TPP

2012年2月 5日 (日)

TPP交渉の本質・・・2.「自由とは何か」を理解していなアメリカとの交渉である

前回、TPPの本質として、

「TPPは、「自由をどう制限するか」の交渉である」ことについて
ご説明しましたが、


今回は、TPPの主役である アメリカが、

  1.「自由」の実現は不可能であることを、分かっていないこと
  2.「自由」とは 自分の要求を力で押し通すことだ と、思い込んでいる点
について

言いかえると、

最大の交渉相手であるアメリカが、
「自由とは何か」を理解していない国であることを、

アメリカとヨーロッパの歴史を比較しながら お話しさせて頂きます。 


まず最初に、
「自由」についてお話しさせて頂きます。


アメリカは、「自由の国」だと、自由を誇っています。

また、
ヘーゲルは、著書「歴史哲学」で

「歴史の目的は、自由の実現であり、この自由実現に向って、歴史は進歩する」
と、記述されています。

更には、
E.H.カーもヘーゲルと同様の趣旨の考え方をしておられます。

(注) ヘーゲル、カーの記述の矛盾については、

    ヘーゲルについては 「歴史哲学講義 上、下」
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_ed14.html

    カーについては「「新しい社会」での カーの「進歩史観」」
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_567d.html

    を、ご参照下さい。


この様に、
「自由」とか「自由の実現」との言葉は、

無条件で是認されるだけでなく、
人類が目指す究極の到達点とも考えられてきました。


しかし、皮肉なことに、

自由の国アメリカにおいてさえ、
独禁法などの自由を制限する法律が制定されているのです。

独禁法は、

「企業活動を自由に放置しておくと、
 強い企業がお互いに話し合ってカルテル等を締結して、

 社会に害悪を及ぼすようになるので規制する必要がある」
ということで 制定されました。

即ち、

「企業活動を、全て自由にしておくと、カルテルやトラストを形成して
 一部の企業しか自由を享受できなくなり、社会全体に害悪を招来するので、

 企業活動の自由を制限しなければならない」
との論理によるものです。


ヨーロッパでは 当初、、

労働者の団結権やストライキが、経営者の財産の侵害に当たるとして、
刑罰の対象にまで なっていたのです。

経営者は、労働者から搾取し放題だったのです。

それが、流石に
「労働者にも人権があり、おかしいではないか」
ということで、労働法が形成されてきました。

労働法は、
(経営者の)自由を制限する法律として登場してきたのです。


以上、
少しばかし「自由」に対する制限、調整の例をご紹介しましたが、

これらの例に見られるように、
ここに、「自由」の本質が示されているのです。

即ち、

ある人(企業、国)が、自由に行動すると、
他の人(企業、国)の自由が、妨害されることが招来するので、

ある人の自由を、制限しなければならなくなるのです。


日本国憲法でも、第13条で

「全ての国民は、個人として尊重される。

 生命、自由 及び 幸福追求 に対する国民の権利については、
 公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
と、規定されています。


