パレスチナ

2022年4月19日 (火)

トランプ大統領は、「本当は 大統領になってはいけない人間だった のかな?」

ウクライナでの戦争が勃発した頃、
友人から

トランプ大統領 は,
「本当は、大統領に なってはいけない人だったのかな?」
とのメール を いただきました。

長年の友人であり、本音で会話をしてきた友人なので、
「マスコミしか 情報源のない人 の 事実から 遮断されている人 の 言ですね」
と、思わず書いてメールしてしまいました。

今回は、
「何故、このように考えたのか」
「国民国家から地域共同体 を経て 世界連邦 に 歩み始めた歴史 の 現在」
について、
皆様に、お話しするのも 意味あることでは?
と 考えて、

友人へのお詫びかたがた、
現在の歴史段階についての 私の見方、

更には、
最近勃発した ウクライナ戦争の根底に横たわる と 考えられるもの
について、お話しさせていただきます。



    * * * * * * * * * *



1.1990年ころに、
  約500年間続いた国民国家の歴史が終了して、
  地域共同体から世界連邦への歴史が 歩み始めた
  と、考えています。

「積み重ねの歴史」
(北フランスからベネルックス諸国 よりイングランド、更にはアメリカ
 の地域 と 日本)
の 諸国 が、

「繰り返しの歴史」(「積み重ねの歴史の国」以外の国)に 勝利して、
チャンピオン決定戦となり、

決勝トーナメントだった
第一次大戦、第二次大戦 に 勝ち残った アメリカ と ソ連 が、

チャンピオン決定戦である冷戦(第三次大戦)を
約半世紀 戦って、
アメリカが最終的に勝利したのが 1990年ころでした。

熱戦
即ち
米ソの直接対決にならず、

冷戦という
中国の国共内戦 から始まって アフガニスタンに至る
代理戦争による消耗戦になったのは、

米ソともに 原水爆を保有して、
米ソ両国共に 直接対決すると、世界の破滅であることを
流石に理解していたからだろうと思います。

勝利したアメリカも、
単独で世界を支配する力がないことは、勝利後すぐに 明白となり、


歴史は、
新たな歩み、
新たなステージでの 歩みを 始めたのです。

決勝戦に出場した
アメリカ も、ソ連も、

国民国家ではなく、地域共同体、

言い換えると
連邦制 の 国家組織 でした。

これが、
「積み重ねの歴史」の源であった
米ソと比べて 規模の劣る 国民国家だった
ヨーロッパ諸国 や 日本 が、

準決勝で敗退した原因でした。

また、
国民国家の歴史を大転換させ、国民国家の歴史を終焉させた
一番の原因 は、

「技術の進歩」により

経済管理単位 や 政治管理単位 が、
即ち
社会の「管理単位」が、

国家レベルでは 収まらなくなり、
より拡大した地域を管理単位をせざるを得なくなったことが
根本原因です。

例えば、
日本が 「失われた30年間」と言われ、
GDPが伸び悩んで、あとから日本を追いかけていた 中共 に 追い抜かれた
と、よく聞きますが、

これも、
経済の管理単位が拡大した結果、
言い換えると
日本国内に収まりきらなくなった日本経済が、
外国にまで拡大した結果

日本国内だけ見たら、
停滞しているにすぎなかったからです。

何故このようなことが生じたのかというと、
従来、日本国内に立地していた工場が、
競争力を維持するために外国に移転していったからです。

例えば、
トヨタさんの生産台数は、

1990年代頃は数百万台だったのが、
現在では1000万台レベルまでに 飛躍的に増加しています。

このように、
個別企業レベルで見ると、

もし、日本経済が拡大して 需要が増加しても

外国 で 増設した工場の 生産を増やして、
外国から 日本に 製品を持ち込んで、日本の国内需要 を 満たす体制
を 構築しているのです。

ですから、
日本の需要に対して、日本プラス外国の生産(供給)を見たときに、

供給 が、常に 国内需要を 上回っているで、
日本の物価が上がらず、GDPも足踏みをした結果となったのです。


でも、
何故かしら、日本は豊かな国となりました。
経済が停滞しているのに、豊かさを実感するようになったことを、
不思議 と 思われませんか?

世界一の債権国となり、
外国への援助 や 国際協力の規模 も、

私が若い頃
数億円から 精々 数百億円 だったものが、

現在では、
平気で 数兆円規模 に 拡大しています。


われわれの日常生活も、
豊かになったと感じられていませんか。

例えば、

私の若い頃
エアコンは、一家の1台あるのが普通でしたが、

現在では、
各部屋に1台設置されておられる家庭 が
増えておられるのではないでしょうか。

車も、高根の花で、
「いつかはクラウン」とのPRフレーズ (キャッチフレーズ)が
広まりましたが、

豊かになった現在の日本では、
クラウンも一つの選択肢であるとともに、

高根の花だったクラウン自体の生産 が、
終了しようとする時期を迎えています。

これは、
豊かになった日本の需要のレベルが上昇して、
いろいろな選択肢 を ユーザーが持てるようになった結果
はないでしょうか。

以上お話ししたことが、

ネット を 拝見していると、
以上でお話しした視点からの議論や研究が
経済学者の皆さんから、聞こえてこないような気がしています。

90年代に
メガ・コンペティション(大競争の時代)
経済のグローバル化
と 喧伝されたのが、最近 ほとんど聞かれなくなったのは、

一時 の 流行言葉(はやりことば)だったのだろう、
本当に90年代に歴史が大きく動き出したことを 理解していなかったのだな、
と、皮肉を込めて 最近の世の中の動きを見ています。

このように
管理単位が拡大しているのに
いつまでたっても 日本という国民国家 を 単位 で 議論されておられるのが、
不思議でなりません。

30年前に、私が
「歴史が、500年間の国民国家の歴史が終了して、
 地域共同体を経由して世界連邦への歩みを始めた。」
と、申し上げても、理解される方が、私の周りに 一人 も おられませんでした。

このように
歴史への感度が低い方が、経済学者となっておられて、
学校で 学んだ 知識 を 糧 に 毎日を過ごされ、生活されておられる結果

いつまでたっても 日本国内のGDPだけを見て、

失われた30年 と 日本を卑下し、貶める議論ばかり を
「意図的に」に展開されておられのでは?
と、つぶやいています。

「意図的でない」としたら、
「馬鹿丸出し」ということになりますので、

子供の時から大秀才として自他ともに認めて、
周囲から ちやほやされて育った経歴の方が、
学者の大半の方でしょうから、

まさか そういうことは ないだろう
との前提で、お話しさせていただきました。

いずれにせよ、
門外漢の私には、経済学は、需要と供給に関する学問
と、思われますので、

これからの歴史の歩みにおける下での 需要と供給について

言い換えると
管理単位が、従来の国民国家より拡大した世界における
需要と供給の関係について、

および
今後の内外(日本と外国や国際機関)の
経済政策 と 国際関係(外交)の在り方について

ご説明していただける学者の方が
登場されることを 期待しています。




2.トランプ大統領を生み出した 歴史的必然性


先ほどから、

国民国家の歴史より 地域共同体、世界連邦への歴史の歩みが始まった
と、申し上げていますが、

歴史 が、大転換しても、
その時点で
大々的に看板などにより 周知徹底されるわけでは ないのです。

歴史の転換 というものは、
あとから気が付いたら、あの時転換していたな
と、気が付く類 の 性格のもの なのです。

1990年代当時、
先ほど申し上げたように、
メガコンペティション、
経済のグローバル化 など と
喧伝されましたが


詳しく調べたわけではありませんが、
これらの経済現象が、

歴史 が、500年単位の時代が終了して 大転換した結果である
との認識は、一般には 全くと言ってよいほど ありませんでした。

ですから、
経済のみならず 政治の世界においても、
従来通りの 感覚 や 考え方 で、社会 が 運営されてきたのです。

でも、歴史は、
確実に 転換して 国民国家より地域共同体への歩みを始めているのです。

この歴史状況下において、
例外的な政治家として 頭角を現した のが、
トランプ大統領だ と 考えています。

トランプ大統領を、来るべき歴史の担い手である
と、評価しているわけではありません。

逆に、
歴史に逆行するナショナリストの政治家
歴史 に 棹(さお)さした政治家 として、

後世で評される政治家だろう
と、考えています。

というのは、
歴史への感覚 が 鋭い政治家だけが、

無意識にしろ、無自覚にしろ
来るべき地域共同際の世界 を 感じることができるのだろう
と、思います。

その歴史への感覚 の 鋭い政治家 は、
歴史の歩み を 感じるゆえに、または、感じる能力があるが故に

来るべき地域共同体の社会(世界)
において、

自分が属する国、自分がリードする国が、
しかるべき地位、

言い換えると
地域共同体をリードする地位

になるように もっていきたいい
と、考えて、行動 を 開始するのです。

そのためには、
現在政治を担当している国が、
ライバルの諸国の中で 際立った存在 と なっておらねばならない
と考えるのだと思います、

ですから、
表面に現れた 地域共同体 への動き
例えば、EU や TPP に 反対する政治行動 を とるようになるのです。

従って、

その他大勢の、凡庸な 私利私欲を追求するために
政治 を 生活の糧、生業(なりわい)としている 人々

現在の社会潮流 に 漫然 と 流されているような 人々
に とっては、

理解のできない政治行動をとるのです。

これが、

トランプ大統領が、
歴史の動きに敏感で、無自覚にせよ 目覚めているが故に

同僚の政治家 や 大手マスコミ から
集中砲火を浴びる原因だろう

と、思います

即ち、

自分の指導する国 の 利益 が、
仲間の国(友好国)よりも 優越するため の 政策、

トランプ大統領に即して言うと、
MAGA(Meke America Great Agein)が、

まさに その表れ と いうべきだ と 思います。


アメリカ合衆国は、

現在でも、
世界 で 唯一 の 地域共同体からなる国家 ですが、

トランプ大統領 の 政策 は、
いくつも地域共同体 が 存在し、並列するようになっても、

その中において
アメリカ合衆国 が、リーダーシップ を とり続けることのできる国(地域)
であるために、
アメリカ合衆国 を 強化するための政策 だったのだな、

と、後の世で 評価される政策なのだろう
と、思います。

トランプ大統領 が、
TPPより脱退したのも、この現れではないでしょうか。

即ち、
現時点で、アメリカ合衆国が、

日本や環太平洋諸国と、経済面で競争するのは避けた方が、得策である
(あけすけに言うと、
 正面から勝負すると 負ける可能性が大であり、
 アメリカのリーダーシップ、国益 を 損ねることになる)

と、判断されたのでしょう。

このように、無意識、無自覚にせよ
来るべき 将来(社会)において、
自分の国に しかるべき地位 を 確保しておこう
と、考えて

時代の流れに 一見する と 逆行する政治家が、現れ始めたことが、
歴史が地域共同体の世界に向けて 歴史が、
歩み始めたことのあかしであろう
と、考えています。


国民国家の歴史が、
1200年頃 歩みを開始してから
1490年代に 現実の国民国家の歴史として確立するまでに、
約300年 かかりましたし

その後、500年間 国民国家の歴史が継続しました。

このことから推測すると、

地域共同体としての歴史が はっきりとした姿を現すまでには、
数百年単位の時間 が 必要だろう

と、想像していますので、

来るべき時代の担い手となる政治家像を、
明確にお話しすることは、現在の私にはできませんが、

トランプ大統領のような

歴史の歩みに 一見すると 逆行するような政治家 が 現れた ことこそ が、
地域共同体の世界 に 向けて
歴史 が 歩んでいるあかしだ と、考えています。

もし、フランス の ルペン氏 が
今回のマクロン氏との再選挙で勝利して、フランス大統領に就任されておられたら、

トランプ大統領 と 同じような政治路線

即ち、
フランス を 偉大な国 にして 
ヨーロッパ の リーダー国としての地位 を 確立しよう

と、されたのでは ないでしょうか。

また、
英国 の ジョンソン首相 も
本質は、このような系譜に属する政治家だろう
と、考えています。

(現在 バイデン大統領の子分のような政治活動をされておられますが、

 これは、
 英国 の 現在の力、国際政治における立場 を 考えて、
 不本意ながら 政治判断をされておられるのでは?

 と、推測しています。

 ちょっと、甘すぎの評価とのご批判 を 受けることを、自覚していますし、
 甘んじて受けさせていただきたいと考えてえいます。)


ですからですから、

「積み重ねの歴史」のリードする 英米仏 三国 において、

トランプ大統領 が
2024年の大統領選挙で 復活して、
英国 ジョンソン首相 や フランス ルペン氏 と
タイアップしながら、競い合って 世界がリードする世界

言い換えると
共演しながら、しのぎあう世界 を、
生きているうち に 見ることができればな
と、願っています。 



3.「繰り返しの歴史」による 「積み重ねの歴史の国」への復讐
   ・・・ウクライナ戦争 を 生み出した 根本原因 について(仮説)・・・


1990年代に歴史が大転換して 30年ほどたった現在、
歴史の底流でうごめいていると思われる もう一つの現象 は、
「繰り返しの歴史」からの反撃、復讐です。

「繰り返しの歴史」による反撃は、2つの方面から現れました。

1つは、
アメリカで、トランプ大統領が出現した結果
それまでは、裏からアメリカを支配していた ディープステートが、

トランプ大統領への反動という形で
政治の表舞台 に でてこざる を 得なくなり、
その存在が、だれの目にも明確に認識されるようになりました。

2つ目は、
中共が台頭してきて、アメリカと覇権争いに名乗りを上げていることです。

(注)中共について、
   敢えて中国とは記載せず、中共と記述させていただきます。

   中共は、
   中華人民共和国を支配している政党であり、

   国共内戦は、支那本土で敗北した 蒋介石 が
   台湾 に 逃げ込んだため、現在においても決着がついていないので

   中共が支配する国が、支那を代表する国家 即ち 中国ではない
   と、考えます。

   習近平さんが、
   台湾 を 虎視眈々 と 狙っていること自体が、その表れだ と 思います。

   従って、中共を、
   中国共産党 と 中華人民中華共和国 の 両方 を 表す単語 として
   使用させていただきます。

支那(China)は、典型的な「繰り返しの歴史の国」です。

ですから、
「積み重ねの歴史の国」のように、

三大発明みたいなもの は、あったものの
自らの工夫に基づいて 技術 を 前進させることができませんでしたが、

でも。
広大な国家からなる中華帝国の盟主でしたので、
プライドだけは、非常に高く、

周辺の国 を 見下して、
朝貢をさせては 米つきバッタのように服従させる歴史
を 繰り返してきました。

ですから、
帝国主義時代になり
「積み重ねの歴史の国」により、覇権 を 掌握されて、

戦争に敗北し、屈服せざるを得ない状況 になったときの屈辱感 は、
第三者には、窺い知れないものがったのだろうと思います。

中共 が、
政権奪取し、外国から技術を導入して、

見よう見まねで、それらしい体裁の国家 として整えて、
アメリカ に 対抗できる 大国 に 復活したと 自負し、誇示していますが、

内実は、
相変わらず張子の虎 であり、実質 が 伴わっていない
と、思われます。

経済が発展し、世界の工場と誇っている のも、
安価な労働力と膨大な人口による潜在的な市場の魅力に引き付けられた
積み重ねの国を中心とした 投資によるものですし、

彼らが誇る新幹線についても、
日本をはじめとする外国の技術を持ってきただけのものです。

驚異的なGDPの成長率を 誇っていますが、
成長率を支えているのが、
全国で膨大な数の膨大な数の住宅建設です。

(住宅 を 建設すれば、GDP は 増加しますが、

 全く利用しない住宅は、いつの日か撤去せざるを得なくなるので、
 GDPに実質的な寄与はないと考えます。)

彼らが誇ることができるのは、
ハッキング技術をはじめとしたパクリの技術ではないでしょうか。

中共は、
数千年来の「繰り返しの歴史の国」であり、
新たなものを 生み出して 育てていく能力 は、
一朝一夕には 構築できないこと を 理解すべきだと思います。

いずれにせよ、
いつの日か 生じるであろう 中共による 台湾侵攻 により、
虚勢を張っているだけなのか、どうか、
彼らの真価 が 露になる と 思われます。

注)中共により台湾侵攻 が、
  簡単に 撃退して、侵入を阻止できる
  と、考えているわけではありません。

  中共が、本腰を入れて台湾を攻撃して来たら
  今回のウクライナ戦争を上回る 深刻な事態になることを
  覚悟しておくべき だと 思います。

  ですから、ここで申し上げたいのは、
  中共 と ディープステート を 比較した時、

  アメリカ を 乗っ取った ディープステート が、
  中共 の 何倍も 力を 持っているだろう、

  ディープステートがもたらす影響の深刻さ に おいても、
  中共とは 比べるべくもないだろう

  と、考えていること を
  ご理解いただければ 幸いです。



従って、
当面 今後の歴史で重視すべきは、

 

中共ではなく


「積み重ねの歴史」に鍛えられ、育まれた
ディープステートによる復讐 を

注視すべきでは?と、考えています。

ディープステートは、

現在
アメリカ の 支配権 を 入手し、

ヨーロッパでは、
NATO を 東欧に拡大して、ウクライナまで迫り

ロシアを挑発して ウクライナ戦争を勃発させ、
世界大戦を引き起こそう と、

人類の脅威 としての本性 を 見せ始めています。


ところで、
ディープステートとは、何者なのでしょうか?

私も、確たる事実をつかんでいるわけでないので
確言はできませんが、

以前から、ユダヤ人ではないだろうか
と考えてきました。

主な 理由 は、次の通りです。

① ユダヤ人ぐらいしか、
  「積み重ねの歴史」に 対抗し得る
  「繰り返しの歴史」に 属する民族 を 思い当たらないこと。

  ユダヤ人が優秀な民族であることは、自他ともに認められています。
  また、資金力に優れています。

  イスラエル建国の際、
  アメリカ に 募金活動に派遣された 当時の外相(のちの首相)が、
  一晩の集会で、膨大な額の募金を集めたこと は、語り継がれています。

② ソロスさんなど、
  政治の裏で活動されておられる ユダヤ人の名前 が、
  時々 垣間見られたこと

③ ヨーロッパ社会では、白人の中での序列が厳しく
  ユダヤ人は、東欧人などと同様に
  2級白人 と 位置づけられ、区別されて
  屈辱的な歴史を経てきていること。

  (反ユダヤの歴史 を 読むと、ユダヤ人の立場からは
   何も悪くないのに、突然周囲から攻撃され、乱暴された
   との記述がされていますが、

   全く何もないのに 周囲 が 攻撃するはずがない ので
   ユダヤ人が、周囲に対してどのような行動をとられたのか
   知りたいなと思っているのですが、

   本を書く人にとり、都合の悪いことは記述するわけがないな
   と、独り言をつぶやいています。)


今回 の ウクライナ戦争 で、

ウクライナ大統領 のスポンサー が、
バイデン大統領と関係の深いエネルギー企業のトップで、

お二人ともユダヤ人であることを知り、

やはり ウクライナ と アメリカ の ディープステート は、
つながっているのだな、との考え が、深まりました。

だとすると、
今回のウクライナ戦争は、

ディープステートが、けしかけた戦争の可能性もあるのでは
と、考えています。

というのは、

ウクライナ大統領が、ビデオメッセージされる際に、

資金援助、武器援助 は 依頼されますが、
戦争を終結するためのあっせん行為を依頼することはない
と共に

アメリカをはじめとする西側諸国に、
ウクライナ戦争への参加を 呼びかけているからです。

私には、
いかにも 世界戦争への拡大を意図していて

武器商人でもある ディープステートの指令 に 基づいて、
行動しているように 聞こえるのですが、

事の真相は、
時間 が たつにつれ 明らかになっていくでしょうから

断定せずに 仮説として覚えておいて、
時間の経過 を 待つことが 大切だな と、考えています。

いずれにせよ、
ウクライナ戦争が勃発した際に、

この戦争は、
西側諸国が主張するような 善と悪との戦争ではなく、
悪と悪との戦争ではないかな、

言い換えると
(ディープステートの指令に基づいて)
ウクライナ と アメリカ が、
ロシアを挑発し、追い込んで、

コーナーに追い詰められたプーチンが
ウクライナを攻撃開始したのでは?

と、感じたことが 正しかったのでは、

との仮説も、成立しうるのでは
と 考えて、

時間の経過を待とう と、思っています。


ここまでお話しして、ネットを開いたら、

アメリカ の フォックス が、
ウクライナ大統領 に 単独インタビューした
との話が 流れていました。

フォックスのインタビュアーが、

ウクライナ大統領に
「アゾフ大隊は、ナチスか?」と直截に質問したところ、

ウクライナ大統領 が、
「アゾフ大隊 は、ナチスである。
 アゾフ大隊 は、ウクライナ に 数多く存在する ナチスの大隊 の 一つ です。
 ウクライナ の すべての軍隊 は、ナチスによって 構成されている。」
と、明確に回答されたそうです。

このインタビューは、
ネットで流されたそうですが、

不思議なことに、

ネットでは、
このナチスについての やり取りの部分 は、消されているそうです。

更に、ネットでは、
次のような解説がありました。

ウクライナ大統領 が、大統領選挙の際に、

当時、東ウクライナ で 生じていた
ロシア軍 との 戦闘 を 終結させること を、
公約として掲げて当選したそうです。

大統領就任後、
ウクライナ軍に停戦命令を発したのですが、

現地 の アゾフ大隊 が、命令に従わなかったので、
大統領 自ら 現地に赴いて、
アゾフ大隊 を 説得したそうです。

その際、アゾフ大隊から

「ナチス は、国会議員 にも 多数いるぞ。
 命が惜しければ。われわれ に 従え」
と、脅迫されて、

それ以来 ウクライナ大統領 は、
アゾフ大隊(ナチス)の言いなりになったとのことです。

ネットでは、更に

ドイツのヒットラーのナチスも、
ロシア革命 で ソ連を建国した レーニン も
少数派だったけど、

暴力を使って、多数派を従えた。

同じことが
ウクライナで生じている。

この話を聞いて、

この話 に ついての 証拠 が 提示されていません から、
仮説として 覚えておこうと考えていますが、

万が一にも この話 が 真実なら、

今後、世界中 で この方法を用いて暴れまわる連中 が
生じるかもしれないな、

と、感じました。


また、
アゾフ大隊は、

アメリカのCIAの支配下に服している
との話もありました。

この情報が伝える アゾフ大隊の行動により
ウクライナで生じていることは

ディープステートが、
BLM を 使って、

不法選挙、不正選挙 により
アメリカ合衆国を乗っ取った アウトローのやり方と

共通点 が あるような 気も しています。

これも、
時間の経過とともに、真実が明らかになる
と、思いますが、

事態の推移 を 観察する際の 着目点の一つでは?
という気がしています。


今回 お話ししたいことは、以上ですが、
ご参考までに、蛇足として

日本人は、
80年近く 戦争をしていませんので、
長年歴史の本を読んできた経験から

ニュースを聞かれる際に
気になっている点、
知っておられた方がよいのでは
と、思われる点 と

また、ディープステート が
アメリカ を 乗っ取った経緯 など について
お話しさせていただきます。



蛇足1.
ウクライナ戦争 における残虐行為 の受け取り方について


ヨーロッパ中世史の歴史の本 を 読んでいると、

当時の軍隊は、
傭兵隊だったこともあり、

数か月 包囲して攻略した町 を 占領した際に、

3日3晩 兵士は、略奪、殺人、強姦など
更には
奴隷制のある地域では、住民 を 奴隷にするなど

何をしてもかまわないとのルールだった。

このルールは、
神聖ローマ皇帝カール5世 ですら
黙認せざるを得なかった

との、記述に巡り合います。

また、
軍隊の司令官(勿論 貴族です、フランスなどの王族 もいました)は、
盗賊の親分だった との記述にも お目にかかります。

これは、
国家 が 整備されていなかったため、

軍事予算 が、
国から まともに 支給されないので、

司令官自ら が、

自給自足、

言い換えると
市民から 強奪せざるを得なかったこと

を、意味しています。


海軍も同様で、

オスマン・トルコの海軍司令長官 は、
アルジェの海賊の親分でしたし

キリスト教徒側も、

例えば、
オスマン・トルコ と 戦った
マルタ騎士団の艦隊司令官 は、

イスラム側 からすると
キリスト教徒 の 海賊の親分 でした。

オスマン・トルコ も、
キリスト教徒の艦隊 も、

敵と戦うとき以外の 日常 は、
海賊行為をしていたのです。


戦場とは、
狂気が支配する空間であり、

そこに存在する人間の大半は、
通常の社会生活から隔絶された 狂気を帯びた人間
なのです。

ですから、
通常の社会、通常の生活では ありえない、
許されない行動 が 支配する空間 なのです。

平和な通常生活下 の 日本人 にとり、

戦場 の 生のニュース に 接すると、
理解を越えた 悍ましく 聞くに堪えない残酷さ を
感じるのだろうと思います。

日本人 も、
太平洋戦争 の 戦場 や 空襲下において、
狂気 が 支配する 地獄の経験 を してきました。

しかし、
戦争 が 終了して80年近くたった現在、
地獄の体験をされた方は、少数となり、

その他の人々は、
想像するしかない状況 に なっています。

ですから、
残酷なニュースに接した時、

ナチス は 別にして、

我々と 同じような人間 が、
狂気 に 支配される地獄 に
放り込まれた結果かも しれないな と、

想像力 を たくましくしていただいて
受け止めていただければな
と、願っています。


蛇足2.
ディープステート の アメリカ支配 の 経緯
及び
海外への支配拡大 について



ディープステートが 正体を現したきっかけは、

現在唯一の地域共同体国家である
アメリカ合衆国 で

「繰り返しの歴史」に属するディープステートによる
トランプ大統領への反動
との形 で 現れました。


ネットによると

2016年 の大統領選挙で、
最初 トランプ大統領は、泡沫候補扱い でしたが、

共和党の予備選で、
ブッシュ王朝 が 出馬させた ブッシュ一族の一人 を、

ブッシュ大統領(息子)が、
9.11の際に、飛行機 を ハイジャックにより、
ニューヨーク の ワールドセンタービル などに
突撃させる作戦 の 指揮 を するために アメリカに滞在していた
ビン・ラディン を、

