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2016年7月 3日 (日)

イギリスのEU離脱についてのちょっとした論点

2016年7月1日


今回のイギリスのEU離脱について、

メールをいただいた友人に、
次のような返信をしましたので、ご参考までにご紹介させていただきます。


1.今回の問題は、世界を揺るがす政治的、経済的大事件なのだろうか? 


  
今回の離脱は、
  歴史上の視点からは、興味ある問題ですが、

  現実の
経済や政治上の視点からは、
  マスコミが騒ぎ立てるほどの大事件なのか?との気がしています。


  
冷静に考えると、
  
イギリスが、EUから分かれるだけですよね。

  イギリスは、
  
ユーロを使用せず、独自通貨を使用していますし、
  EUを離脱しても、関税などの貿易協定は現状と変わらないでしょう。


  大分前(といっても5年以内ですが)
  ユーロスターで、パリからロンドンに行ったとき、

  パリの駅で、空港のパスポートコントロールと同じ手続きが必要なのには
  びっくりしました。


  EUのほかの国への移動は、
  フランス国内の移動と変わりませんでしたので、


  イギリスは、
  EUに加盟していても、EUとは一定の距離を置いているのだなと、
  
実感しました。


  ですから、
  イギリスがEUを離脱しても、一過性のショックはあったとしても
  根本的に、今までと何が変わるのか?について、
  私にはよくわかりません。


  今更、
  EUとイギリスの間で、関税障壁合戦をするとは思えません。


  ロンドンからフランクフルトにヨーロッパの金融センターが
  移動したとしても、


  ヨーロッパというコップの中の移動であって、
  世界的にはどうという問題ではないのでは?
という気がします。


  
マスコミは、
  今日の為替や株がこのように変動したから大変だ
  と、目先のことを言うばかりです。

  
リーマンショック並みの問題だというなら、
  そのメカニズムを説明してほしい と、
  マスコミ、有識者にお願いしたいと思います。


  
勿論、
  イギリスの離脱を引き金にして、EUがばらばらになってしまうなら、

  これから、
  今後の歴史の歩みについて、いろいろな問題が生じるかもしれませんが、


  イギリスのEU離脱自体の直接の政治的、経済的な影響は、
  一過性のショックで終わるのでは?という気がしています。


  歴史の歩みにいろいろ問題が生じるということで、
  すぐに頭で浮かんでくる大変重大な問題点は、

  イギリスとEUの離脱交渉がまとまるまでの間に、、、
  
  ① イギリスに追随して、EUから離脱する国が現れたり、
  ② EUと直接結びつきたいと要求する地域が、
    独立を主張するなどにより、

  EU各国において、国民国家解体の問題が表面化して、

  
EU全体が大揺れして、
  ひいては世界中が大変な動乱に巻き込まれるかもしれないことです。

  このこととが表面化したら、今回のイギリスのEU離脱は、
  歴史の流れにおいるエポックメイキングな事件だったとの評価が、
  なされるようになるかもしれません

  この意味から、EU全体の動向については、

  短期的な 表面上の現象がどうなるかとの視点でなく、
  長期的な視点、今後の歴史動向との視点から
  注視していかねばならないだろうと考えています。 





2.新たな類型の民族問題の出現


  
 
