読後感

2020年11月24日 (火)

スティーブン・グリーンブラット「暴君ーシェイクスピアの政治学」(岩波新書)

11月6日 両親の墓参りの際に、

弟より
「本書 で 記述されている 暴君 が、トランプ大統領 そっくり」
と、言われて 渡された本 を、早速 読んでみました。

本書 は、
2016年 トランプ大統領 が 選出されて、
「最悪の予想通り と なってから、

 現在 私たちがいる政治世界 に
 シェイクスピア は 異様な関係性 を 持っている」と、

食事の際に 奥さまや 息子さん に 話したら、
「その話 を まとめたら」と、言われて書いたものだと、

巻末の謝辞 で
著者 が 出版経緯 を 記述されておられます。

ですから、本著は、
トランプ大統領 という「暴君」に対する 批判の書だ
ということになります。


本書は、

シェイクスピア が 記述した「暴君」を、
要領よく まとめておられる 好著 であり、

私の本箱にある シェイクスピアの伝記 や イングランドの中世史 を
読んでみようが との気 を 生じさせると共に、

シェイクスピアについての自分なりのまとまった感想
を持つようになったので

私流の基準では、
「名著」の部類の本ですが、

次のような疑問 が あるので、
「お勧めする本(好著)」に、
ワンランク下げさせていただきました。


疑問 というのは、

シェイクスピアの時代背景 と トランプ大統領の出現した状況認識 の関連性につき
著者 が 誤認しているのでは?

と、感じられたからです。

以前 に
著者 の「「1417年」その一冊がすべてを変えた」を 読んだ際に感じた
著者の歴史認識 に対する 違和感 が、今回も現れているのでは?

知識 は 豊富に お持ちであるけど、

その知識を用いた 著者の歴史認識 なるものは、
ちょっと首をかしげざるを得ないのでは? 

との疑問 を 持ったからなのです。

以下に、
何故 このような考え が 浮かんだのか?について
簡単に お話しさせていただきます。



      ****************



著者は、本書の冒頭に、
「何故、
 国全体が暴君の手に落ちてしまうなどということがあり得るのか

 一見堅固で難攻不落に思える国の重要な仕組みが、
 どのような状況下で不意に脆くなってしまうのか?

 何故、大勢の人々が 嘘と分かっていながら騙されるのか?
 何故、リチャード3世やマクベスのような人物が、王座にのぼるのか? と、

シェイクスピアは、
1590年初頭に劇作を始めてから、そのキャリアを終えるまで
どうも納得いかない問題に繰り返し取り組んできた。」
と記述されて、

本書の意図を説明され、問題提起をされておられます。

また、シェイクスピアの時代のイングランドは、

エリザベス女王を殺害して、
ローマ・カトリックの支持者を王位につけて、世界制覇しよう との
ローマ教皇による 国際陰謀 に さらされていた と 記述されておられます。

