« 加藤 隆著「一神教の誕生」 第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての 本書の概略 | トップページ | E.トロクメ著「ナザレのイエス」その生涯の諸証言から と、神学が、似而非(エセ)学問であることについて »

2013年5月22日 (水)

田川建三著「イエスという男」

田川建三 著
「イエスという男」
(作品社)

          **********


加藤隆著「一神教の誕生」と共に todoさん に ご紹介頂いた
「イエスという男」を、読ませて頂きました。

本が届いて「あとがき」を読んで、
大学紛争の頃、
国際基督教大学でも、造反教官が現れたとの話を聞いて、
キリスト教の大学で、意外だなとの感じを持ったことを思い出し、

その時の造反教官が、田川さんだったのか、
その方の本を、40年後に読むことになるとは、
と、ひととき 感慨にふけりました。

この本も、
加藤教授の「一神教の誕生」と同様、読むのに1ヶ月半かかってしまいました。

加藤さんの本と違って、読みやすい本だったのですが、
田川さんがおっしゃりたいことが良く理解できず、
文章を抜き書きしながら読んだために、時間がかかったのです。


私が理解した 田川さんのイエス観を、一口にまとめると、
次の通りであろうと感じています。

① イエスは、
  ユダヤ教及びユダヤ教が支配する社会への批判者、反逆者であり、
  それ故に殺された。 

② イエスの宗教的熱狂は、病気の治癒行為により生じた。

  イエスは、
  イエスの治癒行為は、神自身の力が直接働くことにより実現している
  という自信に満ちていて、

  それ故に、
  神の国が来たのだと宣言している。

③ この世の終末に際して、雲に乗って再臨する「人の子」とイエス自身を同化していた。

  ということは、
  イエスは、終末において、人の子として、人々を審判すると信じていた。



田川さんは、
イエスに関する通説的な学説を、否定されています。

① 「神の国」

  神の国の概念は、
  ユダヤ教において当時よく知られていた概念であり、

  イエスは、
  逆説的な言い方をぶつけている。

  「そんなに神の国、神の国と、言いたければ、はっきり言ってやる。
   神の国は、あなた達の中にある。」
  と、紹介し、

  「イエスにとって、
   神の国は、本質的な問題ではなかった。
   どうでも良かったのだ、と言って良い」
  と、記述されておられます。 

  また、
  洗礼者ヨハネの弟子達が、洗礼者ヨハネを継承して、
  自分たちの洗礼活動によらなければ、神の国には入れない
  と、主張したのだとすると、
  それは、神の国を簒奪する主張であり、

  イエスは、
  洗礼者ヨハネとその弟子達の活動に対して否定的だったのは確かだろう、
  と、記述されておられます。

② 「悔い改めよ、神の国は近づいたのだ」と言ったのは、洗礼者ヨハネであり、
  洗礼者ヨハネが実施した「洗礼」とは、悔い改めを象徴する儀礼だった。

  これを、
  原始キリスト教団が、イエスを飛び越して、
  洗礼者ヨハネの発言や洗礼などの宗教儀礼を取り込んで、
  おのれの宗教儀礼の中心に据えた。 

  即ち、
  洗礼者ヨハネの思想を、原始キリスト教団が継承し、
  それを、
  イエスの口に置いてしまった。

③ 「罪」

  イエスは、
  2、3の例外を別にすると「罪」という語を口にしていない。

  「罪」とは言わずに「負い目」と言っていて、
  「罪」を、神に対する「借り」と考えていた。

  即ち、
  すべての人間は、神に対して借財を負っている、

  人より富んでいたり、人を支配する権力を持っている者は、
  ますます神からの借りなのだ、と、イエスは 考えていた。

  また、
  宗教家面して
  厚顔無恥に、他人のことを罪人呼ばわりする連中に対して、憤っていた。

  そもそも、
  「罪の赦し」を、自分の基本課題とする必要も無かったはずだ、
  と、考えていた。


田川さんは、
通説を否定されておられますが、

それなら、
ご自身は、どのように考えておられるのか、が、未だに良く分かりません。

良く分からない点をご紹介して、
皆様よりご教示いただければと、願っています。


1.イエスの宗教観

  田川さんは、
  イエスは神を信じていたが、
  イエスの宗教的熱狂は、治癒行為にのめり込んでいった
  と、記述されておられます。

  イエスは、
  治癒行為だけをして、

  神や信仰について、語らなかったのでしょうか?
  人々に宣教しなかったのでしょうか?

  そうではないような気がしています。

  治癒行為は、
  イエスしかできなかったでしょうから、
  弟子達は、何のためにいたのでしょうか?

  イエスが、ペテロ達を誘ったとのことですが、
  何をするために誘ったのでしょうか?

  この様なことに対する説明がないので、
  イエスの宗教観が分かりませんし、
  宗教的熱狂と言われても、ピンとこないのです。 


2.神の国

  イエスは、
  「神の国」は、彼岸ではなく、この世に存在すると、記述されていますが、
  これも、良く分かりません。

  田川さんは、
  「神の国では、洗礼者ヨハネが一番小さい者だ」と、
  イエスが言ったと 記述されておられます。

  この様な言い方は、
  神の国が、この世ではなく、彼岸にあることを前提にしているのでは、
  という感じが受けるのですが、
  どう考えたら良いのでしょうか。

  また、
  この世の終末に、「人の子」として、イエスは再臨するつもりだった
  と、田川さんは記述されておられますが、

  イエスは、
  終末まで この世で生きているのでしょうか?

