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2014年12月 6日 (土)

アンヌ=マリ・ティエス著「国民アイデンティティの創造」

国民国家は、人工的な構造物であり、
国家が国民と定義した人が、その国の国民となる
と、考えてきましたので、

その国民国家が、
どのように形成されたのかを論じた著作だと思い
読んでみました。

本書は、
大西洋からロシアまでの全ヨーロッパを対象に、
国民国家のイデオロギーの形成史、

あけすけに言うと、
どのように歴史が 改ざんされ、ねつ造されたかについて、
分かり易く記述されております。

ヨーロッパとは?  とか、
歴史とは?   について,
興味をお持ちの方には、最適な著作だとお勧めします。


ここでは、
本書の簡単なご紹介と、若干の感想 を、
お話しさせて頂きます。



1.本書の概略のご紹介

  国民国家のアイデンティティを
  作りだそうという動き は、

  18世紀から活動が始まり、
  19世紀に最盛期を迎えた と、

  著者は、記述されておられます。

  即ち、
  国民国家、及び
  国民国家に求心力をもたらした
  国民国家のアイデンティティ は、

  歴史的に自然発生したものではなく、
  人工的に創り出されたものだ

  と、記述されておられます。


  要するに、

  人工物故に、
  放置すれば、分解してばらばらになる
  国民国家の「たが」をはめる為に

  国民国家のアイデンティティが作り出された
  ということであろうと思います。


  国民国家のアイデンティティは、

  最初、

  その国の建国神話みたいな話を
  探すことから始まりました。

  探してもない場合は、
  お話しを作りだし、ねつ造したそうです。


  不思議なことに、
  その後の歴史は語られずに、
  近代に飛んできて、

  アイデンティティを作り出すために、

  言語を始めとして、
  その国らしさを象徴するものを
  見つけ出したり、ねつ造したりして、

  国民に、周知徹底して
  求心力を作りだしたそうです。


  古い古い昔から、
  中世を飛び越して近世に飛んでくるのは、

  ギリシア・ローマから
  中世を飛び越して、近世を語るヨーロッパ人にとって、

  違和感なく受け入れられる説明なのでしょうが、

  ヨーロッパを遠くから眺めている人間にとっては、

  また、
  おかしなことを言っているなと感じられます。


  最初にお話ししたように、

  著者は、
  全ヨーロッパの地域において、

  それぞれどのようにアイデンティティが
  形成されてきたかを、

  地域毎に詳しく記述されておられますので、

  是非とも一度お読み頂ければ
  と、願っています。



  本書の最後に、

  国民国家は、
  アイデンティティを形成して、

  国民の国家への求心力を
  確固たるものにしているが、


  最近形成されたEUは、
  アイデンティティが形成されていないので、

  どのようなアイデンティティを作り上げていくか
  が、課題であろう との趣旨 を 記述されて、

  本書を 終えられておられます。




2.本書に対する若干の感想

  ① 国民国家のアイデンティティは、
    精々18世紀から ねつ造をされはじめたものだ
    と、おっしゃりながら、

    何故,著者が、
    そのねつ造を支持されておられるのか
    が、私には理解できませんが、

    フランス人である著者が、
    本書のような本 を 書かれた動機 を 推測しつつ、

    フランスの歴史を概観したら、
    私の疑問が自ずから解けたな
    と、感じています。


    フランスは、

    クローヴィス以来の歴史が、
    連綿と 現在まで続いている という点で、
 
    ヨーロッパ諸国の中で、
    一番古い歴史を誇っている国です。

    注 例えば、現在までの続く歴史が始まるのは、

       イングランドは、
       1066年以来であり、

       ドイツは、
       シャルルマーニュが征服して以来 です。
 


    そのフランスが、

    国民国家のアイデンティティを
    意識せざるを得ない のは、