これは、
中国共産党による内政干渉にさらされているアメリカとオーバーラップされて
著者のおっしゃるような関連性を感じられました。

著者は、
シェイクスピアが記述した暴君を詳しく述べておられて、
表面上、トランプ批判の書の体裁は取っておられませんが、

謝辞 で 述べられていることから、
トランプ大統領 が、シェイクスピアの記述した暴君そっくりだ
と お考えになって、批判されておられるのだろうと思います。

本書 を 私に渡した弟 も そのように考え、

ウィキペディア(英語版)でも
本書 は、主要新聞の評論家によってトランプ批判の書だされている

と、記述されています。

しかしながら、本書 を 読んで
シェイクスピアの考え方 を 私なりに咀嚼したら、

トランプさんが、シェイクスピアの記述する暴君だろうとする考え方に
首をかしげています。

シェイクスピアは、
貴族の中のトップクラスの人間が、王位について暴君となる
と、記述しているのではないでしょうか。

だとすると、
現在のアメリカにおいて、暴君が生じるとすると
エリザベス朝の貴族に当たる人々はだれだろうか?
について、考えるべきではないでしょうか。

エリザベス朝のイングランドで トランプ大統領に相当する人物は、
ロンドンの大商人 であって、

トランプ大統領は、
シェイクスピアの記述する貴族ではない のでは ないでしょうか。

フランス パリの商人頭 エチエンヌ・マルセルが、
歴史上の有名人物の中で、トランプさんの社会的位置づけに
ぴったし当てはまるのでは?と、感じられます。

従って、
シェイクスピア の 記述する暴君となるような貴族 を
現在のワシントンで探すとすると

もし、暴君が存在するとしたら、
ワシントンの政治家(共和党と民主党)の中にいるはずだ

ということに なるのではないでしょうか。

トランプさんは、
ワシントンの政治家 は、腐っていると 判断して

彼らへのアンチテーゼとして 大統領に立候補し、就任した
と ネットで拝見したことがあります。

確かに、トランプさんは、
粗野で ぶしつけな面がおありになりますので
お上品はハーバードの先生にとって、耐え難い人物であるのだろう
と、想像できますが、

トランプさんを、
著者が嫌っている人物であるとの認識したからといって

シェイクスピアが記述する暴君であると認定するには、
距離がありすぎるような気がします。

トランプ大統領の行動について、
著者が、具体的な批判をされておられませんので

トランプさんのどの部分をもって暴君とおっしゃるのか、わかりませんので、
ここでは、この程度にとどめさせていただきますが、

暴君は、
法律のみならず、人命を無視し、
己の思うがままに勝手気ままな行動を行う存在であり、

トランプ大統領が、
暴君のそれと同じ様な 法律を無視した行動 や、人殺し を しているのでしょうか?
との疑問を 著者に呈させていただきます。

日本では、
アメリカの出来事の詳細はよく理解できませんので、
私の知らないところで
トランプさんが暴君たる行動をしているのかもしれませんが、

弟が、トランプさんを暴君そっくりと言っていることを勘案すると、
本書を読む人の感性、ものの見方により そう感じられているのでは?
と、私には思われます。


アメリカは、日本から 遠眼鏡 で 見ることになりますので、
目立つ事柄しか見ることができず、不十分ではありますが、

シェイクスピア の 記述する暴君に該当するのかな?
と、思われる政治家が
現在のワシントンの政治家の中に、何人かおられます。

例えば、
ブッシュ大統領(息子)は、
9.11で「テロとの戦争」を宣言した人ですが、

9.11の事件勃発時に、
オサマ・ビン・ラディンが、アメリカに潜んでいて、

事件後
アメリカ上空での飛行禁止命令が出ている中で、

ブッシュ大統領 が、
サウジ・アラビアよりの依頼を受けて、
サウジが迎えによこした飛行機に搭乗させて、逃亡させたことが

アメリカでは事実として認識されている
と、ネットで拝見して、吃驚しました。

(このことを、
 2016年 トランプ大統領 が、大統領選挙で指摘して、
 ブッシュ王朝の野望を断念させたので、

 ブッシュ元大統領とトランプ大統領が、同じ共和党なのに犬猿の仲となり、
 ブッシュ元大統領が今回バイデン氏を支持したとのことです。)


また、バイデンさんも、
ウクライナや中国から賄賂をもらって買収されているとの話が、
ネットでは話題になっています。

バイデンさんは、何故、沈黙を保っておられるのでしょうか?

沈黙を保つということは、
ネットでの話題は事実であると黙認している と、
邪推されても仕方がないのではないでしょうか。

ニクソン大統領が、ウソをついて大統領の辞任に追い込まれたように
アメリカ政界で 嘘をつくことは、政治家として致命傷となりますので、


否定したら、
ウソがばれて、政治家として再起不能の致命傷の事態となるので
沈黙している

と、邪推されてもしょうがないのではないでしょうか?


更には、

2016年の選挙と際に、
ヒラリー・クリントンさんが 大統領になったら大変なことになる と、
国務省の官僚の皆さんが反対運動をされました。

内部にいて、ヒラリーさんの仕事ぶりをよくご存じの官僚の方が、
反対運動を展開するということは、

ヒラリーさんに、
大統領に就任すると問題が生じる よほどの何かがあったのでは、
と、感じられます。

このように、
ワシントンの政治家の皆さんの中には、

日本人には 全く知らされていない スキャンダラスな問題 を 抱えている
暴君候補の方が、おられることもありうるのではないでしょうか?

 

更には、
アメリカのマスコミも、日本のマスコミも、

ある種のニュースについて
フェイクニュースだとして、全く報道されていませんが、

こういうニュースがあったが、
このような理由で、このニュースはフェイクニュースである
と、報道しないで、

掌握したニュースに対して 検閲権を行使していることに
疑問を持つのは、私だけでしょうか?

同じように、Twitter社は、
社内に 中国人の検閲機関 が、存在し 活動している
と、議会に喚問された際に 責任者 が 証言したとか、

トランプ大統領をはじめとするトランプ派の皆さんのアップロード を
拒否しているとかの

表現の自由を阻止しているとの話が、ネットで言われています。

このようなことが事実であれば、
マスコミやネットの機関 も、
暴君候補となるのではないでしょうか。


日本から拝見したトランプ大統領 は、
先ほど申し上げたように

典型的なアメリカ人(ヤンキー)で、
言いたいことをおっしゃっておられるように見えますが、

選挙公約を着実に実行し
(選挙公約の中身の是非 に ついて 申し上げているのではなく、

 選挙公約 は、
 選挙が終了すると無視する政治家がよく見かけられるのに反して、

 トランプ大統領は、
 選挙公約を実行しようとされておられることを申し上げているのです)

就任時より アメリカの景気を良くしましたし

何よりも、外交面において
オバマ大統領時代 に 失墜した アメリカの存在価値 を 高めた点 は、
特筆されるべきだろうと思います。

トランプ大統領は、練達のビジネスマンゆえに交渉上手であり、
言動から感じられる印象で、トランプ大統領を判断するのは、
正しくないのでは?との感じを持っています。


以上により、
本書に対する 私の率直な感想を 申し上げさせていただくと、

(反トランプの著者にとり 皮肉なことに)
2020年の大統領選挙における 民主党の陰謀や選挙違反 を 予言した名著 では?
と、感じられます。

 

 

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2016年8月29日 (月)

スティーヴン・ワインバーグ著「科学の発見」

スティーヴン・ワインバーグ著
「科学の発見」
(文藝春秋社)

     ********



本屋さんで、
 ① 「現代の基準で過去に裁定を下した」科学史で、
 ② 「本書は不遜な歴史書だ」との帯を見て、購入して、
1か月ぐらい前に読んだ本です。

私は、
高校で、物理も化学も学ばなかった劣等生ですが、
幸い、非常にわかりやすい記述で、終わりまで読み通すことができました。
(理解ができないところは、読み飛ばしました。)

本書の最後に、
本文で取り上げた 歴史的発見の科学的・数学的背景 を 説明した
「テクニカルノート」が記述されておられます。

私には「豚に真珠」だったものですから、読むのを割愛しましたが、

理系の方は、
高校時代の物理や化学および数学を振り返って、
楽しくお読みになれる部分だと思います。

私も、ちょっと覗いて
「ピタゴラスの定理」の解説を見てみました。

私は、
「ピタゴラスの定理」は、

直角三角形の長辺を一辺とする正方形の面積は、
他の二辺のそれぞれを一辺とする正方形の面積の和に等しい、

と、理解していたのですが、

ワインバーグさんは、もっと簡単に、
相似の定理により、証明されておられたのに感心しました。

でも、
これは証明にはなっているけど、

 ① ピタゴラスの定理が存在を前提にしている証明では?
 ② ピタゴラスの定理を発見するための証明とは異なるのでは?

