科学史

2016年8月29日 (月)

スティーヴン・ワインバーグ著「科学の発見」

スティーヴン・ワインバーグ著
「科学の発見」
(文藝春秋社)

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本屋さんで、
 ① 「現代の基準で過去に裁定を下した」科学史で、
 ② 「本書は不遜な歴史書だ」との帯を見て、購入して、
1か月ぐらい前に読んだ本です。

私は、
高校で、物理も化学も学ばなかった劣等生ですが、
幸い、非常にわかりやすい記述で、終わりまで読み通すことができました。
(理解ができないところは、読み飛ばしました。)

本書の最後に、
本文で取り上げた 歴史的発見の科学的・数学的背景 を 説明した
「テクニカルノート」が記述されておられます。

私には「豚に真珠」だったものですから、読むのを割愛しましたが、

理系の方は、
高校時代の物理や化学および数学を振り返って、
楽しくお読みになれる部分だと思います。

私も、ちょっと覗いて
「ピタゴラスの定理」の解説を見てみました。

私は、
「ピタゴラスの定理」は、

直角三角形の長辺を一辺とする正方形の面積は、
他の二辺のそれぞれを一辺とする正方形の面積の和に等しい、

と、理解していたのですが、

ワインバーグさんは、もっと簡単に、
相似の定理により、証明されておられたのに感心しました。

でも、
これは証明にはなっているけど、

 ① ピタゴラスの定理が存在を前提にしている証明では?
 ② ピタゴラスの定理を発見するための証明とは異なるのでは?

