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2013年6月27日 (木)

堀米庸三著「正統と異端」(中公文庫)再読・・・実は、異端が正統では?・・・

堀米先生の「正統と異端」が、中公文庫で再版されましたので、
購入して再読しました。(3~4回目です。)

堀米先生は、
日本のヨーロッパ中世史学の中興の祖ともいうべき先生です。

残念ながら、
道半ばの 63才という若さで、ガンで亡くなられたのが、
返す返すも残念だなと、思われる方は、私だけではないと思います。

(先生は、たばこについての随筆を書かれておられますので、
 大変な愛煙家だったのでしょう。)


本書は、
先生の 何冊もある主著の1つ とも言える 歴史的名著 で、

今回、
中央公論新社が、中公文庫に収録して頂いて、本当に良かったなと喜んでいます。

中世史全体の構図の中から、
カトリックにおける正統と異端を、分かり易く明快に分析された本書は、

ヨーロッパ中世史は勿論、
日本人になじみの薄いキリスト教についての理解を深めるための不可欠の1冊だと、
今回再読して、改めて痛感しました。

なお、
本書は、まえがきに、本書の要約が記述されておられます。

通読後、
まえがきを再読されると、本書の内容を整理できますので、
おすすめさせて頂きます


本書のご紹介は、
6年前(2007年)に ブログに要点を掲載していますので、

今回は、
堀米先生の本を読みながら、私自身が考えていたことについて、
お話しさせて頂きます。


なお、前回のブログにご興味をお持ちの方は、次をクリックして ご覧下さい。

   「正統と異端」
   http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_a856.html


    *******


「歴史は、謎解きである」というのが、私の持論ですが、
今回、堀米先生(以下「先生」と略します)の「正統と異端」についての謎解きに
違和感を感じました。

この違和感は、
私の歴史に対する理解が深まったのか、

それとも、
老化による耄碌によるものか、定かでありませんが、
読みながら考えたことを、以下、ご説明させていたきます。



   < 「正統と異端」第二章 の 抜き書き >


先生は、
第二章で「正統と異端の理論的諸問題」について、記述されておられますので、

最初に、
先生の「正統と異端」に対する考え方を、
第二章を抜き書きして、ご紹介させて頂きます。


先生は、
「支配的な体制、傾向、潮流を、「正統」とし、
 これに反抗する立場、行為を、「異端」とするのが、
 一般であるように思われるが、

 正統と異端の概念としては、あまりにも無内容で、
 問題分析の方法は、どこにも見いだされないであろう。

 そこで、
 正統と異端 の 一般的用法の分析 を 手掛かりとして、
 キリスト教における 正統と異端 の 歴史的概念 に至り、

 本書の主題を解明する観点を、明らかにしてみたい と 思う。」
と、記述されておられます。


そして、
「正統と異端とは、
 決して 実体的な概念 ではないが、
 際限もなく流動的であることは 出来ない。

 実体的概念 ではなくとも、
 それに近い 何物かを 持たなくてはならない のである。

 それを、
 正統 における 客観主義、
 異端 における 主観主義 と、一応規定しておきたい。

 これは、
 一方における 全体的真理の尊重 と、
 他方における 一面的真理の尊重 と、

 ある程度 言い換えることも出来よう。」
と、正統と異端を 定義づけられておられます。


これを、
キリスト教に当て嵌め、次のような論理の展開をされておられます。


1.福音書の中の対立する規定の 二者択一的な決定 は、

  一面的な正しさ は 持ち得ても、
  全面的な正しさ は 期待できない。

  従って、
  福音書の解釈にあたっては、

  相互に矛盾する、
  しかも、
  それぞれに 真実性を持つ規定を、

  総合的に合理化することが、正統の立場を生み、
  その一面的把握は、異端に通ずることになる。


2.キリスト教においては、

  パウロによって、
  イエスの教えの実践的解釈(全面的総合的合理化)が、
  行われることによって、

  信徒の人間的・社会的な日常生活のすべてを包括することが、
  可能となり、

  キリスト教が、
  大衆宗教として、ローマ社会に根付くことが出来た。

  そこに、
  批判の余地を持つ 個々の点が残ること は、
  後年のルターの場合と同じく、やむを得ないことである。

  しかし、
  与えられた現実にあって、
  イエスの教えを、最大限包括的に生かそうとするものである限り、

  この実践的解釈には、
  一面的真理の潔癖さには、求め得ない客観性があるのである。

  これが、
  正統と異端 との関係 であり、

  それを、
  客観主義 と 主観主義 の 対立と、言い換えることができるのである。


3.客観的には、
  現実との妥協・強調を重ねる 正統信仰 ないし 教会 にあっては、

  妥協・強調の一々の段階が、
  すべて原理的検討を経ているとされるため、

  決して それ自体
  現実への妥協とか、敗北の歴史 とは、意識されず、

  かえって、
  啓示に基づく俗世の強化、
  その勝利の歴史      と、されることである。


