、
自分たちの歴史を積み重ねの歴史に切り替えなければならないのです。



本質的には 繰り返しの歴史だった中国が、
積み重ねの歴史、具体的には、資本主義競争社会に参加しました。


今までの所、順調に推移してきた一つの要因は、
地力(独力)だけでテイクオフするのではなく、


日本の物心面での援助(資金援助、技術援助)があったことが
大きいのだろうと思います。



このまま、参加し続けて、それなりの地位を保っていくのか、
脱落はしないけど、競争について行けず後塵を拝するのか、

それとも、
脱落して元の繰り返しの歴史に戻ってしまうのか、

今後の推移を見るべきだろうと思っています。


私は、
旅ネズミと同じように、
一度競争社会が始まったら、後戻りすることははないと考えていますので、
どれだけの力が中国人にあるのかを注目しています。



今後の人類の歴史における懸案 は、
競争社会に入りたくとも入れない人々、国々を、
どのようにケアーしていくかと言うことだろうと思っています。


例えば、

トルコは、20世紀初めに積み重ねの歴史に参画しようとしましたが、
うまくいっていません。



これは、
中国と違って、日本のような側面援助する国がなかったから、
地力(独力)だけでは力不足で、やっていけないことを示していると思います。


韓国や台湾が、いち早くテイクオフ出来たのも、


第二次大戦前の日本の統治により、
教育、インフラなどの条件整備されていたこと
 と、

例えば
日韓条約締結時の
、当時の韓国の国家予算の2倍以上の
日本から韓国への賠償・援助が、
大きな要因(発射台)となっていると思います。


ですから、
韓国、台湾、中国など援助して、テイクオフさせた経験を踏まえて、
他の国々のテイクオフに資する援助を、どれだけ、どのようにするのかが、
今後の日本の大きな課題だろうと考えています。



とりあえずは、近間のアジア諸国でしょうが

イスラム世界やアフリカ、東欧、地中海諸国、
更には、地球の裏側の中南米にも、

視野を広げるべきでしょう。




|

« パウロ・・・第3回 悲惨な歴史の淵源となった パウロの教え | トップページ | ヴェネツィア史は、コンスタンティノープルより見るとよく分かる »

EU」カテゴリの記事

雑感」カテゴリの記事

歴史哲学、歴史家」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2012年11月 民族、国家、積み重ねの歴史 についての 友人との対話:

« パウロ・・・第3回 悲惨な歴史の淵源となった パウロの教え | トップページ | ヴェネツィア史は、コンスタンティノープルより見るとよく分かる »