    パリのフランス王朝が、
    現在のフランス各地方 を 侵略併合して
    支配してきた歴史 が あるからです。


    最初は、

    アンジュー家(プランタジネット朝)と争って、
    イングランドに追い出して、
    フランスの西半分を確保しようとしました。

    この争いは、
    百年戦争が終了するまで、数世紀継続しました。 


    次に、

    トゥールーズなどの南フランスを併合し、

    同時に、
    ルイ9世の弟シャルル・ダンジューが、
    プロヴァンス を 入手して フランスにもたらしました。


    その後、
    ローヌ川の東側の地域を
    神聖ローマ帝国から奪取し、

    中世末期には、
    ブルターニュを入手しています。


    また、
    フランドル伯の領土の南部分 を
    手に入れると共に、

    中世ではシュタウフェン朝の所在地だった
    アルザスを、
    30年戦争の後に軍事占領し、

    シャンパーニュの東側のロレーヌ地方を、
    18世紀後半に、最終的に入手しています。


    その他、
    スペイン国境のルションとか
    地中海のコルシカ島なども、

    自分の領土として入手しているのです。


    この様に、
    他人の領土を、どんどん占領して、
    支配 を 拡大するにつれ、

    占領された人々を、フランスに統合し、
    フランスに対する忠誠心を醸成する為に、

    アイデンティティの「たが」をはめることに、
    歴代フランス政府は、
    腐心したのだろうと思います。


    フランスにとって、

    占領した地域の
    フランスに対するアイデンティティ を、

    確固たるものにすることは、
    国の統合の為に 不可欠なことであり、

    それ故に,

    フランス以外のヨーロッパ諸国が、
    どのようにアイデンティティを 形成してきたかを、
    調べることは、

    フランス人にとって
    有意義な研究対象だったのでしょう。


    ですから、

    フランスへのアイデンティティ を
    フランス国民に形成させる為に働く との意識が、
    フランスの歴史家の念頭から 離れず、

    彼らの国家的使命の一つに
    なっているのだろう と、感じられます。


    本書のティエスさんも、
    その様な潜在意識からから、
    本書を 執筆しようとされたのではな いだろうか?

    と、推測しています。


    本書を読んで、

    今まで読んだ
    ガクソット、ペルヌー、ブローデルのような
    フランス人歴史家が、

    ことフランスに関することとなると、

    全く公平性を欠いた、
    フランスにとって都合の良い主張をして、

    イングランドやドイツに対して、
    不当と 思われる非難 を されるのを、

    訝しく感じてきましたが、


    フランス人歴史家の最大の使命は、

    フランスを正当化することであり、
    フランス人に
    祖国へのアイデンティティ を 確固たるものにすること
    である と、考えると、

    納得できたような 気がしています。



  ② ティエスさんが、

    国民国家が確立しているアイデンティティが、
    EUにはない

    と、主張されておられることに、
    疑問を感じています。


    先ず、

    国民国家のアイデンティティは、
    ねつ造したものであり、ウソなのです。

    だとしたら、

    ウソがばれたら、
    アイデンティティは存続できず、
    瓦解するのではないでしょうか。


    私は、

    EUが深化していくにつれて、
    各地域が、直接EUにつながろうと動いて

    国民国家の「たが」が、
    徐々に外れて行くであろうと考え、

    ホームページに、その旨を記述してきました。

     「ブッシュ の イラク戦争( 「歴史における現在」 再論 )」
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm

 