今回の離脱の原因 が、
  民族問題であることを知った時には、びっくりしました。



  私は、恥ずかしながら、
  
当初、今回の離脱問題は、主権のあり方についての議論だろう
  と、想像していました。

  
ですから、
  
イギリスで、国会議員が殺されたことが、国民投票に影響する
  との報道が、イギリスでなされているのを見て、


  何故、関係があるのだろうか? 
  と、理解できませんでした。

  日本のテレビのニュースでは、
  何故、事件が生じたのかについては説明がなかったのです。



  
これは、日本のマスコミが、

  
いかに、偏向した(偏った)報道をしているか、
  いかに、自分の都合の悪い事実
を伝えないのか、
 
  を、改めて示していると思います。


  世界の最先進国の一国であるイギリスで、
  マスコミの忌み嫌う民族問題、人種問題から
  EUの離脱問題が生じたということは、

  尖閣問題や舛添問題により朝鮮や中国への反感を強めている
  日本人には隠しておきたいこと、都合の悪いことだったのでしょう

  と、今回の問題の本質を理解してから、感じました。



  イギリスの国会議員殺害事件について理解できないのは何故だろう?
  と、こ
の点に注目してネットなどを見てみると、

  
今回の国民投票の原動力は、主権のあり方は二次的な問題で、

  
一次的には、
  外国人が、無制限に流入してくることを
  EUが押し付けてくることへの反感から生じた問題だ と知り、

  
それでは、
  ユダヤ人排斥と同質の問題ではないかと、ある意味びっくりしました。


  即ち、
  EUの拡大により東方諸国の人々が、
  EU域内で自由に移動できることを利用して、
  蟻が蜜に群がるようにイギリスに押しかけていることに、加えて、

  直近では、
  イスラム系の難民と称する人々が、どっと押し寄せてくるのを、
  EUが、受け入れろ と、押し付けていることに
  イギリス人の反感が高まって、

  そんなEUなら、離脱してしまえと、
  国民投票にまで至ったということでした



  私は、
  
ブッシュのイラク戦争の時に、今後の歴史の波乱要因は、

  民族族問題、
  
強盗国家(独裁国家)、
  アメリカなどの覇権国家、
  
の 3つであろう と、考えていました。


  民族問題については、

  国民国家のタガが緩んだことを契機にして
  国民国家に 不本意ながら所属させられてきた 主権を奪われた地方 が、
  独立を要求したり、
  直接、地域共同体につながりたいと要求することにより、

  国民国家のタガがますます緩んで、国民国家が解体して、
  収拾が困難な事態が生じるのではと考えていました。

  例えば、
  バスク人やクルド人がそうでした。

  また、
  ベルギーのようにフランス系とドイツ系の分離のような問題もありました。
  スコットランドの独立についての国民投票も、この動きの一つでしょう。


  その意味で、今回のような、

  ① 地域共同体内の地域間格差、経済格差が原因での民族の大移動や、
  ② 地域共同体の外の人々が、
    豊かな生活を求めて大量に流入してくることによる
    受け入れ国による反感が生じて、民族問題が発生することは、

  現代という歴史段階において登場した、新たな類型の民族問題でしょう。


  なお、
  難民問題は、
  ある国で内紛や内乱が生じても、関係各国の連携により収束されて、
  基本的には、歴史を揺るがすような大量の難民は発生しないものです。


  (注) 「大量の難民は発生しない」について

      内戦においても、
      数十万人~100万人単位の難民は発生します。

      ここで、「大量の難民」というのは、

      難民を口実として、豊かな社会に引き寄せられて
      流れ込んでくる数千万人の人々のことを 指しています。

      ドイツの首相は、
      上記に対する歴史認識が欠落していた故に

      近視眼的に、数十万人単位の人 を 受け入れるつもりで
      数千万単位になり得る人を、ヨーロッパに呼び込む政策を実施して

      ヨーロッパ社会の安定を脅かした と、評されるのだろうと思います。



  今回の現象により表面化したことは、

  難民問題が発生すると、それに便乗して経済的に豊かな国や地域に移動する
  数千万人単位の大量の予備軍 が 存在するので、

  彼らの大量移動に対してどのような対策をとるのか、という
  人類の英知が試されていると言っても過言ではない課題が
  重くのしかかってきたことでしょう。

  ブッシュのイラク戦争(「歴における現在」再論)
  http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm



  今回のイギリス人の外国人に対する反感は、

  どのような価値観により評価するかにより、
  是非の判断は異なると思いますが、

  彼らが、そう考え、要求するようになった心情は、理解できます。



  即ち

  受け入れ側の都合を考えずに、
勝手によその国に入り込んできて、

  
受け入れ国であるイギリスのルールを無視して、
  平穏な生活の脅かすような
やりたい放題しでかして、

  社会福祉などの社会的なサービスやメリットを要求し、享受する、
  というような連中に、
イギリス人が、反感を持つのは 当然のことでしょう。


  アメリカでも、
  
トランプ氏が共和党の大統領候補にまで抬頭したのは、
  同質の問題があったからです。


  中国の共産党政権が崩壊して、内乱状態になり、
  
数千万人単位の中国人が、難民と称して 日本に押し寄せてきたら、
  
今回のイギリスの比ではない大問題が日本で生じるでしょうから

  今回のイギリスのEU離脱問題をもたらした 新たな類型の民族問題は、
  日本が他山の石として、真剣に検討すべきものだと思われます。


  
この問題が生じる根本は、
  
民族移動の起点となった国家の無責任さが原因ですが、

  
実際に生じた問題をどう対処すべきか、
  
政治・経済的にも大変な難問を人類は背負い込んだな
  という気がしています。

  
これも、
  今まで想定していなかった
  国民国家から地域共同体への移行の際に生じる一つの問題でしょう。

注) 国民国家より地域共同体への移行の際とは、
   国民国家のタガが外れているのに、地域共同体が確立していない
   過度期 を、意味します。




従来類型の民族問題
即ち、
このブログの最初で述べたように、

主権を奪われた地域が、EUと直接結びつきたいと要求する動きである
スコットランドの動向も、注視していかねばならないでしょう。

というのは、
スコットランドの要求が、

① EU加盟のため 独立を要求する 国民国家の中のある地域が
  現れるとともに

① そのような地域の独立により、
  国民国家である自分の国が解体されるのを防ぎたい
  いくつもの国が、

  国民国家のタガをはめなおすために、
  イギリスに追随して、EUより離脱することにより

  EU自体の解体の可能性が現実化する可能性もありうるからです。


スコットランド首相が、
EU議長に「EU残留」=「スコットランドの独立」を意向表明した直後に、
フランスとスペインが、即座に否認しましたが、

これは、
フランス、スペイン両国で、スコットランドと同じように地域が
EUと直接結びつく=独立の動きが表面化することを
警戒したからなのでしょう。

 
スペインは、
バスク問題がすぐに思いつきますが、

最近では、
バルセロナ分離問題が、より大きな問題として
クローズアップされてきています。

バルセロナ分離というと、
日本人にはピンと来ないと思いますが、

要するに、
15世紀に統合したしたカスティリャとアラゴンの分離、分裂
即ち、
スペインの分裂を意味しているのです。

そんな問題を抱えたスペインが、
スコットランドの要求を、「はい、わかりました」と、
受け入れるはずがないのは、当然です。

フランスが拒否した理由は、私にはわかりません。

フランスは、
パリのフランス王権が、外国を含む各地方を併合して
出来上がった国ですので、

日本では報道されていない分離、独立問題があるのかもしれません。
  

このように、

① 国民国家のタガが緩んで、
  
国民国家が解体するムーヴメントが生じること、
② また、
  国民国家の解体の動きを阻むために、
  EUから分離する国が、ドミノ倒し的に発生して、
  EUの解体に向かうムーヴメントが生じること

に、注目せねばならないことを認識しておくべき
だろうと思います。


アメリカも、今後

WASPの支配力が落ちてきて、
国家が分裂するまでに至らないとしても、
国としてばらばらになって、
各地方が分立していくような気がしています。



技術の進歩により、

統治単位、経済単位が従来の国民国家に収まることができなくなり、

さらに拡大した単位である地域共同体に、

長期的な歴史は動いて、収斂するはずであり、

その先には、

地球連邦への道があるだろう と、確信していますが、
  

その動きの過程では、

今回のように、地域共同体も、従来の国民国家も 無視した、

アナーキーな状況が生じることがあることが、

頭ではなく、実地で理解できたということが、
今回の教訓ではないでしょうか。
 


歴史というのは、いろいろな紆余曲折を経るもので
今回の英国の離脱も、後から振り返ると
大きな歴史の流れに棹さす、泡のようなものだった
と、評価されるだろうと感じられますがすが、


渦中に於いては、
今後の動向の視界が不透明なことは否めないため、

歴史に対する野次馬の私にとって、
今後の動向がどうなるか興味津々です。
  

その意味で、

もう少し若ければ、もうちょっと歴史観察を楽しめるのに、

と、残念がっています。
 
 
 