と、ちょっと質問をしてみたい気がしています。


以下に、読んだ直後にメモしておいた本書の感想を
ご紹介させていただきます。



1. 「ヨーロッパの知の歴史」を記述した名著


.「本書は、名著である。」と感じました。

というのは、
本を読んでいて、8割から9割がた読み終えたときに、

その本の直接的なテーマでない、日ごろ気になっていた問題について、
「ああこういうことなのか」との思いが湧き出てくる本は、ごく少数であり、

そのように頭脳を刺激する本 は、名著の証であろう
と、確信しているからです。

今までに
本書と同じような思いを感じたのは、
ランシマン「シチリアの晩祷」のみでしたので、

本書は、
久々に巡り合った「私にとっての2冊目の名著」だな
と、喜んでいます。


本書を8割がた読んで 湧き出てきた考え とは、

 ① 科学史とは、
   ヨーロッパの「知」の歴史であり、

   哲学史と科学史は、
   表裏一体の存在であること を、記述されておられること

   例えば、
   13世紀パリ大学でのアリストテレスを巡る
   ドミニコ派とフランチェスコ派の対立などが

   日本の科学史の教科書で登場することはまず考えられないでしょう。

   でも、
   ヨーロッパ史において、哲学と科学は表裏一体なものであったことが、
   ワインバーグさんの記述を読むうちに、自然に感得されるようになるのです。

 ② .「個体発生は系統発生を繰り返す」との説を
   聞いたことがありますが、

   人間が、
   人類の知的遺産を習得するステップ とは、

   言い換えると
   学校教育で習得する学問 とは、

   人類が積み重ねてきた歴史の成果を、
   歴史的な順番に、

   即ち、
   時間的な経過に従って

   一つずつ習得していって身につけていくものであり、
   これが、学校教育の目的であるのであろう
   と、感じられたことです。

だとしたら、
高校の1年ぐらいの時に、文系と理系を総合した
「ヨーロッパの知の歴史」との科目を創設して、

科学史と、その背景にある哲学史を記述した本書を教科書にして、

数学、物理、化学など理科系の各科目 と、
世界史(ヨーロッパ史)で教える内容は、
一見それぞれ独立していますが

実は、学問は、
このようなプロセスで歴史的に発展してきたのですよ
ということを、目次的に教えるべきではないだろうか

と、思われます。


私が受けた学校教育を振り返ると、

例えば、
数学においては、

中学校で、ユークリッド幾何学
高校 で、デカルトの解析幾何学とニュートンの微積分

を学んだのだなと、
一言で言えるのだろうと思います。


これを、総括すると

 ① 高校までの教育は、

   フランス革命までの「ヨーロッパの知の歴史」により得られた
   歴史的成果 を、系統的に学んだのであり、

 ② 大学では、

   19世紀及びそれ以降の学問の歴史的成果を
   それぞれ専門に分かれて学んだのだな、

と、感じられます。

従って、
中学や、高校、大学の それぞれの段階 で、

今よりももっと厳しく、
ヨーロッパの知の歴史的成果が身に着けているかどうか、
チェックすべきだと思いますし、

その意味で、
ゆとり教育などは、戯言に過ぎないと一蹴すべきだと考えます。


また、
それぞれの学校段階で 教えられたことを、
正確に理解し、マスターしているかどうか、
国家試験による検定制度を設けるべきでしょう。

ヨーロッパで、
大学受験資格試験などがあるみたいですが、

今述べたような趣旨から、
日本でも導入するべきだと思います。


私が、大学を受験したとき、
私が、出題を評価できた数学や世界史、日本史などの科目で、

 ① 高校での教育内容を、
   本当に理解しているかどうかを判定する問題を、
   出題しておられるな、

 ② 大学に入学するには、
   高校の課程を完全に理解しておけばよいのだな

と、問題を解きながら感じたことを 思い出しました。

(私の勉強不足で評価できなかった他の科目も、
 同様だったのだろう と、想像しています。)