サウジアラビアの要請により、
全米の飛行禁止措置 にも かかわらず、大統領権限を行使して
サウジ が 派遣した 飛行機 に 搭乗させて 逃亡させた

との スキャンダル を 暴露して、
共和党の予備選を勝ち抜き、

民主党のヒラリーと対決したのでした。

なお、 この予備選の経緯により

同じ共和党に属しながら、
トランプ大統領とブッシュ一族とは、犬猿の仲となったそうです。


当時の 民主党サイド は、
よもや ヒラリー が、敗北するはずがない
と、高を括っていたのですが、

選挙結果は、

得票数では、
ヒラリー が 勝利したものの、

大統領選挙人数 では、
トランプさんが勝利して、

トランプさん が、大統領に就任したのです。


当時のアメリカ は、
ディープステートが 陰で支配して、

2016年 の 大統領選挙では
ヒラリーさん を 大統領 に する予定 でした。

この計画 が くるってしまったので、
2020年の大統領選挙では、

ディープステートが
中共 と タイアップするとともに、

本性 を 露にして
総力を挙げた不正選挙により、

無理やり バイデン候補 を 大統領 に 就任させたのですが、

その後 時間がたつにつれて、
ディープステート の アメリカ支配、および その悪行、無法ぶり が 露にり、
国民の支持 を 大幅に 減らして

多くの 民主党 の再選議員のうち 多くが
当選がおぼつかないために 出馬取りやめにする人が続出し、

共和党 も、
トランプさんが 支持する人しか、党内選挙で勝ち抜くことができなくなり、

今年の中間選挙 と 2024年の大統領選挙では、

トランプさんの率いる 共和党 が
(従来のリノ が 支配する共和党 ではありません)
勝利するだろう
と 一般的なコンセンサス と なっているよう に 思われます。

注)リノ Rino ライノ

  Repabulicann in name only
     名ばかりの共和党員 の略語

  現実には、
     トランプ派以外の共和党員 を 意味している と、思われます。

  彼らは、
  ディープスレート が 裏で操る 民主党、共和党の
  アメリカ の 2大政党 の 政治構図 を長年 演じてきたのでは?
  と、推測しています。

バイデン大統領 は、
民主党 の 得票数 を 増加させるために、

毎年 数百万単位 で 不法移民を入国させて、
その人々 を
共和党の地盤の州 に 送り込んで、
劣勢 を 挽回しよう と されておられますが、

そのために、
メキシコとの国境 での 非人道的な状況 や、
犯罪者 が、多量に 米国に入国して、治安 を さらに悪化するなどの、
悪影響 が 生じていて、

心あるアメリカ人 の 顰蹙 を 買っていますが、

バイデン大統領は、それよりも
自分(民主党)が 勝利するのが 大事だ と ばかりに、

国民 を ほったらかしにして、
大統領権限 を 振り回しておられますので、

かえって
トランプ大統領の人気 が 高まっているのではないか
と 想像しています。


長年 アメリカ合衆国 を 陰 で 支配してきた、
ディープステートの支配力 は 見事なものでした。

2020年の大統領選挙 が 終了して、
1月 の 大統領就任式迄 の間、

トランプ大統領 は、
ただ一人 ぽつんと孤立していたのです。

ディープステート が、

ホワイトハウス の ペンス副大統領以下の閣僚
および 各省庁の官僚、

上下両院 の 議員、
民主党が支配する州 のみならず、共和党の支配する州 も、

並びに
最高裁以下の司法部門

の 司法、行政、立法 の 三権
はじめとして、
マスコミや 大企業 と

全米 を 支配下にお さめていることが、
露になったのです。

更には

暴力実行部隊の組織 である BLM
に 加えて、

軍事力 を 握っている 軍隊 も
支配下 に おさめていたのでした。


私は、トランプ大統領 が、
選挙違反 の 取り締まりの 最高責任者 なのに、

民主党 の 選挙違反 を 何故捜査しないのか、
不思議でならなかったのですが、

トランプ大統領 が 命令しても、

実際に捜査する司法省以下の捜査当局 が
ディープステートに 支配されていて、

「笛 吹けど 踊らず」の状況であることを、
トランプ大統領 が 察知されたのでしょう。

また、いざとなれば、
ディープステート は、

支配下にある BLM や 軍隊 を使って、
トランプ陣営 を 武力で制圧すること も 理解されていたのでしょう。

1月6日の状況など から 推察すると、

トランプ大統領 は、
1月20日 の 大統領就任日 の 直前迄、

このことを ご存じなかった のだろう、

もしくは、
ご存じであっても、

武力(力)による解決
ではなく

憲法などのルール に従って 勝利したい
と、考えられたのだろう

と、推察されます。


というのは、

大統領選挙で、
民主党 が 不正により 大統領 を 奪っても、
最高裁 で ひっくり返すことができるように、

最高裁の判事の任命 を 強行して、
共和党系の判事 を 多数派としておいたからです。

また、1月6日
上院議長のペンス副大統領が、
上院での選挙結果を決定する際に、

憲法の規定 に 従って、
不正がある州 の 選挙結果については、

各州の議会 に 選挙結果の検討 を
差し戻すこと で、
民主党による 不正選挙を 阻止できる

と、考えておられた
と、推察できるからです。

でも、
ディープステート は、
トランプ大統領 の 上を 行っていました。

即ち、
最高裁長官 を 抑えていて、

最高裁長官 に、
法学の原則 を ゆがめさせて、
選挙不正 を 正当化したのです。

簡単 に 経緯 を お話しすると、

トランプさんを 勝利させた テキサス州 が、
バイデンさん を 勝利させた 他の州 を 選挙違反 で 訴えたのです。

アメリカ合衆国 は、
50の邦(州、State)からなる 地域共同体の国ですから、

各州が、その州(邦)の 憲法や法律 に 従って
選挙を行っている限りにおいては、

他の州 が、
裁判 で 是正 を 訴えることが できないのです。

分かりやすい例え で 申し上げると、
ヨーロッパのEU で、
大統領選挙 を 行う と 仮定した場合、

フランス が、
フランス の 憲法や法律 に 従って 選挙している限りに おいては、

ドイツ が、EUの裁判所 に
フランスにおける選挙結果の是正 を 訴えることが
できない のと 同様です。


ですから、
連邦裁判所は、

訴えられた裁判 が、
連邦裁判所 の 管轄 に 属するものかどうか を
裁判する前 に判断する のです。

このため、この段階で、
テキサスは、

当事者適格がない

即ち、
当事者として 裁判する資格がない
と、門前払いされたのです。

でも、これは、
遠い日本から見ている私にも、不当なことでした。

テキサス州 が 訴えた州 では、
立法府である議会 が、
憲法や法律 の 改正 を してないのに、

法律の改正資格を持たない
選挙管理当局 が、

勝手に 選挙ルール を 変更して、
バイデンさん に 勝利させていたのです。

(私は、
2020年 の 大統領選挙 に おいて、
無記名投票 であること を 良いことに

民主党 が、
バイデン票を 偽造して
バイデンさん の 得票数 に 含ませたのでは?

そうするために
選挙管理当局が 勝手にルール を 色々変更したのでは?

と、想像しています。) 


ですから、

連邦最高裁長官 が、
テキサス州 を 門前払いする際に、

同僚判事 に、

恫喝 を 用いて
ディープステート の 意思 を 貫徹させたのです。

即ち、
「もし、裁判になれば、
 テキサス州 が 勝利するだろうが、

 テキサス州 が 勝利したら、
 アメリカ合衆国 が 内戦となるだろう

 その時、君たちは(同僚の判事 は)
 その責任 を 取れるのか?」

と、長官 が 恫喝したのです。

その結果 が、

テキサス州 は、当事者ではない
との 門前払い だった のですが、

テキサス州の選挙結果 が、
他の州 の 不法行為 により 阻まれ、

他の州 での 不法行為 が なければ
テキサス州 の 選挙結果 が
大統領選挙 の 結果 と なってたはず だったので、

テキサス州は、当然 当事者であり、

ましてや、
この訴訟 の 原告に

被告の州の不正行為により
統領選挙 で 敗北認定された 大統領候補 だった

当時者である トランプさん が
加わって いましたので

連邦最高裁 による 門前払いの決定 は、
全く 支離滅裂な決定であることは
明白でした。


このようなことが できたのは、
実は 法学 に 欠陥があったからです。

法学は、

人間の社会活動 について
色々と 細々(こまごま)としたルール
を 定めていますが、

人間活動 の すべてをカバーする ルール を
人間 の 活動 に 先んじて 制定しておくことは
不可能であるため、

裁判官 が 判断する際には、
ルール(法律)に 加えて、

ルールー が 定められていない場合 に 備えて

裁判官が、
裁判官の保持するリーガルマインド(良心)により
判断するように と 定めているのです。

リーガルマインド(良心)による 判断 は、
ルール が ない場合の 最後の手段 であるはず ですが、

裁判官 が その気になれば、

ルール を 無視して、
裁判官 の 好きなような決定 を しても よろしい
と いうことになります。

通常の裁判では、上級裁判所があり、
そこで 不合理な判決、身勝手な判決 を
是正することが できますが、

最終審である
連邦裁判所の長官 率いる 最高裁の判事の多数 が、

法(ルール)を 無視して、私利私欲 で 決定したら、
是正の方法 が ありません。

ディープステート は、

「いざ鎌倉」という場合に備えて
法学の盲点 を
隠し玉 に しておいたのです。

1月6日の
「バイデン大統領が 勝利した」との 上院での決定 も、

ディープステート が
事前に ペンスさん を 送り込んでいたので、

ディープステートの意図 を
貫徹させることが できたのでした、

このように、ディープステート は、

2020年の大統領選挙に際して、
完璧に 支配 を 貫徹させるための方策 を
見事なほどに 準備していたのです。

でも、この方法は、

国民が主権を持ち、国民が大統領を選挙で決定する
民主国家においては、

1回限りしか 使えない方法 だったこと が、
ディープステート に とっての不幸 でした。

バイデン大統領 が 就任して1年経過するうちに、

2020年 や 2016年の
大統領選挙 における 旧悪 の一部 が
露(あらわ)に なってきて、

民主党が、
国民の怒りを買う状況になってきました。

例えば、

2016年の選挙の際に、
トランプ大統領 が、
ロシア の プーチン大統領 と共謀して 陰謀を働いたと、

トランプさん の ロシア疑惑 を 民主党 が 主張して、
トランプ大統領 を 窮地に貶めよう との工作
を したのですが、

最近になり、

この陰謀 は、
民主党 や ヒラリーさん が、
捏造した証拠 に よるものだったことが、明らかになって、

民主党 や ヒラリーさん に
罰金 が 科せられています。

また、
ウクライナ に 内政干渉をした との 理由 で
トランプ大統領 が 下院 で 弾劾されましたが、

これは、

バイデン大統領 が オバマ政権時代 副大統領 として、
ウクライナ に 乗り込み、

米国の援助 が 欲しければ、
汚職を追求している 検事総長 を 罷免しろ

と、内政干渉し、
圧力をかけて 屈服させたこと に対して、

トランプ大統領 が、
ウクライナ大統領 に

ちゃんと経緯を調べて対処してほしい
と、お願いしたことが 原因でした。

バイデン大統領 は、
副大統領時代 に 米国の公的資金 を 私的に利用して、
当時のウクライナ大統領 を 恫喝したことを、

自慢している動画を、
私も、ネットで拝見して、

なんで 自分 が 犯罪 を 犯したことを
自白して 自慢するのだろうか?

と、不思議に思ったこと を 覚えています。

バイデン副大統領 が、
ウクライナ政府 を 屈服させた後 の 後日談については、

息子さんのハンターさんがらみの事件として、
今後 事実 が 明らかになっていく と 思います。


バイデン大統領は、
2020年の大統領選挙に際して 選挙前に

「我々は、これまでにない不法組織 を 作り上げた」と、発言し、
日本でもネット に ニュースとして掲載されました。

私 は、これを読んで、
全く理解できず、困惑したこと を 覚えています。

というのは、

犯罪 を 犯した犯人 が、
取り調べ を 受けていないのに、自白すること は あり得ない

と、考えていたからです。

でも、
大統領選挙 が 進むにつれ、

バイデン大統領 が
真実を語っていたこと が 明らかになりました。

ですから、

アメリカ合衆国内で、
なぜこの発言 が 問題視されないのだろう と、

私には、理解できない 大いなる謎 となっています。


以上により、

ディープステートは、

2020年に 政権 を 奪回しましたが、
正当な方法 で 奪回したのではないこと と、

トランプさん以外 の 従来の共和党 や 民主党 の 大半の皆さんは、
来るべき時代を担う グローバリスト ではなく、

19世紀型 の 私利私欲 を 貪りつくせる利益 を 求めた 帝国主義者
と 同じような感性 を 持っている人々 だ

と、感じています。

(帝国主義者も、
 アヘン戦争で見るがごとく、全世界に飛躍して
 私利私欲をむさぼっていた グローバリストでもありました。)


先ほど述べたように、

来るべき地域共同体 が 成立した後に 登場する
本当のグローバリスト は、

まだ 歴史の舞台 に 大きな力を持って 登場していないのでは?
と、感じています。


以上 ディープステートが

トランプ大統領の出現 で 追い込まれて、
選挙不正までして大統領職を奪回した経緯
について お話ししましたが


次に、

彼らが、外国(米国外)での 活動の本質 について、
私の仮説 を お話しさせていただきます。



ディープステートは、
武器商人も兼ねています。

これが、アメリカ合衆国が、
第2次大戦後、戦争を継続してきました一番の理由であろう
と、想像しています。

大量に 武器 を 消耗する戦争 を 勃発させるために、
ディープステートが、アメリカの大統領や議会 に
絶えず 働きかけていたのでしょう。

その結果、例えば、
ブッシュ大統領(息子)時代
イラクに対して 無理やり戦争原因 を 捏造して、戦争 を 仕掛けた
と 考えると 得心がいきます。


また、ネットによると

アフガニスタンで、
パイプラインの交渉が 8月に 決裂した報復として、
9.11の攻撃 を うけたので

その報復として、ブッシュ大統領(息子)が、

その翌月の10月に
フガニスタン戦争を 勃発させたとのことです。


トランプ大統領は、
その任期の4年間で 戦争を開始しなかった
稀有な大統領だった と、聞いたことがあります。

これも、
トランプ大統領 が

ディープステート が 裏で操っている
マスコミ の 餌食 と なっている原因なのでしょう。

そのトランプ大統領でさえ、
シリア に 大量のミサイル を 撃ち込んでいます。

このように ディープステートは、
戦争のきっかっけ を 画策しながら 活動していた
と、想像したら 合点がいきます。

今回のウクライナ戦争において、

ロシアのプーチン大統領が、
NATO が、ウクライナまで 拡大してきていること を 非難していますが、

一理あるのでは?
という気 が しています。

今回のウクライナ戦争のニュースに接していて
違和感を感じるのは、

開戦前 に、バイデン大統領 が
異常なほど、ロシアに対して戦争をけしかけていたことでした。

また、
ウクライナの大統領 も、
何か うさん臭さ を 感じていました。

ネットで、
ウクライナ大統領のスポンサーは、

バイデン大統領の息子さん を 取締役 に雇用した
エネルギー会社のオーナーだ
と、いわれています。

もし、これが真実であるなら、

ウクライナ大統領 と バイデン大統領 が、
つながることになります。

そういえば、
プーチン大統領が、

ウクライナの大統領の支配下 に ナチスが存在している
と、指摘した時、

ネットによると、
アメリカ が、
ウクライナの大統領 は ユダヤ人だから、

ナチス を 支配下に持つはずがない
と、主張している
と、聞こえてきました。

このニュース に 接して、

ナチス と 関係 が あるはずない
と、断定しているにもかかわらず、

その証拠 が 提示されていないことに
違和感 を 感じていました。

ですから、
ウクライナ大統領の周囲 に
ナチス が 存在することもありうるのでは
と、感じ始めていたところに

ウクライナ大統領 が、

イスラエル で 演説をして
イスラエルの議員さん を 怒らせた
との話 が、飛び込んできました。

ウクライナ大統領は、

第2次大戦中 ナチス が ウクライナで行った蛮行 と 同じことを
ロシア が しているので、支援してほしい
と、依頼したそうですが、

このことが、
イスラエルの議員さんたち を 怒らせた原因だ
との 解説 が ありました。

その解説によると、

第2次大戦後、アメリカ は、
ニュルンベルク裁判などで ドイツのナチスに対して
厳しい措置を取ったけれど、

ウクライナのナチス に対しては、何もしなかったので、
現在まで ウクライナでは ナチスが存続している。

この連中を使っている
ウクライナ大統領に対して、

ウクライナも、
ナチスと同じようなことをしているではないか と、

同じユダヤ人で 事情をよく知っている イスラエルの議員さん が
怒ったとのことなのです。

これも、
証拠 の 提示もない 単なるお話 なので、確信 が 持てませんが、

もし、
イスラエルの議員さんが 怒ったことが、事実なら、
この話 は 真実ではないだろうか?
という気がしています。

その後 の 推移をみると、

ウクライナのナチス は、
アゾフ大隊と呼ばれている組織で、

ギリシア での
ウクライナ大統領のメッセージの際、

アゾフ大隊の幹部 が 発言したことに対して、
ギリシアが、
「なんで ナチス を 喋らせるのか」と、

 怒ったとの話 も ネットでありました。

また、
ウクライナ が、
ロシア軍の虐殺 を 発表するたびに、

実は、ウクライナ側の犯行である
との 否定する話が出てきまが、

ウクライナ で
ナチス が 生き残っていた との話が、ある限り

ウクライナの発表は 本当だろうか
との疑念 を 拭うことができません。


申し上げたいことは、

ロシアのプーチン大統領 は、
戦争 を 始めた張本人 であり、
弁解の余地もなく ワル(悪)です。

だからといって、
攻撃されたウクライナ側 が 善だ
と いうことには、ならないだろう
と、考えています。

ウクライナこそが、

ディープステート とつながって
戦争 を 勃発させように 事態を導いた
一方の当事者ではないだろうか、

との疑念 が 拭えず、

今回のウクライナ戦争 は、
悪対悪の争いではないだろうか
という気がしています。

これは、
ウクライナ大統領が、ことあるごとに、

各国に 世界大戦を呼び込もうと 呼びかけて、
武器 や 資金援助 を 求めますが、

戦争終結 に 尽力してほしい との 依頼 は
一切ないことから、

武器商人 の 片棒 を 担いで
武器商人 に 操られて

戦争を拡大しようとして 発言しているのでは?
と疑われても しょうがないのでは

と、感じられるからです。

いずれにせよ、
このまま ずるずると 戦争 が 継続していると、
本当に 世界大戦になるかもしれませんので、

本当 は、
アメリカのバイデン大統領あたりが イニシアチブ を 取って、

戦争終結 の 方向 に 事態 を リードすること が
求められている と、思うのですが、

ディープステートの一員である とともに、
金のにおい を かぐと、
そちらに なびいていく お人柄 で、

開戦前に プーチン大統領 を
戦争するようけしかけていましたので

期待 が 持てないな
と、嘆息しています。



以上、長々とした話を
最後までお読みいただきありがとうございました。





 

 

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2022年4月 8日 (金)

仮説 理系の方 は、(縦・横・高さ に 時間軸 を加えた)4次元の歴史 を、2次元 の 現在の地図 で 理解しようとしているのでは?

最近、友人とユダヤ人の離散について メールで話をしている中で、
友人が、

ユダヤ人は、
なぜ ユダヤ人 が 反感を持たれていて、差別 や ときによっては 虐待される
キリスト教徒の社会 にのみ 移住して、

宗教に寛容なイスラム社会に移住しなかったのだろうか?
との疑問 を 呈してきました。

結婚により混血して ユダヤ教から離れたユダヤ人は、
ユダヤ人でなくなったので、

宗教に寛容な イスラム社会 では、
ユダヤ人 が、
ユダヤ教から イスラム教 に 改宗し、サラセン人に吸収されて
ユダヤ人 で なくなったのでは?

フランク人 や ゴート人など の ゲルマン人 が、混血により
いつの間にか 現在のフランス人やイギリス人に変容して 存在しなくなったように、

キリスト教徒の社会で、
ユダヤ教 を 信じ続けた ユダヤ人だけ が、
現在まで ユダヤ人として 存続して、

キリスト教 や イスラム教 に 改宗した人 は、
歴史の中に吸収されて、ユダヤ人 で 無くなったのでは。

例えば、
コンスタンティヌス大帝の母は、ユダヤ人だった
と 記述する 歴史書 を 読んだことがありますが、

息子 の コンスタンティヌス大帝 を ユダヤ人 だ
とする人はいないのではないでしょうか

と、回答したのですが、
納得されませんでした。


私宛 の メール を 読みながら、

ひょっとして、友人は、
現在の地図、
即ち
地中海沿岸地方の北アフリカが、イスラム世界なのに、
なぜ そこに移住しなかったのか?との疑問 を 抱いておられるのでは?

と、感じられて、愕然としました。

というのは、
友人は、数ある都立高校中で
日比谷高校に次ぐ東京大学への入学者を誇った名門校
を 卒業されておられるからです。

友人は、
優秀な技術者 即ち、理系の方なのですが、

当時 彼の出身都立高校に入学するには、
入学試験で 最低でも 9科目平均で 90点以上

即ち
900点点満点中810点以上取らなければ
合格できない難関校だったのです。

マホメット(ムハンマド)が、
イスラム教を創始したのは、7世紀であることは、

中学校の歴史で学ぶことですので、
先刻ご承知されておられることを申し上げるのは 失礼
と、 思いつつ、次のように回答しました。

ユダヤ人 が 離散したのは、1世紀であり、

キリスト教 が、
ローマ帝国内で広まったのは、3世紀から4世紀頃で、

マホメット が、
イスラム教を創始したのは7世紀です。

例えていうと、

ユダヤ人の離散 が、
同じ建物の1階で生じたことであり、

キリスト教の普及が、
2階または3階、

イスラム教の普及が、
7階で生じたので、

キリスト教やイスラム教 は、
ユダヤ人 が 離散した時期 には 存在しなかった のです。

ですから、
ユダヤ人 が 移住した後に、
キリスト教 やイスラム教 が 普及したたのですが、

キリスト教徒が、
キリストを殺した民族だ と、

ユダヤ教 を 信じ続けた ユダヤ人 に対して、
いわば 時効 の 中断 をして、差別 or 区別したため、

結婚などによりユダヤ人で無くなった人を除いて、
ユダヤ教 を 信じ続けた ユダヤ人 が、

キリスト教世界で ユダヤ人として存続したのでしょう
と、回答して、納得していただきました。


その後、案の定、

ユダヤ人 が 離散した頃
ユダヤ人 の 地域ごとの分布は どのくらいなのか?

との質問が来ました。

ユダヤ人の概略は、旧約聖書によると、

ユダヤ人 は、
チグリス・ユーフラテス川 の 下流 から 上流 に 移動し、

その後
カナン(パレスティナ) に 赴いたが、

飢饉に見舞われたので エジプトに避難して、
再度 カナン に 戻ったけど、
また 飢饉 に 見舞われたので、再び エジプト に 赴いて

数百年間 エジプト で 過ごした後、
モーセ に 率いられて エジプト より 出国したものの、

カナンには入れず、荒野をさまよったが、
モーセ没後、
カナン を 征服して 定着し、

ローマ に 征服されるまでの 約1,000年間
カナン で 過ごしました。

カナン での 1,000年間の間に、
バビロン捕囚などがあって、
ユダヤ人 が カナン に 常に 定住していたわけでは ありません。

このような経緯の中で、
ユダヤ人 が 移動するうちに、
他の民族 と 混血が生じたでしょうし、

何をもって ユダヤ人 と 定義するのかがあいまいであり、
また、
当時 現在のような 国勢調査 などが ありませんでしたので、

ユダヤ人 の 分布 について、
定量的に記述することは不可能であり、

もし、定量化した 数字 を 言う人がいたとしても、

それは、
その人の妄想 に 基づくものか、
勝手に 思い込んだものであろう と 考えられるので、
信用できる数字ではないと思う、

と、回答したのですが、


それでも、
大体でよいから 数字 は ないのか
と、

再度 問い合わせがあたのですが、

私には、
これ以上 回答するもの を 持ち合わせてないので、
回答 を 保留して、現在に至っています。


このような経緯の中で、
長年疑問に思う謎解きが 一つ解けたような気がしています。


技術系の方
言い換えると
理系の方 は、

データーに基づき、数字を数式化して 問題 を 解決する日々
を、過ごしておられるのでしょう

ですから、
物事 を 判断する際には、
データー(数字)が必須であり、

そのデーターは、
通常 縦 と 横 に 数字 が 並べられたもの
でしょう。

 

言い換えると、
2次元 の 数字に基づいて、判断されておられるのだろう
と、推察でしています。


ネット を 拝見していると ビッグバンより始まった宇宙の歴史も、
このようなデーターの解析結果であり、

宇宙は、
縦・横・高さ にプラスして 時間軸 を加えた 4次元の世界ではなく、
もっと高次元の世界 を 想定しなければ 説明がつかない

と、私には ちんぷんかんぷんの世界 を 拝見したことがあるのですが

多分、検討 を 開始した 際の おおもとの データー は、
縦と横 の 2次元のデーター から 出発して
展されたもの では ないでしょうか。


唐突に このようなことを申し上げるのは、

スティーヴン・ワインバーグさんの著書「科学の発見」(文芸春秋社刊)で、
著者が、
「現在の基準で、過去に裁定を下す」と書かれた科学史の本を読んだ際に、

なぜ 歴史 を 判断する際に 
現在 を 基準 に 判断するのだろうか、

歴史 を 理解するには、
時間軸 の 経緯 を 考慮しなければならないのに、
なぜ だろうか?

と、疑問に思ったからです。


「科学の発見」の 著者 は、
ノーベル物理学賞を受賞した 最高峰の理論物理学者 だそうで、

私が 今まで 読んで
「これは名著だ」と 感じた数冊の本の一つ でした。

ですから、
著者 ご本人 も
歴史家から 猛烈な反論 が 来ることが 分かり切った
「現在の基準で過去を裁定する」と、

敢えて おっしゃって おられることが
理解できなかった のです。

ワインバーグさんも、
データー に 基づいて 判断される方だ と、理解すると、
手元にあるデータとは、現在のものですから、

日常の作業で行っておられることを
おっしゃっただけのこと だろう

と、推察できます。


もう一つ、納得できた疑問 は、
Youtubeを拝見していたら

2021年10月8日
(多分 北米 の)GoogleとYoutube が、

「科学的に 認められている 気候変動 に対する
 否定的な意見 を 主張することを禁止する。

1.気候変動は嘘、詐欺、と主張すること
2.温暖化が長期にわたり継続していることを否定すること
3.温室効果ガスが、諸悪の根源であること を 否定すること」

と、決定した
と、拝見して、吃驚したことです。

吃驚したのは、
ネット で 拝見している中で、

「氷河期の定義 は、両極(北極と南極)に 氷が一年中存在すること である。
 現在、北極と南極に 氷 が 存在するから 氷河期 であるが、

 何十億年単位 の 地球史 において、

 氷河期
 即ち、
 両極 に 氷 が 存在した期間 は 短く、

 大部分の期間は、

 現在より 地球全体の平均気温 が 高く、
 炭酸ガス濃度 も 現在より高かった

 (北極や南極に 氷のない期間の方が
  長かった)」

との説明も 拝見したことがあったので、

なぜ このような判断 を
google や Youtube が されたのか、
不思議 に 感じられました。


これも、理系の方が、
手元のデーターに基づいて、判断される
と、考えると 得心がいきます。


地球温暖化の話 を 聞く際に 示されるデーター は、
精々 この100年くらいの推移 では ないでしょうか。

この100年間 の データによると、
確実に 地球の平均気温 や 温暖化ガス が、増加していることが
示されているのでしょう。

でも、
数十億年の地球の歴史の観点からは、

この100年間は、瞬間といってもよい期間であり、

この100年間のデータに基づいて、
長い長い地球の歴史を 判断するのは、

疑問 が ありすぎ では ないでしょうか。

勿論、
人類 の 炭酸ガス排出量 の 増加 が、
地球史全体 に 及ぼす 影響 や 寄与度 について、

検討し 議論したうえで、対策を講じることは、
是非とも しなければならないことだ

と、思います。

でも、ヨーロッパ諸国に、
北極の氷 が 溶けてなくなると、
ヨーロッパ が 寒冷化して住めなくなるから、

と、脅しを かけられても、

地球史全体の動きの中で、そうなるなら、
人知の及ばぬ 自然現象だ と 考えて、

素直に現象 を 受け入れて、

どのように 対処するか について
人類の知恵 を 発揮せねばならないのでは?