    ベルギーが連邦化したとか、
    スコットランドが独立投票をする

    とのニュースに接すると、

    早くも、
    私の予想通りに歴史が動いき始めているな
    と、感じられます。


    国民国家は、

    歴史に基づかない 人工物である故に、

    国民国家の「たが」が、外れれば、
    胡散霧消する可能性 を 秘めているのです。


    ベルギーやスコットランド以外でも、

    例えば、

    チェコとスロヴァキア が、
    早々に分離したり、

    ユーゴスラビアが四散分裂したことが、
    その現れだと思います。


    フランスも、

    フランス革命の時に
    ブルターニュ が 反乱をしています。

    この様に、

    国民国家の本質は、
    「もろいもの」「壊れやすいもの」であることを
    認識すべきだと思います。


    これに反して、EUは、どうでしょうか。

    私には、
    EUそれ自体に
    アイデンティティ が、備わっている存在のように
    感じられます。

    以前、ホームページに書きましたように、

    ヨーロッパ史は、
    EUを舞台に、繰り広げた、地域の歴史なのです。

     「ヨーロッパ史の基礎視座」
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/030516.htm


    従って、

    ヨーロッパ=EUは、ヨーロッパ人にとって、
    共通の「ふるさと」「故郷」ともいうべきもの であり、

    ヨーロッパ人は、本来的に
    自分たちの歴史を育んできた
    ヨーロッパ=EUへの帰属意識 を 持っていて、

    現在は、

    人工的な国民国家の「たが」がありますから、
    表面上現れていないだけでは
    と、感じられます。


    ですから、

    歴史が歩みが進んで、
    EUが、深化していくにつれて、

    ヨーロッパのに人々の意識が、
    国民国家から離れて、
    直接 EUに つながるようになって、

    現在水面下にあって隠れている
    EUに対するアイデンティティが、

    自ずから
    表面に現れてくるのだろう と 想像しています。


    即ち、

    EUへのアイデンティティは、
    歴史上育まれてきたものであり、

    国民国家のアイデンティティみたいに、

    ウソで塗り固められ、
    ねつ造されたものではありませんので、

    一旦確立すれば、
    強固なものになるだろう と、思われます。



  ③ 私は、
    歴史におけるウソは、

    歴史が進むうちに暴かれて、
    真実が自ずから歴史に現れてくる

    と、確信していました。


    本書を読んで、

    従来からの私の考えは、間違っていて、

    ウソが、
    そのまま 歴史の真実 になってしまうことが
    あり得るので、

    ウソが、ウソと 分かっている間に、
    そのウソを、暴いて 修正しておかなければ、

    将来に 大変な禍根 を 残すことになるな
    と、痛感しました。


    現在、日本は、

    中国から、南京大虐殺、
    韓国から、慰安婦問題 で、

    世界中にウソをばらまかれて、貶められ、
 
    日本が、
    世界から非難を浴びている状況ですが、

    中国や韓国のウソを、
    早いうちに 世界中に ウソだと認識させることが、

    日本にとって、
    何よりも大切なことだと思います。


    日本を貶める為に、
    中国や朝鮮とタイアップして活動してきた、
    左翼政党や朝日新聞などのマスコミは、

    まさに、
    中国や韓国 の 工作員であり、
    売国奴 というべき存在で、

    社会的に抹殺するぐらいの
    非難を浴びせる必要がある
    と、思いますが、

    それと同時に、

    現在の状況になるまで放置してきた
    外務省や自民党政府も、

    厳しく咎められるべきだろう
    と、思います。


    本書を読んで、
    ウソが、歴史になる と 痛感したのは、

    例えば、

    スコットランドのキルト は、
    (男性用のスカート)

    スコットランドの伝統だ
    と、なっていますが、

    実際は、

    18世紀に ランカシャの製鉄経営者が、

    ハイランドの森の木炭の製造する為に
    集めた労働者の普段着が、
    作業に適していなかった為に、

    軍の仕立屋に依頼して、
    作業に適した服 を 手軽に調えたのが

    キルト誕生の経緯だ とのことです。


    当時の スコットランドの人々 は、

    ズボンやもんぺのような、
    裁ち縫いした服 を 買うことが出来ず、

    長肩掛けを
    ベルトで止めただけのもの を
    着ていたそうです。

    キルトは、
    布を 体にマクだけで 出来ますので、

    安価で、手軽に支給できるから
    作られたのでしょう。

    出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」202㌻)