  更に言えば、

  教会の歴史的発展は、
  啓示の現実的展開として 神聖化されるということにもなる。

  ここに、
  正統信仰における 客観主義・伝統主義の基礎があるのである。


4.スターリン批判あっては、

  正統の象徴を仰がれていた 指導者、スターリン個人 の 誤りに絞られ、

  マルクス・レーニン的原則 と、
  その展開としてのソヴィエト体制は、

  依然として、
  本質上無傷でなければならなかった。


  スターリン と その仕事 は、

  謂わば、
  有機体の自己恢復にも似た
  異物の排除、排泄 として 処理されることになる。


  カトリック教会における 客観主義、
  つまり
  教会 は、

  その機関である 聖職者の徳性 とは 無関係に、
  その神的不可侵性 を 保つ という主張も、

  これと同一の論理に立っているが、

  この点は、
  カトリック教会の秘蹟論との関係で再説する。


5.異端は、

  正統あっての存在であるから、
  それ自体のテーゼはなく、

  正統の批判が、その出発となる。


  批判の基準となるのは、正統と同じ啓示であり、

  これによって
  正統教会による啓示の解釈とその現実との妥協・協調の歴史が、
  その対象となる。


  従って、
  異端のテーゼは、常に 啓示への復帰であるが、

  その啓示は、
  全体的にではなく、

  部分的に、
  つまり
  異端の主観的真実に合致する限りにおいて受け取られ、


  また、
  より文字通りに解釈され、

  その現実への適用可能性は、
  相対的に、軽視 ないし 無視せられる。


  つまり、
  理想(啓示)と現在とが、

  その間にあるべき実現の過程を省略して、
  端的に一体化して捕らえられる。


  従って、その限りでは、

  異端は、
  極めてラディカルな理想主義の形態を取り、

  その理想に耐えられるための強烈な精神の緊張を要する
  という意味だけでも、

  主観主義的とならざるを得ない。


  それは、また、

  現実との妥協を、
  可能なる限り排除するものであるから、

  道徳的には、
  英雄的なリゴリズムを必要とし、

  その信徒は、
  必然的に少数たらざるを得ない。


  それは、また、
  歴史と現実の革新を企てるものであるから、

  ラディカルに、反社会的であるか、
  ないしは、
  社会に対し 全く無関心であるかであるが、


  いずれにせよ、
  主観的理想への意識の緊張を持続する必要から、

  終末感的ラディカリズムに向かう傾向 を、
  示すことが多い。


6.これに対して

  正統は、

  社会=俗世の不完全さ を
  その出発点における前提 とするので、

  人間と社会の欠陥 に、寛容であり、

  それとの妥協 を、
  ただちに 認めるものでは ないが、

  その教化教育を、使命と考える。


  そのために、
  正統は、

  万人に対し、
  エリートのための道徳、道徳的英雄主義を求めず、

  一般人の道徳 と、
  エリートのそれとの、二元主義をとり、


  在家の信徒と、

  その道徳的模範たるべき道徳的英雄主義の組織的追求者
  としての 修道士の存在 を、認める。


  しかも、

  この二元主義が、
  二元的分裂に陥らないため、

  不断の自己更新・理想の自覚(聖体の秘蹟)が要求され、


  また、
  悔悛(秘蹟) と 自己批判 が、

  一般的道徳の倫理規定のなかに入るのである。


  この悔悛 と 自己批判 は、

  しかし、常に、
  一般人の倫理規定 であるばかりではなく、


  理想と現実との距離 を 直視する 正統 にあっては、

  エリート、
  即ち
  道徳的英雄主義の実践者自体 にも、要求され、


  完全に孤立的な理想の追求(隠修士)よりは、
  団体的なそれ(修道院)が選ばれ、

  エリートのエリート を 選んで、
  それへの服従を誓わせることによって、

  重すぎる個人責任を軽減し、
  道徳的フラストレーションを防止する のである。


  このことは、
  異端と目される団体 に あっても、

  それが長期にわたって持続し、
  より広範囲のメンバー を、包括するに至るとき には、

  必ず看取される現象であり、


  例えば、

  ① 12、3世紀の異端 である カタリ派、ワルド派 における

    平信徒=クレデンテス と
    指導者・達識者=ペルフェクテス としての分離は、それである。


  ② 万人司祭説を採る プロテスタンティズムにおいても、

    やがて
    牧師と信徒との区別 が 生じたのも、同じ理由のものであり、

 
 ③ プロテスタンティズムの極限形態 としての 無教会派は、

    原則に、
    最大限忠実であろうとする結果、

    その普及は、最小に限られているが、


    ここでも

    最小限の指導者を欠くことは出来ない。



長い引用となり、恐縮しています。




先生の定義を再読して、次の2点の感想を持ちました。


1.先生は、

  ずいぶんカトリック寄りの論理
  というよりは、

  正統たるカトリックは、正しく、
  異端は、間違っている、

  との
  カトリックの護教的論理を、代弁されておられるのではないだろうか?