「自由」は、

絶対的な権利ではなく、
公共の福祉に反しない限り認められる権利であり、  

「人に迷惑をかけるときには、調整される(制限される)」
ということが、その本質なのです。

言いかえると、
「絶対的な自由」というのは、

無人島のロビンソンクルーソーならともかく、
社会的な生活をしている人(企業、国)にとっては、
到底実現不可能なものなのです。


それでは、

一人一人が「絶対的自由」を持ったとしたら、
どの様な事態になるでしょうか。


各人が、隣の人を無視して、
それぞれが好きなことをするわけですから、
お互いに、不都合・不愉快な事態が生じるでしょう。

そのような状況で、

ある人が、
自分のやりたいことを強引に押し通そうとしたら、喧嘩となり、
ホッブスの言う「万人による万人に対する闘争」の状態になるのです。

高校時代にホッブスが
「自然状態においては、万人による万人に対する闘争」が生じる
と、言っている と、学んで、全くイメージがつかめませんでした。

というのは、

「原始時代洞窟で住んでいる人類が、
 お互いに喧嘩ばかりしていたのだろうか。

 当時は人口が希薄だったから、
 好きなことをしてもお互い迷惑をかけることがなかったのでは?」
と、思われたからです。

それが、50歳台より10数年間、
国民国家の歴史についての考えを深めて行くにつれて、

「絶対的な自由」を各人が持てば、
「万人が万人に対する闘争」の状況になるな
と、しみじみ感じるようになりました。

今では、
「高校時代は、
 学んだ先人達の価値が、自らの無知により理解できなかったのだな、

 「無知の知」や「汝自身を知れ」ということは、こういうことか」
と、しみじみ感じるようになってきました。


ホッブスは、
清教徒革命のイングランドを見て、
「自由の本質」を感じとったのですが、

ここでは、
19世紀以来のヨーロッパとアメリカの歴史の違いについてのポイント
をお話しして、

ヨーロッパは、
「自由とは何か」を理解する歴史的経緯を有しているのに反して、

アメリカは、
歴史的経緯を有していないために
「自由の本質」を理解していない国であること
を、ご理解頂ければと願っています。


前回お話ししたように、

それぞれの国家は、
絶対的な自由(=何をしても良い自由)を有する「国家主権」を保持している
と、認められていました。

ヨーロッパ諸国(含むアメリカ)は、
強力な武力を行使して、世界中を侵略し、

日本を除いて 世界中を植民地化したのですが、
ただ一つお膝元のヨーロッパだけは、例外でした。

(注) タイが、独立を維持できたのは、
    イギリスとフランスの緩衝国だったからです

お互いに拮抗した武力を有する故に、
継続的にヨーロッパ中を自国の領土として支配する国が現れなかったのです。

しかしながら、
英仏に遅れていたドイツが統一されてからは、
ヨーロッパ内での争いが激しくなり、

ヨーロッパのヘゲモニーを争って
第一次大戦、第二次大戦が勃発したのでした。

その結果、
ヨーロッパ列強は、くたくたにくたびれただけで、
相手をノックアウトし、支配することは実現できなかったどころか、

それまで持っていたヨーロッパの優越性を喪失し、
その地位をアメリカに奪われたのでした。

ですから、第二次大戦後、
国家主権を振り回すこと無意味さを痛感したフランスとドイツを中心に
EUが、形成されてきたのです。

EUは、
それぞれの国固有の絶対的権利である「国家主権」を制限し、
徐々に国家主権をEUに委譲して国家を解体しようとの動きです。

ヨーロッパ列強は、
国家主権を振り回して好き放題した結果、
破壊しかもたらさなかったことを身に浸みて理解したのでした。

先ほど述べた
ホッブスの「万人による万人に対する闘争」をとことん行った結果、

行き着くところまで行き着いて、
やっと「自由の本質」を理解したのです。


勿論、人間というものは因果なもので、
全体の利益 より 自分の利害 に こだわる故に、

客観的にあるべき方向に直線的に進まず、
あちらこちらにぶつかりながら進みますので、

その歩みはジグザクでゆっくりしたものですが、
着実に 国家主権をEUに委譲する方向で、前進していると思います。

従来国家単位だった 経済圏の単位が、
技術の進歩により拡大したことも、

即ち
経済がグローバル化し、メガコンペティションの時代となったことも
EUの形成、前進を 後押ししたのでした。


アメリカは、

18世紀後半独立するまではヨーロッパの植民地で、
当時のヨーロッパ の 最新の啓蒙思想 を 受け入れて、

人類の業績の一つに数えられる「独立宣言」をもって、独立したのですが、

独立後は、
ヨーロッパの歩みと異なる独自の歩みをしました。


19世紀末までは、
西部開拓、フロンティアの開拓にいそしんだのです。

教科書的には この様な言い方をしますが、

内実は、
何でも自由にすることが出来るという「国家主権」を行使して、

よその列強の植民地を自分の領土にしたり、
テキサスなどはメキシコから強奪したりして
太平洋岸まで 領土を拡大したのです。


実は、
このような記述でも、ヨーロッパ的な立場からの記述であり、
まだ客観的な記述となっていません。

アメリカの建国から太平洋岸までの拡大を 客観的に見ると、
先住民であるアメリカ・インディアンを殺戮し、
彼らの土地を強奪した歴史でした。


この辺の事情について
ヨセフス研究の権威であられる 秦先生 は、
次の様に書いておられます。


  「モーセ物語」「ヨシュア物語」を読む者は、

  信仰の自由を求めてヨーロッパから新大陸に上陸した ピューリタンと
  先住民族であるアメリカ・インディアンの関係を思い起こすはずである。


  ピューリタンは、
  彼らの信仰だけが 唯一のキリスト教信仰であったが、

  新大陸の先住民も又、
  ピューリタンとは異なる信仰があることを認識することがなかった。


  ピューリタンは、
  新大陸の先住民を カナンの地の先住民 と 見なしたのである。

  新大陸の彼らの土地を奪取するためには、
  カナンの地(現在のイスラエル辺りの地)の先住民と同じく、
  彼らを殺戮の対象としてかまわないものだったはずである。

  信教の自由、迫害からの自由を求めて 新天地に渡った者にとって、
  その自由を享受できるのは自分たちだけであり

  先住民の信仰の自由や、生存の権利、迫害からの自由などは
   どうでも良かったのである。


  彼ら先住民(アメリカ・インディアン)は、
  人間ではなかったからである。

  彼らは単なる虫けらに過ぎなかった。
  人間以下と見なされた虫けらは、殺しても構わなかった。

  出所 秦 剛平著「聖書と殺戮の歴史」5㌻(京都大学学術出版会 学術選書)