    また、

    タータンは、
    昔から 様々な意匠 があり、
    氏族の記章 と なってきた

    ということに、なっていますが、


    とある大手タータン製造業者が、

    氏族による違い という発想
    に、関心を持って、

    市場を 振興する為に うってつけ
    と、見て

    ハイランド協会 と 協定を結んで
    「基本図柄集」 を 刊行したのが 経緯 だ

    と、いうことです。

    出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」203㌻


    この様に、

    歴史上になかったものを、

    ねつ造により、
    歴史上に あったことにすること

    即ち、

    ウソが、
    歴史的事実になること が
    あり得るのです。


    先ほど述べたように、

    外務省や自民党政府の当局者は、
    猛省して、

    早急に、リカバリーの対応をされること を
    願っています。




3.「諸国民のヨーロッパ」の抜き書き


  本書は、最初に、

  「諸国民のヨーロッパ」と題して、
  本書の結論 を 要約して 論じています。


  ご参考までに、

  本書の総論部分である
  「諸国民のヨーロッパ」のパートを抜き書きして、

  著者のティエスさんの結論を ご紹介させて頂きます。



  < 「諸国民のヨーロッパ」 の抜き書き >


  近代の国民は、

  公式の歴史が語っているのとは異なるやり方で
  建設された。

  ナショナル・ヒストリー が、
  冒頭の何章かに描きだす、

  あの おぼろに霞んだ 英雄時代にまで
  国民の起源 が 遡り、

  そこで、
  太古の闇に包まれる と いうわけではない のである。


  本当の意味で
  国民 が、誕生するのは、

  ほんの一握りの人間が、
  「国民は存在する」 と、宣言し、

  それを証明しよう と、
  行動 を 起こした瞬間 なのである。


  その最初の例は、
  18世紀より前 ではない。

  近代的な、
  即ち、
  政治的な意味での国民は、

  それ以前には 存在しなかった。


  実際、

  この観念は、
  ある種のイデオロギー革命 に 根ざしている。


  国民とは、

  幾つもの絆で結ばれる、
  大きな共同体として
  構想されたもの であり、

  ・・・・ (以下略) 

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 2㌻



  アイデンティティが、形成されるプロセス とは、


  要するに、

  それぞれの国民の遺産 とは 何か
  を、決定し、

  その遺産の崇拝 を、
  広めることだった。

  ・・・・

  諸国民からなる
  新世界 を 出現させよう
  というのであれば、

  諸国民の遺産の目録 を
  作成するだけでは 足りない。


  むしろ、

  遺産 を 発明すること が、
  求められていたのである。


  しかし、
  一体どうやって?

  輝かしい過去 の 生きた証言 であり、
  国民の一体性 の 優れた表象
  と、成り得るようなもの と、いわれても、

  一体 何を、見つけ出せば良いのだろう?


  それは、

  並外れた 大きな課題 であり、

  長い時間をかけて、
  共同作業により 成し遂げられた
  のである。


  18世紀 の ヨーロッパ で、
  広大な実験的作業場 が 誕生し、

  ・・・・

  作業場の生産性 が、最も高まったのは、
  次なる 19世紀 である。

  国民の壁 を 越える活動であること が、
  その特徴だった。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 5㌻