2. 「現代の基準で、過去に 裁定を下す」ことについて

科学は、
過去の学問上の実績の上に、さらに、新たな成果を積み重ねる
「積み重ねの歴史」ですので、

後世の人が、
過去の人の業績を、客観的・定量的に評価することができることは、
その通りだと思います。

例えば、

剣聖である宮本武蔵が、剣道を始めた人の技量について、
冷静かつ客観的に評価できることは確かでしょう。

しかしながら、
「現代の評価基準で、過去を評価してはならない」
との歴史学のテーゼの根本は、

現在の評価基準が、

未来永劫、確固たる不動の評価基準であると確立してものではなく、
時代とともに変遷する価値基準の一つである
と、いうことによります。

このことは、
科学的評価についても同様であるのではないでしょうか。


富士山の登山で例えると、

五合目に到達した人は、
一合目で登山している人の登山道の選択などについて、
あれやこれや評価することはできると思いますが、

その評価が、
頂上に上り詰めたときと同じ評価であるか
と、考えたとき、

9割方は同じであろうと予測てきても、
100%同じである と、断言はできないでしょう。

これと同じように、
ワインバーグさんの評価基準は、

現代の最高水準の評価基準であるし、
非常に正確な評価基準であろうと思われますが、

将来の科学者と同じ評価基準であるとの保証はありません。

即ち、
現在の価値基準が、
将来も同一の価値基準が維持されるかどうかはわからない
との、歴史学一般の定理が、

科学史においても当てはまるであろうと考えます。


ワインバーグさんのご専門の物理学でも、
未知の事柄が解明されることにより、
従来の考え方が変更することがありうるでしょう。

他方、
過去の学問レベルは、現代の水準から大幅に低いため、
ワインバーグさんは、
9.9合目より、はるか下の1合目の登山者を評価しているようなものであろう
と、私には思われます。

ですから、
将来の物理学者の評価とワインバーグさんの評価結果が異なることは、
ほとんどないでしょうが、

完全に同じであるとは言えない以上、
「現代の基準で、過去に 裁定を下す」と断言せずに、
もう少し穏やかな表現をされたほうが良いのでは
と、思われます。



3. 感銘を受けたワインバーグさんの記述


① 次の記述は、物理学だけでなく学問全般にわたる真理だと思われます。


  コペルニクスとケプラーが、
  地動説 を 唱えたのは、

  地動説のほうが、天動説よりも、
  観測結果に うまく合うからではなく、

  太陽中心の太陽系モデルのほうが
  数学的にシンプルで首尾一貫しているからだった。

  (ワインバーグ「科学の発見」228㌻)  


  コペルニクスの理論 は、

  実証的証拠の裏付けを持たない理論 が、
  美的基準によって選択されうること を、示した
  古典的な一例である。

  (ワインバーグ「科学の発見」202㌻)


  コペルニクスの作業 は、

  観察結果にかなり良く合う シンプル で 美しい理論 は、

  往々にして、
  観察結果に さらによく合う 複雑で醜い理論 よりも
  真実に近い

  との 物理学の歴史に繰り返し現れる
  もう一つのテーマの実例である。

  (ワインバーグ「科学の発見」203㌻)


私は、
歴史の中で 謎を見つけ出して、その謎を解くことを趣味としていますが、

一言か二言の単語で謎を説明できた時が、
謎解きが終了するときだという経験を、いくつかしてきました。

多分、ワインバーグさんも、
同じような趣旨のことをおっしゃっておられるのだろう
と、感じられます。

科学の分野においても、
あーだ、こうだと講釈を垂れている間は、
正解に至っていないのでしょう。

簡単な数式で 表すことができるようになって初めて、
正解に至ったと言えるのだろう と、思います。


② 次の文章は、私にとって、生涯の慰めとなる記述でした。

  全体から見れば、
  ニュートンの運動・重力理論が正しいことを示す証拠 は、
  動かしがたかった。

  ニュートンには、
  アリストテレスに倣って
  「なぜ重力が存在するのか」を説明する必要はなかったし、

  彼は、説明しようとしなかった。

   < ニュートンの記述(ワインバーグさんの抜き書き) >

   「これまで、天と海の現象を、重力によって説明してきたが、
    重力の原因については、まだ述べていない。

    確かに、この力は、何らかの原因から生じている。

    ・・・中略・・・

    重力がこのような特性を持つ理由を、
    私は、いまだに減少から推論できずにいるし、
    仮説を「こしらえる」こともしない。

    (ワインバーグ「科学の発見」312㌻) 


先ほど述べたように、
私は、歴史の謎解きを趣味にしていますが、

解いた謎の一つ に、
歴史には、「積み重ねの歴史」と「繰り返しの歴史」があって、

「積み重ねの歴史」の担い手は、
 ① 北フランスからベルギー、
   および、これらの地域からイングランドにわたった人々
   の 子孫 と、
 ② 日本人である、

ということがあります。

この謎解きにより、
何故、これらの人々が、
 ① 「積み重ねの歴史」の担い手になったのか、
 ② 「積み重ねの歴史」を担った彼らのエートスは、
    どこから生じたのか

との謎が、さらに生じてきているのですが、

どこから手を付けてよいものか、まったく見当もつかず、
いたずらに時間ばかりが過ぎ去っていく毎日でした。

今回、
ワインバーグさんの記述 を 読んで

重力を明快に解析した、ニュートンでさえ、
なぜ重力が生じるのかについては、分からなかったのだから、

私が、上記の謎を解明できないのはあたりまでのことでは?
との気がして、大いに慰められました。


③ 歴史上の科学者の天才ぶり

本書を読んでいて、
どうしてこんなに驚異的な業績を生み出すことができたのだろうか
と、思われる人々が、

続々紹介されていて、びっくりしています。


例えば、

ガリレオは、
簡単な望遠鏡で、木星の衛星を観測して、
その回転周期を測定していますが、

その結果が、信じられないくらいの正確なのです。

正確な時計のない時代に、
望遠鏡で観測しただけで、どうしてこんなことができたのだろうか?