  (注) 「モーセ物語」は、 モーセがユダヤ人をエジプトを出国させた物語です。

      「ヨシュア物語」は、モーセ没後 ヨシュア率いるユダヤ人が
      カナンの地に攻め入って、カナン人を殺戮し、征服し、定住した物語です。

      両方の物語とも、旧約聖書に記述されています。


太平洋岸に到達したアメリカは、

次に
独立国だったハワイを併合し、アラスカをロシアから買収し、

更に
太平洋を西進して、フィリピンを植民地にしました。

  (注) ロシアは、単に探検し、アラスカの領有を宣言して、
      ヨーロッパ人の仲間内で ロシアの領土 としていたのですが、

      ロシアも、アメリカも、
      アラスカの先住民であるエスキモー人を無視していたのです。


      当時、アメリカの侵略を恐れたハワイ王は、
      日本を訪れ 援助を求めましたが、
      独立を維持したいとの願いは叶いませんでした。


その後、
中国を中心として日本とぶつかり、太平洋戦争で日本を打ち負かし、
ヨーロッパでは、ドイツに勝利しました。


第2次大戦後、冷戦(第3次大戦)が勃発しましたが、

核兵器の出現により、直接対立とはならず、
中国の内戦から始まって、代理戦争の形式で約半世紀間戦争が続きました。


冷戦は、アメリカが、
野球に例えれば、7回コールド勝ちみたいな圧倒的な大差でソ連に勝利しました。

途中ベトナムで痛い敗北を喫しましたが、
これは野球の試合で、ある回に何点かとられたようなもので、
アメリカにとって致命的な打撃とはなりませんでした。


冷戦終了時 アメリカは、

これから唯一のスーパーパワーとして
今後の世界に君臨するかと思われましたが、

それだけの力はないことがすぐに判明して、
今日に至っています。


以上
アメリカの建国以来の歴史を概観して分かることは、

「国家主権」に関して、
ヨーロッパみたいな致命的な挫折を経験していないということです。


言いかえると、

アメリカは、
何でも自由に行えるとの「国家主権」を 今まで行使してきており、

その「国家主権」の行使を、
根本的に阻止されるという経験がありませんでした。


先ほど述べたように、

ベトナムとか、
現在のアフガニスタン、イラク侵攻、
更にはテロとの戦いで、

思うような結果を出すことが出来ていない ということはありますが、


これらは、アメリカ人に、
「国家主権」の行使に致命的な影響を及ぼすほどのことにはなっていません。


ですから、アメリカは、
現在でも「国家主権」を自由に行使して、何でも出来ると確信していて、

ヨーロッパと異なり
「絶対的自由はあり得ない」ということを、
身に浸みて経験してない故に、

アメリカが、「自由」を主張するということは、
アメリカが、「自由勝手に振る舞うことを認めろ」と、要求していること
を、意味していると理解すべきです。


TPPで、
アメリカが要求する 色々な項目は、

交渉相手と相携えて、
お互いに利害を調整しようということではなく、

交渉相手の都合など念頭におかないで、
「アメリカの主張、自由 を (屈服してでも)認めろ」
と、強引に、

場合によっては、
実力を行使してでも実現しようとしていること
を、意味しているのです。


マッカーサーは、戦後日本を12歳だと 揶揄しましたが、

マッカーサー流の批評をアメリカにするとしたら、
「第18才で 精神的な成熟がストップした「大人子供」の国である」
といえると思います。

(注)上記の批評を聞いたアメリカ人が、
   「今の日本政府は、12歳どころか、5、6歳程度の幼稚園児じゃないか」
   と、言い返してこられたら、反論が難しいなと心配しています。



TPPの交渉は、これから始まりますが、

実際に日本を代表して交渉に当たる政府の皆さんは勿論
その交渉結果を審議する国会議員が、

上記の様な相手が交渉相手であることを 認識し、
「武力を使わない戦争」を行うのだ というぐらいの覚悟をもって
対処されることを願っております。

    < TPP 関連 の ブログ >

    野田首相 TPP参加表明で、ちょっと思い浮かんだ 幾つかの事柄
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-36bf.html  

    野田首相の二枚舌?
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-51f4.html

    TPP交渉の本質
    ・・・1.TPPは、「自由をどう制限するか」 の交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5437.html

    TPP交渉の本質 (今回)
    ・・・2.「自由とは何か」を理解していない相手との交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e607.html



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2012年2月 3日 (金)