  (先生は、仏教系の芝中のご出身ですので、
   キリスト教徒故では無いのでは?と、思いますが・・・)


2.政治と宗教 では、

  正統と異端についての論点が、
  異なるだろう と、思いますが、


  先生は、

  政治における 正統と異端 の 考え方 を、
  そのまま宗教に持ち込んでおられる のではないだろうか?


  政治においては、

  権力(錦の御旗)を握った陣営が、
  正統となり、

  権力奪取できなかった陣営が、
  異端となりますが、


  宗教においては、

  信仰が、
  正統と異端 を 決定する 判断基準 となるのでは ないでしょうか。


  先生が、

  信仰に、力点を置かずして、
  権力に、力点を置かれて、

  権力を握ったカトリック を、
  アプリオリに正統 と、認定される論理付けをされておられることに、

  疑問や違和感 を、感じるのです。


以上の2つの点を踏まえて、

先生の記述をご紹介しながら、
私の考えるところを ご説明させて頂きます。



   < 先生の 秘蹟論の解説 を読んで感じたこと >


1.先生は、

  正統における 客観主義 と
  異端における 主観主義 と、

  規定されておられます。


  カトリック的客観主義 を、

  「洗礼(秘蹟)が、
   効力を持つ根本理由は、聖三位一体であり、

   外部にあて秘蹟を伝える司祭者は、
   道具であるから、

   聖三位一体への呼びかけによって秘蹟は成就する。」


  「緊急の際にあっては、

   異教徒や異端でさえ、
   教会の定める言葉を用い、教会のなすところをなさんとする限り、

   同じく洗礼(秘蹟)を施しうる。」

   (中公文庫65㌻)

  と、紹介されて、


  「成聖恩寵の喪失 と 永劫の断罪 を
   その罰として受ける司祭者(瀆聖聖職者)
   であっても、

   秘蹟の執行要件を 守る場合には、
   効果ある秘蹟を与えうる

   ということであって、


   秘蹟の超越的性格 と
   司祭者の道具的性格 は、

   この上なく明瞭にされている
   ということが、出来るであろう」

   (中公文庫66㌻)

  と、記述され、


  「この カトリック的客観主義 こそ、
   異端 の 最大のカトリック教会への攻撃論点 である」

  と、論を進めておられます。


  要するに、

  聖職者は、
  神の道具であり、

  秘蹟は、
  神が行うものだから、

  形式さえ整っていれば、誰がやっても有効である、

  というのが、
  カトリックが客観主義である所以であるということです。


  客観主義という言葉は、

  カトリックは、

  客観的に正しいことを行っているから正統なのだ
  という印象を、与える言葉のような気がします。


  でも、
  このカトリックの考え方は、
  ちょっとおかしい と、感じられませんでしょうか。


  まず、
  誰に、秘蹟を与えるかを決めるのは、
  人間である聖職者 でしょう。


  ということは、

  人間が、決めた対象者 に対して、
  神が、秘蹟を授ける ということは、

  人間の決定を、神に押しつけている、

  言い換えると、

  人間 を、
  神の上位に位置づけていることにならないでしょうか。


  また、
  秘蹟の執行要件は、
  神が決めたのではなく、カトリック=人間が、定めたものです。

  ということは、
  人間の定めた形式に、神を従わせていることになって、

  これもまた、
  人間を、神の上位に位置づけていることにならないでしょうか。


  上記の具体的な例として、教皇の選出をあげさせて頂きます。

  教皇は、
  人間である枢機卿の選挙により選出されますが、

  それでは、
  教皇の正統性が担保されないと考えたのか、

  枢機卿の選挙は形だけで、
  教皇は、
  聖霊の導きにより選ばれるとされています。

  しかし、
  聖霊の導き=神の決定 である教皇が、3人も並立したこともありますし、

  幾たびも
  対立教皇が、擁立されることが生じています。


  教皇の選出は、
  人間が行っているのに、
  神が、実質決定していると、

  カトリックは、
  平気で詭弁(ウソ)を弄しているのです。


2.異端は、
  瀆聖聖職者の行った秘蹟は無効 と、していますので、

  先生は、
  主観主義だと規定されておられます。

  主観主義という言葉は、

  異端は、
  主観により=自分勝手に 判断している、との印象を
  与えるもののような気がします。

  この様な 価値を印象づける言葉を、定義として使用されること自体が、
  カトリック寄りの立場に 先生が立っておられるような感じがするのです。


  冷静に、第三者的に定義するとしたら、

  カトリックが、
  形式主義、外形主義であり、

  異端は、
  実質主義である

  というような言葉を、使うべきではないでしょうか。



3.次に、先生は、

  カトリックは、

  洗礼・堅振・叙品の三秘蹟は、
  「主の印」又は「消えぬ印」を受領者の心に刻むもので、

  「印」の上に「印」を刻むことは、
  この上ない瀆神の行為にほかならないから、繰り返しが認められていない、
  (中公文庫69㌻)

  と、記述されておられます。


  これも、
  カトリックのおかしな論理であろうと感じられます。

  もし、
  三秘蹟を行った者が、悪魔(サタン)であり、悪魔の印を刻んでいたら、
  どうするのでしょうか。

  また、
  悪魔(サタン)まではなく、異教の印が刻まれていたら、

  その上に、
  キリスト教の印を刻むことは、有効なのでしょうか?