という気 が します。

今回のブログは、
地球環境問題 を 論ずるものではないので、

ここで議論 を 止めておきますが、

地球環境問題 を 論ずる際にも、
理系の方が、
データーに基づいて 議論 を リードされますので、

その際に、
データーから導かれた結論だけではなく、

データー の 意味するもの
や、
論理的 に 積み重ねられる ロジック に 基づいて、
データ解析の結果

を、判断する必要が あるのでは?

との 問題提起 を させていただければ、
と、考えています。






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2013年8月10日 (土)

キリスト教が、ヨーロッパに 通奏低音としてもたらしたもの

トロクメ教授の「キリスト教の揺籃期」を読了して、
ひとまずキリスト教初期の本を切り上げ、
イタリア・ルネサンス 特に、マキャヴェッリの本を読もうと思い、

手始めに
佐々木毅教授の「マキアヴェッリと「君主論」」(講談社学術文庫)を読み始めました。

この本は、
マキャヴェッリの伝記と君主論を内容としているので、
塩野さんの本以来ご無沙汰している人間の入門編として
丁度良いのではと思ったのです。


その序文に、
マキアヴェッリは、フランス王政と異なるので、
佐々木教授の「近代政治思想の誕生」(岩波新書)を参照して欲しい、
と、書かれておられたので、気になってこちらを再読してみました。

この本を再読してみたら、以前読んだときと異なり、
当時の人々の前提としたキリスト教について、ちくりちくりと、
大変な痛みを感じました。

何故、こんなに痛みを感じるのだろう と、考えたらと、
ヨーロッパ人の根底にあるキリスト教によってもたらされた
通奏低音とも言うべきヨーロッパ人の態度に原因があるのでは、
という気がしてきました。

今回は、
この辺についてお話しさせていただきたいと思います。


この機会に、
トロクメ教授、加藤教授、田川教授の本をご紹介くださった、
todoさんに心からの感謝を申し上げます。

ご厚意に反するような文章を書き並べたことを、お詫びすると共に、
数々のご教示に対して厚く御礼申し上げます。

ヨーロッパ史の本を読む限り キリスト教と密接な関係が続きますので、
機会ある毎に、
キリスト教を考え、初期キリスト教の時代にも戻ってくることになる
と、思いますので、

これからも、よろしくご指導、ご鞭撻くださるようお願い申し上げます。


    **********


秦先生の旧約聖書のお話から読み始めてから約2年弱の間、
旧約聖書と初期キリスト教関連の本を読んできて、感じることが、2つあります。

一つには、
意外にも、キリスト教の神は、
不確かであり、確たるものではないな、ということです。

もう一つは、
キリスト教は、
一つの価値、自分の価値観しか認めず、
他の価値、他の人の価値観の存在を否定し、可能であれば抹殺する
ということです。


1.キリスト教の神が確たるものでない、という点について


キリスト教は、
罪を悔い改めよ、神に従え等、人間に対して、色々要求しています。

しかし、
神は、一体どのような存在なのか、と考えたときに、
具体的な絵姿を思い浮かべることが出来ません。

私は、今までブログで、
旧教の神と新約聖書の神(イエス)という言い方をしてきました。

しかし、
新約聖書の4つの福音書というのは、

初期キリスト教の各派閥が、
自分たちの都合の良いようにイエスの伝記を記述したもの
(これを、護教的記述というそうです)だそうですので、

新約聖書の神も、
少なくとも派閥の数だけ、

更に、
その後宗派分裂していますので、
大変な数の神が、宗派毎に存在することになります。

(注)4つの福音書とは、

  ① ヘレニストが作った マルコ福音書

  ② 主流派が作った マタイ福音書
    → 主流派の特権として、著作順を無視して、福音書の最初に掲載しています

  ③ パウロ派が作った ルカ福音書

  ④ ヨハネ派が作った ヨハネ福音書
    → ヨハネは、12使徒の一人で、ゼベタイの子です

ですから、
「キリスト教は、一神教の仮面をした多神教ですね」
と、言いたくなるのですが、

キリスト教徒の方から「又か」と、お叱りを受けますので、

ここでは、
「キリスト教の神は、幾つもの顔を持っておられる」
と、定義しておきます。


幾つもの顔を持つ神の好都合な点は、
論者の都合の良いように、神を使えることです。

ですから、
キリスト教徒は、同じ神を信じているという建前の下に、
それぞれの(異なる)神を信じているのだろう、

言い換えると、
神について同床異夢なのだろう
と、私には思われます。


以前、
新約聖書の神に基づくカステリヨンと、
旧約聖書の神に基づくカルヴァンの対立をご紹介しましたが、

ここでは、
佐々木教授の「近代政治思想の誕生」で記述されている中から、
神をいかようにも使える例を、ご紹介させていただきます。


① カルヴァンは、
  次のように、臣民は、王に対して服従せねばならない と、主張した。

  世俗権力は、
  何よりも 教会、真の宗教 神の栄光 に その奉仕が向けられなければならない。

  世俗権力は、
  神に由来し、ある意味で神の代理人である。

  支配者(王)は、神がその地位を与えたのであり、
  臣民は、支配者を 神の使者として尊敬せねばならない。

  支配者の義務を怠るのみならず、
  人間としての義務を踏みにじる悪しき支配者に対しても、従わねばならない。

  何故なら、
  (神より)悪しき支配者を与えられたことは、

  臣民に対する神の裁きの表れであり、
  悪しき支配者も又、神の摂理の基づいてその地位に就いたからである。

  従って、
  「正しい支配者に対してでなければ、服従するべきではない」との考えは、
  反逆的思想として断罪される。

  神の樹てた支配者を打倒することが出来るのは、神のみである。

  カルヴァンが、積極的服従を拒否すべしとするケースは、
  神に反することを命ずる命令に対してであるが、

  この場合も、
  積極的な抵抗行為を命ずるものではなく、
  神に祈り、耐えること、精々 逃れること としてしか現れない。

  この例外的ケースにおいても、
  臣民が、神の栄光を押し立てて反抗することを 認めていなかった。

  (佐々木毅「近代政治思想の誕生」123㌻)

② スコットランドの宗教改革指導者 ジョン・ノックスは、
  カルヴァンの説に反対して、次の様に主張しています。

  王は、その地位を神に与えられたことは、その通りだが、
  貴族も、王と同様に、その地位を神に与えられた神の代理人である。

  従って、
  もし、王が真の宗教の敵となるならば、

  神の名誉と栄光とを妨げる王の所業を矯正、抑圧することが、
  神の代理人たる貴族の義務である。

  佐々木教授は、

  ノックスは、
  貴族と同じ義務を、他の信者一般にまで広げて、
  偶像崇拝を行う者は、実力を用いて制裁されるべきであり、

  その人間が、いかなる地位にあるかは、
  神の栄光の回復のためには考慮に値しない。

  偶像崇拝に加担する王に反抗するのは、
  神の民としての当然んの義務である。

  自らが、偶像崇拝に加担していないと言うだけでは、十分でない。
  支配者その他の冒涜的行為を黙認することは、神の制裁対象となる。

  従って、
  反抗することは、権利ではなく、義務であると、

  他人の行為を黙過する形での神に対する不服従をも批判し、
  全プロテスタントの一斉蜂起を呼びかけた、

  と、記述されておられます。

  (佐々木毅「近代政治思想の誕生」135㌻)


この様な違いが生じるのは、
カルヴァンとノックスの立場の違いから生じた
神にこと寄せ、宗教的装いで化粧を施した
個人的な利害によるものでした。

あけすけに言うと、
個人的なエゴを、宗教的表現で正当化しようとしたものです。

カルヴァンは、
ジュネーヴの王、支配者であり、

人民に反抗されたら困る体制側の人間であり、
人民を抑制する立場の人だったのです。

他方、ノックスは、
カトリックのスコットランド女王メアリーに対抗する
宗教指導者、宗教革命の指導者、

即ち
反乱側の人間でした。


キリスト教の神は、

この様に、
論者の都合や立場によって、いかようにでも利用でき、
自分のエゴを正当化するための錦の御旗にすることが出来る、
有り難くも、便利な存在なのです。

この神様が、
ヨーロッパ人のマインドをコントロールしていたということは、

客観的な神の教えではなく、
その時々の宗教指導者の意図するところに従って、
ヨーロッパ人は、導かれていたのです。


以前、神学は、
不確かな神を出発点にしているので、
事実に基づく他の学問と似て非なるものである、
と、お話ししたことがあります。

そこで申し上げたかったのは、
A氏は、A氏が論じる神をスタートとして、論理を組み立てるので、
別のB氏が、B氏の考える神をスタートとして、組み立てた論理と議論しても、

建設的で、ロジカルが議論が不可能であり、
議論は、決裂に終わるだろうということです。

スタートが異なると、別の理論体系ができあがる例として、
高校時代にお話として聞いた、幾何学の話を思い浮かべます。

中学、高校で学んだ幾何学は、ユークリッド幾何学でした。

ところが、
ユークリッド幾何学のスタートである「平行線の公理」を否定したら、
非ユークリッド幾何学という別の幾何学の大系が作り上げられた、
とのことでした。

スタートの前提が異なると、
同じ幾何学でも、全く世界が異なる体系が出来ることの不思議さを、
その時感じましたが、

文科系でしたので、非ユークリッド幾何学とはどのようなものかを、
それ以上学ぶことは出来ませんでした。

神学において、
議論を開始する際の神が、人によって異なるということは、

そこから積み上げられる論理と、
その結果である各人の神学の大系が、
質的に異なることです。

その前提の違いと、
そこから積み上げられた論理過程を、
お互いに分析して、明らかにしてから、議論をせずに、

お互いの議論の積み重ねた結果である結論を言い合って、
すれ違いの議論をしても、決裂するしかないことは、

ルター派とカルヴァン派が、
合意できなかったことでも明かです。

神学者には、
人類史上最高の叡智の持ち主が何人もおられるのに、

私みたいな鈍才が気がつくことを、
何故、無視して、2000年という時間を無駄にしてこられたのだろうか、
と、訝しく感じています。

多分、
人間はエゴの塊であることが、その原因だろうと思いますが、

次にお話する、
一つの価値、自分の価値観しか認めない ということも、
大きな要因だろうと感じられます。



2.キリスト教は、
  一つの価値、自分の価値観しか認めず、
  他の価値、他の人の価値観の存在を否定し、可能であれば抹殺する
  ということ


世の中には、色々な価値や価値観が並存していますが、

ヨーロッパ人は、
自分が選んだ価値しか、価値を認めず、
他の価値は、抹殺できれば抹殺してもかまわないと考えているな
と、長年感じてきました。

大学時代、
並存する価値を、全て包含する価値 というものは、あり得るのだろうか?
と、考え、彷徨ったことが、懐かしく思い出されます。

日本人は、
八百万の神が当たり前と考える民族であり、

一つの価値しか認めないとの考え方は、
普通の日本人の方には、

頭で字面は理解できても、
身にしみて理解しづらい感覚だろうと思います。

キリスト教は、先ほど申し上げたように、
色々な顔(性格)を持った神を一つの神として、
その神を信じているのですから、

どの顔の神を信じているのかは人によって異なるのに、
自分が信ずる(思い込んだ)顔の神しか、神ではないと強弁して、
自分以外の神を信じる人を、平気で殺害してきているのです。

この様な状況が、
キリスト教の、常に異端を作り出す歴史 を 作りだしたのではないだろうか
と、感じています。


キリスト教は、
主流派と異なる考え方の人が出てくると、
異端とレッテルを貼って、
キリスト教から追い出し、場合によっては殺してしまう歴史でした。

このことは、
イエス処刑後間もなくから始まっています。

最初に、
ヘレニスト(ギリシア語を話すキリスト教徒)が、異端として追放されました。

次に、
パウロが、アンティオキアで異端として追放されています。

2世紀に入ると、
グノーシス派やマルキオンといった人々が、異端として槍玉にあがりました。

トロクメ教授は、

2世紀に入ると キリスト教は、
ローマ社会に溶け込もうとする主流派に、
キリスト教の独自性を守ろうとした反順応派が対抗したとして、
グノーシス派やマルキオンを紹介されておられますが、

その後のキリスト教の歴史をみると、
キリスト教主流派は、グノーシス派などに対して、
悪魔の手先で、人間ではないような非難を浴びせて、
彼らの存在を抹殺しています。

その後、
三位一体論争では、アリウス派が異端とされ、
今に至るまで、カトリックから、語るのも汚らわしい との扱い を されています。

カトリックにとって最大のライバルだったから、
未だに執念深く復讐しているのですね、
と、申し上げたくなるくらいです。

アウグスティヌスは、
カトリックの天下を維持するために、
ローマ帝国の迫害の際に、キリスト教を守り通したドナティストを、
ローマ軍の力を利用して積極的に殺しました。

この様に、キリスト教は、
神の自分の信じた顔だけが、神であると主張して、
それ以外の神の顔を否定し、抹殺してきているのです。

このことが、
自分の価値以外の価値を認めない、とのヨーロッパ人を
作りだしてきたのでしょう。


16世紀後半、フランスでは、
カトリックとユグノー(カルヴァン派)との間で、
悲惨な宗教戦争が繰り広げられました。

その根本原因は、人間のエゴであろうと思いますが、
表面上は、
それぞれが信ずる神の顔が異なっていたからです。

先ほど申し上げた、
議論の前提が異なるのに、その前提の違いをお互いよく話し合って整理せずに、

前提から積み上げられた論理の結論について、
お互い罵倒しあったものだから、命の奪い合いとなったのです。

このとき、
「寛容」が、良く主張されました。

例えば、
渡辺一夫先生は、

1533~1534年頃 突然回心する前のカルヴァンは、
旧教会(カトリック)側からのユマニストや新教徒弾圧に、
「寛容」を説く若いユマニストだった。

コップ事件(1533年11月)後、
急速にカトリックから離れ始めて、激突するようになり、

己の理想の為には、
不寛容と罵られてもこれに甘んじ、
己の理想の信仰を阻害する者は、誰であろうと「異端者」として告発する
冷厳な宗教改革者としての道を、徐々に辿り始めた、

と、書かれておられます。

 (渡辺一夫「渡辺一夫著作集5 ルネサンス雑考 下巻」352㌻)

あのカルヴァンも、
20代前半は、寛容を説くユマニストだったということは、
その後のカルヴァンを知る者にとって驚きですが、

この「寛容」という意味は、どういうことなのでしょうか。

私は、「寛容」ということは、
一つの価値しか認めない権力者やカトリックに対して、

他の価値観を持つ臣下やユグノー、ユマニストが、
お目こぼし下さいと依頼することだと思います。

カトリックは、
カトリックの価値以外は認めないし、
この世から抹殺することも厭わない故に、
ユグノーを弾圧したのですが、

それに対して、
並列する価値は、それぞれ存在する権利がある と、

正々堂々 正面から主張するのではなく、
卑屈にお慈悲を願っているのです。

依頼されたカトリックも、
本来なら赦さないのだが、今回は特別の慈悲を持って見逃してやる、
と、言って、赦したのです。

(注)「寛容」を願った人間が、
   卑屈な人間であった ということではありません。

   依頼される権力者やカトリックが、偏狭にこり固まっている故に、
   争いを避けるためには、お慈悲を願うほか選択肢がなかったのです。


「寛容」は、
根本的な解決ではなく、
情緒的な時間稼ぎでしかなかったので、

いつかその決着をつける時を迎えるざるを得なかったのであり、
それが
1572年8月の聖バルテルミーの大虐殺でした。
(バルトロメオ、バーソロミュー)

複数の価値の並存を認める社会では、

権力者だけでなく、全ての人が、
他の人から「寛容」を求められることは、先ずあり得ないはずです。

何故なら、
お互いに、自分以外の価値の存在を容認しているからです。

「寛容」が求められたということは、
自分の価値以外の価値の存在を、
認めない、赦さない、出来れば そういう人間を殺してしまいたい、
という社会だったからだ、というべきだろうと思います。


16世紀後半のフランスで、
日本にはなかった国を二分する宗教戦争が生じたということは、

キリスト教が、
一つの価値、自分の価値観しか認めない宗教だった故の悲劇だろう
と、思います。

ヨーロッパの歴史を通観すると、
複数の価値の並存が理解されるようになったのは、
この半世紀ぐらいではないだろうか、との感じを持っています。

従って、
それ以前においては、
価値の並存を認め、幾つもの価値を比較衡量した人は、いないのでは、
との感を持っっています。

言い換えると、
どんな碩学と言われる学者も、
一つの価値、自分の価値観だけが 絶対の真理だ として、
それに基づいて論理を構築していたのだろうと、思われます。

ただ、
複数の価値の並存を理解していたのでは?と、気になるのは、
マックス・ウェーバーとマキャヴェッリであり、

今回、
マキャヴェッリを読んでみようと考えたのは、
大学時代に考えた価値の問題を、改めて考えてみたかったからです。


     **********


またまた、キリスト教の方を逆なでするような議論をして、
申し訳ございません。

いつも申し上げていることですが、
ヨーロッパ史におけるキリスト教の重要性から、

信者でもない人間が、
歴史的存在としてのキリスト教について、考えていると、
私の場合、この様な議論になってしまったのです。

もし、中世だったら、
異端審問所に呼び出されて、焚刑に処されているでしょう。

今でも、
「出来ればそうしたい」と、お考えになっておられる方がおられるだろう
と、想像しています。


しかし、だからこそ、
キリスト教徒の方に、信仰の面からではなく、
歴史という視座から、歴史的存在であるキリスト教についても、
考えていただきたいのです。

余計なお世話だとは思いますが、

これは、
キリスト教徒の方が信じておられる神により、
自分がどのようなところに連れて行かれるか、を考えるためにも
必要ではないだろうかと考えています。

ヨーロッパ人に、悲惨(地獄)をもたらしたキリスト教の歴史を考えるとき、
帰依した尊師に、地獄まで道連れにされたオーム真理教の信者の悲劇は、
私には、現在のキリスト教徒の方にとっても他人事ではないのでは、
と、思えるのです。


余計な文章の 余計なお世話を最後に、
この拙文を終わらせていただきます。

最後までお読みいただき、有難うございました。

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2013年6月 3日 (月)

E.トロクメ著「ナザレのイエス」その生涯の諸証言から と、神学が、似而非(エセ)学問であることについて

加藤教授と田川教授の本を読ませて頂きましたので、
お二人の先生であるトロクメ教授の
イエスと原始キリスト教の本を読んでみようと考え、

その一冊目として、
「ナザレのイエス」を読んでみました。


本書は、
福音書にあるイエスの発言を、

① 主の言葉、
② アポフテグマ
③ 物語伝承
④ 譬え
⑤ 奇跡物語 に分けて、
それぞれを説明された後、

イエスのガリラヤでの伝道は、
 ① ごく狭い、一地域の人々への限られたものであり、
 ② イエスが、
   地方の一預言者であり、
   国民大多数に対して影響を及ぼしていなかったのは明かである、
と、記述されて、

ガリラヤの名も無い説教師が、
国家的に一躍有名となり、公共の人になったのは、
エルサレム神殿での商人追放であり、

社会秩序維持の責任者であるユダヤ教の権力者とローマの総督が、
イエスに対して驚きと不安となり、
イエスが処刑されることになった、
と、結論づけられておられます。


ガリラヤでのイエスの発言 の 解説のなかで、

① イエスの譬え話は、
  中産階級の家に招かれて会食した際に、
  イエスが、教示した譬え話が、福音書に記述された。

  譬えは、
  本質的に、一般庶民を教える手段であるという考えは、
  福音書記者マルコが、護教上の目的のために考え出したものであって、

  その目的は、
  この文学類型を、教会伝承のなかに統合しようとする
  最初の試みを、打破することであった。 

② イエスの奇跡物語は、
  ガリラヤの東北部とか、
  ティベリヤ湖周辺の村落で行った、治癒行為などを、

  村人が、イエス処刑後も覚えていて、
  その話を、
  マルコが取材して、マルコ福音書に記述したものである、
との記述は、
非常に参考になり、印象深く読ませて頂きました。


本書で最も印象深かったのは、

イエスが処刑された理由を説明した
「第八章 公共の人としてのイエス」でした。


トロクメ教授の要旨を、
私流にまとめると、次のようになります。

神殿でのイエスの商人追放は、
瞬間的な一撃であり、
後に何も残らない性質のものであったが、

例えて言うと、
銀座の四丁目の交差点で、
人の耳目を引き付けるような行為であったため、

瞬く間に、
エルサレムはもとより、ユダヤ全土に、イエスの行動が広まり、

イエスが、
大変有名となり、名声をかちえましたが、

反面、
ユダヤ 及び ローマの指導者階級の人々に、
嫉妬心や敵対心をあおり立てることになって、

イエスが、
民衆を扇動して、
聖職者による少数独裁体制を構成している人々(神殿の聖職者)や、
彼らを支持している外国の人々(ローマ総督)に対して
暴動を起こすのではないか、と、心配された。

特に、
エルサレムのサンヘドリンや
ローマ代官の統治が行われている地域では、

イエスの存在が、
やがて危険なものになると、警戒されるに至った。


この出来事は、
イエスが、逮捕・処刑される、数週間、あるいは 数ヶ月前の出来事であろう
と、トロクメ教授は、推定されておられます。

共観福音書(マルコ、マタイ、ルカの福音書の総称)は、
文学的・神学的動機として、
福音書の終わりに、エルサレムで起こったすべての事件を記すことにした
恣意的操作であるとされて、

伝道の初期に起こった事件であると記述しているヨハネ福音書に
近い考え方をされておられるのだろうと、感じました。

(多分、
 ヨハネ福音書とマルコ福音書の間に生じた事件だ
 と、考えておられるのだろう と、推測しています。)


イエスを、
夜中に逮捕し、すぐに裁判をして、即刻処刑したのは、

イエスが、
① 過越際にやって来た巡礼者の群れを、蜂起させるのを妨げる
  と同時に、
② 群衆が、
  この人気ある囚人のために騒ぎを起こすのを避けようと望んでいたこと

を、考えるなら、良く理解できる。

この様な二つの危険が存在していたのは、
イエスが、
国民の大部分から、メシヤだと考えられていたからに他ならない、
と、記述されておられます。


トロクメ教授の記述により、
① イエスが、「ユダヤ人の王」として処刑されたことも、
② イエス逮捕の際に、
  ペトロ以下の弟子達が、全員逃亡して隠れてしまった理由が、理解できました。


本書の最初の「日本の読者へ」で、
トロクメ教授は、次のように書かれておられます。

本書の立場を、簡潔に記した名文だと思いますので、
ちょっと長くなりますが、ほぼ全文をご紹介させて頂きます。


「ナザレのイエスの祖国 パレスチナは、
 日本から遙かに遠いとは言え、

 彼(イエス)は、アジアの人であります。

 一人のヨーロッパ人が、
 アジアの人々に、
 一人のアジア人のことを、今更 敢えて説明する必要があるでしょうか。
 うぬぼれていると、思われるかも知れません。

 著者と致しましては、
 そうでないようにと願っております。

 私は、
 本書を、
 フランスの人々と、
 ヨーロッパの同胞のために書きました。

 この論述が、
 日本の読者にも関心を呼ぶだろうと考えて下さる日本の人々がおります。

 そうであって欲しいと祈るものですが、
 お読み下さる一人一人からは、
 本書が、
 随分ヨーロッパ的であると言われることを、覚悟しています。

 更に、
 本書の主張は、
 一方において、
 ヨーロッパの古くからの伝統を、はねのけることにあります。

 この伝統とは、
 イエス解釈は、
 この人物を、ヨーロッパ文化に結びつけることにある、
 といういき方です。

 古典的キリスト論的教理や、
 最近の二世紀のイエス伝は、

 それぞれのやり方で、
 ヨーロッパ的哲学思想や歴史観に、イエスを結びつけようとの
 この試みを、更に遠くまで押し進めました。

 本書では、
 イエスのヨーロッパ的解釈を陳述するのではなく、

 証人達ーー殆ど全部アジア人ーーに、
 ナザレの預言者の生涯について語らせたいと思います。

 この試みは、
 些か無鉄砲であり、
 当然議論が予想されます。

 しかし、
 これによって、
 日本の読者に、更にイエスに近づいてもらえるなら、

 それは、
 本書にとって、大変貴重な証し となります。」


この文章は、
本書の意図を簡潔に述べられておられると思います。

トロクメ教授は、
敬虔なキリスト教徒でありながら、
その信仰の赦す範囲で、
出来るだけ客観的に、公平なイエス像を記述しようとされておられて、

しかも、
成功されておられると、思われ、

本書は、
イエス伝のなかでも、名著に位置づけられる本であるのでは、
という感じがしています。


これから、トロクメ教授の「キリスト教の揺籃期」その誕生と成立 を、
更に読み進めてみようと考えています。



ところで、
本書を読みながら、

1.神学が、他の学問と異なる点
  端的に言うと、
  神学は、学問とは似て非なる似而非(エセ)学問である という点  と、

 
2.私がイエス伝を読む必要性があるのか 

を、考えていましたので、簡単にご紹介させて頂きます。


1.神学が他の学問と異なる点
  (神学が、似而非(エセ)学問 と述べる理由)