.TPP交渉の本質・・・1.TPPは、「自由をどう制限するか」 の交渉である

最近の国会は、消費税増税一色で、TPPは何処に行ったのという風情ですが、
2月7日(2012年)より日米事前協議が始まるとの報道がされています。

半年後には
日本が態度表明を迫られる時期が確実に来きますので
TPPについての議論を 進めておかねばならない と、思い、

こんなブログで あまり影響力はないことは、十分承知していますが、
マスコミなどで殆ど議論されない視点から
TPPについてお話しさせた頂きます。


最初に、今回の表題をご覧になられて、
TPPは「自由貿易」を目指しているのだから、

「自由をどう制限するか」とはおかしいのではないか?
と、多くの方がお考えなるであろうと推察しています。

物事には裏表がありますので、
通常言われていることの 裏から申し上げた方が、

TPP交渉の本質がよく理解できるからと考え、
おやっと思われる表題をつけさせて頂きました。


「関税を撤廃する」ということを、裏から申し上げると、

関税が「自由に制定できるとの国家主権」を 制限すること
を、意味しています。

「国家主権」は、現在においても本来的には
戦争も含めて すべて自由に何をやっても良い国家固有の権利であり、

それを制限するには、
実力(武力)で屈服させる他はないものなのです。

北方四島や竹島の領土問題を考えて頂ければ、
すぐご理解頂けると思います。


この国家主権の発動の一部として、

貿易面において
各国は、自分の都合の良い様に関税を設定してきました。

ところが、

技術の進歩により、「グローバル化」が進み、
「メガコンペティション」の時代となってきますと、

経済的な単位が国家の中ではおさまらず、
最低でも地域が単位となってきましたので、

国家主権を制限して、
地域単位となった経済圏の運営をスムーズにしなければならなくなり、
TPP交渉のような交渉が必要となってきたのです。

たとえば、

戦国時代の末期、織田信長が楽市楽座を設けたように、
19世紀ドイツが統一するときに、ドイツ国内の関税を撤廃したように

経済単位が拡大すると、流通を妨げ、経済の阻害要因となる関税は
撤廃される運命にあるのです。


上記の歴史状況 を 概観して 一言で言うと、

20世紀末に 世界の歴史が

15世紀末 に
フランスとイングランド で 「国民国家」 が 成立して以来 続いてきた
「国民国家 を 基調とする歴史」が 終了し、

国境の枠 を 超えた「地域連合体(地域共同体)」を 経て
「世界連邦」への 歩み を 始めた のです。


言い換えると、

1990年頃 冷戦(第3次世界大戦)の終了により、

国民国家の枠組みが終了する
500年単位 の「歴史上の大転換」 があって、

「地域連合体(地域共同体)」を経て「世界連邦」へ向かう
数百年単位 の 新たな歴史の第一歩 が 始まり、

従来の価値観 や ものの考え方 が、
大幅に 変更を迫られている「過渡期」が 「現在」なのです。


 (注) この点に関しては、ホームページの次の拙文をご覧下さい。

   1.歴史における現在 *** 国民国家 から 世界連邦へ ***
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/000801.htm

   2.ブッシュ の イラク戦争( 「歴史における現在」再論 )
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm


このような歴史状況の中で、

各国とも 今後形成されるであろう地域連合体(地域共同体)の中で、
有利な地位を得ようと しのぎを削っているのです。

この激烈な競争の中にあって、

日本は、事態の認識すらせずに
のほほんと 漫然と時を過ごしているような感じを受け、
「この様なことでよいのだろうか」とヤキモキしております。


今ひとつ考えておかねばならないことは、

地域共同体の中で自由貿易、自由経済が実現したとしても、

地域共同体の外に対しては、
ブロック経済圏を形成する可能性があることです。


大きな歴史の流れとしては、
地域共同体同士の自由貿易、自由経済が実現すると思いますが、

短中期的には、

地域共同体がブロック経済圏として、
地域共同体の外に対しては排他的態度をとる可能性がありますので、
その点について考慮せねばならないと思います。


以上の総論的な認識に基づいて考えていくと、

今後の日本の進むべき方向についての議論の所在について、
2つの点が浮かび上がってきます。


1.日本はどの地域連合体(地域共同体)に組すればよいのだろうか。

  先ほど、「TPPみたいな交渉」と書かせて頂きましたが、
  日本が、どの地域連合体(地域共同体)に組するかを
  慎重に議論して決断しなければならないと思います。