と、まるでマジックを見せられているような感じ を 持つぐらいの
驚異的な天才ぶりを、ワインバーグさんは、記述されておられます。


  < 木星の衛星の回転周期 >

  衛星名       ガリレオの測定値         現代の値
  イオ         1日 18時間30分        1日 18時間29分
  エウロパ      3日 13時間20分        3日 13時間18分
  ガニメデ       7日  4時間 0分        7日  4時間 0分
  カリスト      16日 18時間 0分       18日 18時間 5分


また、天動説について、
懇切丁寧で分かりやすい説明が記述されておられますし、
ガリレオ以外の方の驚異的な業績も、続々紹介されていますので、

ご興味のある方は、
本書をお読みいただいて楽しんでいただければ
と、願っています。

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2015年10月21日 (水)

東大紛争を混迷化、泥沼化させた 折原助教授のウェーバ学問論への誤解

以前「東大話法」と「東大紛争」とのブログで、

医学部、文学部の処分問題を、
全学的なストライキ、紛争に拡大させたのは、

「学問の府では、知的誠実が何よりも求められるのに、
大学当局は、知的誠実が欠如している」との
折原さんのアピールであり、

それ故に、
東大紛争の隠れたる最大の論点は、

「学問の府における知的誠実は何か?」
「知的誠実に沿った行動を取るためには、どうしたらよいのか?」
「知的誠実を担保するために、どうしたらよいのか?」
だったと思います、と、述べて、

でも、
折原さんのアピールは、

人類何千年もの歴史の中で
「実現しようと思っても、実現できなかったこと」

言い換えると、
「求めても得ることのできないものを追い求めたのだな」

即ち
「青い鳥」を求めたのだな
と、ため息をついている、と、お話ししました。


    「東大話法」 と 「東大紛争」
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-6883.html



上記の考えは、今でも変わっていませんが、

東大紛争の渦中 においても、
そして、
それ以後も

「処分問題」と「学問における知的誠実」が、
何故、結びつくのか?に ついて、疑念を感じていました。

この疑念を、別の言い方をすると、

「処分問題」は、

知的誠実を持ち出さなくても、
処分問題として処理できたはずなのに、

何故、折原さんは、
知的誠実を、あれだけ強くアピールしたのだろうか?

燎原に火がついたように全学的な紛争拡大をもたらした
折原さんのアピールとは何だったのかな?
ということです。

このことは、私にとって

解かねばならない宿題であると共に
解きがたい謎の一つ
だったのです。


また、

何故
処分問題についての議論が深まらないのか?

医学部の処分は、
事実誤認であるからといって
その他の部分も 全て否定されるものなのか?

処分された人々は、
全く問題ないと、胸を張って主張できる行動 を
取っていたのだろうか?

と、訝しく感じていました。


更に

全共闘の行動は、
全て是認されるのだろうか?


彼らの行為には、
犯罪行為というべきものもあるのに、

大学の自治、大学当局の落ち度、教育的配慮 を 掲げれば、
全て 免罪されるのだろうか?

医学部にしろ文学部にしろ、3年生以上ですので、

原則として、
全員、少年法の保護がある未成年ではなく成人です。

(例外は、誕生日以後成人となる
 現役で入学した3年生です)


一般社会で、犯罪行為、違法行為とされるものが、

大学の中だからといって、
学生だからといって

野放図に見過ごされることに対して、
疑問を感じていました。



これらの謎について、

60代半ばをすぎて、
老い先が短くなってきましたので、

生きている内に
自分なりに整理せねばならないなと考えて、

折原さんの東大紛争当時の文章を集めた
「大学の頽廃の淵にて」(以下「本書」)を、

アマゾンの古本(マーケットプレイス)で購入し、
読んでみました。

折原浩著
「大学の頽廃の淵にて・・・東大闘争における一教師の歩み」
筑摩書房 1969年7月30日 初版発行


また、
ウェーバの「職業としての学問」を、

従来読んでいた出口教授の訳に加えて
(河出書房 世界の思想18)(以下「河出」)

尾高教授の訳(岩波文庫)(以下「岩波」)も購入して、
あわせて読み比べてみました。


その結果、

ウェーバーの専門家であられる 折原さんが、
自らを「ウェーバーの徒」とおっしゃっておられます故に、

折原さんのアピールは、

ウェーバーの学問論に基づくもの と、
何の疑いもなく 素直に信じ、思い込んでいたのですが、

実は、それが間違いで、

折原さんは、
ウェーバーの学問論を無視して、
折原流の学問論をアピールを されておられて

しかも、
その折原流の学問論には、

大いに疑問が呈せられるのでは?


率直に申し上げて、

折原さんは、
ウェーバーの学問論に反する
誤った学問論に基づいておられたし、

その結果、

その後の折原さんの行動を、
凧の糸の切れたようなものにした

と、考えられます。


さらに、

ウェーバーの「職業としての学問」を読んでいる内に、

医学部の皆さんが行ったインターン、登録医反対運動
そこから派生した全共闘運動が、

大学内で行うものとして
ふさわしくないものだったのでは?
という気がしてきました。


従って、
遠い昔の東大紛争ですが、

折原さんの知的誠実を求めるアピールや
医学部の皆さんの闘争について、

当時議論されなかった論点について、
私なりに、改めて考えてみたいと思います。


なお、東大紛争は、

処分問題(特に医学部)に関する
拙劣な医学部と東大当局の対応が

事態を紛糾させた一番の原因です。


折原さんは、

当初 医学部や東大当局に対して、
「知的誠実を求め、おかしいではないでしょうか」と、
アピールされただけであり、

そのアピールが、
例え、間違ったウェーバーの学問論に
基づいたものであったとしても、

ウェーバーの専門家が、
何人も 学内におられたにもかかわらず、

彼らが、
折原さんの間違いを 指摘されないどころか、

多くの人が、
アピールの主旨に感銘し、同意したことにより、

紛争が、
混迷化し、泥沼に陥ったわけですから、

東大紛争の混迷化、泥沼化の責任は、
東大当局にあり、

折原さんに、
第一義的な責任があるわけではありません。

(但し、
 ウェーバー学者としての折原さんへの評価は、
 どうなのかについて、

 この拙文を読まれたウェーバー専門家のご意見を
 お聞きできればな との、願望は持っています。)