と、ちょっと質問をしてみたい気がしています。


以下に、読んだ直後にメモしておいた本書の感想を
ご紹介させていただきます。



1. 「ヨーロッパの知の歴史」を記述した名著


.「本書は、名著である。」と感じました。

というのは、
本を読んでいて、8割から9割がた読み終えたときに、

その本の直接的なテーマでない、日ごろ気になっていた問題について、
「ああこういうことなのか」との思いが湧き出てくる本は、ごく少数であり、

そのように頭脳を刺激する本 は、名著の証であろう
と、確信しているからです。

今までに
本書と同じような思いを感じたのは、
ランシマン「シチリアの晩祷」のみでしたので、

本書は、
久々に巡り合った「私にとっての2冊目の名著」だな
と、喜んでいます。


本書を8割がた読んで 湧き出てきた考え とは、

 ① 科学史とは、
   ヨーロッパの「知」の歴史であり、

   哲学史と科学史は、
   表裏一体の存在であること を、記述されておられること

   例えば、
   13世紀パリ大学でのアリストテレスを巡る
   ドミニコ派とフランチェスコ派の対立などが

   日本の科学史の教科書で登場することはまず考えられないでしょう。

   でも、
   ヨーロッパ史において、哲学と科学は表裏一体なものであったことが、
   ワインバーグさんの記述を読むうちに、自然に感得されるようになるのです。

 ② .「個体発生は系統発生を繰り返す」との説を
   聞いたことがありますが、

   人間が、
   人類の知的遺産を習得するステップ とは、

   言い換えると
   学校教育で習得する学問 とは、

   人類が積み重ねてきた歴史の成果を、
   歴史的な順番に、

   即ち、
   時間的な経過に従って

   一つずつ習得していって身につけていくものであり、
   これが、学校教育の目的であるのであろう
   と、感じられたことです。

だとしたら、
高校の1年ぐらいの時に、文系と理系を総合した
「ヨーロッパの知の歴史」との科目を創設して、

科学史と、その背景にある哲学史を記述した本書を教科書にして、

数学、物理、化学など理科系の各科目 と、
世界史(ヨーロッパ史)で教える内容は、
一見それぞれ独立していますが

実は、学問は、
このようなプロセスで歴史的に発展してきたのですよ
ということを、目次的に教えるべきではないだろうか

と、思われます。


私が受けた学校教育を振り返ると、

例えば、
数学においては、

中学校で、ユークリッド幾何学
高校 で、デカルトの解析幾何学とニュートンの微積分

を学んだのだなと、
一言で言えるのだろうと思います。


これを、総括すると

 ① 高校までの教育は、

   フランス革命までの「ヨーロッパの知の歴史」により得られた
   歴史的成果 を、系統的に学んだのであり、

 ② 大学では、

   19世紀及びそれ以降の学問の歴史的成果を
   それぞれ専門に分かれて学んだのだな、

と、感じられます。

従って、
中学や、高校、大学の それぞれの段階 で、

今よりももっと厳しく、
ヨーロッパの知の歴史的成果が身に着けているかどうか、
チェックすべきだと思いますし、

その意味で、
ゆとり教育などは、戯言に過ぎないと一蹴すべきだと考えます。


また、
それぞれの学校段階で 教えられたことを、
正確に理解し、マスターしているかどうか、
国家試験による検定制度を設けるべきでしょう。

ヨーロッパで、
大学受験資格試験などがあるみたいですが、

今述べたような趣旨から、
日本でも導入するべきだと思います。


私が、大学を受験したとき、
私が、出題を評価できた数学や世界史、日本史などの科目で、

 ① 高校での教育内容を、
   本当に理解しているかどうかを判定する問題を、
   出題しておられるな、

 ② 大学に入学するには、
   高校の課程を完全に理解しておけばよいのだな

と、問題を解きながら感じたことを 思い出しました。

(私の勉強不足で評価できなかった他の科目も、
 同様だったのだろう と、想像しています。)



2. 「現代の基準で、過去に 裁定を下す」ことについて

科学は、
過去の学問上の実績の上に、さらに、新たな成果を積み重ねる
「積み重ねの歴史」ですので、

後世の人が、
過去の人の業績を、客観的・定量的に評価することができることは、
その通りだと思います。

例えば、

剣聖である宮本武蔵が、剣道を始めた人の技量について、
冷静かつ客観的に評価できることは確かでしょう。

しかしながら、
「現代の評価基準で、過去を評価してはならない」
との歴史学のテーゼの根本は、

現在の評価基準が、

未来永劫、確固たる不動の評価基準であると確立してものではなく、
時代とともに変遷する価値基準の一つである
と、いうことによります。

このことは、
科学的評価についても同様であるのではないでしょうか。


富士山の登山で例えると、

五合目に到達した人は、
一合目で登山している人の登山道の選択などについて、
あれやこれや評価することはできると思いますが、

その評価が、
頂上に上り詰めたときと同じ評価であるか
と、考えたとき、

9割方は同じであろうと予測てきても、
100%同じである と、断言はできないでしょう。

これと同じように、
ワインバーグさんの評価基準は、

現代の最高水準の評価基準であるし、
非常に正確な評価基準であろうと思われますが、

将来の科学者と同じ評価基準であるとの保証はありません。

即ち、
現在の価値基準が、
将来も同一の価値基準が維持されるかどうかはわからない
との、歴史学一般の定理が、

科学史においても当てはまるであろうと考えます。


ワインバーグさんのご専門の物理学でも、
未知の事柄が解明されることにより、
従来の考え方が変更することがありうるでしょう。

他方、
過去の学問レベルは、現代の水準から大幅に低いため、
ワインバーグさんは、
9.9合目より、はるか下の1合目の登山者を評価しているようなものであろう
と、私には思われます。

ですから、
将来の物理学者の評価とワインバーグさんの評価結果が異なることは、
ほとんどないでしょうが、

完全に同じであるとは言えない以上、
「現代の基準で、過去に 裁定を下す」と断言せずに、
もう少し穏やかな表現をされたほうが良いのでは
と、思われます。



3. 感銘を受けたワインバーグさんの記述


① 次の記述は、物理学だけでなく学問全般にわたる真理だと思われます。


  コペルニクスとケプラーが、
  地動説 を 唱えたのは、

  地動説のほうが、天動説よりも、
  観測結果に うまく合うからではなく、

  太陽中心の太陽系モデルのほうが
  数学的にシンプルで首尾一貫しているからだった。

  (ワインバーグ「科学の発見」228㌻)  


  コペルニクスの理論 は、

  実証的証拠の裏付けを持たない理論 が、
  美的基準によって選択されうること を、示した
  古典的な一例である。

  (ワインバーグ「科学の発見」202㌻)