  一つの祈願 と、
  一つの創意工夫 から、

  国民 は、誕生する。


  しかし、

  この虚構の物語 に
  集団 が、ついてこなければ、

  国民は、
  生き続けることは出来ない。


  挫折した試みは、数えきれぬほどある。


  成功は、

  改宗の勧誘 を、
  たゆまず やること で もたらされた。


  先ず、
  人々に、

  彼らが何物であるか
  を、教え、

  これに即して
  生きなければならない
  と、説得し、

  更には、

  集団の知恵 を
  彼ら自身 が 広めるように
  仕向けるのである。


  国民感情 が、
  自然に湧いてくる為には、

  それが、
  完全に 自分のものに
  なっていなければ ならない。

  それは、
  予め 教え込まれるべきもの なのだ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 6㌻



  国民 が 形成されるプロセス は、
  経済的・社会的な近代性 と
  結びついている。


  国民は、

  生産様式の変革、
  市場の拡大、
  商業取引の活性化

  に伴って 形成されてゆく。


  新たな社会集団 が 登場するのと
  時を 同じくして、

  国民 は、形成されるのだ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 7㌻~8㌻



  それは それとして、

  国民という 概念自体 は、

  一見したところ、
  あらゆる近代性への配慮 に
  ア・プリオリ に 逆行するようにも 思われる。


  何故なら、

  国民の原則 は、

  非時間的な共同体 を
  優位に 置くこと で 成り立っており、


  この共同体は、

  先祖の遺産を守る
  という一点から

  全ての正統性 を 引き出しているからだ。


  しかし、一方では、
  国民という概念 が、

  まさに、

  偶発性を免れた 絶対的な「保守主義」に
  根ざしているからこそ、

  経済・社会的な関係 の
  大変動にも耐えられる 傑出した政治的カテゴリー だ
  ということにも なるのである。


  全ては 変わりうる、

  但し、
  国民だけは、別なのだ。

  国民 を 持ち出せば、
  安心して 保証すること が 出来るだろう、

  世の中が、如何に激しく変化しようとも、
  途切れることなく 続くものがある
  ということを。


  西欧社会では、

  伝統の崇拝や、
  先祖の文化遺産 を
  顕揚する行為が、

  適切なバランス効果をもたらし、

  お陰で
  根底からの社会的転換 を 遂げながら、

  無秩序への転落 を
  避けること が 出来た。


  国民は、

  非宗教的な 同胞愛 を
  打ち建てるのであり、

  その結果、

  同一にして 不可分 の 遺贈品 を
  相続する者たちの間に、

  原理原則としての連帯感
  が、成立し、

  そこに、

  集団的な利害というものが
  存在すること が、明示される。


  国民とは、

  一つの理想にして、
  保護的な性格を持つ 審級であり、

  性別、収容、社会的地位など、
  他のアイデンティティ に 由来する連帯感 に
  優越する と、見なされる。


  国民への帰属
  という点のみから、

  個人 を 定義する
  原理主義的なナショナリズムの場合、

  他の根拠の基づく
  グループ、党派、組合などは、

  非正統的だ
  と、宣告することがある。


  こうした集団 は、

  非国民だ
  と、攻撃し、

  その責任者達 を
  告発して、

  彼らは、

  国民共同体 の 外部の人間 だ、

  それこそ、
  共同体 を 危険にさらしかねない

  と、批判するのである。


  しかし、

  こうした排他的なナショナリズム
  は、別として、

  一般的に言えば、
  政治や イデオロギーに基づく人間集団は、

  国民アイデンティティ と
  他のアイデンティティ決定要因 との間に、

  寧ろ
  複雑な相関関係 を 紡ぎ出すものである。


  共通の遺産が存在する
  という話 は、

  必要不可欠な神話
  のようなものであり、

  これに
  疑問 が、突きつけられることは
  滅多にない。


  政治的な選択や、
  時代によって変わるのは、

  寧ろ
  遺産の構成が、いかなるものか
  という問題だ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 8㌻~9㌻



  今日の国民国家は、

  政治的に 成熟した と、見なされており、

  一定の基準に照らして
  市民権への権利 を 定義している が、

  ・・・・・

  フランスのように 移民の多い国 では、

  長きにわたり、
  国民的な遺産 を
  しっかり認識しているかどうかを、

  前提条件とせずに、
  帰化 を 認めてきた。


  つまり、

  新しい国籍 を 取得した者たち、

  少なくとも、
  彼らの 子供達 は、

  「自然に」
  そうした認識 を 得るもの
  と、見なされてきた。


  今日の議論においては、

  「統合」という概念が、
  クローズアップされているのだが、

  そこでは、

  ある本質的な疑問 が
  否応なく 浮上する。


  ある国の国土で 生活する外国人 は、

  正確なところ、
  一体 何に向けて
  自分 を 統合しなければならないか、

  そして、

  統合 を 目指す 意思と能力 が
  あるということ を 示そうとする者 は、

  どんな具体的証拠 が
  求められるのか?


  おわかりのように、
  問われているのは、

  移民達 が、
  国の基本法 に 従う というだけのこと
  ではない。

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 11㌻



  今日、ヨーロッパ では、

  国民アイデンティティ と その保全
  を めぐる問い が、
  噴出しているが、


  おそらく
  その原因は、

  外国から入ってきた
  労働力の存在 では なくて、

  一つの現実認識
  にある。


  新しい形の経済活動 には、

  国民国家より広い集合体 を
  構築することが 必要なのだ。


  国民 を 越える枠組みである
  欧州連合 は、


  確かに、

  法律、経済、財政、警察、貨幣に係わる
  公共圏となってゆくのだが、


  これは、

  アイデンティティに係わる
  公共圏ではない。


  EUに 欠けているのは、
  象徴的な遺産 であり、

  これがあってこそ、

  国民は、
  集団的な利害や友愛や保護を、

  個人に 提供することが できたのである。


  ある種の逃避場所 として、

  国民的アイデンティティ に
  引き籠もろうとする気持ち は、


  要するに、
  分からないではない。

  ユーロから
  理想が生まれるはずはない のだから。


  それにしても、

  ヨーロッパの父 と呼ばれる者たちが、
  制度は創ったものの、

  真のヨーロッパを建設することは、
  忘れてしまったのだとしたら?

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 11㌻

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