  アウグスティヌスは、
  マニ教やプラトン主義を経験した後に、
  キリスト教の洗礼を受けています。

  過去のマニ教やプラトン主義が刻んだ印は、水に流せるが、
  瀆聖聖職者の刻んだ印は、水に流せない
  という論理が、私には理解できません。

  (カトリックは、
   マニ教やプラトン主義では、
   洗礼に類する儀式を受けていないと主張するのでしょうが、

   詭弁、屁理屈の類いだと思います。)


  民法(法学)では、
  無効な行為は、最初から行為自体がなかったものとされます。

  この論理を使って、異端が主張するように、

  瀆聖聖職者の行った秘蹟は、
  無効な秘蹟であり、印を刻んだものではなかった

  と、する方が、納得できる考え方のような気がしています。



4.先生は、更に、

  カトリックは、

  「主の印」を帯びること と、
  秘蹟の効果にあずかることと は、
  直ちに同一ではない

  とのアウグスティヌスの秘蹟論を、受け継いでいる
  (中公文庫81㌻)

  と、記述されておられます。


  即ち、
  「ドナティストの教会で受けた秘蹟も、秘蹟であり、
   「主の印」を帯びるが、

   それは、
   まだ、秘蹟の効果を欠いているという点で、不完全である。

   秘蹟の効果は、

   異端者が、
   唯一の真実の教会である、カトリック教会に帰一して
   初めて生ずるもので、

   教会の外にある限り、
   秘蹟の効果にあずかることは出来ない。

   秘蹟から秘蹟の効果を生み出せるのが、
   カトリック教会だけであるのは、

   「教会の洗礼は、教会外にも存在しうるが、

    祝福された生命の贈り物は、
    まさにペトロ(磐)の上に建てられ、縛り、かつ 釈(と)く鍵を受け取った
    教会の中においてしか見いだされない」からである。


   しかし、

   この教会とは、
   目に見える教会と同じものではなく、
   アウグスティヌス独自の聖者共同体理論が入ってくる。

   「神は、恩寵による秘蹟を、悪人を介してさえ与えるが、
    恩寵そのものは、
    神自らによるか、ないしは、その聖者を通してしか与えない。」

   アウグスティヌスは、

   この聖者を、
   聖霊に満たされ、聖霊を伝えるものと規定しているが、

   この聖者の作る共同体なるものは、

   全体としてのカトリック教会の中に、
   外面的な法規によって可視的に存在するものとはせず、

   全く無形のままに機能するものとした。」

  と、紹介された後に、

  「この様な純精神的な規定によって、

   アウグスティヌスは、
   単なる職制的理論を超えた深みを、その教会理論に与えると共に、

   道徳的完全さへの要求が、
   宗派(セクト)・異端の形をとって、教会の統一を破ることを
   抑えることが出来た。

   トレルチ流に言えば、
   聖者共同体論は、
   カトリック教会の道徳的二元主義、

   言い換えれば、

   修道士と一般教会聖職者 並びに 平信徒のもつ、二種の道徳の併存と、
   そこから生ずる
   道徳的緊張の論理に基礎を与えるものと言えるであろう。」

  と、記述されておられます。


  アウグスティヌスの聖者共同体論は、
  随分と自分勝手な論理だと感じられませんでしょうか?

  ① カトリック教会が、
    ペトロ(磐)の上に建てられたとのマタイ福音書16・18~19は、

    マルコ福音書やルカ福音書には記述されていません、
    というか、
    そっくり脱落しているのです。

    マタイ福音書が、
    原始キリスト教会の意図に従った福音書であり、

    それ故に、
    マタイより早い時期に記述されたヘレニストのマルコ福音書より前に
    聖書に位置づけられたことを考えると、

    この話は、
    イエスが話をしたと考えるよりは、
    マタイ福音書の記者が、挿入したものと考えたほうが、
    蓋然性が高いのではないでしょうか。

    もし、イエスが、この様なことを言ったとしても、

    ペトロは、
    イエスが逮捕された晩に、3回もイエスを裏切っていますし、
    自分の逃亡を優先して、イエスの処刑にも立ち会っていません。
    (イエスの周囲の女性達は、イエスの処刑に立ち会っています。)

    この様な人間が、
    イエスの後継者だとするカトリックの厚顔さに、
    唖然として、絶句してしまうのは、私だけなのでしょうか?