ちょっと本筋から離れますが、
 

ロンドン市が、イギリスより独立しようとの声を上げているのに、

「面白い」と、微苦笑しています。


ロンドンは、

イングランド史で、特別の地位と役割を果たしてきて、

国の中の独立国家のような存在として、
イングランドを左右するほどの力を持っていた町でしたが、


21世紀になっても、

中世と同じようなメンタリティーを彼らが持っているのだな、

と、確認できたのは、収穫でした。


今回のような問題が日本で生じても、

東京が、日本より独立しようなどの動きはあり得ませんよね。
 

都市間の外交で、「市の鍵」を贈呈することをよく見ますが、

中世においては、
降伏した際に、市長が征服者に実際に使用していた市門の鍵を
渡すのが通例でした。


今回、
城壁に囲まれた中世の町が、ロンドンに忽然と現れて、

「市の鍵を、イングランドには渡さないぞ」と叫んでいるような
感じがして、面白がっています。


3.ヨーロッパの「繰り返しの歴史」への傾斜
  
ヨーロッパが、
「積み重ねの歴史」から「繰り返しの歴史」に移るのでは、と感じたのは、

フォルクスワーゲンの事件の時でした。

あのドイツも、
「積み重ねの歴史」の負担に耐えられないのかと、
感慨深くニュースを見ていました。



また、
パリやロンドンを訪れる度に
この数十年で、彼らの植民地だった人が多数働くようになったのを見て、


フランスもイギリスも、
「帝国主義時代の重荷を背負って大変だな」と感じながら、
「それにしても、よく我慢して、受け入れているな」と、感じていました。


更には、
イギリスの政治が、イギリスらしさが薄れてきたな、

その原因は、
イギリス人でない人々(具体的には、植民地から移住してきた人)が
増加したからではないかしら?
と、感じていました。


アメリカも、先ほど述べたように、

WASPの支配力が衰えてきて、「積み重ねの歴史」が薄れているのは、


スペイン系などの移住者が増加して、自分たちの勝手な主張をして

社会を混乱させているからのような気がします。


もともと、
ヨーロッパやアメリカで、
「積み重ねの歴史」を担う人は、少数派でしたので、


その少数派が、さらに比率を下げて、僅少派になると、

「繰り返しの歴史」の国と、そんなに変わらなくなってしまうような
気がしています。


「繰り返しの歴史」の国である
中国や韓国 を 見ても、

「繰り返しの歴史」の国でも、
「積み重ねの国」が今まで積み重ねてきた技術、知識を、
パクることができ、それらしいものを作ることもできることが
分かります。


ただ、
「繰り返しの歴史の国」は、

既存の技術や知識に新たな上乗せができないだけなのです。

それはそれでよいのでは、と考えれば、それでよいのです。


ヨーロッパやアメリカには、ごく少数の人ではありますが、
「積み重ねの歴史」を担える人がいるでしょうから、

それなりに、
「積み重ね」が行われるかもしれませんが、


組織だって、ぐいぐいと歴史を積み重ねていくことは
できるのかな?
と、疑問に感じています。



今回のイギリスの国民投票で感じるのは、

フランスとドイツの政治面における「繰り返しの歴史」化です。

ドイツ首相は、東ドイツの出身で、
マルクス主義の教えが、骨の髄までしみ込んでいる人でしょう。

ですから、
行動の端々に、「繰り返しの歴史」が見え隠れしてくるのでは?
と、感じられます。


フランスは、
共産党の勢力がヨーロッパの中でも大きな国です。

トッドさんをはじめとして、多数の知識人が、
マルクス主義者 ないし そのシンパ なのでしょう。


マルクス主義が、
「繰り返しの歴史」の世界の思想である、
との私の仮説については、
次のブログを参照いただければ幸いです。


ヘーゲル「歴史哲学」における進歩史観やマルクスの史観は、
キリスト教終末論のパクリでは?
http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-6e04.html



今回のイギリスの問題も、

EUをリードするフランスとドイツの指導者、
特に、ドイルの首相が、
引き金を引いた と、言ってもよいのではないだろうか
と、感じています。



4. 過去の地域共同体(含む共同体類似)とEUの違い


歴史上の地域共同体の前例は、
アメリカ合衆国です。

13の邦(State)が、
アメリカ合衆国という一つの地域共同体を作ったのです。

各州(各邦)は、 主権を保持していましたが、
一つの地域共同体となるために、
外交権は、地域共同体の政府である連邦政府に委任しました。


地域共同体類似の存在は、

16世紀末のフランスと
19世紀の日本(明治維新)

が、思いつきます。



アメリカは、
建国後100年足らずで、黒人奴隷を巡って南北戦争になりました。

黒人奴隷問題で、北部と南部の意見が衝突して、
南部が、「それなら主権を行使する」と、連邦から離脱したのです。

原因は別ですが、「主権の行使による離脱」という経緯は、
今回のイギリスのEU離脱と同じです。


今回のEUは、イギリスの離脱を認めていますが、

当時の北部、即ち リンカーン大統領は、
南部の離脱を認めず、武力での解決となりました。

もし、南部が勝利していたら、
アメリカは南北に分かれていたのです。

アメリカの統一が維持できたのは
リンカーン大統領が、
「統一
(主権)を維持するとの断固たる決意」をもって
戦争に勝利したからです。


 
16世紀末のフランスとは、
所謂、「3アンリの戦い」を指しています。


フランスは、
15世紀末にフランス王権が中央集権を確立して、
ほぼ現在のフランスの中央集権国家を形成しました。

(正確には、現在のフランス領土と比べると、
 ロレーヌ、アルザス、サヴォイ、フランドル南部など
 抜けている部分も多いです。)