よって、
以下の拙文は、

折原さん を
非難するためのものではありませんが、

現在の私からみたウェーバーの学問論によると、

折原さんの 知的誠実を求める主張 は、

ウェーバの学問論に対する誤謬
に 基づくものであって、

論理に、瑕疵があるのでは?
不必要に、紛争を混迷化、泥沼化させたのでは?

更には、

全共闘の不法行為に、
主張の論拠や正当性 を 与えたのでは?

との疑問が生じますので、


それを出発点に、

東大紛争について、私なりの整理をするためのものです。


当たり前のことですが、

ウェーバーの専門家、権威であられる 折原さん と、
ウェーバーについて議論しようとは思っていません。

ただ、
ウェーバーが、晩年に、
生涯をかけて積み重ねてきた彼の学問論を要約して講義した
「職業としての学問」(以下「本講演」)を、

折原さんは、

何故かしら
無視されておられると思われますので、

「本講演(職業としての学問)」で

ウェーバーが述べた点 と、
折原さんの学問論 を 比較して、

折原さんへのささやかな疑問 を
投げかけさせて頂きたいと思います。


(注) 折原 浩氏は、

  当時 教養学部の助教授であり、

  その後、
  東大教授となられて、
  定年退官後 名誉教授 となられておられますので、

  現時点で、どのようにお呼びしたら良いのか、
  迷ったのですが、

  学生時代
  普通にお呼びしていた、折原さんを、
  ここでは 使わせて頂きます。

  また、残念ながら
  私は、折原さんの授業を受けておりませんので、
  一面識もありませんが、

  親しくしていた友人が、折原ゼミの一員で、
  お人柄を 友人から聞いていましたので、

  現在でも 個人的には
  誠実な方であると敬愛していることを、

  最初に申し述べさせて頂きます。


(注)本ブログの最後に、参考として

   「マックス・ウェーバー「職業としての学問」要約、抜き書き」
  掲載するつもりでしたが、

  長文になりましたので、

  別のブログとしても、再掲させていただきましたので、
  参照していただければ幸いです。


  マックス・ウェーバー「職業としての学問」要約、抜き書き
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-26c8.html



      **********



1.ウェーバー「職業としての学問」

  最初に、
  ウェーバーの「職業としての学問」の講演について
  極々簡単にご説明させて頂きます。

  詳しくは、本拙文の最後に、
  「職業としての学問」について、私なりの要約、抜き書き を
  ご参考までに掲載していますので、参照下さい。


  ウェーバーは、
  本講演で、「学問の本質」と「大学教師」について述べてられます。


  ① 「学問の本質」について

    まず最初に、

    学問は、無限に進歩するものであり、
    学問上の達成は常に新しい「問題提出」を意味すると述べておられます。


    次いで、

    学問は、「知るに値する」ことを前提に研究されるが、
    
    前提を拒否する者に対して、
    学問は自らの基本的価値を証拠立てすることが出来ない、

    と、述べられて、
    いろいろな学問の前提と証拠立てられない理由を述べておられます。

    要するに、
    学問は、善であるもの、良きものと仮定して、研究されるが、

    学問自体は、その仮定が、善であり、良きものであることを 証明できず、
    各人の価値観により、善か悪の判断が決定する

    と、おっしゃっておられるように、私には思われます。


    最後に、
 
    

    学問が実際生活に寄与なし得るのは、「明確さ(明晰さ)」を導くことであり、
    これが、学問のなし得る限界でもある、とおっしゃって、

    学問により明確になった事柄を、実際上どう利用するかは、
    各人それぞれの価値観によると結論づけておられます。


    (注) ウェーバーは、
        神学は、一般の学問と「似て非なるもの」であることを
        本講演で述べておられ、

        ヨーロッパの知的伝統、キリスト教についての
        ウェーバーの素晴らしい見解で、非常に感銘する内容ですが、

        本拙文の主旨からは外れますので、ここでは、割愛しました。
        本拙文の末尾の「職業としての学問」の要約、抜き書き を
        ご参照下さい。


    ウェーバーのおっしゃっておられることを
    私の経験に即して、解説させて述べさせていただきます。


    私は、
    大学時代全く勉強をしなかった学生で、
    コントラバス(弦楽器)に熱中していました。

    弦楽器をマスターするための原理は簡単で、
     ① 楽譜が読めて、
     ② 左手の指で 音程を決めますので、
        どこを押せばどの音が出るかを知り(ポジションを理解する)、
     ③ 右手の 弦を奏する弓の使い方(ボーイング)をマスターすれば、
    どんな曲でも弾けるようになるのです。

    勿論、大変な練習が必要ですが、
    技術的には、
    特別な技巧的なもの(才能が無ければ弾けない技巧)を除いて、
    練習さえすれば、誰でもマスターできるのです。