  ② 聖霊に満たされた聖者について

    これも、唖然として絶句してしまう話です。

    聖霊に満たされているとは、

    イエスが復活した後に昇天した後に、聖霊が降臨して、
    ペトロ以下の使徒達が、
    聖霊に満たされたことから、始まっています。

    その後、
    聖霊に満たされた者が、頭に手をかざす按手をすれば、
    按手された者も、
    聖霊に満たされるとの建前が、受け継がれているのです。

    聖霊に満たされるということは、
    神と直接つながることを意味するそうです。

    この様な聖霊に満たされた者により、
    教会が、構成されているというのが、

    カトリックの正当の理由づけなのでしょうが、
    全く話にならない理由付けのように感じられます。

    以前にお話ししたことで恐縮ですが、
    聖霊に満たされた者という擬制はウソなのです。

    例えば、
    ペトロとパウロは、
    共に誰が見ても聖霊に満たされた者ですが、

    アンティオキアで、
    キリスト教徒になるには割礼が必要かどうかで対立して、

    パウロは、
    原始教会から追放されてしまいました。

    聖霊に満たされた者=神と直接繋がった者であるなら、
    意見が異なることはあり得ないのに、

    パウロが追放されたのですから、

    聖霊に満たされた者との擬制はウソであることが、
    明白であろうと思われます。

    同じようなことが、

    アンティオキアで、
    ペトロとパウロの対立があったかなかったについて、

    アウグスティヌスとヒエロニムス(ウガルタ聖書の作者)とで、論争しています。

     出所;ウィルス「アウグスティヌス 117㌻」(岩波書店)

    これも、
    聖霊に満たされている者との擬制がウソであることを現しているものですが、

    そのような経験をしたアウグスティヌスが、
    聖者共同体論を唱えているということに、

    私は、
    カトリックの平気でウソをつく人間性に、首を傾げているのです。


  以上、①、② を 考えると
  「秘蹟から秘蹟の効果を生み出せるのが、カトリック教会だけである」との
  アウグスティヌスの主張は、説得力を持たないのでは、
  と、いう気がしています。

  聖者共同体論や、使徒的伝承の理論は、砂上の楼閣の理屈であり、
  キリスト教が、
  信者をマインドコントロールするための詐術、虚言とでも言うべきものでしょう。



  < 「異端は、部分的主張である」との解説について 感じたこと >


1.この点の記述に対する違和感 は、
  「異端が 部分的であることは、当然ではないでしょうか」というものです。

  異端は、
  異教と異なり、同じキリスト教なのです。

  権力を握っているカトリックに対して 異議を主張する論点以外は、
  カトリックに反対していないのですから、カトリックと同じなのです。

  従って、
  異端の主張は、部分的と先生は記述されておられますが、
  ある意味当たり前のことではないでしょうか。


2.もう一つの違和感は、
  異端が、カトリックから独立することはないのだろうか?
  と、いうことです。

  カトリックの主張に反対を徹底すれば、
   ① 自らカトリックから袂を分かつか、
   ② カトリックが異端宣告して追放することになるでしょう。

  その時、
  異端がのたれ死にするように消えて無くなるなら、
  先生のおっしゃるように 部分的なものと言えるだろうと思いますが、

  事実はどうだったのかな?・・・との考えが浮かんできます。


  カトリックに対する最大の異端は、

  ルター派であり、
  カルヴァン派ではないでしょうか。

  即ち、
  16世紀に始まった プロテスタントであろうと思います。

  彼らは、
  16世紀にカトリックから独立して、
  カトリックとは別の歴史の歩みを刻んでいます。


3.正統のアウグスティヌスに敗北したと先生が記述されてる ドナティスト は、
  どうでしょうか?

  実は、
  アウグスティヌスの伝記を何冊か読んでみると、
  先生の語られる歴史とは違うのでは、という感じがしています。


  ブラウンは、
  「アウグスティヌス伝上 235㌻」(教文館)で、

  393年以降、
  アウグスティヌスと同僚達は、ドナティスト教会に対して敵対的態度を取った。

  ドナティストは、
  アフリカにおけるローマの法と秩序に脅威を与える大衆の反抗運動である
  との見解は、

  393年~405年
  アウグスティヌスと彼の同僚達が作り出した状況に対しては、
  正当なものとは言えない、

  と、記述されておられます。


  ブラウンの同書の記述を、もう少しご紹介させて頂きます。

   ① ヒッポにおいては、
     カトリックは、少数派 であり、

     (ヒッポがあった)ヌミディアでは、
     ドナティストが、主流教会 だった。

   ② (当時)ドナティストにとって、
     あたかも、教会の平和がやって来たように、見えていた。

     あと、もう少し妥協すれば、
     浄化された教会(ドナティスト)が、

     見下され、弱体化した 引き渡した者たちの教会(カトリック)を、
     すべて吸収するところまで来ていた。

     少数派のカトリックは、
     優勢な兄弟達(ドナティスト)に、
     次第に浸食されるがままになっていたように見えたので、

     アウグスティヌスは、
     ヒッポで、ドナティストへの寛容策を採用できなかった。

   ③ アウグスティヌスと彼の同僚が 393年~405年に作り出した状況

     この時期、
     運動は、いつもトップからのみ 引き起こされた。

     運動とは、

     A.カトリック教会 の 突然の自己主張 と
     B.アフリカにおけるすべての非カトリックに対する帝国の権威が、
       厳しさを増してきたことである、

