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2014年12月12日 (金)

2014年7月 の フランスの地域圏の再編

JALさんの広報誌「AGORA」11月号に、

浅野素女さんが「地方のアイデンティティー」と題する
フランス地域圏の再編のニュースを紹介されておられました。


ティエス著「国民アイデンティティの創造」をご紹介した前回のブログで、
フランスの略史を述べましたが、

関連する 大変興味深いニュースですので、
簡単にご紹介させていただきます。



< 浅野素女さんの「地方のアイデンティティー」 抜き書き >

  出所 AGORA 2014年11月号 13㌻


1.この(2014年)7月、
  フランスの22の地方を、13に減らす法案 が、議会を通過した。

  フランスは、
  最小単位のコミューンが、33,500以上あり、

  その上に、96の県、
  更に、   22の地域圏に 区分される。

  今回は、
  地方行政の簡約化の為に、
  22の地域圏 を、13の地域圏 に、再編することになった。


2.22の地域圏 は、
  それぞれが歴史上、地形上の強力なアイデンティティーを持っているので、

  それを、
  政府主導で半分にすることは、そう簡単なことではなく、
  なんとか13に漕ぎ着けたのだが、不満はまだあちこちにくすぶっている。


3.浅野さんは、

  特に、
  アルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ=アルデンヌ が、
  一つの地域圏になることに、注目されておられます。