    問題は、それからで、
    演奏する際には、
    音符毎に、どう初めて、どうつないで、どう終わらせるか、
    そして、次の音符にどうつないでいくのか、

    ということを、
    一つ一つ設計し、決めていかねばならないのです。

    その際に、
    マスターした技術のどれを、どのように使って、どう演奏すれば、

    言い換えると
    持っている技術のどれを選択すれば、
    聴き手を満足させ、感動させるのか、が問題となるのです。

    この技術の選択基準は何か?
    と、いうことは、

    奏者の価値観によるものであり、
    奏者が選択した価値観の結果は、奏者の音楽的才能として
    判定されるのです。


    私事を申し上げると、
    この点で、3年生の一年間、

    ある価値観を採用すると、他の価値観は反対するので、
    どの価値観を、どのような方法で選べば良いのかという、
    価値観の選択に迷いに迷って、一瞬たりとも楽器が弾けなくなり、

    幾つもある価値観を全て包含して、かつ、全ての人が認める価値
    言い換えると、
    天上の神なら持っているはずの価値が、

    この世、人間世界にあるのだろうか、
    あるとしたら、どんなもので、どのように実現できるのだろうか
    と、いうことを、求めて さまよい歩いていました。

    (注) ここでの記述した問題は、
        楽器の修行過程における「アイガーの北壁」みたいな難所の一つに
        ぶち当たって彷徨っていたのであって、

        この難所を越えた地点では、別の世界が広がっていたのですが、
        ここでは、そのお話は割愛させて頂きます。


    ウェーバーは、
    学問も、同じだとおっしゃっておられるように感じられます。

    学問の研究をいくら進めても、おのずから道が拓けるのではなく。
    最終的には、
    研究した学問を、どう評価して、どう使うのかが、大切であり、

    それは、
    各人の価値観によるものだと、

    即ち、
    「学問 と はさみ は 使いようだ」と、
    おっしゃっておられるのではないでしょうか。


    日本では、
    「学問の蘊奥を極める」などといって、

    いかにも学問は、
    近寄りがたい、非常な価値を持った、有り難く、奥深いもので、
    東大の教授などのごく一部の人間しか理解できないもののような幻想を
    一般の方々に持たせてきましたが、

    ウェーバーは、これを否定して、

    学問は、
    無限に進歩する技術と同じような性格で、
    学者の業績などは、問題提起にすぎず、後輩に追い越されるものである。

    そして、
    学問それ自体に価値があるわけではなく、
    その学問を生かすも殺すも、使う人の価値観による
    と、喝破されておられるのです。


    勿論、
    学問を研究する過程では、知的廉直(知的誠実)が求められますが、

    これは、
    弦楽器を演奏する際に、
    音程や音の長さ、強弱、テンポ等 を適正に保たねばならないのと
    同じ事であろう、

    
    言い換えると、
    学問の本質ではなく、
    学問をする際の必ず守らなければならない方法論の問題だ
    と、思います。


  ② 「大学教師」について

    最初に、ウェーバーは

    大学では、多くは凡庸な人々が幅をきかしているという事実がある
    と、述べておられます。


    次に、

    大学教師は、
    学者としての資格 と、
    教師としての資格 が、求められるが、

    この2つの資格は、決して合致するものではなく、
    非常に優れた学者でありながら、教師としては全く駄目な人もあり得るとして、

    ヘルムホルツやランケの名を挙げておられます。

    更に、
    教育上最も困難な課題は、

    学問上の諸問題を
    頭はあるが未訓練の人々に理解させ、
    かつ、
    これらの問題を自ら考えていくように解説することであり、

    こうした解説の技術は、個人的な天賦であって、
    何ら、学者としての資質と一致するものではない と、されておられます。


    第3番目に、
    学者にとっての「思いつき」の重要性を述べておられます。

    第三者には凡そ馬鹿げている三昧境に浸る「情熱」を持たない人、

    例えば、
    ある写本のある箇所について、
    「これが、何千年も前から説かれないできた、永遠の問題である」として、

    何事も忘れて、その解釈を得ることに熱中するといった心情を持たない人は、
    学者には向いていない と、述べておられます。

    何故かというと、
    「情熱」は、所謂霊感を生み出す地盤であり、
    「霊感」は、学者にとって決定的なものであるから。

    何か有意義な結果を出すためには、
    いつも、その場に適した「ある思いつき」を必要としている。

    作業をすれば、思いつきを得られるわけでもなく、
    情熱だけでも、思いつきを生み出すことは出来ない。

    作業と情熱が合体することによって、思いつきを誘い出す。

    ただ、
    学問上の霊感は、誰にでも与えられるものではなく、
    潜在的な宿命のいかんによって違うばかりでなく、
    特に、「天賦」のいかんによっても違うのである、