  というのは、
  日本の選択肢として、大きく2つの方向があると思われるからです。

  一つは、「環太平洋」(今回のTPP)であり
  もう一つは、「アジア」(中国、ASEAN、インドなど)です。

  日本は、地政学的に2つの境界に位置していて、
  どちらとも仲良くお付き合いしていかなければなりません。

  今回アメリカよりTPPに加入しろと圧力をかけられて、
  議論もナシに加入申請した民主党のやり方は、

  「国益」にかなうかどうかの検証もナシに、
  日本の方向性を定める、誠に危なっかしい決断だと思います。

  「環太平洋」に組すると、
  「アジア」との関係に支障をきたしますし、

  「アジア」に組すると、
  今までの最大のパートナーだったアメリカとの関係に
  支障をきたします。


  現時点では、

  「環太平洋」と「アジア」の両方を包含した
  「地域連合体(地域共同体)」を形成するのは不可能
  と、言っても良い状況ですので、

  可能になるまで
  もう少し歴史の歩みが進んで、環境整備が整うのを待つことが
  肝要ではないでしょうか。

  それまでは、
  必要に応じて2国間のFTAを締結して、個別に対処 していくのが
  よろしいのではと思います。


  「歴史の歩み」を待つ もう一つの理由は

  主要国である「アメリカ」と「中国」が、現時点では
  共に地域連合体(地域共同体)のパートナーとしては欠陥を有する国だ
  と、いうことがあります。

  アメリカについては、
  次回 稿を改めて お話しさせて頂きますので

  ここでは、中国について一言申し上げさせて頂きます。


  中国は、ご承知の通り マルクス主義の社会主義国家で、
  現在の歴史状況に対する認識もなく

  単に19世紀的な帝国主義を未だに保持して、
  周辺諸国に対して
  武力を使ってでも 勢力を拡大し、支配しようとしている国です。

  彼らの政治・経済のシステムが、
  普通の国家に変容するのを待たなければ、
  地域連合体(地域共同体)のパートナーにはなり得ない国であり

  時間をかけて 彼らの精神的な成熟、変容を待たなければならないだろう
  と、思います。



2.国家主権の制限を何処まで許容するか


  次に議論すべき問題は、

  今回のTPP交渉や FTAの交渉する際に
  我が国として、何処まで国家主権の制限を許容するかについての
  議論を深めておかねばなりません。


  地域連合体(地域共同体)に関する交渉は、
  国家の主権をどの様に制限していくか、

  言いかえると、
  国家主権を如何に地域連合体(地域共同体)に委譲していくか、
  の交渉ですから、

  何を委譲して、何を委譲拒否するのか、
  また、
  相手国に 何を要求するのか、

  を、事前に良く検討し、
  国内のコンセンサスを得ておかねばならないでしょう。


  現状の日本は、
  すぐにコメや畜産農産物の自由化の話になってしまい、

  しかも、
  いつまで経っても同じ主張をお互いに述べあうだけで
  建設的な議論をせず、

  他の点についての議論をほったらかして、時間切れになってしまうことが、
  大きな問題ではないでしょうか。


  表面に現れない 裏方の官僚の皆さんが、
  実は、こっそりと策を練っておられることを願っています。


  TPP交渉については、多方面にわたっての交渉のようで
  全てにおいて、日本の主張を通すことは困難でしょう。

  ですから、
  焦点を絞って、日本が死守する点は何か、
  交渉前にじっくり検討しておくことが必要だと思います。


  定性的ではありますが、
  気になる点を3つ 申し上げさせて頂きます。


  ① アメリカの本当の狙いは、
    農業ではなく、「非関税障壁の撤廃」だと思います。


    アメリカの要求を全て拒否することは不可能ですので、

    だからこそ、
    絶対に日本が守らねばならないことを
    最初からはっきりしておかねばならないと思います。

    例えば、
    日本人の健康に関する点は、これにあてはまるでしょう。

    また、
    日本の「資格試験を英語でしろ」みたいな、

    それを認めれても、弊害ばかりで 意味のない要求を
    アメリカが押しつけてきたら、断固拒否すべきです。

    この点、最近 介護士の試験で、
    試験問題で難しい漢字にふりがなやアルファベットをふしていると
    報道されていることに懸念を持っています。

    漢字を知らない人が、
    この様な助け船のある試験で合格したとしても、

    実際の現場では、
    漢字にふりがなやアルファベットはふられていませんから、

    その漢字が 何を意味するか分からず、
    場合によっては命に関係する事態が生じるかも知れません。


    勿論、漢字はなるべく易しくすべきですが、
 

    外国人が受験するからといって、
    現場で100% 役に立つ能力のない人を
    合格させるのは、問題だろうと思います。

    この介護士の試験の延長線上に、

    先ほど申し上げた
    「英語で司法試験や公認会計士、医者等の資格試験をするように」
    との要求がありますので、敢えてここで申し上げておきます。


  ② 日本から要求すべきものは、遠慮なく要求すべきでしょう。

    アメリカは、輸入に関して全て自由貿易をしているわけではありません。

    例えば、
    古くは繊維について 日本に自主規制を求めてきました。
    自動車についても、ローカルコンテンツを要求しています。  

    このような自由貿易の観点から、
    今まで妥協、屈服させられてきた項目についても
    アメリカに要求すべきだと思います。


  ③ 国際貿易に関する基本的な交渉ですから、
    国際貿易に歪みをもたらしている問題も、俎上に挙げるべきです。


    私は、我が国にとって最大の問題は、
    中国や韓国の為替レートの是正の問題だと思います。

    この問題を解決セズして、公平で正大な国際貿易の拡大は不可能です。

    この点、
    今回の交渉の場で、どの様な仕組みを構築すれば良いのか、
    アメリカとの2国間交渉と並行して、議論していくべきでしょう。



次回は、アメリカが、

  1.「自由」の実現は不可能であることを、分かっていないこと
  2.「自由」とは 自分の要求を力で押し通すことだ

と、思い込んでいる点について
アメリカとヨーロッパの歴史を比較しながら お話しさせて頂きます。


    < TPP 関連 の ブログ >

    野田首相 TPP参加表明で、ちょっと思い浮かんだ 幾つかの事柄
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-36bf.html  

    野田首相の二枚舌?
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-51f4.html

    TPP交渉の本質 (今回)
    ・・・1.TPPは、「自由をどう制限するか」 の交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5437.html

     TPP交渉の本質
    ・・・2.「自由とは何か」を理解していない相手との交渉である  
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2011年11月17日 (木)

野田首相の二枚舌?