     こうして私たちは、
     上からの独断的な迫害 と、
     これに対抗した 下からの暴力の盛り上がり という
     始末に負えない繰り返しの軌道をしっかり辿ることになる。

     ドナティストは、
     アフリカにおけるローマの法と秩序に 脅威を与える大衆の反抗運動
     と、言われたことがあったが、

     この見解は、
     アウグスティヌスと同僚が作り出した状況に対しては、
     正当なものとは言えない。

     ドナティウスとの支配領域に、説教者を送り込んだり、
     後には、
     ドナティスト教会に対して、武力でその体制を転覆しようとする
     アウグスティヌスと同僚達の試みは、

     ドナティスト教会の過激派
     キルクムケリーネス(キルクムケリオネス)の集団によって妨害された。

     出所;ブラウン「アウグスティヌス伝上 234~236㌻」(教文館)



  ブラウンは、
  1935年生まれの古代末期についての代表的な歴史学者で、
  ご紹介した「アウグスティヌス伝」(教文館)は、
  当代屈指の伝記との高い評価を得ているそうです。

  ブラウンによると、
  アフリカ(現在のチュニジア、アルジェリア)で主流だったのはドナティストであり、
  アウグスティヌスが 司教をしていたヒッポはもとより、色々な町で、
  ドナティストの司教とカトリックの司教が並立していたそうです。

  しかも、
  ドナティストが、カトリックより優勢で、

  アウグスティヌスは、
  このままではドナティストに敗れてしまうと、
  武力による実力行使を始めたのでした。

  アウグスティヌスが、
  ローマの権力、武力を使用して、ドナティストを鎮圧したのです。

  411年
  カルタゴの比較協議会で、
  アウグスティヌスは、
  ドナティストに論争に勝利したことになっていますが、

  裁判長は、
  ローマが派遣した官僚のマルケリヌスであり、

  神学論争というものは、
  先に「錦の御旗」を確保した者が勝利するような仕組みになっていますので、

  ドナティストが、
  異端と断罪されるのは既定路線だったのだろうと想像しています。



  アウグスティヌスは、
  キリスト教神学を確立した最大の神学者ということになっていますが、
  人格的にも(特に、司教としての行状)感心できないと感じています。

  例えば、
  420年 ティムガドのドナティスト司教 ガウデンティウスは、
  ローマ帝国の執行官ドゥルキティウスが、近づいてくると、

  大聖堂に引き籠もって
  自分の会衆と共に焼身自殺を遂げると脅迫しました。

  これに対して、
  アウグスティヌスは、

  「神が、
   ある者たちを究極の罰へと予め定められている(予定している)以上、

   ごく少数の者たちが、自分の火で焼かれることがあるにしても、
   圧倒的大多数のドナティストが、カトリックに吸収される方が、

   ドナティスト全員が、ドナティストとして留まり、
   地獄の炎で焼かれるより、ずっと良いことであることは明かだ」

  と、予定説を ドゥルキティウスに教示して、
  焼身自殺に立ち向かうよう武装させた、とのことです。

   出所;ブラウン「アウグスティヌス伝下」61㌻(教文館)


  要するに、

  アウグスティヌスは、
  カトリックが、ドナティストを制圧するために、

  ローマの司令官に、
  ドナティストを焼き殺せ と、指示しているのです。


  また、
  418年
  アウグスティヌスは、ペラギウスを異端だと断罪していますが、
  この経緯も感心できません。

  アウグスティヌスは、
  415年に、
  ペラギウスへの攻撃を開始していますが、

  それを受けて、
  415年
  パレスティナのディオスポリス(リッダ)での公会議ので審理の結果、

  エルサレム司教が、
  ペラギウスの正統性を承認しました。


  更に
  417年
  ローマ教皇 ゾシムスが、ペラギウスを審問して、

  「この様な真正の信仰を持った者たちが、誹謗されるなどということを
   考えるだけで、涙を禁じ得ない」とまで、述べて、

  教皇が、ペラギウスを正統と 認めたのです。

  そこで、
  アウグスティヌスは、

  子供時代からの親友のタガステ司教アリピウスを、
  西ローマ皇帝の許に派遣して、

  サラブレッドの種馬を使っての賄賂工作により、
  西ローマ皇帝よりローマ教皇へ圧力をかけさせて、
  ローマ教皇を屈服させ、

  教皇 ゾシムス に
  ペラギウスが異端であると、言わせたのです。

    出所;アマン「アウグスティヌス時代の日常生活下 300㌻」(リトン)