  マックス・ウェーバーは、「職業としての学問」で、

  ① 学問的な研究をして生じる結果は、
    「知る価値がある」という意味で重要であるという前提である。

    この前提そのものを、
    学問の手段を持ってして証明する訳にはゆかない。

    この前提は、
    その究極の意味にかかわらせて解釈されるものであるが、

    その究極の意味というのは、
    そのあとで、
    めいめいが、自分たちのぎりぎりの生活態度に照らしてみて、

    拒否するなり、
    承認するなり、しなくてはならないものである。

  ② 物理学や化学や天文学などの自然科学が、
    自明な前提としているのは、究極の諸法則を知る価値がある、
    ということである。

    その法則を知っていると、
    技術的に有効な成果が得られるからして、知る価値がある、
    というだけではなく、

    更に、
    学問が「職業」であるならば、

    学問は、
    「それ自身のために」も知る価値があるからだ、
    というのである。

    この前提は、
    それ自体、証明しようとしてもできるものでは絶対にない。

    自然科学が描くこの世に、
    1) 存在するだけの価値があるかどうか、
    2) この世には「意味」があるかどうか、

    また、
    3) この世に生きて意味があるのかどうか、
    ということは、

    尚更証明できる事柄ではない。 

  ③ 医学についても、
    医学の研究の一般的な「前提」は、
    1) 生命を維持するという課題と、
    2) 苦痛を出来るだけ和らげることとが、

    ひたすらにそれ自体として、肯定される、
    ということである。

    医者は、
    危篤の病人が、死にたいと嘆願する場合にも、
    色々と手段をつくして病院を助ける。

    医者は、
    医学の前提と刑法典とのために、

    その(死にたいという患者や患者の身内の)望みを
    叶えるわけにはゆかないのだ。 

  ④ 美学においても、
    芸術品が存在するということは、
    美学にとって与えられた事実である。

    この事実が生ずるときの条件を、
    美学は、根拠づけようとする(学問である)。

    芸術品が存在すべきかどうか、
    ということは、
    美学の問うところではない、 

  ⑤ 法学についても、
    1) 法が、存在すべきかどうか、
    2) 他ならぬ かくかくの規則を立てるべきかどうか、
    については、
    法学は答えはしない。

    法学が示すことが出来ることは、
    もし、
    我々が 法的施行の規範に従って、ある効果を望むならば、
    かくかくの法規が、その効果を上げるために一番適当な手段である、
    ということである。 

  ⑥ 歴史的文化科学は、
    1) 昔には、
      これらの文化諸現象が存在する価値があったのか、
      又、
      今もあるのかどうか、
    という問題には、自らは答えないし、

    また、
    2) 文化諸現象を知ることが、苦労のしがいのあることかどうか、
    という問題にも、答えはしない。

    歴史的文化科学は、
    文化諸現象を知れば、

    それによって、
    「文化人」の社会に参加するという利益がある、
    ということを、前提としている。

    だが、
    こういう前提が、実際にあるのかどうかは、
    「学問的」に、誰にも証明できることではない。

    また、
    文化科学が、上のことを前提するからと行って、

    その前提が、
    自明であるということが証明されるものでは決してない。


要するに、
ウェーバーは、
学問が存在する価値があるとの前提に基づいて、学問が存在するのであり、

その学問が存在する価値あるとの前提については、
即ち、
研究すること、及び 研究した結果が、意味、価値があることは、
証明できないと、縷々説明されているのです。

従って、
学問とは、
学問それ自体を目的として組み立てられる技術(アート)である、
ということだろうと思いますし、

この点については、
神学も、
他の学問同様、当てはまるのだろうと思います。


神学と他の学問が、決定的に異なるのは、
研究の出発点が、
事実に基づかない ことです。

ウェーバーが例示した諸学問は、
ある事実をスタートラインとして、研究を積み上げていくことが、
価値があるものであるとの前提にしている、ということです。

ところが、
神学のスタートラインには、

人間が創り出した神、
即ち
架空の存在 が、鎮座しているのです。

神は、架空の存在ですから、
何とでも作り出し、言うことができますし、

これが神だと言えば、
だれも「そうではない」と反論や証明することができないものです。

これに、
人間は、エゴイストである との性格が加味されると、

神学者やキリスト教団の都合、妄想、により、
何とでも理屈をつけることが可能になるのです。

要するに、
スタートラインが事実に基づけば、
その後、
どの学者が論理が積み重ねても、同じ結論に到達するのです。

ところが、
スタートラインが架空の存在であれば、
いくら論理を積み重ねても、

砂上の楼閣であり、かつ、幻にすぎず、
人によって結論が異なるのです。

従って、
神学は、他の学問とは「似て非なるもの」と言えるだろうと思います。

神にとらえられているルターと、
自分の言葉は神の言葉だとするカルヴァンが、
神学上の合意できなかったのが、

神学が、
他の学問と似て非なるものであることが表面化し、、
幻にすぎないことが、露わになった 象徴的な事例だ と、思います。


もともと、
福音書は、

福音書記者が、護教的な目的から恣意的操作をしていると、
トロクメ教授は記述されておられます。

要するに、
あること無いことを福音書記者が記述していて、

今となっては、
どれが事実なのか分からない、ということです。


その文書を、神学者が、
それぞれの立場から、自分の都合の良いように構築し、記述して、

事実に基づいて組み立てた理論とは、大幅に乖離した化け物
というべきものを、作り出してきたのでは、
と、感じられます。

矛盾だらけの旧約聖書も同様です。


キリスト教は、
2000年にわたって、非常に優秀な方々が、
他の学問とは似て非なる作業を繰り返されておられるのです。

 ① 神は、勿論のこと、
 ② 人間に原罪があること、

 ③ キリストが十字架で、人々の罪を贖ったにもかかわらず、
   悔い改めなければ、最後の審判で地獄送りになるぞと脅かすこと、

 ④ 旧約の神と新約の神、及び聖霊が三位一体である、
   等々、

事実に基づかない荒唐無稽な理論を構築して、

弱い立場の人間を追い詰め、
マインドコントロールし、
金銭を巻き上げるための手段となり、

更には、
殺人や、拷問などの残虐な犯罪行為や、
聖職者の邪悪な欲望 や、嘘・出鱈目・詐欺

を、強弁し、正当化してたのが、「神学」なのです。


要するに、
出発点が架空のものですから、

論者に都合の良い理論や結論を いかようにも導き出せます。

「神学」は、このことを悪用して、
強盗犯や脅迫犯を正当化する 用心棒的な理論 というべきものを
作りだして、提供して

世俗組織の一つであるキリスト教会の犯罪行為を覆い隠し、
聖職者の 犯罪行為 や 地位・金・性欲を含むあらゆる欲望 を 満たす為に、
多大の貢献をしてきているのです。


今後、本を読むときには、

キリスト教の愛だとか、博愛だとの
表面上のプロパガンダの裏にある本質、

とりわけ、
人間が創りだした 事実に基づかない 神 を、
スタートラインとする神学 が、

どのような詭弁や法螺を作り出して、人を惑わそうとしているのか
どのように 犯罪行為に誘導しているのか、
について、
特に、注意せねばならないな、と、考えています。


 (注)上記のキリスト教神学に対する考察は、

    キリスト教に対する次の2つの考察に基づいていますので、
    こちらも ご参照頂ければ幸いです。


    キリスト教の本質についての幾つかの謎解き ・・・・・
    1.一神教のキリスト教が、世界宗教(普遍宗教)になったわけ(仮説)
    2.キリスト教が、異端を生み出し、幾つもの宗派に分裂したわけ(仮説)
    3.キリスト教が、殺人宗教となったわけ(仮説)
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-4431.html


    キリスト教が、ヨーロッパに 通奏低音としてもたらしたもの
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-6c54.html




2.私がイエス伝を読む必要があるのか?

神学が、他の学問とは似て非なるものであるから、読む必要が無い、
と、考えているのではありません。

神学が、他の学問とは 似て非なるものであるなら、
尚更、詳しく分析せねばならないはずです。


私が、
イエス伝を読む必要があるのかな?
と、疑問に考え出したのは、

私のキリスト教に対する視座が、歴史にあるからです。

即ち、
キリスト教の存在が、歴史にどのような影響を及ぼしたのだろうか、
との視点で、キリスト教を見ています。

田川教授やトロクメ教授のイエス伝は、
キリストの真実を掴もうとされている努力であるだろうと、感じられます。

これは、
非常に貴重な作業であり、
そういう面までも視野に入れた方が良いのでは、
とは、思いますが、

現時点でイエスの真実が明らかになったとしても、
歴史において語られたイエスとは、異なるものなのです。

歴史において語られたイエスを含めたキリスト教の活動が、
歴史に及ぼした影響を考えるとすれば、

昔に語られていたイエス伝、
ウソも含んだ聖書に記述されているイエス伝の方が、
歴史を考える際の資料として適当なのでは、

こちらの方が、
当時の人々の考え方に迫れるのでは、という気がするのです。

貧弱な能力と限られた時間のなかで、
幅広く歴史を考えたいと思っている人間にとって、

イエスの真実に迫ろうとする近代や現代の神学的な営為は、
とりあえず置いておいても良いのかな、
という気がしています。


またまた、
キリスト教関係者のお気持ちを逆なでする議論を 展開してしまいました。

キリスト教を、
中傷非難する趣旨ではなく、

歴史におけるキリスト教をどう考えたら良いのか
との思索の一環であることを、

ご理解頂いて、お許し下さることを、願っています。

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2013年5月22日 (水)

田川建三著「イエスという男」

田川建三 著
「イエスという男」
(作品社)

          **********


加藤隆著「一神教の誕生」と共に todoさん に ご紹介頂いた
「イエスという男」を、読ませて頂きました。

本が届いて「あとがき」を読んで、
大学紛争の頃、
国際基督教大学でも、造反教官が現れたとの話を聞いて、
キリスト教の大学で、意外だなとの感じを持ったことを思い出し、

その時の造反教官が、田川さんだったのか、
その方の本を、40年後に読むことになるとは、
と、ひととき 感慨にふけりました。

この本も、
加藤教授の「一神教の誕生」と同様、読むのに1ヶ月半かかってしまいました。

加藤さんの本と違って、読みやすい本だったのですが、
田川さんがおっしゃりたいことが良く理解できず、
文章を抜き書きしながら読んだために、時間がかかったのです。


私が理解した 田川さんのイエス観を、一口にまとめると、
次の通りであろうと感じています。

① イエスは、
  ユダヤ教及びユダヤ教が支配する社会への批判者、反逆者であり、
  それ故に殺された。 

② イエスの宗教的熱狂は、病気の治癒行為により生じた。

  イエスは、
  イエスの治癒行為は、神自身の力が直接働くことにより実現している
  という自信に満ちていて、

  それ故に、
  神の国が来たのだと宣言している。

③ この世の終末に際して、雲に乗って再臨する「人の子」とイエス自身を同化していた。

  ということは、
  イエスは、終末において、人の子として、人々を審判すると信じていた。



田川さんは、
イエスに関する通説的な学説を、否定されています。

① 「神の国」

  神の国の概念は、
  ユダヤ教において当時よく知られていた概念であり、

  イエスは、
  逆説的な言い方をぶつけている。

  「そんなに神の国、神の国と、言いたければ、はっきり言ってやる。
   神の国は、あなた達の中にある。」
  と、紹介し、

  「イエスにとって、
   神の国は、本質的な問題ではなかった。
   どうでも良かったのだ、と言って良い」
  と、記述されておられます。 

  また、
  洗礼者ヨハネの弟子達が、洗礼者ヨハネを継承して、
  自分たちの洗礼活動によらなければ、神の国には入れない
  と、主張したのだとすると、
  それは、神の国を簒奪する主張であり、

  イエスは、
  洗礼者ヨハネとその弟子達の活動に対して否定的だったのは確かだろう、
  と、記述されておられます。

② 「悔い改めよ、神の国は近づいたのだ」と言ったのは、洗礼者ヨハネであり、
  洗礼者ヨハネが実施した「洗礼」とは、悔い改めを象徴する儀礼だった。

  これを、
  原始キリスト教団が、イエスを飛び越して、
  洗礼者ヨハネの発言や洗礼などの宗教儀礼を取り込んで、
  おのれの宗教儀礼の中心に据えた。 

  即ち、
  洗礼者ヨハネの思想を、原始キリスト教団が継承し、
  それを、
  イエスの口に置いてしまった。

③ 「罪」

  イエスは、
  2、3の例外を別にすると「罪」という語を口にしていない。

  「罪」とは言わずに「負い目」と言っていて、
  「罪」を、神に対する「借り」と考えていた。

  即ち、
  すべての人間は、神に対して借財を負っている、

  人より富んでいたり、人を支配する権力を持っている者は、
  ますます神からの借りなのだ、と、イエスは 考えていた。

  また、
  宗教家面して
  厚顔無恥に、他人のことを罪人呼ばわりする連中に対して、憤っていた。

  そもそも、
  「罪の赦し」を、自分の基本課題とする必要も無かったはずだ、
  と、考えていた。


田川さんは、
通説を否定されておられますが、

それなら、
ご自身は、どのように考えておられるのか、が、未だに良く分かりません。

良く分からない点をご紹介して、
皆様よりご教示いただければと、願っています。


1.イエスの宗教観

  田川さんは、
  イエスは神を信じていたが、
  イエスの宗教的熱狂は、治癒行為にのめり込んでいった
  と、記述されておられます。

  イエスは、
  治癒行為だけをして、

  神や信仰について、語らなかったのでしょうか?
  人々に宣教しなかったのでしょうか?

  そうではないような気がしています。

  治癒行為は、
  イエスしかできなかったでしょうから、
  弟子達は、何のためにいたのでしょうか?

  イエスが、ペテロ達を誘ったとのことですが、
  何をするために誘ったのでしょうか?

  この様なことに対する説明がないので、
  イエスの宗教観が分かりませんし、
  宗教的熱狂と言われても、ピンとこないのです。 


2.神の国

  イエスは、
  「神の国」は、彼岸ではなく、この世に存在すると、記述されていますが、
  これも、良く分かりません。

  田川さんは、
  「神の国では、洗礼者ヨハネが一番小さい者だ」と、
  イエスが言ったと 記述されておられます。

  この様な言い方は、
  神の国が、この世ではなく、彼岸にあることを前提にしているのでは、
  という感じが受けるのですが、
  どう考えたら良いのでしょうか。

  また、
  この世の終末に、「人の子」として、イエスは再臨するつもりだった
  と、田川さんは記述されておられますが、

  イエスは、
  終末まで この世で生きているのでしょうか?

  普通に考えたら、
  昇天して、終末が訪れるまで 神と共に過ごす
  ということではないでしょうか? 

  だとしたら、
  「神の国」は、彼岸にある
  と、イエスは考えていたのではないでしょうか?


3.処刑された理由

  ① ユダヤ教が、イエスを処刑した理由について、
    具体的な記述が見あたりません。

    イエスの行動が、
    律法のどこに反して、極刑に値したのでしょうか?

    また、
    何故、ローマに引き渡したのでしょうか。

    神殿の乱暴狼藉や、その他のことを、
    断片的に色々記述されておられますが、

    イエスのこの行動が、もしくは、これらの行動が、処刑に値する
    と、断罪された、との説明がないものですから、
    良く理解ができないのです。

  ② ローマ総督が、イエスを処刑した理由も、
    良く分かりませんでした。

    ローマの責任で処刑したのですから、
    ローマが処刑する理由がなければならないはずです。

    パウロは、
    ローマ人でしたので、

    ユダヤ教がパウロを処刑しようとしたら、
    パウロを保護して、

    パウロの申請に従って、
    ローマまで連行してそこで裁判をしています。

    ローマというのは、合理的な行動を取る国ですから、
    イエスの処刑についても、合理的な理由があったはずです。

    ところが、
    田川さんの記述を読んでいて、
    ローマが何を判断したのか、良く分かりませんでした。


田川さんは、本書の最後で、

「こうして、
 受難物語の語り手も、
 後世の神学的解釈者も、

 断末魔のイエスのあまりに無残な意識に対面して、
 慄然とするのを避けようとした。

 こういう解釈者の意識の中で、
 イエスは、「復活」させられる。

 その次には、
 イエスの死の意味づけが、始まる。

 ついには、
 イエスという救済者は、
 十字架の死によって、世の人々を救うためにこの世に来たのだ、
 と、言われるようになる。

 イエスは、
 十字架に掛かって 死ぬために生きた、
 と いうわけだ。


 そうではない。

 イエスの
 あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きた から、
 あのように すさまじい死に いたりついた。

 いやむしろ、
 あのようにすさまじい死が予期されているにかかわらず、

 敢えて、
 それを回避せずに生き抜いた、
 と、いうことか。

 イエスの死に 希望があるとしたら、
 死そのものの中にではなく、
 その死にいたるまで 生きかつ活動し続けた姿の中にある。」
と、記述されておられます。


大変格調高い名文だと感心しています。

しかし、
「あのように」という語が何度も出て来ますが、

私には、
「あのように」という事実は、
田川さんの頭の中にはあるのでしょうが、
本書で具体的に記述されている個所が、良く分かりませんでした。


書物を記述するということは、
 ① 仮説の提示であり、
 ② その仮説を説得力ある論理により立証する作業だと思います。

田川さんは、
他の学者の学説を、反対し、否定したからには、
自分の学説を、論理立てて 立証しなければ、学者として不誠実である、
ということを、認識されておられないような印象を受けます。

率直に言って、
他人を 批判し、要求するだけで、自らを 反省せず、
破壊するだけで、再建を無視した
(東大)全共闘を思い出しました。


田川さんは、
ジグソーパズルのピースともいうべき、
イエスのエピソードを幾つも記述されておられますが、

ピースを組み合わせて、一つのイエス像を作り上げずに、

ただ、
「イエスの あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きたから、
 あのように すさまじい死にいたりついた。」
とだけ記述されて、

具体的な立証をされておられないのでは、と感じられます。


(注) 例えば、
    第6章 一 イエスにおける宗教的熱狂の自己相克 で、

    史的イエス論争の際の所謂「批判的」学者を、
    徹底的に批判した後、

    「何も 私は、彼らに反対して、
     イエスは、
     後の教団が 信奉したような 救済者としての意識 を 持って活動したのだ、
     などと、主張しようとしているわけではない。

     ただ、
     イエスの死後、信奉者達が、イエスをメシアとして崇めたのは、
     全く無から有を生ぜしめた創作ではないので、

     彼らに、
     そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった、
     と、言いたいだけのことである。

     イエスにも、
     その程度の人間的弱みは、大いにあったのだ。」
    と、記述されておられのに、吃驚しました。

    「批判的」学者を、詭弁だと批判されたのですから、

    少なくとも
    「イエスの宗教的熱狂」と
    「そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった」
    ということに関して、

    この場所で、具体的に、詳細に説明して頂きたいな、
    それが、
    批判した相手に対しての礼儀であり、義務ではないだろうか、
    と、感じた次第です。

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2013年4月 5日 (金)

加藤 隆著「一神教の誕生」 第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての 本書の概略

加藤 隆 著
「一神教の誕生」・・・ユダヤ教からキリスト教へ・・・
(講談社 現代新書)

第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての 本書の概略


第2回のユダヤ教に引き続いて、
キリスト教についての本書の概略 を 抜き書き風に要約させて頂きます。

なお、項目の番号は、第2回と共通の通し番号にしました。



          **********


15.洗礼者ヨハネ

 洗礼者ヨハネとイエスの共通点は、
 ① エッセネ派的傾向を強く持っていたことと、
 ② ユダヤ人社会全体と関係を持とうとしたことです。
 (エッセネ派は、ユダヤ人社会から離れて、荒野で活動していました。)

 洗礼者ヨハネは、
 洗礼という簡単な儀式によって、罪の赦しの状態が実現したことにしよう
 としたと思われます。

 しかし、
 洗礼者ヨハネの洗礼については、次の3つの点で、問題がありました。

 ① 洗礼という儀式の権威が、
   人間社会、まずは ユダヤ人社会に、必ずしも認められませんでした。

   従って、
   洗礼を受けた者は、
   洗礼により、罪が赦されたようですが、

   日乗生活は、
   罪を前提とする神殿主義、律法主義の枠内に留まらざるを得ず、

   一方では、罪を赦されたようであり、
   他方では、罪の状態がまだ存在しているような、
   中途半端な状況に置かれてしまうことになりました。 

 ② 罪の解消を、洗礼という儀式で行うと言うことは、
   罪の状態が存在することを前提にしています。

   罪で満たされた世界に、
   罪が解消された領域を作り直すことであり、

   このアプローチでは、
   罪はなくならず、
   単に世界を二つに分けただけでした。 

 ③ 洗礼の儀式には、
   洗礼の受ける者の同意が必要でした。

   本来は、
   神の側からだけの一方的な介入で、問題が解決するはずなのに、
   人間側の同意が、いくらかでも必要な形態の儀式が不可欠だというのは、
   不適切です。


16.イエス(地上のイエス)

 イエスは、
 生前のイエス(地上のイエス)と
 没後、神格化されたイエスを 区別して論じる必要がありますので、

 ここでは、
 生前のイエス(地上のイエス)について、問題にさせて頂きます。

 イエスの活動のの中心は、
 神の支配の現実の告知でした。

 (注) 加藤教授は、
 「神の支配の現実」
 「神の支配についての情報が作り出す現実」との記述をされています。

 わかりにくい記述であり、
 正確に理解しているかどうか自信がありませんが、

 「神の支配の現実」については、
 「神が直接支配することにより生じる色々な事態」、

 「神の支配についての情報が作り出す現実」については、
 「イエスが神の支配が近づいていると告知したことにより生じた色々な事態」
 と、理解して、以下の記述を進めさせて頂きます。

 ですから、
 「神の支配の現実の告知」は、
 「イエスが、神の支配が近づいていると、人々に触れ回ったこと」を
 意味していると理解しております。


 イエスの「神の支配の現実の告知」については、次の2つの点が問題となります。

 ① 神の支配が事実かどうか?という点

   神の支配とは、
   神がこの世界に対して、自らが肯定的に動くことを意味しています。

   言い換えると、
   神がこの世界の面倒を見ることと意味しています。

   そうなれば、
   人間の罪も消えてしまうのです。

   神が動かない、
   つまり、
   神との断絶があるから、人間の罪が生じたのです。

   神との断絶がなくなれば、
   罪といった事態は意味がないことになります。

   しかし、
   世界に対して、積極的に肯定する方向に、、神が動くとの、
   イエスの主張は、本当だろうか、との疑問があります。

   神が動くとしても、
   他の選択、
   例えば、
   黙示思想の方向への選択の可能性を排除しきれるのか?
   との問題もあります。

   また、
   神の支配が現実化した、事実である、と確信が得られる事態とは、
   どのようなものか?という疑問もあります。

   一部の者が、
   神からの介入があったと主張しても、

   介入を受けていない者には、
   神の支配の確信は持てないでしょう。

   客観的に 十全に実現したということになれば、
   神の支配の現実が、誰にとっても明白ですが、

   少なくとも、
   イエスが予告したときから現在まで、
   そのような状態になっていないことは確かです。

   キリスト教徒の一部の人々は、
   神の介入があったと主張していますので、

   これらの人々を除いては、
   今どのようになっているのか、人間には知ることができないのです。

   イエスの、神の支配についての情報、
   即ち、
   神の支配が近づいているとの告知は、全く新しいものでした。

   この告知によって、
   新しい現実が、実現しているのです。

   即ち、
   神の支配の現実は、
   十全に実現した状態になっていないが、

   神の支配の現実の 十全な実現の可能性を、
   見据えることができるようになったのです。

   これを信じなければ、
   A.エッセネ派の人は、
     神の前で人間は何も有効なことをなし得ないとの結論に戻るだけですし、

   B.エッセネ派以外のユダヤ教の人々は、
     神殿主義、理法主義の支配の現実しか残らないことになったのです。
 

 ② もう一つの問題は、

   イエスが主張する「神の支配」で、
   支配する神は、ユダヤ教の神である ヤーヴェなのか?ということです。

   2世紀(100年代)の グノーシス主義 は、
   徹底した二元論を展開して、

   イエスの神は、至高神であり、
   (至高神より劣る)創造神であるヤーヴェとは異なる
   と、主張しました。

   グノーシス派は、
   基本的に消滅したとされていますが、

   グノーシス主義が提示した問題は、
   うまく解決されていないと、思われます。


17.キリスト教に対する ユダヤ教の立場
   ・・・ユダヤ教が、キリスト教を受け入れないロジック・・・

 ① ユダヤ教は、
   神との断絶を前提にした律法主義を堅持していました。

 ② ユダヤ教は、
   ヤーヴェと断絶はしていましたが、
   契約の形で、ヤーヴェとの関係は保っていました。

   ヤーヴェとの契約は、存在したままだけれど、
   罪の問題があるので、契約が実行されていないだけの状態でした。 

 ③ キリスト教が主張する、神の支配の現実 を 肯定することは、
   罪が解消し、契約は 最早意味がないと認めることですが、

   先ほど述べたように、
   A.神の支配は、事実でないかも知れないし、
   B.イエスの神は、ヤーヴェでないかも知れないのです。
 
 ④ 律法主義の立場に留まることは、
   神との断絶を認めることで、苦しいことですが、

   イエスの神が、ヤーヴェであることが確実でないのに、
   ヤーヴェを捨てることになるかも知れない選択を採ることはできないのです。

 ⑤ 神の支配は、事実であり、
   イエスの神はヤーヴェである可能性もあります。

   ですから、
   キリスト教の主張を受け入れることは、
   ユダヤ人にとって、一つの賭であり、

   個人としてキリスト教に賭ける人が出てくるかも知れませんが、
   ユダヤ教全体が、この様な賭を選択することはできないのです。  

 ⑥ キリスト教は、
   イエスの主張が事実である可能性に賭けている流れであり、

   ユダヤ教は、
   契約という唯一のの関係によってヤーヴェとの繋がりを確保しながら、
   キリスト教の賭が成功するかどうかを 見守っている流れなのです。


18.「神の支配」の証拠としての奇跡

 イエスの主張は、
 神の支配の予告(神の支配が近づいているとの告知)で、

 神学的現実の変化の可能性についての情報でしかありませんので、
 人々が、具体的にとることになる態度について、難しい問題が生じました。 


 18.で、
 神の支配の現実についての証拠の問題について、 

 19.で、
 「神の支配についての情報が作り出す現実」に見合った生活スタイル
 の問題について、検討してみたいと思います。


 神の支配は現実化していなくとも、
 神の支配が近づいているとの情報が作り出した現実は、現実化しているので、

 神の支配の全面的な実現についての確信に 少しでも近づこうとして、
 「神の支配が近づいた」との単純な情報だけではなく、
 たとえ部分的でも良いから 神の支配が実現している証拠 となるような
 実感できる何か が 求められるようになりました。