  コペルニクスの作業 は、

  観察結果にかなり良く合う シンプル で 美しい理論 は、

  往々にして、
  観察結果に さらによく合う 複雑で醜い理論 よりも
  真実に近い

  との 物理学の歴史に繰り返し現れる
  もう一つのテーマの実例である。

  (ワインバーグ「科学の発見」203㌻)


私は、
歴史の中で 謎を見つけ出して、その謎を解くことを趣味としていますが、

一言か二言の単語で謎を説明できた時が、
謎解きが終了するときだという経験を、いくつかしてきました。

多分、ワインバーグさんも、
同じような趣旨のことをおっしゃっておられるのだろう
と、感じられます。

科学の分野においても、
あーだ、こうだと講釈を垂れている間は、
正解に至っていないのでしょう。

簡単な数式で 表すことができるようになって初めて、
正解に至ったと言えるのだろう と、思います。


② 次の文章は、私にとって、生涯の慰めとなる記述でした。

  全体から見れば、
  ニュートンの運動・重力理論が正しいことを示す証拠 は、
  動かしがたかった。

  ニュートンには、
  アリストテレスに倣って
  「なぜ重力が存在するのか」を説明する必要はなかったし、

  彼は、説明しようとしなかった。

   < ニュートンの記述(ワインバーグさんの抜き書き) >

   「これまで、天と海の現象を、重力によって説明してきたが、
    重力の原因については、まだ述べていない。

    確かに、この力は、何らかの原因から生じている。

    ・・・中略・・・

    重力がこのような特性を持つ理由を、
    私は、いまだに減少から推論できずにいるし、
    仮説を「こしらえる」こともしない。

    (ワインバーグ「科学の発見」312㌻) 


先ほど述べたように、
私は、歴史の謎解きを趣味にしていますが、

解いた謎の一つ に、
歴史には、「積み重ねの歴史」と「繰り返しの歴史」があって、

「積み重ねの歴史」の担い手は、
 ① 北フランスからベルギー、
   および、これらの地域からイングランドにわたった人々
   の 子孫 と、
 ② 日本人である、

ということがあります。

この謎解きにより、
何故、これらの人々が、
 ① 「積み重ねの歴史」の担い手になったのか、
 ② 「積み重ねの歴史」を担った彼らのエートスは、
    どこから生じたのか

との謎が、さらに生じてきているのですが、

どこから手を付けてよいものか、まったく見当もつかず、
いたずらに時間ばかりが過ぎ去っていく毎日でした。

今回、
ワインバーグさんの記述 を 読んで

重力を明快に解析した、ニュートンでさえ、
なぜ重力が生じるのかについては、分からなかったのだから、

私が、上記の謎を解明できないのはあたりまでのことでは?
との気がして、大いに慰められました。


③ 歴史上の科学者の天才ぶり

本書を読んでいて、
どうしてこんなに驚異的な業績を生み出すことができたのだろうか
と、思われる人々が、

続々紹介されていて、びっくりしています。


例えば、

ガリレオは、
簡単な望遠鏡で、木星の衛星を観測して、
その回転周期を測定していますが、

その結果が、信じられないくらいの正確なのです。

正確な時計のない時代に、
望遠鏡で観測しただけで、どうしてこんなことができたのだろうか?

と、まるでマジックを見せられているような感じ を 持つぐらいの
驚異的な天才ぶりを、ワインバーグさんは、記述されておられます。


  < 木星の衛星の回転周期 >

  衛星名       ガリレオの測定値         現代の値
  イオ         1日 18時間30分        1日 18時間29分
  エウロパ      3日 13時間20分        3日 13時間18分
  ガニメデ       7日  4時間 0分        7日  4時間 0分
  カリスト      16日 18時間 0分       18日 18時間 5分


また、天動説について、
懇切丁寧で分かりやすい説明が記述されておられますし、
ガリレオ以外の方の驚異的な業績も、続々紹介されていますので、

ご興味のある方は、
本書をお読みいただいて楽しんでいただければ
と、願っています。

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