11月12日昼(日本時間13日朝)に
ホノルル市内で行われた日米首脳会談において、

アメリカ側が、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について
「野田佳彦首相が『すべての物品およびサービスを自由化交渉のテーブルに載せる』
 と述べた」と発表したために、大騒ぎとなり、

野田首相が、国会で二枚舌だと攻撃され、

野田首相は、
「オバマ大統領にも、国内においても、同じ説明をしているので二枚舌でない」
と、反論されておられます。

11月13日の産経新聞によると、

1.外務省は、野田首相は
  「昨年11月に策定した『包括的経済連携に関する基本方針』に基づいて
  高いレベルでの経済連携を進める」と述べただけで、

  アメリカの発表のような「全ての物品及びサービスについて交渉する」とは
  言っていない。

2.外務省が、米側に説明を求めたところ、

  米側は、同基本方針に
  「センシティブ品目(自由化に慎重な品目)について配慮を行いつつ、
  すべての品目を自由化交渉対象とし…」と書かれていたことを踏まえ、
  報道発表したと説明し、誤解を認めたとのことです。

他方、
11月7日の毎日新聞によると、

野田佳彦首相は7日の衆院予算委員会で、
主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で消費税を
10年代半ばまでに段階的に10%まで引き上げると「国際公約」したことについて、

「『いきなり国際公約』と(の趣旨を)今日の本会議(の質疑)でも言われたが、
 そうではない。

 所信表明演説や国会の質疑、記者会見でも言っている」と述べ、
国内でも説明した内容の繰り返しに過ぎないとの考えを強調した。

そのうえで、
税と社会保障の一体改革に伴う消費増税について
「年金、医療、介護を持続可能にしていくには持続可能な財政でなくてはならない。
 歳入改革は避けて通れない。先送りできない」と理解を求めた。
と報道されています。

要するに
税と社会保障の一体改革の方針の中に、消費税増税が書かれているし、
この一体改革を実施すると、国内で何度も繰り返して説明したので、
「消費税増税の実施」について説明していると、説明されておられるのです。

この記事を読んで、
野田首相のお話しは、その場の言葉だけではなく、
そこで引用された方針などを確認せねば、おっしゃっておられる意味が分からないな、
と、理解したのでした。

この原則に従うと、
今回のハワイでのアメリカ側への野田首相の発言は、

「昨年11月に策定した『包括的経済連携に関する基本方針』に基づいて
 高いレベルでの経済連携を進める」とのことですので、

アメリカ側の発表通り、
留保はあるものの「全ての物品及びサービスについて交渉する」と
おっしゃったことに なるのではないでしょうか。

消費税増税の国際公約の際に、
消費税増税を、直接的におっしゃらずに、

「税と社会保障の一体改革の方針」を実施するとおっしゃったことが、
消費税増税を国民に説明したことになるのなら、

今回のハワイでも、
「全ての品目の交渉をする」とオバマ大統領に
おっしゃったことになるのではないでしょうか。

アメリカ側は、
当然消費税増税の国内でのやりとりをご存じでしょうから、

アメリカ側が、
あのように発表するのは、論理的に筋が通っていると思われますし、
発表の撤回や修正に応じない理由も、ここにあるのでしょう。

首をかしげるのは、

野田首相が、

消費税増税の時には、
先に決定した方針の内容をもって「説明した」とおっしゃりながら、

今回は、
オバマ大統領に発言した言葉だけを取り上げて
「言っていない」と否定されておられることです。

国会で議論になっていないようですが、
これを「二枚舌では?」と言われたたとき、どの様に説明されるのでしょうか?

野田首相の名誉のためにも、
どなたかが、この点について野田首相にお聞きいただき、

野田首相から、納得できる合理的な説明をお聞かせいただけることを
願っています。


    < TPP 関連 の ブログ >

    野田首相 TPP参加表明で、ちょっと思い浮かんだ 幾つかの事柄
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-36bf.html  

    野田首相の二枚舌? (今回)
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-51f4.html

    TPP交渉の本質
    ・・・1.TPPは、「自由をどう制限するか」 の交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5437.html

     TPP交渉の本質
    ・・・2.「自由とは何か」を理解していない相手との交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e607.html


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2011年11月12日 (土)

野田首相 TPP参加表明で、ちょっと思い浮かんだ 幾つかの事柄

本日(11月11日)の野田首相のTPP参加表明で、
ちょっと思い浮かんだことが幾つかありますので、
ご参考までにお話しさせていただくとともに、
これらの論点について、私の懸念を払拭される説明がなされることを期待しています。


1.TPPとEFTA

  最初に思いつくことは、TPPは、EFTA と 同じではないかということです。

  EFTA(欧州自由主義連合 European Free Trade Association)とは

  1960年 EEC(欧州経済共同体)に対抗するために
  イギリスを中心となって設立した自由貿易連合ですが、
  イギリス始め主要国がEUに加盟し、事実上吸収されました。

  (現在でも、スイス、アイルランド、ノルウェー、リヒテンシュタイの4カ国で
   存続しています)

  (注)1960年EFTA発足時の加盟国
     イギリス、オーストリア、スウェーデン、スイス、
     デンマーク、ノルウェー、ポルトガル

     <出所> ウィキペディア 


  中国、ASEAN、インドとの連携しなければ、
  アジアの成長力を取り込めないでしょう。

  EECに対抗して EECの周辺国を糾合し敗れた イギリスの轍 を、
  アメリカが繰り返して、それに日本も引きずり込まれなければいいのだがな、
  との感じがしています。


2.ブロック経済圏

  TPPを TPPに参加していない国から見ると
  TPPとは「一つのブロック経済圏」を形成することではないでしょうか。

  「今回、ここで参加しなければ、決まったルールを押しつけられるだけ」
  との説明が聞こえてきますが、

  これは、
  自分たちの決めたルールに従わない国は排除するよということであり、
  まさに
  TPPが、ブロック経済圏であることを証明しているような気がします。