 イエスの当時において、
 奇跡による癒しが、神の支配の現実の証拠である と
 受け取られる面がありました。

 奇跡の癒しが、神の働きだとしても、部分的なものであり、
 それだけでは、
 神の支配が現実であることを確実に証明するものにはなっていません。

 また、
 部分的な神の働きの事実を、いくら集めても、
 神の支配が全面的に実現していることにはなりません。

 人々は、
 神の支配の情報を信頼するために、
 補助的な事実を証拠と考えようとしたのですが、

 これは、
 根本的には論理の短絡で間違いでした。

 しかし、
 人々は、いくらかでも安心したかったのです。

 そして、
 キリスト教の側からも、
 人々のこうした傾向を利用するところが生じました。

 このこととの関連で、特に大きな問題は、
 後でご説明する イエスの弟子達が イエスを神格化したことです。
 

19.「神の支配についての情報が作り出す現実」に見合った生活スタイル

 奇跡と並んで、
 もう一つ問題となったのが、

 「神の支配についての情報が作り出す現実」に見合った生活スタイルの問題、
 即ち、
 人々の生活スタイルは、どのように変わるのか?ということでした。

 神の支配は、神からの一方的な介入ですので、
 本来的には、
 人々の日常生活の習慣を変化させねばならないものではありませんでした。

 まして、
 イエスは、神の支配の予告をしただけですので、
 尚更 変える必要がなかったのです。

 従って、
 人々が、
 日乗生活において、どのような態度を具体的に取るべきなのか、
 についての指針 ないし 規範が、具体的に示されていませんでした。

 しかし、
 人々の間で、
 「神の支配についての情報が作り出す現実」に見合った
 新たな生活スタイルが模索される、といったことも生じてきました。

 あちこち巡り歩くばかりで、
 短い期間に終わってしまったイエスの活動においては、
 これらの問題を対処する余裕がなかった
 と、言わねばならないのでしょう。


20.イエスが行った 具体的な活動

 ① イエスは、
   神殿主義、律法主義を否定しました。

   イエスが、
   神の支配の現実を主張したということは、
   ユダヤ教の神殿支配、律法支配を 否定した と いうことでした。

 ② イエスは、
   すべての人が、神の支配下に入ると主張しました。
   これが、「福音」です。

 ③ イエスは、
   教会を作ろうとしませんでした。

   しかし、
   イエスの没後、
   ペトロ以下の後継者達が、教会を作ったのです。

   イエスは、
   例えば、
   イエス教団と言うべき集団を作って、
   そのメンバーになるかどうかを、出会う人々のすべてに迫って、

   メンバーにならないものを、
   神学的に低く位置づけることを しませんでした。

   もし、
   イエスが、教会を作れば、

   一方では、あらゆる差別を撤廃されると宣言しながら、
   他方では、独自の差別基準を打ち立てている者だということに
   なってしまうのです。

   ただ、
   イエスは、
   当初 人手不足を補うために、弟子集めをしたのです。

   弟子集めしたことが、
   イエスの没後、教会ができるという限界の原因となったのでした。 

 ④ イエスは、
   聖書主義を否定しました。

   しかし、
   後継者達が、
   福音書を作成し、聖書主義を復活させたのでした。

   イエスは、律法を否定しましたので、
   律法に依拠して語ることはしませんでした。

   即ち、
   聖書に書いてあるから、〇〇は正しいというタイプの議論をすれば、
   イエスが律法主義者となってしまうので、

   この様な議論をせずに、
   「たとえ」を多く用いて、律法主義的な議論を避けたのでした。

   福音書には、
   聖書に依拠した議論そしている様子が記されていますが、

   これは、
   基本的には、
   後世の教会が、
   自分たちの立場を権威あるものとするために作り出したと考えるべきです。

 ⑤ イエスが、
   神殿批判を行ったことが、
   逮捕、処刑のきっかけとなった可能性が大きいのです。

   イエスが、
   神殿の境内で、商人達の台をひっくり返したことは、
   イエスの神殿批判の中でも、特に目立った行動でした。

 ⑥ イエスが、
   神殿主義、律法主義を否定したので、処刑されました。

   神との断絶した体制が長く続く中で、
   世俗的支配の手段として、
   神殿主義、律法主義をますます強固に使用とする態度が、
   ユダヤ人指導者に生じていました。

   こうした硬直した神殿主義、律法主義との対立において、
   一人の個人にすぎないイエスが、肉体的に退けられたのです。


21.エルサレム初期共同体

 ① 人間を二分した エルサレム初期共同体

   イエス処刑後、
   弟子達は、
   エルサレムで、すべてを共有する共同体(エルサレム初期共同体)を作って、
   共同生活を始めました。

   彼らの立場に賛同する者たちはすべて
   この共同体に全財産を供出して、参加しなければなりませんでした。
   (その後、一部の財産供出でも 良いことになりました。)

   エルサレム初期共同体には、2つの根本的問題がありました。

   A.人間を、二分する状況を生じさせることは、
     神の支配の現実の全体性の原則とは、相容れない。

   B.エルサレム初期共同体における 具体的な生活スタイルが、
     本当に神の支配の現実に対応するものなのかどうか。

   イエスは、
   すべての人々に、神の支配が行き渡ると予告しましたが、

   ペトロ以下の弟子達は、
   共同体に参加するか、しないかにより、
   イエスの告知に賛同する者と、そうでない者を二分しました。

   即ち、
   弟子達の共同体 と 既存のユダヤ教社会の二つの領域が、
   対立するようになったのです。

   また、
   イエスは、
   神の支配の予告をしただけですから、

   ペトロ以下のエルサレム初期共同体の生活スタイルが、
   神の支配が実現したときに見合った生活スタイルかどうか、
   疑問があったのです。

   この様な根本問題がありながら、
   弟子達が、
   エルサレム初期共同体への参加を人々に迫る活動を選択したのは、

   神の支配の現実についての告知に 賛同するか否か による対立を、
   二つの宗教社会的領域の対立という形で、
   具体的なものにするためでした。

   ユダヤ教社会の 神との断絶 を 前提にした社会生活を打開することが、
   弟子達にとってはどうしても必要なことでした。

   言い換えると、
   A.イエスの教えに従って、
     神の支配がすべての人間に現実化することを保持するか、

   B.一部の人々ではあるけど、
     生活スタイル(宗教社会的なあり方)を、
     神の支配の現実に 見合った形にするか、

   の 二者択一の前で、
   後者を選択したのでした。

   これは、
   A.神学的原則(イエスの教え)より、
     宗教社会的な必要(弟子達の組織にとっての必要性)を優先させる選択
     が、行われた、

   B.(イエスが告知した)神の支配の原則の徹底した維持よりも、
     (人間である聖職者が信者を支配する)教会の成立に向かう方向の
     選択をした と、いうことでした。

 ② イエスの神格化

   ペトロ等のイエスの弟子達は、
   A.エルサレム初期共同体の成立、存続の根拠を、
     神学的に確固なものとし、

   B.既存のユダヤ教社会の神殿主義、律法主義の立場と
     相容れないことをはっきりさせるために、
     イエスを 神格化しました。
     (イエスは、人間ではなく 神である と 主張しました。)

     即ち、
     自分たち(エルサレム初期共同体)の生活スタイルを、
     権威あるものにするとの動機から、
     イエスを(利用して)神格化したのです。

     イエスの神格化により、
     エルサレム初期共同体が、神的根拠に基づいたものとなり、
     既存のユダヤ教社会のあり方と、本質的相違がはっきりしました。

     これからは、
     エルサレム初期共同体のメンバーになるということは、
     イエスに従うことだとされました。

     また、
     既存のユダヤ教では、神との断絶が前提とされていましたが、
     エルサレム初期共同体に参加すれば、
     この神との断絶に留まらなくても良いことになったのです。

     (注) 加藤教授のこの記述は、
         神との断絶が解消されることになった、ということなのでしょうか?

         だとしたら、
         何故、神との断絶がなくなるのか についての説明がないのが、
         不思議です。

         多分、弟子達は、
         エルサレム初期共同体に参加しさえすれば、
         神の支配が現実化した生活ができると、主張したのでしょうが、

         イエスの教えに反することを承知していながら、
         自分たちの都合でを優先して主張したのではと感じられ、
 
         その根拠について、疑問に思われます。

 ③ エルサレム初期共同体の破綻と、イエスの神格化の変化

   神格化されたイエスに従うことは、エルサレム初期共同体に参加することだ
   との主張が、

   人数的にも、地域的にも
   組織が拡大したことにより、至って実際的な様々な問題が生じたために、
   維持できなくなりました。

   <維持できなくなった理由> 

    A.経営困難に陥ったこと

      即ち、
      貧困層出身のメンバーが増加したために、
      共同体生活が経済的に継続、維持することが難しくなった。

    B.神殿の位置づけについて、
      大きな立場の違いが内部で生じたこと。
  
    C.最初は、
      アラム語を母国語ばかりがメンバーだったが、、

      その後、
      ギリシア語を母国語とするメンバーが増加して

      文化的対立が 他の対立と絡み合って、
      共同体が分裂しました。

    D.キリスト教運動が、
      エルサレムの外にも本格的に拡大したこと。

   このため、
   エルサレムにおける すべてを共有する共同体が、
   神の支配の現実に対応する 唯一の生活スタイルだ、
   との立場も、維持できなくなったのです。

   神学的に、絶対だ とされていたかのような 生活スタイルが、
   条件の変化に対応するために、相対化されたのです。

   エルサレム初期共同体の生活スタイルを正当化するために、
   イエスが神格化されたのですが、その生活スタイルが維持できなくなっても、
   一度神格化されたイエスは、神のままであり続けたのです。

   というのは、
   エルサレム初期共同体の生活スタイル以外の生活スタイルは、

   ペトロなどの指導者達が、適切だと判断すれば、
   神格化されたイエスの権威によって、神学的にも正当化できたのです。

   従って、
   神格化されたイエスの支配は、
   実は、
   神格化されたイエスの権威を背景にした 人間である指導者達による支配であり、
   (イエスが唱えた)単純な神の支配ではないことは、明白でした。

   この様に、
   イエスの神格化により、
   何が神学的に正しいかは、指導者達が判断することになり、

   指導者達は、
   イエスのように、
   神のように、なっていたのでした。

   この様に、
   元々は エルサレム初期共同体の生活スタイルを根拠づけためものだった
   イエスの神格化が、

   人間である指導者(聖職者)が、
   何が神学的に正しいかを判断できるとする根拠、

   言い換えると、
   人間である指導者(聖職者)が、
   神しかできないはずの判断を行えるとする根拠 に、
   変質したのです。

 ④ 指導者(聖職者)の神格化
   ・・・指導者は、聖霊に満たされている・・・

   ペトロ達キリスト教指導者が、
   A.個々の状況において、
     どのような生活スタイルが神学的に適切であるかの判断できる。

   B.神ではないかも知れないイエスを、神だと主張したことは、
     (人間である)彼らが、
     人間なら できないはずのもの、
     神にしか できないはずのもの、を 行っていたことを意味していました。

   従って、
   ペトロ達キリスト教指導者の神学的位置づけが、問題になりました。

   指導者達が、
   神との直接的で実質的な関係が、自分たちに実現されている
   と、様々な主張がなされましたが、

   ここでは、
   彼らが 聖霊に満たされているとの主張を、代表例にして取り上げます。

   聖霊に満たされているとは、
   常に神と直接的な関係が実現している、

   即ち、
   自分たちは、常に神と同じ判断をしている、
   と 主張していることになります。

   この主張は、
   (人間である)キリスト教指導者を、神格化するものでした。
   (人間である指導者は、神と同等であることになりました。)

   ユダヤ教の預言者も、
   神の指示を伝える役目を負っていましたので、
   指導者達と同じような感じを受けるかも知れませんが、

   預言者は、
   個別の問題に限っての神の伝言を伝えたのであり、

   ペトロなどの共同体の指導者は、
   常に神と同じ判断ができると主張しましたので、
   大きな違いがあります。

   何故、
   この様な主張をしたかというと、

   A.刻々と変化する状況に適切に対処するためには、
     キリスト教指導者が、刻々と判断できなければならなかったこと。

   B.預言者の介入や信託を仰ぐとの方法では、
     正統性の吟味が困難で、かつ 煩雑であると同時に、

     刻々と変化する生活スタイルを、
     継続的に正当化することが難しかったからです。

   この主張により、
   キリスト教指導者は、

   A.神と同じ判断ができる存在であり、
   B.一般のメンバー(信者)とは、区別された人間であることになりました。

   これにより、
   キリスト教共同体(教会)の中に、二種類の人間が生じたのです。

   イエスを、神格化し、
   指導者達も、神格化するようになると、

   本来の神の他に、いくつも神が存在することになり、
   一神教の原則と矛盾するように思われるかも知れません。

   キリスト教は、
   一神教的であるユダヤ教の多神教的適応だ、とされることもあります。

   しかし、
   こうした様々な神格化が、
   一つの神の支配の実現との関連でなされていることも確かなことです。

   原則的には、一神教であるのに、
   実際的には、多神教であるとの奇妙な状態が生じたのは、

   一神教的であるはずの神が、
   その支配を十全に実現されていないことが原因だというべきなのです。

   (注) 加藤教授の記述には、
       ペトロなどの弟子達が、イエスの教えを知りながら、
       自分たちの都合の良いようにエルサレム初期共同体を作って、
       イエスの教えを変質させたことに対する評価がないのが、不思議です。


 以上、
 エルサレム初期共同体の経緯を整理しますと

 ① 具体的なキリスト教的生活スタイルの正当化するために、
   イエスの神格化が行われた、

 ② イエスの神格化は、
   当初、
   エルサレム初期共同体の生活スタイルだけを 正当化するものでしたが、

   他のキリスト教的生活スタイルが生じても、
   イエスの神格化が維持されました。

 ③ イエスの神格化を維持するために、
   キリスト教指導者達も、
   聖霊に満たされているという位置づけをして、神格化されました。

 ④ これにより、
   キリスト教的生活スタイルの採用については、
   神との実質的な関係を持っている者たち(指導者、聖職者)の場合と、
   一般者たちの場合との2つの場合が生じました。

   神と直接的な関係を有する指導者達は、
   神より直接導きを受けることができましたが、

   一般の人々は、
   神との直接的な繋がりがなく、神の判断を知ることができませんから、

   神から直接指導を受けている指導者の提案を
   受け入れなければならなくなったのです。
   (指導を受けなければならなくなったのです。)

   これにより、
   イエスの生前中は、神の前で同等であった

   キリスト教指導者(イエスの弟子達)と
   一般の人々 は、
   宗教社会的に、二分されることになりました。


22.神学的立場を巡る エルサレム初期共同体の分裂 と キリスト教教会の成立

 エルサレム初期共同体が、拡大するにつれ、
 アラム語を話すペトロ達イエスの弟子を中心としたユダヤ人に、
 ギリシア語を話すユダヤ人グループが加わってきました。

 このギリシア語グループの中で、
 過激な反神殿の立場をとった ステファノ、フィリポなどの人々が、
 ヘレニストと呼ばれました。

 ヘレニストは、
 ユダヤ人社会から迫害を受け、
 指導者のステファノは、処刑され、
 他に人々は、エルサレムから追放されてしまいました。

 この迫害の際に、
 ペトロ達エルサレム教会の主流派が、ヘレニストを助けなかったため、
 キリスト教内部の両派の対立が決定的となりました。

 ヘレニストは、
 ペトロ達主流派と異なり、イエスの教えを忠実に守ったのです。

 サマリア伝道の際の事例をご紹介して、両派の違いをご説明させて頂きます。

 ① ヘレニスト フィリポのサマリア伝道

   A.フィリポは、
     人々に、
     神の国と イエス・キリストの名についての福音を告げ知らせました。

   B.サマリアの人々は、
     これを信じて、洗礼を受けました、

   C.その後、
     フィリポは、他で伝道するために、サマリアより姿を消しました。

 ② エルサレム教会 ペトロとヨハネのサマリア伝道

   A.フィリポが去った後に、
     ペトロとヨハネがサマリアに来ました。

   B.人々は、
     主イエスの名によって 洗礼を受けただけで、
     聖霊は、誰の上にも降りていない状況でした。

   C..そこで、ペトロとヨハネは、
     人々の上に手を置いて(按手)、人々は、聖霊を受けました。

 フィリポは、
 イエスの教えに従って、神が神自身の判断で支配するのとの考え方を
 遵守しています。

 従って、
 神の支配の情報を与え、
 他の支配からの宗教社会的隔離の処置は執りましたが、

 神との直接の関係が、現実に実現するかどうかについては、
 神の動きそのものに任したのです。

 これが、
 洗礼を授けたけど、聖霊を授けずに姿を消した理由でした。

 フィリポは、
 神の支配を代表する社会組織である教会を作りませんでした。

 ですから、
 フィリポが姿を消した後、

 信者達は、
 聖霊を受けない状態、
 つまり、
 神との断絶の状態に留まっていたのです。

 フィリポは、
 神の実質的な介入として、神が、聖霊を付与するとの
 神学的な現実に忠実な態度だったのですが、

 残された信者は、
 聖霊に満たされているとされる指導者達から、
 何の指導も受けられませんでしたから、

 どのような生活スタイルをすれば良いかの指針を与えられず、
 謂わば、
 飼う者のいない羊のような状況に置かれることになったのです。


 ペトロやヨハネは、
 聖霊に満たされている者ですので、
 飼う者のいない羊のような信者達に、按手により聖霊を付与して、
 神との繋がりを確保してあげました。

 エルサレム共同体では、
 指導者達が、按手により聖霊を付与できることになっていたのですが、
 大きな問題がありました。

 というのは、
 誰に按手を授けるかは、指導者達の判断に依存していますので、
 誰に聖霊を付与するかという、本来は神が決めることを、
 人間である指導者達が決定して、その結果を神に押しつけているのです。

 即ち、
 神の行為について、
 人間である指導者達が、神に命令しているのです。

 指導者達は、
 神格化されているので、神に命令するのは問題はない
 と、されるのかも知れませんが、

 指導者達の神格化が、人間的な判断である可能性もあるので、
 ここでは、
 人間が、神に命令しているという事態が生じていると考えて良い可能性を
 退けることができません。


 按手により、聖霊を付与することは、
 ペトロやヨハネのような聖霊に満たされている特別な人間(指導者達)が、
 他の者たちの位置づけを左右できることを意味していて、

 神との直接的な繋がりのない者たちに対して、
 神学的に絶大な権威を持っていることになります。

 ここにおいて、
 人による、人の支配、
 つまり、
 特別な人(指導者達、聖職者)による 一般の人の支配が、
 制度化されることになったのです。


 教会の定義について、
 様々な議論があって、簡単に決着をつけることができませんが、

 これまでの検討を踏まえると、
 教会とは、
 飼う者のない筆所のような状況に置かれてしまう者が、
 いないようにすることから生じる宗教社会的な制度だ
 と、いうことができます。

 個々の状況において、
 何が神学的に意味があるとされるかを、指導者が判断できるという立場が、
 ここでは適用されているのです。


 ヘレニストは、
 神との直接の関係は、神に委ねるとの立場でしたが、

 キリスト教の主流となったのは、
 ペトロ達のエルサレム教会の、人による人の支配の原則による体制でした。

 ヘレニスト的なあり方は、
 神の実際の態度だと思われるあり方を尊重するものですが、
 神が実際に聖霊を与える者は、ごく少数であることも現実です。

 神との直接的な関係を与えられていない者は、
 教会による人による人の支配を拒むなら、
 具体的な指針が何もないことになってしまい、

 彼らは、
 人間的な判断で、自分の神学的位置づけを勝手に決めてしまうことが
 生じやすくなります。

 ペトロ達エルサレム教会は、
 この様な事態を避けようとして、
 教会で、信者達を指導することにしたのです。

 従って、
 教会は、
 ユダヤ教の神殿と立法の役割を果たすことになったということができます。

 というのは、
 ユダヤ教の神殿主義、律法主義は、
 神の前での自己正当化の問題を回避するための手段でした。

 キリスト教の教会は、
 ユダヤ教の神の前での自己正当化と同じような
 信者が神学的位置づけを勝手に決めることを回避する手段であったのです。

 この対応策が採用されることにより、
 キリスト教の教会では、
 人間が二分されることが決定的となりました。

 キリスト教の教会は、
 A.神との直接的な関係を持つ者(指導者達、聖職者)と、
 B.そうでない者(信者達)との
 本質的な違いを認めた上で,成立しているのです。


23.エルサレム初期共同体、ヘレニスト 以外の 神学要素についての解説

 ① 聖書主義、儀式主義の誕生

   キリスト教は、
   既存のユダヤ教の律法主義によって
   神との断絶の状態に置かれている人々を、
   神の支配の枠内に置き換えることが目的だったため、

   基本的には、
   律法主義を認めない立場を取っていました。

   イエスは、
   教えの活動において、「たとえ」を用いて、
   ユダヤ教の聖書に依拠した議論を、丁寧に避けていました。

   ところが、
   イエス処刑後のキリスト教指導者達は、

   イエスの神格化を初めとするキリスト教運動の立場を、
   ユダヤ人達に認めさせるために、聖書の権威が大変有効に機能したため、

   ユダヤ教の聖書を用いる議論を、
   方便として ユダヤ人達に用いるようになりました。

   神殿についても、同様でした。

   キリスト教は、
   神殿の価値を、基本的には認めていませんでしたが、

   表面上神殿を、尊重する態度を取って、
   神殿の権威を、方便として利用しながら キリスト教運動を拡大する
   という、功利的な態度を取っていました。

   ユダヤ教の聖書や神殿の権威は、
   神の支配の現実の原則からは、否定すべきものであったのに、 
   この様な妥協的態度を取ることができたのは、

   何が適切かを、教会の指導者達が、個々の状況において判断できる
   と、されていたからでした。

   イエスやステファノは、
   あからさまに神殿の価値を否定して、処刑されましたし、
   ヘレニストは、迫害されました。

   神殿主義、律法主義に
   表面的に妥協する態度が、教会の指導者達に生じたのは、
   直接的には、
   イエスの処刑を反省するところがあったからだと考えられます。

   また、
   シナゴーグの活動をモデルとした 個々の教会の儀式も、
   本質的な意義があるかのように位置づけられるようになりました。

   こうして、
   ユダヤ教の神殿主義、律法主義に代わって、
   謂わば
   聖書主義、儀式主義が成立してきたのです。

   聖書主義、儀式主義は、
   神との直接的な繋がりのない人々を、
   教会という制度の中の指導者達の指導の下に位置づけることに
   見合った機能を果たしていました。

 ② 重要事項は、指導者達が決めた

   A.個々の教会の指導者が、最終的な決定を行いました。

   B.その決定が 困難な場合は、会議(公会議)を行いました。

   C.また、神学者なる者たちが、
     それぞれの状況、それぞれの時代に、思索を行って、
     可能な限りでの全体的なあり方の了解を具体化し、
     個々の問題に対する対策を提案しました。

   キリスト教では、
   こうした 人間側の活動 に、神学的な意義がある と されたのでした。

 ③ 聖書と律法の違い

   キリスト教では、
   最初から 新約聖書が存在していたのではありません。

   新約聖書の文書は、
   1世紀後半から2世紀前半にかけて、
   徐々に執筆され、次第にまとめられて、

   4~5世紀(300~400年代)に
   新約聖書となったのです。

   聖書と律法の違いは、
   律法は、掟ですが、
   聖書は、掟でないことです。

   聖書は、
   正典とされ、
   絶対的な権威があるものとされていて、

   そのようなものとして尊重されるべきであることは要請されていますが、
   聖書の用い方が、はっきりと確定されていません。

 ④ 神の支配と罪の問題

   罪の問題は、
   神が動かないことから生じたのもであり、

   神の支配が、現実化すれば、
   罪の問題は、意味をもたないことは、前述した通りです。

   しかも、
   神の支配は、
   人間の状態がどのようなものであれ、
   神が一方的に世界に対して肯定的に関わるものです。

   しかし、
   神との直接のない一般の者たちに対して、
   ユダヤ教の 神との断絶を前提とした 罪や契約の概念 が、流用されてます。

   信仰や儀式は、
   人間側の行為であり、
   神の態度を左右できるものではないにもかかわらず、
   同様な理由により、流用されています。

   加藤教授は、
   これに対して、次のように批判しておられます。

   ユダヤ教起源の 罪の概念 や 契約概念 は、
   根本的なところで、神との断絶が前提とされているので、
   神との断絶が前提とされていることは、問題とされねばならない。

   神の支配との関連で 判断を、していかねばならないはずの指導者達が、
   神との断絶を前提として
   罪の概念や契約概念 を、本質的なものであるかのように
   人々に提案するとの態度には、やはり矛盾があるといわざるを得ない。

 ⑤ キリスト論的称号によるイエスの位置づけ
   ・・・神格化されたイエスのイメージ・・・

   A.キリスト論的称号とは、「イエスは、××だ」と主張すること。

     イエスの称号の例
     a) メシア
     b) キリスト(メシアのギリシア語訳)
     c) 神の子
     d) ダビデの子
     e) 預言者
     f) 人の子
     g) 主(しゅ)
     h) 王(諸王の王)など

   B.キリスト論的称号は、
     「イエスは、××だ」という単純な表現なので、
     一般の信者向けのスローガンのようなものとして、
     最低限の理解を 一般の人々に記憶させるのに便利でした。

     また、
     イエスの存在が、キリスト教にとって重要であることを
     強調する機能も、果たしていることは確かです。

   C.しかし、
     それ以上に、イエスを理解しようとすると、
     「キリスト論的称号」は、曖昧きわまりないもので
     様々な弊害があります。

     a) 様々な称号が、
       イエスに 当てはめられていることが示しているように、

       一つの称号で
       イエスについての理解ができるのではありません。

     b) また、
       ある称号のもつ意味が、
       すべてイエスにうまく当てはまるのでもありません。

     c) しかも、
       「キリスト論的称号」を用いたイエスの位置づけばかり強調すると、
       キリスト教にとって 最も重要なのがイエスであるかのような誤解を
       生じさせてしまいます。

       キリスト教運動にとって、最も重要なのは、

       勿論、「神」であり、
       そして、
       神と人との関係であるところの「神の支配の現実」です。

       これとの関係で、
       地上のイエスは、一つの役割を果たしただけです。

       神格化されたイエスの意義も、限定的であり、
       イエスを神格化すること自体に問題がなかったわけでもありません。

   D.「イエスは、××だ」とのお手軽なイエス理解は適切でない
     という立場を端的に表明しているのが、福音書です。

     4つの福音書は、共通して、
     イエスについて、福音書全体の情報の理解が必要である
     と、主張している。

 ⑥ キリスト中心主義

   A.イエスを不用意に重視する立場は、
     キリスト教の流れの中で、様々な形で生じてきました。

     イエスの重要性が、あまりに強調されている為に、
     キリスト中心主義が、何故 問題視されねばならないかさえ
     分からない指導者も 少なくありません。