  普通に考えたら、
  昇天して、終末が訪れるまで 神と共に過ごす
  ということではないでしょうか? 

  だとしたら、
  「神の国」は、彼岸にある
  と、イエスは考えていたのではないでしょうか?


3.処刑された理由

  ① ユダヤ教が、イエスを処刑した理由について、
    具体的な記述が見あたりません。

    イエスの行動が、
    律法のどこに反して、極刑に値したのでしょうか?

    また、
    何故、ローマに引き渡したのでしょうか。

    神殿の乱暴狼藉や、その他のことを、
    断片的に色々記述されておられますが、

    イエスのこの行動が、もしくは、これらの行動が、処刑に値する
    と、断罪された、との説明がないものですから、
    良く理解ができないのです。

  ② ローマ総督が、イエスを処刑した理由も、
    良く分かりませんでした。

    ローマの責任で処刑したのですから、
    ローマが処刑する理由がなければならないはずです。

    パウロは、
    ローマ人でしたので、

    ユダヤ教がパウロを処刑しようとしたら、
    パウロを保護して、

    パウロの申請に従って、
    ローマまで連行してそこで裁判をしています。

    ローマというのは、合理的な行動を取る国ですから、
    イエスの処刑についても、合理的な理由があったはずです。

    ところが、
    田川さんの記述を読んでいて、
    ローマが何を判断したのか、良く分かりませんでした。


田川さんは、本書の最後で、

「こうして、
 受難物語の語り手も、
 後世の神学的解釈者も、

 断末魔のイエスのあまりに無残な意識に対面して、
 慄然とするのを避けようとした。

 こういう解釈者の意識の中で、
 イエスは、「復活」させられる。

 その次には、
 イエスの死の意味づけが、始まる。

 ついには、
 イエスという救済者は、
 十字架の死によって、世の人々を救うためにこの世に来たのだ、
 と、言われるようになる。

 イエスは、
 十字架に掛かって 死ぬために生きた、
 と いうわけだ。


 そうではない。

 イエスの
 あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きた から、
 あのように すさまじい死に いたりついた。

 いやむしろ、
 あのようにすさまじい死が予期されているにかかわらず、

 敢えて、
 それを回避せずに生き抜いた、
 と、いうことか。

 イエスの死に 希望があるとしたら、
 死そのものの中にではなく、
 その死にいたるまで 生きかつ活動し続けた姿の中にある。」
と、記述されておられます。


大変格調高い名文だと感心しています。

しかし、
「あのように」という語が何度も出て来ますが、

私には、
「あのように」という事実は、
田川さんの頭の中にはあるのでしょうが、
本書で具体的に記述されている個所が、良く分かりませんでした。


書物を記述するということは、
 ① 仮説の提示であり、
 ② その仮説を説得力ある論理により立証する作業だと思います。

田川さんは、
他の学者の学説を、反対し、否定したからには、
自分の学説を、論理立てて 立証しなければ、学者として不誠実である、
ということを、認識されておられないような印象を受けます。

率直に言って、
他人を 批判し、要求するだけで、自らを 反省せず、
破壊するだけで、再建を無視した
(東大)全共闘を思い出しました。


田川さんは、
ジグソーパズルのピースともいうべき、
イエスのエピソードを幾つも記述されておられますが、

ピースを組み合わせて、一つのイエス像を作り上げずに、

ただ、
「イエスの あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きたから、
 あのように すさまじい死にいたりついた。」
とだけ記述されて、

具体的な立証をされておられないのでは、と感じられます。


(注) 例えば、
    第6章 一 イエスにおける宗教的熱狂の自己相克 で、

    史的イエス論争の際の所謂「批判的」学者を、
    徹底的に批判した後、

    「何も 私は、彼らに反対して、
     イエスは、
     後の教団が 信奉したような 救済者としての意識 を 持って活動したのだ、
     などと、主張しようとしているわけではない。

     ただ、
     イエスの死後、信奉者達が、イエスをメシアとして崇めたのは、
     全く無から有を生ぜしめた創作ではないので、

     彼らに、
     そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった、
     と、言いたいだけのことである。

     イエスにも、
     その程度の人間的弱みは、大いにあったのだ。」
    と、記述されておられのに、吃驚しました。

    「批判的」学者を、詭弁だと批判されたのですから、

    少なくとも
    「イエスの宗教的熱狂」と
    「そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった」
    ということに関して、

    この場所で、具体的に、詳細に説明して頂きたいな、
    それが、
    批判した相手に対しての礼儀であり、義務ではないだろうか、
    と、感じた次第です。

|

« 加藤 隆著「一神教の誕生」 第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての 本書の概略 | トップページ | E.トロクメ著「ナザレのイエス」その生涯の諸証言から と、神学が、似而非(エセ)学問であることについて »

読後感」カテゴリの記事

キリスト教」カテゴリの記事

パレスチナ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 田川建三著「イエスという男」:

« 加藤 隆著「一神教の誕生」 第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての 本書の概略 | トップページ | E.トロクメ著「ナザレのイエス」その生涯の諸証言から と、神学が、似而非(エセ)学問であることについて »