  この様に、
  アウグスティヌスは、
  論争ではなく、
  武力や裏工作で、自らの主張を貫徹させたのです。

  カトリックでは、
  上長の命令は、絶対的な権威があり、
  従わねばならないとなっているはずなのに、

  アウグスティヌスは、
  上長である エルサレム司教、ローマ司教(教皇)を無視して、
  自分の我を通しているのです。

  でも、
  歴史は、勝てば官軍なのです。

  カトリックは、
  というより キリスト教は、

  この様な人格的に首を傾げるような人間でも、
  自分にとって都合が良ければ、偉人だ、聖人だと、崇め奉るのです。

  モーセも、
  アウグスティヌスも、
  ベルナールも、

  更には、
  カルヴァンも、然りなのです。



   < 宗教での正統か異端の判断基準は、信仰では? >


先生は、

「正統は、社会=俗世の不完全さをその出発点における前提とするので、
 人間と社会の欠陥に寛容であり・・・」

「万人に対して、エリートのための道徳、道徳的英雄主義を求めず、
 一般人の道徳とエリートの道徳の二元主義をとっている。」
と、記述されておられますが、

ちょっと論点をそらせておられるのでは、との違和感を持ちました。

先生が、
この様なカトリックの態様で、宗教的な正統が獲得し、維持できると
お考えになっておられるのでしょうか?


ドナティストが、
問題にし、非難したのは、エリートたる聖職者なのです。

カトリックが、
聖職売買や腐敗を非難され、改革を求められたのも、
一般の信者ではなく、エリートたる聖職者なのです。


先生は、
クリュニーがすぐ堕落し、
シトー会もクリュニー同様 すぐに堕落し、

(更に、
 フランシスコ会、ドミニコ会と、)

次から次へと、
最初の志をすぐに忘れ、捨て去ってしまって堕落している
と、書かれておられるのに、

二元主義を採っているから、正統は正しい と、おっしゃるのでしょうか。


そもそも、
アウグスティヌスとドナティストとの比較して、
アウグスティヌスが、正しく正統であり、、
ドナティストが、間違っていて、異端である と、感じられますでしょうか?

ディオクレティアヌス帝のキリスト教弾圧の際に、

ドナティストは、
キリスト教を棄教せずに、必死に頑張り通した人たちなのです。

それに対して、
弾圧の際には、キリスト教を裏切って、
弾圧が終わったら、何にも無かったように、

以前の地位に戻ろうとした聖職者に対して、
おかしいではないかと、異議を申し立てるのは、
当たり前ではないでしょうか。

弾圧の際に、殉教を覚悟で頑張った人間が、
異端として否定され、

弾圧の際の裏切り者が、
正統とされて、カトリックでの権力を 握っていることが、
信仰の面から是認されるのでしょうか。


また、
裏切り者で、資格のない聖職者が行った秘蹟は、無効だ
と、感じるのは、十分理解できるのではないでしょうか。

カトリックは、
そんなことをしたら、組織が持たない、

だから、
秘蹟は、
実質、神がするのであり、聖職者は道具にすぎないから、

形式さえ整っていれば、秘蹟は有効だ
との詭弁を考え出して、
権力を使って強引に押し通したのです。


政治の世界では、それでよいかも知れませんが、
宗教では、この様なことが許されるのでしょうか。

信仰のない聖職者が、
キリスト教を代表して秘蹟を行うことがあって良いのでしょうか。

先生は、
「人間と社会の欠陥に寛容であるから」と、正当化されておられますが、
そのような論理が宗教的に認められるのだろうかと疑問に感じられます。


聖職者の資格を疑われる者を、聖職者にしてはいけないのです。

宗教は、
人間の中で、最も倫理的な厳格さを要求される分野ですから、
腐敗した聖職者は、即座に排除せねばならないのです。

宗教は、
組織の維持よりも、信仰を大切にすべきなのです。

というよりも、
神や信仰を論理の出発点としなければならないのです。

カトリックは、
「旧約の神やモーセからして、犯罪者(殺人犯)であり、
 ペトロやパウロも同様に人殺しであって、

 カトリックは、
 信仰を看板にして、権力を握り、
 信者から金を巻き上げることを、最優先にしてきた組織であることは、
 バチカンを見れば一目瞭然である。

 だから、
 真摯に信仰を考える 建て前と本音が分からない 素っ頓狂な人間が現れると、
 異端として排除してきたのだ。」
と、言われても、反論は出来ないのではないでしょうか。