   B.キリスト中心主義のもう一つの問題は、
     神格化されたイエスを、過度に強調すると、

     神格化されたイエスを認めることが、
     あらゆる問題の全面的な解決であるかのように
     考えられてしまう恐れがあります。

   イエスの神格化を認めるしても、
   神の 世界に対する部分的な介入 でしかないし、
   イエスの神格化は、
   キリスト教的生活スタイルを権威あるものにするための機能を
   担っているだけです。

   この機能の限界を 遙かに超えて、
   神格化されたイエスばかりを強調することは、
   やはり不適切です。

   イエスが、
   神的であるかどうかは、
   神の支配の全体的なあり方を根本的に左右する問題ではありません。

   生前のイエスが、
   神の支配の現実についての告知した段階において、

   イエス自身が、神的であるかどうか ということは、
   重要ではありませんでした。

   重要だったのは、
   神の支配の現実です。


24.キリスト教と近代

 本書の最後の章である 「第7章 キリスト教徒近代」 は、
 加藤理論に基づく歴史記述ですが、

 記述の内容が、
 歴史事実と明らかに異なっているため、ご紹介を省略させて頂きます。

 ご興味をお持ちの方は、本書をお読み下さるようお願い申し上げます。


    加藤 隆著「一神教の誕生」

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

 

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加藤 隆著「一神教の誕生」 第2回 ユダヤ教についての 本書の概略

加藤 隆 著
「一神教の誕生」・・・ユダヤ教からキリスト教へ・・・
(講談社 現代新書)

第2回 ユダヤ教についての 本書の概略


第1回の読後感のご参考に、今回と次回で、ユダヤ教徒キリスト教の本書の概略を 抜き書き風に要約させて頂きます。

今回(第2回)は、ユダヤ教についての本書の概略です。
イエスとエルサレム初期共同体 についての 本書の概略については、次回(第3回)ご紹介させて頂きます。


          **********


1.出エジプト

 紀元前1250年頃(BC13世紀)
 モーセに率いられたユダヤ人が、エジプトを脱出(出エジプト)に成功しました。

 ユダヤ人は、
 民族神 ヤーヴェ が、エジプトから出してくれたお陰であると、
 民族神ヤーヴェに感謝しました。


2.カナンに定着

 ユダヤ人は、
 約半世紀、荒野を彷徨った後に、
 パレスチナ(カナンの地)に侵入し、定着しました。

 ユダヤ人は、
 これも ヤーヴェ神のお陰だと感謝しました。

 出エジプト、カナンへの定着という 2つの大きな事件により、
 ヤーヴェという神を崇拝する、イスラエル民族が成立し、
 ユダヤ教、厳密に言うと、古代イスラエルの宗教が成立しました。


3.統一王朝の成立

 ユダヤ人は、徐々に統一していき、

 部族連合体制から、
 BC1030年頃には、サウルが王に即位するようになり、
 次の王ダビデの時代に、統一王朝が実現し、エルサレムを首都としました。

 ダビデの次の王ソロモンの時代には、
 中央集権制度を整備し、領土を拡大して、
 ソロモンの栄華と呼ばれるほどの繁栄を誇りましたが、

 BC932年ソロモンが没すると、南北対立が表面化して、
 南のユダ王国、北部のイスラエル王国(サマリア)と南北に分裂しました。

 南北に分裂した後にも、
 ユダヤ人は、依然として ヤーヴェを、崇拝していていました。

 なお、ソロモンは、
 エルサレムに、ユダヤ教の神殿(第一神殿)を建設しています。


4.御利益宗教

 この頃までのヤーヴェは、
 御利益があるので崇拝される 御利益神 でした。

 即ち、
 エジプトを脱出させてくれた、
 カナンの地に定着させてくれた、ので、
 ユダヤ人が、ヤーヴェを崇拝したのです。

 従って、
 他に御利益を与えてくれる他の神も、ユダヤ人は、崇拝することになりました。

 ソロモンの頃、ユダヤ人は、
 雨と雲の神 バアル神、
 収穫、子孫の繁栄の神 アスタルテ神も、
 ヤーヴェと共に崇拝するようになっていました。

 神は、
 人間の要求に応えるから、神として尊重され、崇拝されるのであり、
 要求に応えない神は、
 存在価値がなく、人間から見放されて、神として死んでしまうのです。

 故に、
 表面的には、
 人間は、神を尊重しているような態度を示したが、

 根本的なところでは、
 人間が、神に優位に立っていて、神に命令していたのでした。


5.普遍主義的立場、創造神

 ユダヤ人は、
 パレスチナで、色々な民族と交流する内に、
 ヤーヴェ神は、他の民族の神より偉大であると強調するようになり、

 ヤーヴェは、
 ユダヤ人の民族神から、普遍主義的な立場の神に、
 徐々に性格が変更されていきました。

 この普遍手主義的な神の考え方が、端的に表現されているのが、
 ヤーヴェは、創造神、
 即ち、
 すべてを創造した神であるとの主張です。

 しかし、
 普遍主義的な立場が生じても、
 ユダヤ教主流は、あくまで 民族中心主義的な立場を維持していました。


6.北王国の滅亡

 南北に分裂してから、約200年後の
 BC722年 又は BC721年に、

 北の王国(イスラエル王国、サマリア)が、
 アッシリアにより滅亡した。

 このとき、
 神が動かず、沈黙していました。


7.罪の概念、契約概念の成立 と 一神教の誕生

 ヤーヴェは、
 エジプトを脱出させたり、
 カナンの地に定着させた御利益があったから、崇拝されていました。

 ですから、
 アッシリアに攻撃されたとき、
 守ってくれない、役立たずの神であるヤーヴェは、

 普通だったら、
 御利益がないと、ユダヤ民族に見捨てられても当然でした。

 しかし、
 南の王国(ユダ王国)は、残っていたので、
 ユダヤ人は、ヤーヴェを救う論理を考え出しました。

 それが、
 罪の概念、契約概念です。

 即ち、
 人間が、神に対する義務をきちんと果たしていなかったため、
 人間が、神に対して不適切であったという「罪」があったため、
 神が動かなかったのだ、との論理です。

 言い換えると、
 人間が、神との契約を守っていなかったから、
 神が動かなかったのだ、との論理でした。

 こうして、
 神は、何も悪くない(義(正しい)である)、
 人間が、罪の状態にある、とのなった為、

 これ以降のユダヤ教の課題は、
 神の前での義(正しさ)を、どのように実現するか、
 ということに尽きるようになりました。

 ユダヤ教は、
 御利益宗教的なあり方を克服し、
 民が、罪の状態に位置づけられて、
 民に対する神の優位が、決定的になりました。

 また、
 御利益宗教は、
 御利益を与えるいくつもの神が存在しましたが、

 これ以降は、
 ヤーヴェという神だけが存在する、一神教になったのです。

 更には、
 民が、罪の状態であり、
 神が動かないということは、
 神と人間との間に、断絶が生じたことを意味していました。

 神と人間との間には、契約は存続しているが、
 人間が、契約を履行しないから、
 神も、契約を履行せず、沈黙しているという、断絶が生じたのです。

 従い、
 契約を履行していない民は、
 他の神を選ぶこともできなくなりました。


8.南王国の滅亡 と バビロン捕囚

 北王国の滅亡した 約150年後の
 BC587年に、
 南王国(ユダ王国)が、バビロニアに滅ぼされて、
 ユダヤ人は、バビロンに連れて行かれました。

 このバビロンの捕囚は、約50年間続き、
 ペルシアがバビロニアを滅ぼした後の BC538年に、
 ペルシア キュロス大王により、パレスチナへの帰国が許されました。

 この帰国の際に、
 バビロンに残ったユダヤ人が、少なくなく、

 これ以降、
 パレスチナ以外の土地に住むユダヤ人を、
 ディアスポラのユダヤ人 と 呼ぶようになりました。


9.第二神殿の再建 と 聖書(律法)の成立

 パレスチナ帰国後、
 エルサレムのソロモンが建設した神殿が再建されました。(第二神殿)

 また、
 ペルシアの命令で、聖書(律法)が作られました。

 このとき作成されたのは、モーセ五書と言われるものです。

 ユダヤ教の聖書は、その後徐々に増加していき、
 紀元後1世紀末に、最終的に内容が確定しました。 

10.神殿と律法が、絶対的権威を持つようになった理由
   ・・・神の前での自己正当化の問題・・・

 北王国滅亡後のユダヤ人にとって、最大の課題は、
 「神の前での義を、どのように実現するか」という問題でした。

 簡単に言うと
 「正しくなりたい」ということです。

 何が正しいか、を決めるのは、神自身のはずですが、
 神と人間とは断絶していて、神は沈黙していますから、
 人間には、何が正しいか知ることができないはずです。

 ところが、
 自分は、掟(律法)に完璧に従っているので、
 自分は正しいと、主張する者が出てきました。

 これは、
 自分の発見した掟(律法)を、神が承認しろとの態度ですので、
 自分の掟(律法)を、神に押しつけている、
 神は、人間に服従しろと主張していることになります。

 この様な態度を避けるために、
 ユダヤ教は、
 神殿を再建して、犠牲を神に捧げる儀式を行い、
 律法(掟)が、絶対的権威を持つとしたのです。


11.神殿、律法の問題点

 ユダヤ教は、
 神の前での自己正当化を避けるために、
 神殿、律法に絶対的権威を持たしたのですが、

 神と人間が断絶している状況を、
 神殿と律法により、回復することが不可能であることが、問題でした。

 神殿で犠牲を神に捧げることは、
 一度すればすむのもではありません。
 何度も何度も、犠牲を捧げなければならないのです。

 これは、
 いくら犠牲を捧げても、神との断絶が解消することはないこと
 を、意味していました。

 律法についても同様でした。
 律法は、複雑で、
 人間が完璧に律法に従って生活することは不可能でした。

 更には、
 律法の規定が、何を意味しているのか分からない部分もあったのです。

 ですから、
 律法に大体従うことはできても、完璧に従うことは、不可能でした。

 更に 問題なのは、
 神殿の儀式も、律法についても、人間側の行動なのです。

 人間が、神を動かすために行動することは、
 その行動を、神に認め指すことを意味していて、
 先ほどの神の前での自己正当化の問題と同様に、
 人間が、神に従わせようとする性格を有していました。

 でも、
 神殿の儀式を行い、
 律法に従った生活をすることは、

 神との断絶は解消できなくとも、
 神との契約は存続することができますので、
 ユダヤ人は、神殿と律法を維持したのです。


12.黙示思想

 律法主義の反省から、黙示思想が生まれてきました。

 黙示思想とは、
 世の終わり(終末)に、この世が「悪」だからとして、

 この世を創造した神が、
 この世を全面的に破壊して、新しい世界、来たるべき世 を 新たに創造し、

 この世から、ほんの一握りの選ばれた者たちだけが、
 終末の滅びを免れて新しい世界に導き入れられる、
 とする考え方です。

 この黙示思想は、反神殿主義、反律法主義でした。

 黙示思想は、
 論理的一貫性のある神学的施策に基礎づけられていて、
 その背景には、動かない神がありました。

 即ち、
 神が動けば、問題は解決しますが、
 神殿主義や律法主義では、神を動かすことはできません。

 罪の状態である人間が、いくら神に働きかけても、
 神は動かないのです。

 神が動くとの条件を考えると、
 神が勝手に動くことしかあり得ません。

 この世は、罪の状態ですから、
 神が動くとしたら、
 論理的には、この世や人間を滅ぼすこと以外には
 あり得ないことになります。

 この世を創造するときに、
 神は、イスラエル民族を選びましたが、

 この世を破壊するのも、
 イスラエル民族を選んだことを破棄するのも、
 神の自由であり、

 破壊の後の新しい世界で、
 イスラエル民族が選ばれるとの保証はありません。

 ただ、
 黙示思想の大きな問題点は、
 理屈はそうかも知れないけど、
 実際に神が動いて終末が、なかなか訪れないことです。

 神が動かない状況の中で、
 何とか神を動かすために、人間が努力しようとしてきた発想を逆転させて、
 罪の状態であっても、神が動けば問題は解決するとの発想 は、
 新しい点 でした。¥


13.マカベア戦争

 アレクサンダー大王が ペルシアを征服した後、
 パレスチナは、
 エジプトのプトレマイオス朝の支配下になりましたが、

 BC2世紀に入ると、
 セレウコス朝シリアが、パレスチナを支配するようになりました。

 BC167年に、
 シリアのアンティオコス4世が、急激なギリシア化政策をとったため、
 ユダヤ人が抵抗して、マカベア戦争が勃発し、
 ユダヤ人のハスモン朝が成立しました。

 このハスモン朝は、
 BC63年 ローマのポンペイウスが、パレスチナを征服するまで、
 約100年間 独立を維持しました。


13.体制派(サドカイ派、ファリサイ派) 対 エッセネ派

 ハスモン朝において、
 ユダヤ教は、3つの宗派に別れていました。

 ① サドカイ派  神殿主義、神殿で働く祭司を中心とした勢力
 ② ファリサイ派 律法主義、 社会的成功のために律法を勉強した 律法の専門家、
                    シナゴーグのラビ
 ③ エッセネ派 荒野の修行者

 エッセネ派は、
 ハスモン朝が成立し、サドカイ派の流れが 神殿の実権を握ることになったとき、
 サドカイ派の妥協的なあり方を嫌って、分裂した祭司達と言われているそうです。

 エッセネ派は、
 荒野で、神との直接的な関係の実現を模索しました。

 その結果、
 神殿主義や律法主義は、
 人間が、義の状態に変化したことを、神に求めさせて、
 神を動かそうとしていることに 問題がある。

 即ち、
 人間が、神を動かそう、神に命令しようとしている、ことが、
 根本的な問題である。

 人間は、神を動かせないのだから、
 神は、,勝手に動く ということに 気がつきました。

 即ち、
 神の側からの一方的な介入が、唯一残された可能性であり、
 神の前の正当化のために、人間の側からは何もなす術がない、
 というのが、エッセネ派が行き着いた結論でした。

 「人間は、なす術がない」との結論故に、
 1世紀後半のユダヤ戦争後、
 エッセネ派は、ユダヤ教から消えてしまいました。


14.律法主義への一元化

 66年~70年 の ユダヤ戦争で、敗北した後、
 ユダヤ教は、
 ファリサイ派の律法主義に一元化されました。

 神殿主義のサドカイ派は、
 エルサレムの神殿が、ローマ軍に破壊されて、壊滅し、
 その後、
 神殿は、再建されずに現在に至っています。

 エッセネ派は、
 先ほど述べたように、消えてしまいました。

 ユダヤ戦争後、
 39のヘブライ文書からなる ユダヤ教の聖書が、確立しました。


以上が、
ユダヤ教についての本書の概略ですが、

イエスやエルサレム初期共同体についての本書の概略については、
次回(第3回)をご参照下さい。


    加藤 隆著「一神教の誕生」

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

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2013年4月 4日 (木)

加藤 隆著「一神教の誕生」 第1回 本書の読後感

加藤 隆 著
「一神教の誕生」・・・ユダヤ教からキリスト教へ・・・
(講談社 現代新書)



          **********



ブログに コメントを頂いた todoさん に ご紹介頂いて、読ませて頂きました。
ノートを取りながら、一行一行確認する毎日でしたので、
1ヶ月半も、読むのに かかってしまいました。

本書は、
ユダヤ教とキリスト教の宗教としての本質を、
ものの見事に分析された「名著」であろうと感じています。

今後、色々な本を読んで、
加藤教授が分析された神学理論を、確認していきたいなと考えています、

todoさん、
本当に貴重な本をご紹介頂き、厚く御礼申し上げます。

今後は、
イエスや原始キリスト教関連の本を、何冊か読んでみようと思っています。
とりあえず、
次は、ご紹介頂いた、田川教授の「イエスという男」を
楽しんでみたいと考えています。


          **********


最初に、本書の概要をご紹介してから、私の読後感を書かせて頂こうと考え、
抜き書き風の要約をしたのですが、大変な分量になってしまいましたので、

最初の考えを逆にして、

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

という形で、進めさせて頂きます。

本書の内容についてご興味をお持ちの方は、
第2回、第3回を、お読み下さるようお願いします。



          **********


第1回 本書の読後感


私は、
ユダヤ教、キリスト教については、初学者であり、
これから幾つかの本を読ませて頂こうと考えていました。

そのような状況で、この2ヶ月近く、本書と向き合ったのですが、
本書は、
大変素晴らしい理論で、ユダヤ教、初期キリスト教についての全体像を
明快かつ簡潔に整理されておられて、

今まで疑問に感じていたことが、きれいに整理できる「名著」であろう
と、感じておりますが、

他方、
本書だけで判断するのは危うく、
他の方の本を読んで、本書の確かさを確認せねばならないな、
と、重い宿題を頂いたなとの感じもしています。

従って、以下では、
今後の読書する際に、気になる点、
念頭に置いておこうと考える点について、
幾つかご紹介させて頂きます。


1.本書の加藤理論と歴史事実が同一であったのだろうか?

現在から歴史を見て、
歴史事実を整理したときに見えてくる 過去の出来事 は、

実際に歴史を担った人々が、
目指していたこと、
考えていたこと、
認識していたこと とは
異なることがあるのでは、という気がしています。

本書を読んで、
加藤教授の理論は、
素晴らしい整理であり、その通りであろうと感心していますが、

果たして、
例えば、ペトロやパウロが、加藤理論を理解して、歴史を担っていたのかな
というと、
私の数少ない知識からでも、ちょっと疑問に感じられることがあります。


① 加藤教授は、
  ユダヤ教の神殿や律法を方便としてエルサレム教会は利用した
  と、記述されておられますが、

  これは、
  現在から見た見方、
  結果を知っているから見える見方であり、

  当時の人々は、
  別の意図を持って行動されたのではないでしょうか。

  パウロは、
  イエスの教えに従って、
  律法は守らなくては良い、具体的には割礼は不要である と、主張して、
  アンティオキアで、ペトロ達と対立し、
  エルサレム教会を追放されました。

  トロクメ教授やルナンの「パウロ」の本を読むと、
  エルサレム教会は、
  キリスト教徒になるには、先ずユダヤ教徒にならなければならない
  と主張して、パウロと対立した と、書かれていた記憶があります。

  ですから、
  エルサレム教会は、
  方便ではなく、本気でユダヤ教を信じていたのではないでしょうか。

  また、
  パウロにしても、第3回の伝道旅行の後、
  ユダヤ教と和解しようと、信者から大金を集めて エルサレムに赴き、
  ユダヤ教徒として、神殿でお勤めをするつもりでした。

  現在から見ると、
  キリスト教とユダヤ教は 全く別のものですが、

  エルサレム教会の指導者達は、
  ユダヤ教との違いを主張することはあっても、
  本質的には、
  キリスト教徒であると同時に、ユダヤ教徒でもあったのでは、
  と考えることもできるのではないでしょうか。


② 加藤教授は、
  イエスは、神が動いて、神の支配が近づいていると予告したのであり、
  神との断絶しているユダヤ教とは、異なった立場だった
  と、記述されておられますが、

  弟子達が、
  このイエスの告知の意味を、本当に理解していたのでしょうか。

  理解していなかった故に、
  極論すると、
  彼らのレベルが低かった故に、

  師であるイエス没後、
  イエスの教えに反して、ユダヤ教化したのではないでしょうか。

  加藤教授は、
  NHKカルチャーラジオの講義で、パウロを批判されておられます。

  加藤教授のパウロ批判は、その通りだと思いますが、
  批判されたパウロは、
  実は加藤教授の整理された神学を理解していなかったのでは、
  イエスの教えの意味することを理解していなかったのでは、
  と、感じられるのです。

  <加藤教授のパウロ批判>
  (加藤隆著「「新約聖書」とその時代」NHK出版158ページ以下)

  加藤教授は、
  4点パウロ批判をされておられますが、
  ここでは2点ご紹介させて頂きます。

  A.「十字架の神学」

    十字架の神学とは、
    「すべての者は罪の状態にあるが、
     その罪は、イエスの十字架によって贖われた」ということだそうです。

    加藤教授は、
    十字架事件以降、すべての者の罪が消えて、義の状態になり、
    永遠の命を得て、神との十全な繋がりが実現したことになるはずなのに、
    教会も、パウロも、(依然として)人が罪の状態にあると、盛んに主張して、

    十字架事件以降も、
    人は罪の状態に留まっていて、十字架の神学は有効でないと主張している
    と、批判されておられます。

    パウロは、
    神との断絶が生じたから、罪が生じたとの加藤理論を
    ご存じなかったのではないでしょうか。

    また、
    加藤理論によるイエスの予告の意味も理解していなかった
    のではないでしょうか。

  B.「信仰義認」

    パウロは、
    「信じる者は、救われる」との議論をしていると、批判されておられます。

    加藤教授によると、
    神は、自らの判断で、介入するのであり、
    人間が何をしようが、神の行動に影響を与えることはない
    と、説明されておられます。

    パウロは、
    この加藤理論を理解せずに、神との断絶とか、人間の罪について、
    ユダヤ教の考え方をしていたのは、という気がします。

    また、加藤教授は、
    信じる者は救われるとなると、信じない者は救われないので、
    すべての者の罪が消えて救われたとする「十字架の神学」にも反している、
    と、批判されておられます。

    加藤教授は、
    エルサレム初期共同体は、イエスの教えに反して、
    人を二分することを選択したと記述されておられますが、

    加藤教授のパウロ批判を読むと、
    彼らは、人を二分することの意味するところなど考えもしていなかったのでは、
    という気がしないではありません。


ここで申し上げたいのは、
当事者が考えてもいなかったことが、後から見ると位置づけられることがある、
ということです。

加藤理論を知らなかったペトロやパウロの足跡を、
現在の視点で整理すると、
彼らが考えもしなかった加藤理論が浮かび上がってきたのでは、
という感じがしています。

こういうことは、歴史ではありうることだと思います。

もしそうなら、
歴史事実と神学理論が異なることがあり得るということなので、
その場合どのように対処すれば良いのか、
すぐには結論が出せない問題だな、という気がしています。


2.神は実在するのだろうか?

本書を読んでいて、
神が、実在するのだろうか?
神は、人間が創り出した想像の産物と考えるべきでは?
との感が、ますます強まりました。

加藤教授は、
ユダヤ教の神(旧約の神)は、最初、御利益神だったのが、創造神に変化した
と、書かれておられます。

神が実在していたら、
途中で神の性格が変わるということがあり得るのでしょうか。

神は、
人間が、想像して作り出した架空の存在だからこそ、
その性格が、
人間の都合により変化させられたのではないでしょうか。

北王国が、アッシリアに、
南王国が、バビロニアに滅ぼされても、
更には、
その後現在に至るまで、
神は、何の動きもしていません。

イエスは、
神の支配が近づいていると予告しましたが、
それから2000年たっても、神の支配は実現していません。

黙示思想によると、
この世の中は悪の世界だから、
この世界を創った神が、すべてを破壊するとされていますが、
これも現実となっていません。

これらは、
人間が勝手に想像したものだから、お話だけのことにすぎない
と、考える方が、説得力があるのでは?と思われます。


3.イエスは、神なのだろうか?

イエスは、
父(神)の子とは言ったけれど、自分が神だとは言わなかったようです。

加藤教授は、
エルサレム初期共同体が、自分たちの都合でイエスを神とした
と、記述されています。

キリスト教会は、
ペトロ達が、イエスは神だ と言い出したことを、
そのまま継続して、イエスが神だというのは正しい と、言い続けているのです。

もし、
ペトロ達が神であると言い出さなかったら、
もしくは、
ヘレニストがキリスト教の主流となったなら、
イエスは、神とはならなかったのだろう と、思います。

だとしたら、
イエスを神としたのは、人間であり、イエスは神ではなかった、
と、いうことになると思いますが、

キリスト教は、
神学上の理由ではなく、
ペトロ達同様自分たちの組織の都合により、
イエスが人間であることを認めていないのだろう と、感じられます。


4.ペトロなどの教会の指導者(聖職者)は、聖霊に満たされた者だろうか?

加藤教授は、
ペトロ達は、聖霊に満たされているので、

神と直接的な繋がりがあるので、
神が判断すべきことも判断できる存在だ。

按手により、信者を直接神と繋げることができる、
と されていると、記述されておられます。

これは本当でしょうか?
ちょっと考えても、ウソだとしか言いようがない気がします。

例えば、
聖霊に満たされている者の代表である ペトロとパウロは、
キリスト教徒は、ユダヤ教の律法に従うべきかどうかで
意見が対立して、
パウロは、原始キリスト教会から追放されました。

ペトロもパウロも、
キリスト教史上最も聖霊に満たされているであろうと考えられる人ですから、
当然 2人とも 直接 神に繋がっている人のはずです。

言い換えると、
神が、こう考えている、
こう判断している と、
信者に対して、正確に神の意向を伝えることができる人です。

神の考えは 一つのはず です。
従って、
ペトロとパウロの意見が対立するということは、

ペトロとパウロは、
神の考えに基づかずに、
人間である各々の考えが異なったから対立したと考えるべきです。

これはまずい と 考えた ヒエロニムス は、
二人の対立は芝居だ と ウソの上塗りをして糊塗しようとしましたが、

ペトロとパウロは 対立した と 考えていた アウグスティヌス に
かみつかれました。
(ウィルズ「アウグスティヌス」岩波書店117㌻ )

ヒエロニムス も、
アウグスティヌス も、
キリスト教史上有数の聖霊に満たされた人々です。

彼らが 論争をした と 言うことは、
やはり、
神の考えに基づかず、人間である自分の考えで論争した
と、考えるべきです。

この様な例は、いくらでも挙げられます。

例えば、
何故、ギリシア正教 と カトリックが,分離したのでしょうか。
何故、カトリックから プロテスタント が,分離したのでしょうか。

何故、ルター派 と カルヴァン派 は、
一緒になろうと会議を持ったのに、決裂したのでしょうか。

教皇は、
聖霊の助けを借りて、選出されるとされていますが、
歴史上 3人も 教皇が並立したことが ありました。

これらは、
当事者が、もし聖霊に満たされていて、一つの神の考えに従っていれば、
あり得ないことでしょう。

加藤教授の記述の中にも、同じような例が記述されています。

例えば、
キリスト教では 重要事項は、指導者達が決めた と、記述されてから、
決定方法を、次のように説明されておられます。

 A.個々の教会の指導者が、最終的な決定を行いました。
 B.その決定が 困難な場合は、会議(公会議)を行いました。
 C.また、神学者なる者たちが、
   可能な限りでの全体的なあり方の了解を具体化し、
   個々の問題に対する対策を提案しました。

そして、
加藤教授は、結論として、

キリスト教では、
こうした 人間側の活動 に、神学的な意義がある と されたのでした
と、記述されておられます。

個々の教会の指導者は、
聖霊に満たされている者=神と同じ考えをする者であるはずですから、
彼らが、個々に 神と同じ決定ができるはずで、

その後の 会議(公会議)や 神学者の思索 は、
全く必要のないことのはずです。

それがそうでないとされるのは、
キリスト教が主張する 聖霊そのものが存在しないか、

それとも、
聖霊に満たされている者=神と同じ考えをする者というキリスト教の主張が、
ウソであるからだ

と、言わざるを得ないのではないでしょうか。

加藤教授も、
人間的な活動により、重要なことが決定される
と、おっしゃっておられますので、

聖霊は、
存在しないか、
その働きについての主張がウソである  と、
認めておられるのだろう と 思います。

加藤教授は、
ペトロ達が、聖霊に満たされている者となったのは、

状況の変化したときに、
ペトロ達の決定は、神の決定と同じだとするために、
自分たちを神格化したためである、
と、説明されておられます。

即ち、
私流の言い方をすると、

ペトロ達の都合で、
ペトロ達を 神 ないしは 神と同格の者だ とすることを、
信者をごまかすために、聖霊を持ち出して、利用した
と、記述されています。

加藤教授は、
ペトロ達が、どのようにして聖霊を獲得したのか、について
説明されておられませんが、
多分 最初の聖霊降臨祭の出来事であるのでしょう。

この出来事は、
ペトロ達が、現実にあったことだと主張していますが、

これは、
謂わば 当事者の主張であり、
客観的な証明がされた出来事であるとは、言えないだろうと思います。

奇跡が、あったか、なかったかについては、
加藤教授も書かれておられるように、実りの少ない議論ですから、
これ以上議論しませんが、

少なくとも、先ほど述べたように、
聖霊に満たされている者の判断が、
人間の判断と同様に 幾つにも別れるものであるという事実がある以上、

聖霊について、
少なくとも、
聖霊の働きについてのキリスト教の主張は、
否定されるべきものと考えます。


5.教会に、正統性があるのだろうか?