  だとしたら、
  日本がTPPに参加したら

  TPPに非参加のアジアの成長の主力の国々と、
  協調ではなく、競争(対抗)することになるだろうと思いますが、

  日本の今後の経済発展のために、
  ベストな選択だと言うことになるのでしょうか。


3.ポツダム宣言、アメリカ議会の承認

  オバマ大統領と野田首相の会談直後から、急にTPP参加問題が浮上してきて、
  日本では、国会の審議も殆ど無く、
  民主党内での党内論議だけで、内閣総理大臣が参加を表明しました。

  (民主党内の党内論議でも、慎重派が多数を占め、
   そのために、参加表明が1日遅れたたと報道されています。)

  普通、国際条約は、
  当事国の政府が参加を決定すれば、交渉が始まりますが、

  日本の交渉参加に、
  半年間のアメリカ議会の審査が必要だと報じられています。

  日本では、国会の承認どころか、議論すら1日しかなされたいないのに、
  何でアメリカの議会の承認を半年間も待たなければならないのでしょうか。

  しかも、その間に、アメリカは交渉をさっさと進展させて、
  日本が交渉のテーブルに着いた時には、決着した項目を日本が押しつけらそうだ
  と報道されています。

  60年前日本はポツダム宣言を有無を言わずに押しつけられました。

  あの時は戦争に負けたから仕方がありませんでしたが、
  今回は、戦争に負けてもいないのに、同じような状況になるのは、
  どういうことなのでしょうか。


4.非関税障壁、国家主権

  アメリカの一番の狙いは、
  農業ではなく、日本の非関税障壁の撤廃でしょう。

  アメリカは、
  アメリカの価値観以外の価値観は、全く認めない国なのです。

  彼らと異なる価値観を有する日本は、全く否定されるものであり、
  一番に否定されるべきものが、非関税障壁なのでしょう。

  非関税障壁を撤廃させる有効な手段は、
  日本の主権を制限することです。

  狂牛病の牛や、遺伝子組み換え作物など、
  日本人が欲しくもないものを、無理やり購入させるために、

  自由貿易を旗印に、
  日本の主権を侵害し、制限しようとしているように感じられます。

  この様なアメリカの態度は、
  19世紀に、戦争までしてアヘンを中国に無理やり買わそうとした
  イギリスを思い起こさせます。

  農業の自由化だけなら、
  FTAでやればよいのではないでしょうか。

  (後記を参照いただきたいのですが、
   日本の農業は、自由化しても十分競争力があると思います。)

  20数項目もの我々国民が殆ど知らない内容が、
  ある日突然決定し、日本の主権が侵されることにならないことを、願っています。


5.治外法権、不平等条約

  今回幕末の開国に例えられ、
  「尊皇攘夷」は「尊農攘夷」だと揶揄されています。

  その例で行くと、明治政府が大変苦労したことが、
  不平等条約の改定交渉だったことを思い起こすべきでしょう。

  今回も、来年夏頃押しつけられたTPPにより、
  数十年間その改定交渉で苦難の道を歩むことにならないよう、願っています。

  ISD条項が、よく話題になるようになってきました。
  これは、まさに
  明治の不平等条約の中の治外法権条項と同じものだろ思います。

  日本政府が決定したことを、
  アメリカの企業が損害を受けたと主張したとき、

  アメリカが支配する国際機関で裁定されるというのは、
  まさに、治外法権以外の何ものでもないと思います。

  ISD条項は、諸刃の刃であり、
  日本もこの条項を要求したい国が多々あることは否定できませんが、

  19世紀の治外法権の条項を、21世紀の条約のなかに規定するのは、
  あまりに知恵がなさ過ぎるのではないでしょうか。

  ISD条項が、本当に必要な場合の対処方法について、
  別の規定を考えるべきだと思います。

  少なくとも、一企業が、外国の政府を訴える規定は、外すべきで、
  そのような事態の時は、関係当事国の政府同士の外交交渉で解決するように
  すべきだろうと思います。  


5.デフレ経済の脱却

  野田首相は、
  日本の成長戦略のため、デフレ脱却のために、
  TPPへの参加が必要と お考えになっておられるように感じられます。

  私は、TPP賛成派、反対派を含め、
  私の知る範囲の全ての経済学者の「デフレ脱却論」について、
  大いなる疑問を持っています。

  デフレは、
  「供給が需要を上廻るから生じる」と説明されておられますが、
  この定義は、その通りであろうと思います。

  問題なのは、
  供給とか、需要を議論する際に、日本国内だけを対象にしていることです。

  確かに、
  国内の供給力が、需要を大幅に上廻っていることは事実だと思います。

  でも、
  中国、ASEANの供給力が、
  日本の需要を満たしていることを議論しないことが問題なのです。

  国内の需要喚起のために 政府が財政出動しても、
  喚起された需要に応じるのは、
  中国やASEANに進出した日本企業を中心とする工場ではないでしょうか。

  これは、TPPに参加してない現在の状況なのです。

  何故、国内の供給力に競争力が無くなったのでしょうか。

  日本の企業が、国内立地していることによる最大のデメリットは、
  関税ではなく 為替だ と、思います。

  日本経済の競争力が高まることにより、円高になることは
  やむを得ないことだろうと思います。

  問題は、
  自由競争の中で為替が決定されるのではなく、
  人為的に為替操作をして、利益を享受している有力な国が
  日本の近隣に存在するだろうと思います。

  私は、
  日本政府が最も緊急に行わなければならない最大の外交課題は、
  中国や韓国 の 為替の自由化、マーケットによる為替相場の形成の実現による
  公平な国際競争の環境の整備ではないでしょうか。