従って、
カトリックが、危機に陥ったときには、
さすがに、本来の宗教団体として要求される信仰が
甦ってくるのだろうと思います。

グレゴリウス改革が、その典型でしょう。


グレゴリウス改革を見ると、

カトリックが、異端として排除したものが、

本質的には、
言い換えると、
宗教的・信仰的には、正統なのだ

という風に考えるべきだろうと思われます。


それ故に、
危機が過ぎ去れば、
以前の世俗権力を追求する組織に戻っていくのであり、

それをうまくやろうとしたのが、
中世最大の教皇と言われた イノセント3世なのだろう
と、思います。


先生は、
中世の西ヨーロッパは、
皇帝権と教皇権の2つの中心を持つ楕円的統一体だ
との説明をされておられます。

世俗の皇帝権 と、
聖界の教皇権 という
質の異なっている中心(焦点)の感じを、従来持ってきましたが、

今まで述べたことをまとめると、
皇帝権と教皇権の両方共が、同質の世俗の権力であり、

両者が、
世俗の権力の覇を争ったと考えるべきだと考えるようになりました。

そういえば、
ビザンツ帝国では、ギリシア正教は、皇帝に服従していまので、

政治権力と宗教が並存する場合は、
政治権力を持っていない宗教は、
本来的に 政治権力に服従せざるを得ないのです。

西ヨーロッパでは、
ローマ皇帝が、早い時期に消滅しましたから、

教皇権が、世俗的にも力を得て、
皇帝権に対抗するまでの政治権力になったのだろう
と、思います。

近世になって、国民国家が形成されますと、

教皇の世俗的権力が消滅し、
その宗教的な支配領域も、
主にハプスブルク家の支配領域に限定されて、

フランスとイングランド、オランダ、
更には、
北部ドイツは、教皇より袂を分ちました。

 (注) ハプスブルク家の支配地域とは、
     スペイン、ベルギー、イタリア、南ドイツ、オーストリア等です。


注目されるのは、フランスです。

フランスは、
カトリックの世俗権力は、排除しましたが、
信仰は、カトリックを維持しています。


フランスの例を考えると、

カトリックが、最初から
政治権力を持たない信仰に専心した敬虔な宗教団体であったならば、

プロテスタントやイングランド国教会のような
カトリックから分離するような勢力が出現しなかったのでは、
という気がしないでもありません。


歴史を振り返って
カトリック教会に対する批判の根強さの 依って来たるもの を考えると、

カトリック教会が、
「正統であり、宗教的に正しい」とは、アプリオリには言えず、

カトリックの正統の論理は、

世俗的な権力を掌握するための論理であり、
宗教的には、異端とも言うべきものであるのでは?

と、結論づけられるのでは?
という気がしています。




   < キリスト教の本質についての私見 >


この1年半、キリスト教関係の本を読んできましたが、
以上の考察を経て、
キリスト教に対する整理が出来たような気がして、
改めて、堀米先生に感謝しております。

また、
キリスト教に関して、親切にご教示くださり、導いて頂いた todoさんに、
心より御礼申し上げます。


神への信仰は、
個人が神を感じるものであり、全く個人的なものでしょう。

私は宗教を信じていませんので、想像するだけですが、
絶対的な孤独、暗黒の虚無(例えば 死)に耐えられない故に、
神を求めるのではないでしょうか。

ですから、
宗教は、本来的に組織は必要が無いはず です。

一人一人が、神を感じ、帰依すればそれで良いのであり、
その意味から、
先生が、
普及が限られたているとおっしゃっている無教会派のあり方が、
宗教的な本来のあり方を現しているのだろうと思います。


ところが、

信じる神を弘めたい、との願望が、
神への帰依が強い人ほど出てくるのは理解できます。

そして、
そのような人々が、集団(教会)を形成して、
組織(教会)を維持していくようになると、

途端に、
神よりも、組織の論理と、組織及びその成員の利益が
優先されるようになって、宗教として堕落していくのです。


人間は、エゴの塊であり、

人間が集まれば、
先ず自分の利益が最優先するのが、人間の哀しい性(サガ)なのです。

先生は、
十分にそれを承知されていて、
組織とはそういうものだと、達観されておられたのでしょう。

宗教というものは、
そうなるとすぐ堕落して、批判されるようになることを、

先ほど述べた各修道会の経緯を見ても、先生は、ご承知のはずなのに、
堕落した組織であるカトリックを、正統とされたことが、少々残念です。


以上まとめると、

 ① 信仰 は、
   一人一人の人間が、神を感じて、神と対話するものであり、

   宗教とは、
   本質的に個人的な性格のものである

 ② 教会(教会という組織)は、
   世俗の存在であり、聖的な性格を有するものではない。

   また、
   宗教的には堕落する性格を持ったものである。

   何故ならば、
   人間は、エゴの塊であり、
   聖職者も、その人間の本性を免れることがない故に、

   信者から巻き上げた富を 教会や修道会に蓄積することにより、
   聖職者の贅沢な生活をもたらそうとするものであるからである。

   そして、
   組織や成員の利益を追求し、維持するためには、

   神を利用して、信仰を掲げて
   詭弁やウソを弄してでも、押し通そうとする存在である。

 ③ ごく稀に、
   アッシジのフランチェスコのような
   清らかで、神の申し子とも言うべき聖人が、出現するが、

   これらの人は、

   キリスト教の看板として、
   キリスト教の本質を隠蔽すために
   大いに活用すべき道具にすぎない。

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