加藤教授によると、
イエスは、神の支配が近づいている との告知 を しただけです。

神が、
自らの判断で、すべての人間のために肯定的な関与をする、

言い換えると、
神が、
人間の働きかけとは 全く関係なしに、勝手に動くことが 近づいてますよ、
もうすぐ 神が、ご自身で 自ら 人間を支配するようになりますよ、
と、人々に知らせたのです。

イエスの告知 を 信じようが 信じまいが 関係なく、
すべての人々が 神の支配の恩恵を受ける
と、イエスは教えていたのです。

イエスが、神の支配の現実を告知するときに、
助手のペトロなどの弟子達と一緒に共同生活をしながら、活動しましたが、

イエス も、
弟子達 も、
イエスから告知を受けた一般の人々も、

神の前では、
即ち、
神学的には、同等でした。

一般の人々は、
ユダヤ教の教えの下、神との断絶の中で生活をしていましたが、
その生活スタイルを変える必要はありませんでした。

多分、イエスにしたら、
神の支配が実現したら、神が必要により指示する生活スタイルに、
おのずから変わるのだろう と、考えておられたのでしょう。

ところが、
ペトロなどの弟子達は、イエスが死刑で没した後、
このイエスの教えを 全く無視して、
自分たちの都合の良いように、勝手に変えてしまいました。

 ① まず、
   エルサレムで、共同体を作って、
   イエスの教えに従うことに賛同する者は、全員、全財産を共同体に供出して、
   参加せねばならないとしました。

   これにより、
   イエスの教えを従う者と、そうでない者とに、
   人間を 二分したのです。

   ですから、
   イエスの教えに従う者しか、神の恩恵を受けることができなくなりました。

   洗礼を受けないで死んだ赤ん坊は、地獄に行くのか などの
   馬鹿げた話が出てくる所以となったのです。

 ② 次に、
   エルサレム初期共同体の生活スタイルが、
   神の支配の現実に見合った生活スタイルだとして、
   信者達に、その生活スタイルを強制しました。

   これも、イエスの教えに反しています。

   イエスは、
   神の支配の現実が近づいていると告知(予告)したのであって、
   神の支配が現実となるまでは、
   今のままの生活スタイルのままでよろしいと言っていたのです。

   イエスは、弟子達と共同生活をしましたが、
   それは、布教のために必要だったからであり、
   神学的にそのような生活をすることが求められたのではありませんでした。

 ③ エルサレム初期共同体 と、既存のユダヤ教社会とを区別し、
   エルサレム初期共同体の生活スタイルに 神学的根拠を与えるために、
   イエスを、神格化し、神だと言い出しました。

   これは、
   自分たちの都合、
   即ち
   組織の都合のために、言い出した主張であり、
   神学的な必然性はありませんでした。 

 ④ エルサレム初期共同体が、
   貧困層の加入が増加して、経済的に経営が困難になると共に、

   規模が拡大して、
   エルサレム初期共同体の最初の生活スタイルが維持できなくなりました。

   規模が拡大したとは、
   A.エルサレムで従来のアラム語を話すユダヤ人に加えて、
     ギリシア語を話すユダヤ人が加入して、
     文化的な摩擦が生じたと共に、

   B.エルサレム以外の町でも、
     キリスト教の共同体が形成されてして、
     それぞれの生活スタイルが現れたのです。

   この様な状況が色々変化する事態に対して、
   ペトロなどの指導者達が、
   時々に応じて 柔軟に判断したことを、神の判断だ(神と同じ判断だ)とするために、
   指導者達も 神格化しました。 

   即ち、
   指導者達 は、
   聖霊に満たされている者であり、
   神と同じ判断をしている者だ と、主張し始めたのです。

   また、
   聖霊に満たされている者である自分たちが按手をすれば、
   その信者は、直接神と繋がるものとなる と、言い出しました。

   直接 神と繋がる者を誰にするかは、
   本来は、神が判断すべきことですので、

   ペトロ達の按手は、
   勝手に神を語って、信者をたぶらかす行為では、
   と、思われます。

 ⑤ この様なエルサレム教会の主流派に対して、
   ギリシア語を話すユダヤ人達の中で、
   特に、反神殿の立場に立ったステファノ、フィリポなどの人々が、
   ヘレニストと呼ばれていました。

   彼らは、
   イエスの教えに忠実だったのですが、
   反神殿故に、ユダヤ教により
   ステファノは処刑され、
   フィリポ以下の他の人々は、エルサレムから追放されました。

   このとき、
   ペトロ以下のエルサレム教会主流派は、
   ヘレニストを全く援助をしなかったために、
   両派の対立は決定的になったのです。

   私には、
   この主流派とヘレニストの対立は、
   キリスト教会最初の正統と異端の問題が生じた事件だろう
   と、感じられます。

   ペトロ達は、
   エルサレム初期共同体に参加するときに、

   最初は、全財産、
   途中から、一部の財産を供出することを強制しました。

   一部の財産しか供出しなかったのに、
   全部の財産を供出したとごまかした夫婦は、
   ペトロにより殺されています。
   (加藤隆著「「新約聖書」とその時代」NHK出版83㌻以下)

   私には、
   これが、その後の教会による、信者から財産を巻き上げる端緒と
   なったのだろう と、感じられます。

   キリスト教は、
   自分たちは、清貧を モットーにしている と 言いながら、

   実際には、
   信者から財産を巻き上げて、
   聖職者は、贅沢三昧の生活を満喫し、大変贅沢な生活をしています。

   ロビンフッドを子供の頃読んだ方は思い出して頂きたいのですが、
   シャーウッドの森の住人で、太っていたのはタック坊主だけでした。

   中世において、
   一般の人々は、太るほどの栄養を摂取できなかったのに、
   肥満体の聖職者がうようよいました。

   これは、
   教会が、一般の人々から財産を巻き上げていたからです。

   その究極が、贅を尽くしたバチカンのローマ教皇庁です。

   勿論、
   個人的には、アッシジのフランチェスコのように、
   本当に清貧の生活をした高潔な人格の方も、多数おられました。

   しかし、
   組織としてのキリスト教会、
   特に、
   カトリック教会は、
   堕落を批判され、改革を求められた歴史の連続でした。

   その行き着いたところに、
   ルターやカルヴァンによる分裂、
   国民国家を形成したフランス、イングランドのカトリックからの離反
   が、あったのです。

   (注) フランスは、カトリックの国では、と思われる方が大半だと思いますが、
       ガリカニスムにより、
       実質的にローマ教会から独立した存在となっているのです。


以上のような経緯を考えると、
ペトロ達が作った原始キリスト教会は、神学的に正統なのだろうか
という疑問が生じてきます。

加藤教授は、
キリスト教会は、「人による人の支配」と、結論づけておられます。

「人による人に支配」は、
ユダヤ教で批判された「神の前の自己正当化」より、もっと問題であるどころか、
神を無視し、神を悪用する 人間として唾棄すべき下劣な振る舞いでは
ないでしょうか。

旧約の神が、下劣な神ですから、
それを奉じるキリスト教も下劣であるのは、類は類を呼んだのですね、
と、罵詈雑言を吐きたくなるくらいです。

ペトロ達エルサレム教会の指導者は、
自分の都合、組織の都合で、神やイエスを利用しているのです。

彼らを引き継いだキリスト教会も、また同様なのです。

私には、
キリスト教が、カルト宗教とどこが違うのか、同じではないか、
と、思われます。

どうしてこの様な組織が、
2000年も、人々をマインドコントロールして来られたのかが、
今後の大きな宿題の一つであろうと、考えています。


6.キリスト教徒は、何を信じているのだろうか?

以上、お話ししたことをまとめると、
キリスト教徒は、一体何を信じているのだろうか?
という気がします。

① 神

  加藤教授は、
  キリスト教で一番大切なのは、
  イエスではなく、神であり、神の支配の現実だ
  と、記述されておられます。

  でも、
  神は、
  どうやら 人間の想像の産物であり、架空のもの のような気がします。

  また、
  加藤教授は、
  ユダヤ教の神が、イエスの神と異なるかも知れない、という問題が、
  解決されていない、と記述されておられます。

  確かに、
  旧約の神 =ユダヤ教の神 は、
  ユダヤ民族に偏った神であり、全人類を公平に扱っていません。

  例えば、
  出エジプトの際には、
  ユダヤ人の赤ん坊は助けますが、エジプト人の赤ん坊は殺しました。

  ユダヤ人に、カナンの地を与えた、
  ということは、
  従来から カナンに住んでいた人から、住処を召し上げたのです。

  秦先生は、
  神が、ユダヤ人を陣頭指揮して、カナンに住んでいた人を皆殺しした
  と、書かれておられます。

  また、
  旧約の神は、果たして神と言えるのかと思うほど、
  自ら定めた十戒に反して、
  ユダヤ人以外だけでなく、自分に従わないユダヤ人も、殺しまくっています。

② イエス

  加藤教授は、
  イエスの神学的な機能は、
  神の支配が近づいている と 告知したことである、
  神となったのは、ペトロ達が自分たちの組織の都合でそう言いだしたのだ
  と、記述されています。

  要するに、イエスは、
  ユダヤ教に数多く出てくる預言者と同じではないでしょうか。

  勿論、
  神が、人類のために肯定的な方向に勝手に動く と 言い出したことは、
  新しいことだろうと思いますが、

  預言にしかすぎないことは、
  それ以降2000年間、神の支配が実現していないことで
  証明されていると思います。

  マニやムハンマドが、
  イエスを 預言者と位置づけていること は、正しいのだろう と 感じられます。

③ 聖霊

  これはウソであることは、先ほど述べました。

④ 人による人の支配

  加藤教授の キリスト教の結論 は、
  人の人による支配です。
  神が、何処かに行ってるのです。

  それでいながら、
  加藤教授が、
  キリスト教において、神が一番大切だとおっしゃっておられるのが、
  私には理解できません。

  人による人の支配ということは、
  神という架空のものを、いかにもありがたいものだと 信者に提示して、
  聖職者が、信者を支配すること を 意味しています。

  そのための、
  論理付け、道具立てを、ユダヤ教から流用しているのです。

  それが、
  加藤教授が記述されておられる 聖書主義であり、儀式主義だろう
  と、思います。

  有名な三位一体論も、
  上記の①②③の様に考えると、

  強引に、神とイエスと聖霊は三位一体であるとするのが、
  自分たち(聖職者、キリスト教会)とって都合が良かったからであり、
  キリスト教の聖職者達がでっち上げたことだと感じられます。

  でっち上げだからこそ、
  あれだけ反対者が、手を変え、品を変えて 何度も何度も出てきたのでしょう。


以上、まとめると、
キリスト教は、やはり詐欺宗教、ペテン宗教であるであるということが、
今時点の私の結論となりますが、

本書だけで結論を出すのは危ういことですので、
今後、色々な本
とりあえずは、
イエスや原始教会の本 を 読んで、考えていこうと思っています。

この様なキリスト教が、
2000年も影響力を持ち続けたのは、何故でしょう?

ありもしない神を、
信じたい、
信じなければおられない と 感じる人が、
人間の中で相当多くおられるからだろう と、思います。

人間とは、
そのような性質を持った動物であるのだろう、という感じがしています。
加藤教授も、本書の最後(288㌻)に
信じることは人間的な行為であると記述されておられます。

キリスト教は、
そのような人間の宗教を求める欲求 に応えてきた
と、言えるでしょう。

でも、
そのような信者の宗教心を利用して、
信者を、たぶらかして、財産を巻き上げ、
場合によっては、人殺しまでして、
おいしい思いをしてきたのも、キリスト教だ とも、言えると思います。


7.異端が、実は正統では?

本書を読んでいて、
従来から感じていたこと、再度確認出来たなと感じることの一つに、
異端が、神学的には 本当は 正統である ということが多いのでは、
と いうことがあります。

そこまで極論しなくても、
キリスト教の歴史を考えるときに、異端の重要性を深く認識すべきでは、
と、改めて痛感しました。

異端は、
正統派にとって 目障りで、邪魔な存在であるが故に、
本来の価値を不当に貶められていることが多いのです。

本書の範囲内でも、

 ① イエス自身が、ユダヤ教の異端者でした。 

 ② ペトロ達の原始教会の主流派が、
   イエスの教えに忠実だったヘレニストが、
   ユダヤ教により追放されるのを黙認しました。 

 ③ キリスト教のユダヤ教化に反対して、
   ユダヤ教とは別の存在であり、律法は不要である と唱えたパウロも、
   ペトロ達主流派から追放されました。

   追放後、当然のことながら、
   主流派は、パウロが宣教する後を追っかけて、
   パウロの活動を妨害したのです。

   パウロは、
   ユダヤ教にとっても異端者でした。

   第3回伝道旅行の後、エルサレムでユダヤ教徒に捕まり、
   イエスやステファノ同様、殺されるところでした。

   このとき、エルサレム教会の主流派は、
   ステファノが処刑されたときと同様の行動を取っています。

   パウロが、殺されなかったのは、
   ローマ国籍を持っていて、
   ローマ人は、本人の申告により皇帝の裁判を受ける権利を持っていたため、
   パウロの要求により、エルサレムよりローマに護送されたからでした。

 ④ ユダヤ教の神(旧約聖書の神)は、創造神で、
   イエスを派遣したのは至高神であるとしたグノーシス派は、
   異端とされ排斥されました。 

これ以外でも、
ニカイア公会議以降のアリウス派、ネストリウス派等や、
アウグスティヌスが異端としたペラギウス派、
更には、
アッシジのフランチェスコの思想を受け継いだ故に、弾圧された聖霊派など、
今思いついただけでも、いくつもあげられます。

どうやら、
これらの異端派の方が、
主流派より、宗教的に正統であり、
イエスの考えを正確に引き継いで、実現しようとしたため、

主流派は、
彼らを悪魔呼ばわりして、弾圧したのでしょう。

弾圧の激しさが、
異端派の正統性を裏返しに証明しているような気がします。

イエスの教えに忠実だったヘレニストや、
アッシジのフランチェスコの教えに忠実だった聖霊派の、
似たような運命を考えると、感慨深いものがあります。

主流派が、
異端派の主張を認めなかったのは、

主流派が、
組織の論理=人間の論理 を、神や神学理論より優先したためであり、

これも、
キリスト教は、神の宗教ではなく、
人間が人間を支配するための世俗的権力であることの現れだろう
と、思います。

(注)ペラギウス派について

   アウグスティヌスに異端と断定され、
   その後、カトリック内で蛇蝎の如く扱われたペラギウス派は、

   最初、エルサレム公会議で、
   エルサレム司教により 全く正統であると認定され、

   その後、
   ローマ教皇の審問を受けて、

   審問後 ローマ教皇も、
   全く正統であり、何故異端と言われるのであろう、と嘆いたほどだったのです。

   それを、
   アウグスティヌスが、西ローマ皇帝の宮廷に、
   子供のときからの親友であるタガステ司教アリピウスを派遣して、

   サラブレッドの種馬の賄賂で、宮廷を買収して、
   ローマ皇帝の権力により、ローマ教皇に異端認定を強制させたものであり、

   ペラギウス派は、
   聖職者の議論によらず、賄賂によって異端とされたものなのです。
   (アマン「アウグスティヌス時代の日常生活」下300㌻ リトン刊)

   アウグスティヌスは、
   人格が高潔で、
   キリスト教の歴史上最高の神学者とされていますが、
   きらきら光る表面のメッキの裏側に、醜悪な本質が隠されていたのです。

   これも、
   キリスト教が言う「聖霊に満たされた者」の本質なのでしょう。


今回の読後感は、キリスト教に対して、大変厳しいものとなりました。
ただ、
ブログの最初 と 中半で申し上げた通り、完全に結論を出したわけではありません。
もうしばらく、キリスト教の本に留まって、考えていこうと思います。

その際に、
ランケが息子さんに贈った神についての次の言葉(1873年)を
常に念頭に置いて考えていこうと思います。

「すべての物事には、真正なる定めが存在する。

 我々人間は、
 その存在を直接証明することはできないが、
 その存在を感じることはできる。
 ・・・
 摂理を信ずること、
 それは、
 あらゆる信念の内の最高のもの、
 すべての信念の実質をなす。

 その点で、
 私の心は揺らぐことがない。」

(注)この言葉は、
   E.H.カーの伝記である「誠実という悪徳」(現代思潮新社刊)の
   「序」の前の㌻(表紙の裏扉みたいな場所)に掲載されていました。

   歴史学の研究においては、合理的な研究に徹したランケが、

   その心の奥底に、何故 神がおられたのか、
   その意味するところは何だったのだろうか?
   ということを考えていけば、

   神とは?、宗教とは?、との問いに対する解を導くよすが になるのでは、
   と、期待しています。


   現在 これが解答になるのでは と、想像していることは、
   「宗教とは、
    理屈でも、事実でもなく、
    一人一人が、ただ、神を 感じることではないだろうか?」です。

   ランケの言葉をご紹介したのも、そう感じられるからでした。

   神を、必要とするか どうか、
   神を、感じることが あるのか、ないのか、ということは、
   個々人の感性であり、精神作用なのです。

   今まで本ブログで、長々と述べてきたのは、
   加藤教授の神学に基づいた理屈であり、論理です。

   本来、神学とは、
   信仰とは関係ないことなのでは?という気がしています。

   逆に、
   組織の論理を優先した 自分たちの信仰を 正当化するために
   神学を利用しようとするから、おかしなことになるのだろう、
   とも想像しています。

   神学とは、
   人を 説得するときに、
   人を 勧誘するときに、
   更には、
   キリスト教内部で、自分たちの正統性を主張するときに、

   「神とは、感じるものです」では、説得力が弱いため、
   補強するための色々な理屈を考え出す必要性から
   作り出されたものなのだろうと思いますが、

   所詮、
   信仰という理屈でないものを、理屈づけようとするから、
   論理的な破綻をきたして、色々ほころびが出てくるのだろう
   と、思います。


   信者の方にとって、
   信仰なき者が、信仰とはかけ離れた人間が、信仰も理解せずに、
   ストーカーみたいにまとわりついて、とやかく言わないで欲しい、
   と、うっとうしい思いをされておられるのだろうと、想像しています。

   ただ、
   パウロの第三回目のブログで述べたように、

   歴史における キリスト教の言動、行動 の 評価 ということは、
   信仰とは別に議論されることだ と、思いますし、
   キリスト教は、これに答える立場におられるのだろうと思います。

   ヨーロッパにとって、キリスト教は、歴史のバックボーンであり、、
   ヨーロッパを理解するためには、キリスト教の理解が不可欠なのです。
  
   ヨーロッパの歴史を議論するための前提として、
   キリスト教とはどのようなものか、を知ることが必要であり、

   「キリスト教信仰」からの視座ではなく、
   「歴史におけるキリスト教」 という視座から、
   色々な本を読んで、できるだけロジカルに感想を述べているのが、
   本ブログであることをご理解頂ければ幸いです。

   キリスト教の方にはご迷惑だろうと思いますが、
   これが、老後の楽しみである 私にとっての謎解きのテーマの一つであり、
   お赦し下さることを願っています。


    加藤 隆著「一神教の誕生」

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

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2012年5月16日 (水)

ルナン「イエスの生涯」・・・イエスを 、神でなく 人間として描いた伝記です・・・

E.ルナン著「イエスの生涯」(人文書院)



          **********



矢内原先生が「キリスト教入門」(中公文庫 35㌻)で、

ルナンを

「科学的合理主義に完全に屈服し、
 科学的に納得できない要素を宗教から全て取り去ってしまい、
 宗教の本質自身を合理化しようとしている」
と、批判されておられたので、読んでみました。




 (注) 矢内原先生の宗教の合理化運動に対する批判と、先生の見解
     「キリスト教入門」(中公文庫 35㌻~37㌻)



  宗教原典の批判的研究が行われ、その歴史性が検討された。

  これらは、
  宗教それ自体のために、正しき理解を与えることに役立ったのであるが、

  薬が効きすぎて、科学的合理主義に完全に屈服し、
  宗教の本質自身を合理化し要素する動きさえ見られた。


  即ち、
  科学的に納得できない要素を宗教から全て取り去ってしまうというのである。

  例えば、
  奇跡の聖書の記事を、合理的内容に変形して解釈し、
  どうしても説明困難なものは、時代的迷信の混入であると除去抹殺し、

  後に残る歴史的事実と道徳的教訓だけを
  キリスト教の内容として認めようというものである。



  これは、
  早くもルナン、近くは H.G.ウェルズなどが唱えたものであって、

  キリスト教から奇跡的要素を除き、
  「汝の敵をも愛せよ」という至高の教訓を教えた
  倫理的宗教、道徳的宗教としてだけ、その意義を認めていこう。

  これが、現代においてキリスト教を生かす唯一の正しい道である
  と、主張するのである。

  いわば、宗教の合理化運動だった。




  科学は発達したけれども、科学で説明のつかぬような事実は人生に多くあり
  ・・・(略)・・・

  人間は、科学的合理主義では、どうしても心のより頼みを得ず、
  何か人間以外の判断に頼りたい欲求を持っている。



  我々は、宗教の純粋性のために、
  非合理性と道徳性という二つの要素を重要視する必要を知るのである。

  もしも人間の理性で、全てのことを処置できると言うならば、
  宗教の必要はなくなるであろう。


  いわゆる 合理的宗教は、真の意味では宗教と言えない。




  キリスト教から、奇跡的要素を除いて、
  我々の理性で納得できる道徳的要素だけを残したものなど、宗教でない。

  これは、一つの道徳の教えに過ぎない。


  人間に理性を超えたもの、霊的生命の欲求、
  これが宗教の本質であり、宗教の存在理由であって、
  これ以下のものは真の宗教ではない。



  真の宗教は、
  科学的合理主義を含みつつ、それよりも大きく、
  道徳主義を含みつつそれよりも高くある。

  人間は、科学よりも大きく、道徳よりも広い。
  人間の霊的生命の欲求を満たし、人間の理性と道徳とに高き刺激を与え、
  人生の問題を解決し、

  理想と現実との矛盾の中にあって、人生の生きがいを知らせ、
  希望と平安の根源を付与する力として、

  真の宗教は、これを信ずる価値があるのである。





ルナンは、19世紀のフランス人です。


  生没年 1823~1892 享年 69才

  「イエスの生涯」は、「キリスト教の起源の歴史」の第1巻だそうです。

  「キリスト教起源の歴史」

  第1巻 「イエスの生涯」
  第2巻 「使徒」           (AD33~45)
  第3巻 「聖パウロ」         (AD45~61)
  第4巻 「反(アンティ)・クリスト」 (AD61~73)
  第5巻 「福音書」          (AD73~117)
  第6巻 「キリスト教会」      (AD117~161)
  第7巻 「マルクス・アウレリウスと古代世界の終焉」(AD161~180)

  出所 「イエスの生涯」(訳者ノート 312㌻~314㌻)
      人文書院より「イエスの生涯」「聖パウロ」「反・クリスト」が翻訳されています。




本書は、ルナンが、
敬愛するイエスの伝記 のような語り口 で、記述していることは分かるのですが、

イエスの生涯を だらだらと記述していて、
どのような視点で描いたのか良く分からず、途中で中断しようかとさえ思いました。


しかし、最後まで読むと、

ルナンの言いたいこと、

即ち

「イエスは、神ではなく、人間であり、
 ユダヤ教から訣別して、独自の宗教を創設した」
ということが、急に視界が晴れたように はっきりしてきますたので、

途中で中断せずに終わりまで読んで良かったなと思っています。


推理小説では、
最後の謎解きで、著者が言いたいことがやっと分かる経験をしますが、

この本も、読み進めながら謎に感じていた イエスに対するルナンの考え方が、
推理小説の最後の謎解きのような形で記述されています。

その謎解きは、ルナンは、敬虔なキリスト教徒であるとの考えていましたので、
全く想像を絶するものであり、吃驚してしまいました。



最後まで読んで、ルナンの謎解きを知って
なるほどと思いながら、もう一度本書を振り返ると、

通常イエスの伝記で記述されていることが、省かれていることに気がつきますし、
矢内原先生の批判も、良く理解できました。


 注 矢内原先生「キリスト教入門」に収録された「イエスの生涯」(185㌻~226㌻)
   と、本書を 比較されると 興味深いと思います。

   なお、矢内原先生のルナン批判は、少し時間をかけて考えたいと思っています。




ご参考までに、
本書で、私が興味を持った点をご紹介させて頂きます。



 1.ルナンは、矢内原先生が書いておられるように

   通常イエスの伝記で記述されている 有名なイエスの奇跡の数々を、
   全く記述されておられません


   ① 荒れ野でのサタンの誘惑
   ② ガリラヤ湖の上を歩いた

   ③ カナの婚礼・・・葡萄酒が足りなくなったので、水瓶の水を葡萄酒に変えた
   ④ 5つのパンと2つの魚を取り、5000人の人に分け与えた

   ⑤ 死んだラザロを復活させた
   ⑥ ヘルモン山に登り、モーセと会話した  等々


   ルナンは、
   イエスの奇跡の殆どは、病を治す奇跡だったらしいと記述されています。
   ・・・病人が、イエスに会ったことで 精神的に元気になり治癒した
     (「イエスの生涯」187㌻) 