< 追 記 >

1989年に冷戦が終了したとき、
これで500年間続いた「国民国家」を枠組みとする歴史が終了して、
人類は、「地域共同体から世界連邦への道」へ歩み出したと、
私が述べても、誰も信じず、誰も振り向いてくれませんでした。

それが、20年経って、
「アジアにおいてもそれなりの歩みが始まったな」と、
ある種の感慨に浸っています。

ただ、注意せねばならないことは、
地域共同体の枠組みの形成を見据えて、
自国の権益をどれだけ確保し、有利な地歩を築くのかという、
激烈な競争が現在行われているということです。

日本は、内向きだとよく言われますが、

まさにその通りで、
今述べた激烈な競争がされていることや、激烈な競争の意味を理解できず、

日本が、どれだけ有利な立場を築くのか、
せめて、マイナスを最小限にするにはどうしたらよいのか、
との姿勢や議論が見られないことが残念です。

今回のTPPの議論をネットで毎日見ていると、反対か賛成との話ばかりで、
TPPの内容についての議論が、殆どされていませんし、

ましてや、
日本にとってどうすれば一番国益にかなう方法なのか、
との議論が聞こえてこないで、

単に「国益」という空虚な単語だけが飛び交っているのを知るにつけ、

戦前の日本と同じで、
日本人は、全く進歩していないな、変わっていないなと、感じられ、
暗澹たる気持ちの毎日を過ごしています。

関税などの自由化、FTAは、
本来 日本が積極的に行うべき議論だろうと思います。

また、
諸外国が実施する前に、自らが関税を撤廃する努力をすべきでしょう。

そのような姿勢がないから、
日本が、追い込まれた形で、最悪の状況に追い込まれていくのでは、
との懸念がぬぐえませんし、

毎日のニュースを見ていると、
その方向へどんどん追い込まれているような気がしています。

最後に、
日本の農業は、自由化すべきだと思います。

こうお話しすると、
農業関係者から大反撃を受けることは重々覚悟していますが、

反論される前に、
次のことをお考え下さるようお願い申し上げます。

1.価格というものは、品質見合で決定されるものです。

  日本の「コメ」は、外国の「コメ」と比べて、べらぼうに高いけど、
  日本の「コメ」は、外国の「コメ」と比べて、滅茶苦茶 美味しいのです。

  外食産業や、コンビニなどの弁当屋さんが、
  「コメ」がまずかったら、いくら安くても売れないので
  ご飯の味は、コストがかかっても維持しろ、というのが鉄則だそうです。

  日本人は、お米の味について、世界一の批評家であり、
  まずい「コメ」に 満足できない民族だ ということを、
  あらためて 思い起こすべきでしょう。

  「コメ」は日本文化そのものであり、
  これは、生産者である農家の皆さんだけでなく
  消費する日本人全員が、「コメ」文化を支えているのです。

  ですから、
  日本の「コメ」が、今後海外に輸出されることはあっても
  外国の「コメ」に駆逐されることは、ぜったいにあり得ないと 信じています。

  もう昔の話になりますが、
  ミカン農家が、「グレープフルーツ」の輸入自由化にあれだけ反対したのに、
  「みかん」が自由化後、グレープフルーツに駆逐されたでしょうか。

  逆に、
  国内の需要が減るどころか、アメリカにミカンを輸出して、
  益々ミカン農家の地盤が強固なものになっているのではないでしょうか。


2.関税自由化後の、日本の「コメ」の最大のライバルは、
  現在の外国の農業ではなく、
  自由化後海外に進出する日本企業が生産する「コメ」だろうと思います。

  でも、
  競争相手(ライヴァル)の存在がその産業を強くするのです。

  海外の日本企業に負けないように、競争力の強化に努力すべきだろうと思います

  そのためには、
  補助金に頼らず、自分の力で産業基盤を強化するにはどうしたらよいのか、
  知恵を出すべきでしょう。

  国際競争力を誇る自動車業界も、
  企業によっては倒産したり、吸収されたりしています。

  競争とはそういうものであり、激烈な競争の中で生き残るための覚悟が、
  日本の農家に現在一番求められているのではないでしょうか。


    < TPP 関連 の ブログ >

    野田首相 TPP参加表明で、ちょっと思い浮かんだ 幾つかの事柄 (今回)
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-36bf.html  

    野田首相の二枚舌?
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-51f4.html

    TPP交渉の本質
    ・・・1.TPPは、「自由をどう制限するか」 の交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5437.html

     TPP交渉の本質
    ・・・2.「自由とは何か」を理解していない相手との交渉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e607.html



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