それから100年もたたないうちに、宗教戦争が勃発し、

3アンリの戦いで、

アンリ4世が最終的に勝利して、ブルボン朝を創始した と、
歴史の本に書いてありますが、

フランソワ・バイルー「アンリ4世」の伝記を読むと、
 

3アンリの戦いのとき、
フランスは南北戦争勃発必至の状況だった
と、記述されています。

一言でいうと、

フランス王アンリ3世は、

ロワール川のいくつかの町しか支配していない
室町将軍みたいな存在で、
  
ロアール川以南には、

南部共和国の大統領のような存在のアンリ4世、
  
ロワール川の北には、

中世の封建社会にフランスを戻そうとした諸侯代表の
ギーズ公アンリが、
にらみ合っていたとのことです。
 
 
実際には、

室町将軍のような存在のフランス王アンリ3世が、
ギーズ公を殺害し、

 
その報復に、 

アンリ3世も、ギーズ公陣営の刺客に殺害されて、
  

アンリ4世が、フランス王に即位したのですが、
 

もし、ギーズ公アンリが暗殺されていなければ、
北フランスと南フランスの戦いが生じて、

フランスは、
北フランスと南フランスの2国が並立していたかもしれない
と、バイルーは記述されておられます。
 

  
アンリ4世即位してから、
北フランスのギーズ公アンリの配下の諸侯を
一人一人、金銭や地位で屈服させていき、

最後に残ったブルターニュ大公を降伏させて、
ナントの勅令で、フランスの統一をなしとげました。
 

即位からナントの勅令まで、
10年近くの道のりが必要だったのです。
 

実は、
さらに、その後も反抗を続けたサヴォイ公 を、
17世紀初頭に、アルプスの向こうのトリノに追い出して、
本当の意味の平定が終了しているのです。


このような経緯を見ていると、

アンリ4世の「主権を死守して、フランスの統一は維持せねばならない」
との決意が、
大きく結果をもたらしたなと、感じられます。
  

  
  

19世紀の日本は、明治維新です。
 

明治維新直後に、廃藩置県を実施して、大名を東京に呼び寄せ、

明治政府が、各藩を直接統治するようにしたのが、

明治維新の成功の秘訣だろうと考えています。

廃藩置県により、
明治政府が、各藩の主権を取り上げたことが、

その後の不平士族の乱に直面しても、
統一を維持できたた理由なのだろう と、思います。
  

 

このように、過去の地域共同体の例を見ると、

各地方の分立していた主権(統治権)を、中央政府が召し上げたことが、

地域共同体の分裂を阻止し、統一を維持した秘訣だろうと思います。
 
 
この点、

EUは、各国の主権をそのままにしていますので、
 

EUが、主権を有する単独の統治体となっていないことが、

分裂するとしたら、分裂をもたらす大きな原因だろうと思います。
 

 

ギリシアの経済危機の例を見ても、
 

現状においては、ドイツに 主権があるわけですから、

いくら ギリシャより 貿易で利益を得ているから と 言って、
 

ドイツや、ドイツの個別企業の債権を、「棒引きにしろ」と
要求するのは、
乱暴すぎる議論でしょう。
 

 

しかしながら
もし、EUが、主権を持っていれば、

EU全土から、税金を徴収して、地域交付金として
ギリシアやイタリアなどの地域に、
配布することになります。

 

現状においては、EUに主権がないため、このような対処ができず、

EUの地域的な経済問題が生じても、
各国のにらみ合いに終わるしかないのです。
 

 

そうこうしているうちに、
 

今回のイギリスの民族問題が勃発して、

イギリスが離脱を決意する事態になりました。
 
 

これも、

もし、EUに主権があれば、

EU全体の視点から、対処することが可能なのだろうと思いますが、
 

現実には、

ドイツやフランスなど各国のばらばらの対応で、

まともな対処ができない状況になっていて、

 それが原因で、EUの分裂の危機が訪れているのです。
 

 

 

過去の地域共同体を見ると、

地域共同体ができて、100年以内に分裂の危機が
持ち上がっていますので、
 

戦後70年を経たEU が、 

これまでに主権を持たずに来たことが、

分裂の危機をもたらしているのだろうと言えると思います。

 

その意味から、

EUは、これから大変な難局に直面するでしょう。
 

 
これを乗り切れるのか否かは、私には判断がつきませんが、

一つだけ言えることは、 

 

国民国家より地域共同体への動きというのは、
 

技術の進歩により、
統治単位、経済単位が拡大したことによるものである以上、 

 

いつの日にかは、

一つの主権を持った地域共同体が現れることは、
間違いないだろう
と、思います。

 

この実現する日が、

10年後なのか?

100年後なのか?

それとももっと先なのかは、 

人類が、どれだけ賢くなっているかによって、決まると思います。 



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