 2.イエスは、ヨゼフとマリアの子で、ナザレで生まれた
   (マリア処女懐胎を否定)

   ナザレ エルサレム の北 100km
        ガリラヤ湖(ティベリア湖)南端 の西 30km


   マリアは、生前イエスの布教に関与していなかった。

   イエスの弟達は、イエスに反対して、イエスの教えを拒否した
    → 母と弟たちは、イエスを白日夢にとりつかれ、正気を失ったとして、
       無理矢理取り押さえようとした。
      (「イエスの生涯」95㌻)

   イエスの従兄弟は、
   イエスの教えに従い、初期キリスト教で重要な役割を果たした。



 3.イエスは、ナザレで布教を始めたが、
   家族やナザレびとに拒否されて、ガリラヤ湖周辺で布教するようになった。



 4.イエスを洗礼した 洗礼者ヨハネは、ヘブロン生まれて、イエスの親戚ではない。 

   ヘブロン エルサレム の西南 32km



 5.イエスを有罪に陥れたのは、「モーセの律法」


  イエスは、

  形式的には、
  ローマ帝国への叛徒、国事犯として告発され、処刑されたが、

  実質的には、
  「できあがった教義を変更しようとする者は、全て死刑に価する」と言明した
  モーセの律法を根拠として、ユダヤの一党に死刑に陥れられた。

  ローマの権力は、弱体だった故に、
  ユダヤ教の祭司の要求を受け入れざるを得なかったのであり、
  イエスを処刑した責任はない。


  この記述は、二重の意味で吃驚しました。

  ① イエスは、ユダヤ教の神(旧約聖書の神)により
    異端者として処刑されたといっていること

  ② ローマは無責任であり、ユダヤ人がイエスの処刑に責任があるという
    反ユダヤ主義と同じ考え方をしていること です。

    (ルナンは、ユダヤ民族を誰よりも高く評価していると記述されていますので
     反ユダヤ主義者ではなかったのだろうと思います。
      「イエスの生涯」303㌻)


  ①により、ルナンは三位一体を否定していると考えますが、

  ルナンのキリスト教に関する考え、ルナン神学が、
  当時どのように受け入れられ、また、反発、反論されたのか、
  興味深いものがあります。


  イエスが捕まってから死刑判決までの経緯について
  ルナンの見方であり、正統なキリスト教の立場からは反論があるのでしょうが、
  非常に詳しくわかりやすく記述されていすので、
  私には、非常に参考となりました。



  なお、次の文章は、

  旧約の神は殺人者、殺戮犯の親玉であるので、
  キリスト教は新約の神(イエス・キリスト)のみを神とすべきであるとの

  私のキリスト教に対する考え方とぴったり一致していますので、
  あえてここでご紹介させて頂きます。


  「キリスト教は、寛容ではなかったが、

   不寛容は、キリスト教本来のものではない。
   むしろ、ユダヤ教本来のもの と、言うべきだ。


   何故なら、
   ユダヤ教が初めて 信仰について 絶対の教義を打ち出し、

   真の宗教から人々を惑わす者は、何人であれ、
   裁判を待たずに民衆の石打ちによって死刑に処すべし、

   という原則を 立てたからである。



   モーセ五書は、
   最初の宗教的恐怖の法典であり、

   ユダヤ教は、
   剣で武装した万古不易の宗教の典型である。



   もし、キリスト教徒が、

   ユダヤ人を盲目的に責めることをやめ、
   自分たちの始祖イエスを殺した制度を廃棄したのであったら、

   どんなにその方が 首尾一貫し、
   どんなに一層 人類に相応しいことであったろう

   出所 「イエスの生涯」281㌻~282㌻




 6.ゴルゴタへの道


  ゴルゴタとは、

  髑髏(どくろ)ということで、
  おそらくはげ頭の形の草木の生えてない丘を意味したもだそうです。


  場所は、
  エルサレムの北か西北に位置していたことは確かだそうです。


  十字架刑に処せられる者は、
  自分で刑具を背負っていかねばならなかったそうですが、

  イエスは他の二人より体が弱く、十字架の重さに耐えられなかったため、
  ローマの兵士達は、折よく 野から戻ってきたクレネ人シモンと出会ったので、

  外国守備隊に特有の乱暴なやり方で、
  シモンに、無理矢理運命の木を担がせたそうです。

  
  シモンは、
  後にキリスト教徒になったそうで、

  シモンの二人の息子 アレクサンダーとルポスも、
  使徒として有名な人物となったそうです。


  「おそらく シモンが、息子二人に
   自分の目のあたりにした情景を、あれこれ語ったと思われる。

   このとき、イエスの周りには、弟子は一人もいなかった」

  と、ルナンは記述しています。



 7.十字架刑


  ① 十字架刑について、ルナンは次のように述べています。


  「イエスの死を招いた理由は、本当は純粋に宗教的なものだったにもかかわらず、
   (イエスの)敵は、イエスを国事犯として、代官所に差し出した。

   勘ぐり深いピラトのこと、
   異端という理由でなら、イエスを有罪としなかっただろう。

   そこで祭司達は、
   政治秩序を乱すイエスを十字架に架けろ、と群衆が言い出すように
   仕組んだのである。


 
   この刑罰は、本来ユダヤのものではない。

   もし、
   イエスの処刑が、単にモーセの律法に違反したためであったなら、
   イエスは、石打ち刑を受けたはずである。


   十字架刑は、

   奴隷を処刑するときとか、
   死刑だけでは十分でないので、更に辱めを加えようという場合に適用される
   ローマの刑だった。


   それを、イエスに適用したと言うことは、

   イエスを、
   追い剝ぎ、強盗、山賊とか、
   剣による処刑の名誉にも値しない下級の敵として、
   ローマ人が扱ったということだ。


   「(ユダヤ教の)異端の教義」を説いた者として罰したのではなく、

   自らを「ユダヤの王」であると 妄言(ぼうげん)した罪で、
   イエスを処刑したのである。


   同じ理由で、
   刑の執行は、ローマ人の手によって行わなければならなかった。」




  ② ルナンは、十字架刑のやり方について、次のようの記述されておられます。


  「十字架は、
   丁字形に組んだ 二本の桁 でできていた。


   それは、あまり高いものではなく、
   罪人の足が、殆ど地につくくらいの高さだった。


   まず、十字架を立てて、
   次に、罪人の両手を(万歳のようにさせて)釘付けにする。


   両足も、釘付けにすることもあるし、縄で縛ることもあった。

   一本の木切れが、桁のように十字架のはしなの中程に取り付けてあり、
   罪人は、これに跨がり、身を支える。

   これがないと、両手はちぎれ、体は前のめりになってしまう。


   あるときは、
   小さな板を足のしたに取り付けて、足を支えるようにした。」




  実際の十字架刑は、
  ヨーロッパの教会で見られるような 二本の木を十字に組んで、両手を開く形
  ではないようです。



  秦剛平先生も、

  エルサレムは、乾燥していて 木が殆どなく、
  二本の柱を十字に組むような贅沢はできないだろうから、
  杭みたいなものだろうと書かれておられますが、

  ルナンも、同様に考えておられるようです。



  ③ 十字架刑の残忍さについて、次のように書かれておられます。


  「磔刑が残忍なところは、
   むごたらしい苦悶のままで、三日も四日も生きていることだった。

   両手の出血は、すぐに止まるから、致命傷にならない。


   死の真因は、
   不自然な姿勢を取らされていることから、まず 血液の循環がひどく悪くなり、
   頭と心臓が恐ろしく痛む。

   最後に、手足が硬直する。

   頑健な死刑囚は、
   この状態で眠ることができるので、飢えによって死ぬまで待たねばならない。


   この刑が考え出されたのは、
   何かの危害を加えて奴隷を直ちに殺すのではなく、
   正しい使い方をしなかった両手を釘付けにし、晒し者にして、
   架上で腐敗させるためである。



   イエスは、体が弱かったから、この緩やかに迫る苦悶を受けないですんだ。

   激しい喉の渇きで、
   兵士がポスカ(ローマの兵士が携行する 水と酢を混ぜた飲み物)を
   海綿に浸してイエスの唇に当てて飲ました後、

   まもなく落命した と、信じられているが、


   卒中か、心臓付近の血管の急な破裂により急死したとする方が
   事実のようだ。」






最後に

本書の終わりの章(「イエスの事業(わざ)の根本にあるもの」)で、
ルナンは、先ほど述べたイエスについての謎解きをしています。

「イエスは、ユダヤ教から訣別し、新たな宗教を創始した(神ではない)人間である」
とのルナンの謎解きを、簡単に抜き書きしてご紹介させて頂きます。


 1.世界の片隅のかすかな声

   (この見出しは、「イエスの生涯」の見出し を転記しています。)


  「イエスは、ユダヤ教より外に活動を広げることはなかった。

   ユダヤ教の正統派から侮られていた人々に同情し、
   異教徒も神の国には入れると説いたが、

   イエスの生涯の活動は、生まれ地の閉ざされた小さな世界に限られていた。


   当時のギリシア・ローマの国で、イエスの名を耳にしたものはいない。


   イエスの名が一般の書物に現れたのは、没後百年もたってからである。
   ユダヤ教内部にあっても、イエスは強い印象を残していない。


   同時代人のフィロンは、
   イエスに一切触れていないし、


   ヨセフスも、

   諸宗派を列挙しているのに、キリスト教の記載はなく、
   イエスの処刑を 2、3行触れているだけである。」



 2.イエスへの愛から始まった


  「イエスが成し遂げた最も根本的な業績は、

   彼の周囲に一団の弟子を組織し、
   その人達に、イエスが限りなく愛する心を吹き込み、
   その心に、自分の教義の種をまいたことである。


   イエスが、これこれのことを説いたから信ずるのではなく、
   イエスの人格を慕い、愛する故に、弟子となった。


   イエスの残したものは、

   ① 説教を聞いた人々からの聞き書きと、
   ② とりわけ模範となったイエスのモラル、
   ③ それに イエスの残した印象、

   これだけである。



   イエスは、
   教理の創始者ではなく、使徒信条(クレド)の作者でもない。

   新しい精神を、世界に導き入れた人なのである。


   だから、
   キリスト教から一番離れてしまった人々とは、

   ① キリスト教を幼稚な形而上的な議論の方向にもっていった
     4世紀(300年代)からのギリシア教会の学者であり、

   ② 福音書から膨大な「神学大全」の数千の条項を作り上げようとした
     ラテン中世のスコラ哲学者であった。



   キリスト教徒であるということは、
   神の国を目指して、イエスに従うことだった。

   純粋なキリスト教は、
   今日なお 普遍的で、永遠の宗教の性質を備えている。

   イエスの宗教は、ある意味で決定的宗教なのだから。」




 3.心潔(きよ)き者の即位、美の創始


  「だれでも、神の国に参与する権利がある、と イエスは宣した。

   宗教は、この後 原則として国家から分離する。

   イエスのおかげで、信仰の権利は、政策的な強制力の外にあって、
   新しい「精神の支配」を形成する。

   しかし、
   このような支配が、一度ならず 当初の精神に背き、
   数世紀にわたって祭司は君主となり、法王(教皇)が国王となった。

   いわゆる「霊の帝国」は、
   自らを維持するために、拷問や火あぶりの刑を用いつつ、
   次第に恐るべき暴政を発揮していく。


   だが、
   政教分離が実を結び、
   霊的なものの領域が、もはや「支配権力」の埒外にあって、
   「自由」とされる日が来るだろう。」





  「イエスの完全な理想主義は、
   超然と徳の高い生活を送るための最高のルールだ。


   イエスが創り出したもの、それは、魂の天国である。

   神の子としての高貴さ、欠けることのない神聖、
   世の汚れに全く染まらぬこと、
   この世に求めても 決して得られないものが、そこにある。


   別の言葉で言うと、それは自由である。

   現実の生活ではあり得ないものとして忘れ去られた自由、
   思惟の中でしか 完全な広がりを持てない自由である。


   この理想の楽園に憩う人々の偉大なる師もまた、イエスである。

   イエスは、
   精神の王国を最初に宣布した人だった。

   少なくとも 行為によって、
   「私の王国はこの世のものではない」と言った 最初の人だった。」





 4.純粋宗教の確立



  「真の宗教の建設は、確かにイエスによって成し遂げてしまった。

   イエス以後の人々に残されたことといえば、
   それを展開し、豊かにすることだけだ。

  こうして、「キリスト教」は、「宗教」と殆ど同義語となる。」



  「イエスは、純粋な宗教を 心に抱くにはどうしたらいいかを定めた。


   イエスの宗教に限界はない。

   教会は、時代の流れの制約を受けてきた。
   ある時代にしか通用しない信条の中に閉じこもった。


   それに対して イエスは、
   何者も斥けず、何も限定せず、
   ただ感情だけでできている絶対的な宗教を打ち立てる。


   イエスの教えは、一定の教理(ドグマ)ではない。
   それは、どのようにでも解釈できるイメージである。


   福音の中に、神学的命題を見つけようとするのは間違っている。
   全ての信仰告白は、イエスの思想を歪めるものだ。


   中世のスコラ哲学者が、

   アリストテレスを完成した科学の祖としながら、
   アリストテレスの思想を歪めてしまったにも似ている。


   もし、イエスが この地に再来するとしたら、

   カテシスム(教理問答)の数章に、
   イエスを全部閉じ込めてしまおうとする人々を

   イエスの衣鉢を継ぐ弟子とは認めないだろう。」





 5.最高に屹立する 記念柱(コロン)


  「この偉大な建設は、イエスの個人的に成し遂げた事業であった。

   初代キリスト教徒達がよせた 変わることのない熱心な信仰は、
   その全ての運動の原点に、巨きな一人物を想定して、初めて説明がつく。」



  「私(ルナン)は、イエスの人格を、人間の最高位に置きたい。」

   注 ルナンが、
     イエスを、神ではなく「人間の最高位」と記述している点にご注意ください。



  「キリスト教建立の栄光を担うのは、初代のキリスト教徒達であって、
   伝説において神とされたイエスなる人物が担うべきではない、
   などと言うのはやめなければならない。

   弟子達が、イエス像をつくりだしたなどとはとんでもない。
   何事につけて、イエスは、弟子達より優れていたように見える。


   もともと イエスの姿を伝えようとした 福音書の記者達自身が、
   語られるイエスより 遙かに劣っていたので、

   書き留められたイエスの像は 歪められ、イエスの高みまで達していない。


   書き手は、一行書くごとに、オリジナルの崇高な美しさを損なっている。

   イエスの思想を 半分しか理解できないで、
   残る半分を、自分の思想で代用しているのだ。


   だから、
   イエスの性格は、伝記作者によって美化されるどころか、萎縮させられた。


   弟子達は、

   自分の考えるとおりのイエス像を描いて、イエスを偉大にした
   と、信じ込んでいたが、

   その実は、矮小化してしまった。」




 6.人類を 最大限、神性に歩ませたイエス


  「イエスのことごとくは、ユダヤ教に負っており、
   イエスの偉大さは、ユダヤ民族の偉大さに他ならない
   ということは、正しいことだろうか。


   善と悪との両極端を 内に蔵する 特別の天性を授かった
    この特異な(ユダヤ)民族を、私以上に高く評価するものはあるまい。


   確かに、イエスは、ユダヤ教から出た。

   けれども、
   それは、ソクラテスがソフィストから出たというようなものである。


   イエスは、ユダヤ教を継承したのではない。

   それどころか、
   イエスが成し遂げた一番大切なことは、ユダヤ精神との訣別なのだ。


   この点について、
   イエス自身は、曖昧な点を残しているかもしれないが、

   キリスト教が その後たどった方向を見れば、はっきりしている。


   キリスト教は、どんどんユダヤ教から遠ざかっていった。

   その宗教(キリスト教)は、
   ユダヤ教に戻ることによってではなく、
   イエスに復帰することによって 完成するのだ。


   始祖の独創性は、
   だから 依然として完璧にして偉大である。

   栄光は、
   イエス一人のものであって、誰もそれを分担することができない。」 




  「この崇高な人物(イエス)を、神と呼んでも差し支えあるまい。

   しかしそれは、イエスが、
   神性の全てを吸収した、あるいは、神と一体化した という意味ではない。


   人間を、神性に向かって 大きく歩ませた 一個人、
   という意味においてである。」




  「人間性のうちにある 善なるもの、高貴なるものが、
   ことごとく彼(イエス)に凝縮している。

   その彼(イエス)とて、欠点なしではなかった。
   だが、私たちが戦っていると同じ苦しみに打ち勝った。」





  「彼(イエス)の偉大な側面が、
   弟子の無理解のせいで、我らに知られなくなってしまったのと同様に、

   彼(イエス)の欠点もまた、数多く見えなくなったのかもしれない。


   しかしながら、
   確かに かって彼(イエス)ほど 生涯のうち、卑小な自愛心をうち捨てて、
   人類への同情を第一義とした者はいない。


   自己の思想に殉じて、
   この宇宙が、自分にとってはもはや存在しなくなるほどに、
   彼(イエス)は、自分の思想(イデー)に従属させた。


   かれ(イエス)が天国を得たのは、この英雄的な意思によってである。


   イエスは、
   父(神)のために果たさねばならぬと信じていた
   崇高な使命のためだけに生きた。」





  「この後、まだ残されたものなどあるのだろうか。
   偉大な創見が、再び生まれるだろうか。

   それとも、世界は、
   旧い時代に 大胆な創造者によって拓かれた道を、
   今後も辿っていくことで満足するのだろうか。

   それは分からぬ。

   だが、
   イエスを越える者はあるまい。

   イエスへの信仰は、絶えず若返り、
   イエスの苦しみは、善(よ)き人の哀れを誘い、

   伝説は、いつまでも人々に 清い涙を誘うだろう。


   あらゆる世紀は、
   人の子のうち、イエスほど大いなる者は生まれなかった
   と、 声明していくだろう。」

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2012年5月 5日 (土)

マリアとイエスは、不倫の子では?

秦先生の
「美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説」(ちくま学芸文庫)と
「描かれなかった十字架」(青土社)に、
マリアの誕生からイエスの誕生までについての「ヤコブ原福音書」の記述が
紹介されています。

「ヤコブ原福音書」は、
マリア処女懐胎説のもとになった 2世紀に書かれた
新約聖書の外典 だそうですが、

秦先生の記述を読んでいると、
マリアもイエスも不倫の子では?としか思えないようになりました。

マリアの経歴についての秦先生の記述をご紹介させて頂きます。

  以下の記述の出所は次の2つです。

  「美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説」(ちくま学芸文庫)
   第1章 聖母マリアの誕生物語(009㌻~060㌻)

  「描かれなかった十字架」(青土社)
   2 処女懐胎の摩訶不思議(47㌻~78㌻)


1.マリアの誕生

  マリアの父は、ヨアキム、母は、アンナ(ハンナ)です。

  ヨアキムは、非常に裕福で敬虔な人物で、
  エルサレムのユダヤ教神殿に、潤沢に捧げ物を奉納したそうです。

  大きな祭りが近づいたある日
  アンナは、石女(うまずめ)で、子供がなかったので、
  ヨアキムが、神殿から捧げ物の受領を拒否されました。

  このため、
  ヨアキムは、40日40夜 荒れ野で断食し、祈りました。
  ヨアキムの留守中に、アンナの許に 主のみ使いが現れて、
  アンナが身ごもると約束しました。

  アンナは、み使いに、
  「生まれてくる子供を 神への捧げ物として捧げる」と約束しました。

  ヨアキムが帰宅すると、
  アンナより留守中に身ごもったと報告を受けました。

  アンナは、女の子を出産し、マリアと名付けられました。

  マリアは、ギリシア語でマリアンメーといいますが、
  マリアンメーは、ヘブル語のミリアムに由来します。

  モーセの姉が、ミリアムですし、
  ヘロデ大王の愛人の一人がマリアンメーでしたので、
  マリアは、
  掃いて捨てるほどあった名前だろうと、秦先生は推測しています。


  秦先生は、

  ① ヨアキムが、40日40夜の荒れ野に行ったのは、
    イエスの荒れ野での断食と祈りのパクリであり、

  ② アンナの生まれてくる子供を神に捧げるとの約束は、
    旧約聖書サムエル記上の
    「石女だったハンナの祈りが、シロの聖所で聞かれて、
     サムエルが誕生した物語」のパクリだった
  と、述べておられます。


2.神殿でのマリア

  マリアは、3才の時に、エルサレムの神殿に奉献されました。

  秦先生の記憶では、女の子が神殿に奉献される例は、
  それまでのユダヤ民族の歴史には見られないことで、

  マリアが最初の例となったのか、
  それとも
  「原福音書」の著者がユダヤ民族の歴史に無知であったことを
  暴露しているかだ と、記述されておられます。

  (注) 66年~70年のユダヤ戦争で、
      ローマが、エルサレムの神殿を炎上させてしまいましたので、
      「原福音書」が著述されたときには、
      神殿の慣習は忘れられていたのでしょう。

  マリアが、12才の時に、み使いが大祭司ザカリアに現れて

   「男やもめを杖持たせて集めなさい。
    マリアは、主が印を示す人の妻となる」
  と、言いました。

  集められた男やもめの中で、
  ヨセフの杖から鳩が出て、ヨセフの頭の上に舞い降りたため、
  ヨセフが、マリアと婚約しました。


3.イエスの出産まで

  婚約したヨセフは、マリアに
  「マリアを家に残して、建物を建てに行く。
   主が、,マリアを守ってくれるだろう。」と言って、家を出て行き、
  マリアをほったらかしにしました。

  秦先生は、
  ヨセフは、マリアの処女性を保護するために、体よく押しつけられた
  と、記述されています。
  (押しつけられたので、マリアをほったらかしにしたのだろう
   と、言いたげな記述です。)

  マリアは、
  夫の留守中、神殿の祭司の要求に従って、
  神殿の垂れ幕づくりの毎日を過ごしました。

  この垂れ幕は、
  ユダヤ戦争の後、ローマ軍がローマに持ち帰ったそうです。

  ヨセフが家を出てから4年後、
  マリア16才の時に マリアは、妊娠しました。

  マリアが妊娠6ヶ月目を迎えたある日、
  ヨセフが旅先から帰宅して、
  マリアのおなかのせり出しを見てびっくり仰天して、
  マリアを問い詰めたところ、

  マリアは
  「どうしてこうなったのか分かりません」と回答しました。

  ヨセフが、
  マリアとの離縁を決意したところ、
  み使いが現れて、
  ヨセフに、マリアの妊娠の事情を説明しました。

  出産が近づいたので、
  ヨセフは、マリアを驢馬に乗せて出産の場所を求めて出かけました。

  荒れ野の中に入っていくと、マリアが産気づいたので、
  ヨセフは、道中の洞窟にマリアを避難させて、
  ベツレヘムにヘブルびとの産婆を探しに出かけました。

  ヨセフが、産婆を連れて洞窟に戻ると、
  光り輝く雲がそこを覆っていて、光が大きくなり、

  次に、
  そこから(光が)後退すると、赤ん坊が現れ、
  その母マリアが、授乳していました。

  産婆が洞窟の外に出ると、
  サロメという女性に出会いました。

  サロメは、産婆の話を聞いて
  「私が指を入れて、マリアの様子を調べてみなければ、
   処女が出産したことなど信じられない」と言って、
  洞窟に入って マリアの膣に指を入れて確かめました。

  秦先生によると、このサロメの話は、
  イエスの脇腹の傷口を指で差し入れてみなければ、
  イエスの復活を信じない と、申した
  「不信のトマス」の話のパクリだそうです。


以上が、
マリアは処女だったとの「ヤコブ原福音書」の秦先生の紹介ですが、

秦先生は、「描かれなかった十字架」48㌻で

マルコ福音書第6章(6・3)に、
ナザレで教えを始めたイエスについて、その教えと聞いた人が、

「この人(イエス)は、大工の子ではないか。
 マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。
 姉妹達はここで、私たちと一緒に住んでいるではないか」
と、言ったとされる。

これ(マルコ福音書)によると、

マリアは、
少なくとも 5人の男の子と、2人の姉妹を産んだ
子だくさんの母親だったのです、と、記述されています。

このマルコ福音書は、
4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)の中で
最初に著された福音書だそうです。
(70年代後半に著述されたそうです)


マリアの誕生も、
イエスの誕生も、
聖霊によって身ごもった結果だとされています。

また、
マリアは、
イエスを産んだ後も、何人かの子を産み、元気に子育てに専念したが、
それでも
マリアは、「永遠の処女」とされたそうです。

  (秦剛平「美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説」11㌻)

これは、ちょっと無理筋ではないでしょうか。

キリスト教は、
キリスト教の責任者が言うことが全て正しいとする専制的な組織ですが、

いくら「信仰があれば信じられる」と言っても、ちょっとどうでしょうかねと、
首を傾げざるを得ません。

アンナししても、
マリアにしても、
夫にほったらかしにされた奥さんが、男と懇ろになって妊娠したと考える方が、
訳の分からない聖霊が妊娠させたと言うよりは、素直であり、
納得性があるのではないでしょうか。

マリアの産んだイエス以外の兄弟姉妹の父親は、誰なのでしょうか。

これも聖霊だというなら、
イエスの兄弟姉妹は、
モーセの兄アロンのようにキリスト教の大幹部となってしかるべきだ
と、思いますが、
そういう話は聞いたことがありません。

(おまえの勉強不足だとおしかりを受けるかもしれませんが、
 旧約聖書や新約聖書の話は、だいたい知っていましたので、
 それらの話より重要だと思われるこの話が有名でないことは
 やはり眉唾の話ではと言う気がします。)

私は、
「すっと理解できずに 何か引っかかるものがある話には必ず裏がある」
という経験を何度もしてきました。

マリアの処女懐胎は、

キリスト教が
「イエスは神様だ」と主張し、祭り上げたために、

イエスは、
どこの馬の骨か分からない男とマリアの不倫で生まれた人間だ、

マリア、更にはマリアの母は、
夫の留守中に男を誘惑して懇ろとなった淫乱な女だった
とは口が裂けても言えず、

それ故に
でっち上げた嘘 なのでしょう。

宗教の創始者や 創始者の母親が、不倫の子だというのは
好ましいことではないことは理解できます。

でも、
基本的な事項で嘘をつく宗教は、
更には、
事実を事実であると認めない宗教は、

正統性は持たないものだということを、
キリスト教の幹部はもとより、末端の平信徒の方にも
分かって頂きたいものです。

もっとあけすけに言うと
「嘘つき!! 恥を知れ!!!
と、言いたい気がしています。


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