  アルザスとロレーヌは、

  ドイツ(神聖ローマ帝国)に属していたとの歴史的な共通項があるので、
  頷けるが、

  それに、
  シャンパーニュ=アルデンヌ が一緒になるとは、・・・・

  と、記述されておられます。


  注;(神聖ローマ帝国)は、かんりにん が、補足しました。


4.次に、
  地域圏の首府が、どの都市になるかについて、注目されておられます。


  ① アルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ=アルデンヌ

    アルザスのストラスブールは、
    欧州議会があって、ヨーロッパの首都と標榜しているけど、

    東端に位置する為に、
    西(ロレーヌ)のメッスに首府が奪われるかも知れない。


  ② 南フランスでは、トゥールーズとモンペリエが、
  ③ ノルマンディーでは、カーン、ルーアン、ル・アーヴルが、

    熾烈な争いが繰り広げられそうだ、と、記述されておられます。


5.更に、
  地域圏の名称がどうするのかも大問題である と、指摘されておられます。


6.最後に、
  地域圏の下部に位置する「県」が、
  現在所属している地域圏に所属するのが不満なら、

  来年(2015年)の地方選挙後に、別の地域圏に移籍も可能だそうで、


  ① ナント市が所属する ロワール=アトランティック県は、
    この機会に、ブルターニュに属したい意向であり、

  ② イール=ド=フランスの東北に位置する エーヌ県 は、

    ノールと合併されるはずの ピカルディから抜け出して、
    東隣の シャンパーニュ=アルデンヌ に 移りたい と、
    意向表明していて、

    あちこちで住民投票が準備されている と、記述されておられます。


以上、
浅野素女さんの貴重なニュースをご紹介しましたが、

私が印象に残ったのは、
1.アルザス、ロレーヌとシャンパーニュ=アルデンヌの合体
2.ナントのブルターニュへの復帰
3.ノルマンディーの首都争い   です。



1.アルザス、ロレーヌ と、シャンパーニュ=アルデンヌの合体


  アルザスは、

  中世において、神聖ローマ皇帝だったシュタウフェン朝の首府があった
  中世ドイツの心臓部とも言うべき地方なのです。

  フランスは、
  中世末期からちょっかいを出し始め、
  17世紀、30年戦争後に 軍事占領しました。

  それを、
  ビスマルクが、ドイツに取り返し、

  第一次大戦後、
  又、フランスが、取り戻したのです。

  ストラスブールに、
  プチフランスと称する地区がありますが、

  これは、
  ストラスブール、即ち、アルザスが、
  元々フランスではなかったから(こそ)、名付けられたのだろう
  と、思います。


  ロレーヌは、

  カロリング朝の故地であり、
  中世の始めから、フランスとドイツが、1,000年間争った地方ですが、

  中世では、
  神聖ローマ帝国が、領土権、支配権を維持してきました。


  フランスは、
  中世末期より介入を開始し、

  その後、
  本籍 神聖ローマ帝国、現住所 フランス という感じが続きましたが、

  正式に、フランスの領土となったのは、フランス革命の少し前です。


  この様に、
  アルザスとロレーヌは、

  神聖ローマ帝国の領土であったものを、
  フランスが占領した地方であり、

  シャンパーニュ=アルデンヌは、
  パリのあるイール=ド=フランスの東隣に位置する
  フランスにとって譜代とも言うべき地方なのです。


  ですから、
  この合体は、まさにフランスとドイツの合体であり、

  浅野さんが、
  本当に上手くゆくのかしら と、感じられのに、全く同感します。



  フランス と ドイツ(神聖ローマ帝国) との合体の観点からは、

  ソーヌ川両岸の ブルゴーニュ と フランシュ・コンテ
  リヨンと旧サヴォア領

  の合体も、興味があり、
  今後の推移を見ていきたいと思っています。

  また、
  リヨンは、フランス中央部のオーヴェルニュとも一緒になりますが、
  これも、今後の私の注目点の一つです。  



2.ナントのブルターニュへの復帰


  ナントは、
  中世の始めからブルターニュの首都でした。

  ブルターニュが、
  16世紀に、フランスに併合、植民地化され、

  ナントは、
  現在では、ブルターニュから切り離されていますが、

  ナントやブルターニュの皆さんのアイデンティティーは、

  500年間変わらず維持されてきたのだな、
  ここに至って、表面化したのだな、

  と、感慨深いものを感じます。


  数年前、
  ブルターニュを旅行したときに、

  ブルターニュの鉄道網は、
  パリ→レンヌ→ブルターニュ各地 と、張り巡らされていて、

  レンヌ と ナント、
  ブルターニュ南部の主要都市 ヴァンヌ と ナントの間は、

  支線扱いで、非常に使用の便が悪いと実感しました。


  ナントから、ヴァンヌやカンペールへの鉄道が、
  また、ナントとレンヌを結ぶ鉄道が、
  幹線となるのが自然だろう と、思います。

  この様に、
  本来、幹線になるべきものが、支線扱いにされているのは、

  フランス政府が、
  ナントを、ブルターニュから切り離すためにしたことなのでしょう。


  フランス革命の時に、
  ブルターニュが反乱した と、歴史書に記述されていますが、

  普通の日本人だったら、
  ブルターニュの外のナントでの反乱が、何故ブルターニュの反乱なのか?
  何故、ナントのロワール川に、反乱者の死体が浮かんだのか?
  と、訝しく感じられると思います。

  この様な疑問が生じるのも、
  フランス政府 の ナントとブルターニュを切り離そうとした政策 が、
  もたらしたものなのです。


3.ノルマンディーの首都争い

  浅野さんが、
  カーンも、ノルマンディの首府を競っている と、書かれておられますが、

  「カーンは、初耳だ」 と、感じられる方も、多いのではないでしょうか。


  私が、カーンを知ったのは、

  子供の時、
  第2次大戦の時の連合軍のノルマンディ上陸作戦を描いた
  「史上最大の作戦」という映画を見たときに、カーンが出て来て、

  「そんな町があるのだな」と、印象に残ったからです。


  カーンは、
  1066年イングランドを征服した
  ノルマンディー公ウィリアム征服公の本拠地であり、
  ノルマンディーの古都なのです。


  そのカーンが、
  ルーアンとノルマンディーの首都を競うということは、

  単なるノルマンディーというコップの中のヘゲモニー争いかも知れませんが、

  私には、
  中世の始めから連綿とつながった
  ノルマンディーの人々のアイデンティティーが、

  ここに来て表面化したのでは? と、感じられます。



以上、
浅野さんのニュースで感じたことをお話しさせていただきましたが、

このニュースからも、

国民国家は、人工物で、
「たが」が外れると、ばらばらになってしまう可能性を秘めたものだな
ということを、改めて、確認させられたな と、感じられます。

また、
日本でも同様ですが、

歴史により育まれた地域のアイデンティティは、
普段は、奥深く沈潜していて 表面に現れず、気がつきにくいものだけれども、

何かの拍子に必要が生じると 表に出て来て、
政治や経済をも動かす 強力な力を秘めているな とも、痛感しています。


前にも書きましたが、
今後のEUの推移を見るときに、

加盟各国とEUとの関係に付け加えて、
各国の中の地域が、どのようにEUと結びつきを持とうとしているのか
についても、

歴史を動かす原動力の一つのファクターとして、
注目していかねばならないと思います。

 

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