    と、述べておられます。


    最後に、

    政策は、教室で取り上げるべきではないと述べられて、
    大学教師が、自らの政治的見解を、学生に押しつけることを
    禁止されておられます。


    禁止する理由は、

    ① 学生は、
      定められた課程を修了するために、講義に出席しているのであり、

      学生が、教室で、教師に対して批判できる立場でない事を利用して
      政治的見解を押しつけるのは、教師として無責任極まる。

    ② 政治的見解は、
      各人の価値観により判断されるべきものであり、

      学問上、
      ある価値観を支持することは、それ自身無意味である。


      価値観を、神に例えて、

      諸々の価値秩序の 神々を 支配し、
      神々の争いに、決着をつけるものは、

      運命であって、「学問」ではない、


      学問が、把握しうるのは、

      それぞれの秩序(価値秩序)にとって、
      あるいは、
      それぞれの秩序(価値秩序)において、

      神にあたるものは何であるか と、いうことだけである。

      教室で、教師が行う講義も、
      この点を理解させることが出来れば、教師の任務は終わる

    と、おっしゃっておられます。




2.折原さんの ウェーバーと異なる学問論 の ご紹介


  最初に、
  私がウェーバーと異なるのでは?と疑問を持った
  折原さんの学問論をご紹介させていただきます。


  実は、
  本書は、3回 途中で読み進める気がなくなり中断しました。

  これではいけないと、
  4度目は、中断したいのを我慢して終わりまで読んだのです。

  ですから、
  幾つもの疑問や批判があるのですが、挙げるときりがありませんので、

  ここでは、
  折原さんの学問論の中で、主な疑問点を感じた文章を
  4つご紹介させて頂きます。

  (正確を期すために、少し長い引用となることをお許し下さい。
   また、読みやすくするために、適当に改行させて頂きました。)


  第1点

  あるとき、ある研究者が、
  「〇〇世紀の××という思想家を研究することにし」といって、
  その研究プランを話した。

  そのプラン自体は精細を極めたものだったが、
  かれは、一つの問い
  ---- その思想家を研究することが、
      現在のかれ自身 および かれ自身を含む現に生きている人間にとって
      どういう意味をもつのか、
  という問いに、十分に答えられなかった。

  「興味をもつ」
  「学界は一つの有機体で一か所が欠けていても全体としての発展がのぞめない、
   そこでその欠けたいるところを研究する」というようなことを語り、

  最後には、
  「研究テーマの選択は自由だ」ということで、話が途切れた。


  ここにはっきりあらわれている問題は、

  自己の研究の意味を、
  自己を含む現在の生活連関の中で問いながら、研究テーマを選択し、
  研究を方向付けてゆく態度の欠如であり、

  テーマ選択の自由が、
  意味への問いかけを斥ける消極的、防御的姿勢において語られていること
  である。

  わたくしは、
  研究テーマ選択の自由も、
  研究者間の有機的協力の必要性も否定しない。

  しかし、
  テーマ選択の自由は、
  各研究者の、テーマの意味への反省と
  この次元での研究者間のコミュニケーションによって
  裏打ちされなければならず、

  研究者の協力は、
  「学界有機体」がこの反省から自立化するという形でではなく、
  この反省とコミュニケーションの中から生まれてこなければならない
  と思う。


  出所 本書28㌻「学問の自由」とは何か-真の総合大学を形成するために-
      1963年4月30日脱稿



  第2点

  根拠や理由を明示して、
  正しいことは正しいとし、誤りは誤りとする<知的誠実性>こそが、
  学問研究者に不可欠の要件なのではなかろうか。

  なるほど、東京大学の教官各位は、
  それぞれの専門分野においては、
  そのような<知的誠実性>の達人であられるに違いない。

  しかし、
  それではどうして、その<知的誠実性>を、
  自らの職場である<学問と教育の府>における紛争の解決に、
  貫徹していけないのであろうか。

  かえってこの様な問題に対してどういう態度を取るかが、
  <知的誠実性>という学問的態度が
  どのくらい身についた生活態度になっているか、
  をためす試金石なのではなかろうか。

  この点は、
  教官としての大学人の資格にもかかわってくる。


  われわれが、
  学問を通して、学生諸君の人間としての自己形成に働きかけるのは、
  いったいなんのためなのだろうか。

  こういう教育理念の問題については、いろいろなお考えがあろうかと思う。

  しかし、少なくとも共通にいえることは、
  学生諸君の一人一人が、
  <知的誠実性>の生活態度を身につけ、
  大学生活や職場の問題にそのような態度で対決してゆくことを
  期待するからではなかろうか。

  さらには、
  学生諸君の一人一人が、
  必要なばあいには「流れに抗して」生きうる自律的市民として、
  日本社会の「無責任の体系」を批判し、改革してゆくことを
  期待してのことではなかろうか。

  とすれば、
  教官の一人一人が、
  自分たちの職場である大学の問題に、
  学問的な、厳格な態度をもって対決できず、「流れに抗して」生きられずに、
  なんで右のことを学生諸君に期待し、要求することが出来ようか。


  この点はまた、
  大学人の対社会的発言の資格にもかかわってくる。

  たとえば、
  自分の職場の問題を厳密に考え、そこに不正が認められたなら、
  あくまでもそれと戦うという姿勢なしに、
  なんで労働者の職場闘争を批評できようか。


  今回の「東大紛争」の一つの意味は、
  大学人の言行の一致-不一致が
  厳しく問われている点にあるのではなかろうか。

  この重要な意味を認めずに、
  ともかくも「正常」に戻せば良いという発想では、
  問題は決して解決しないし、

  この間の講義や演習の大きな犠牲がつぐないえない。


  出所 本書104㌻「東京大学の死と再生を求めて」
      二 大学人の資格
      1968年8月21日脱稿



  第3点

  この「学園紛争」をめぐる論議において、
  ウェーバーの学問論は、しばしば引用され、

  あたかも
  「専門的経営」の守護神であるかのように、
  擁護されたり非難されたりしているが、

  これらは何れも、
  理由あっての誤解だと思う。

  というのは、
  ほかならぬウェーバーこそが、
  理論は、本来、理論の平面のみで自己増殖とげるものではないこと、

  おのれの生を律する究極の価値理念を明確に自覚した実践主体が、
  そのイデーの実現を阻害する現実と闘うとき、

  はじめて
  本来の<問題>が提起され、
  経験的現実の無窮動のなかから「知るに値する」素材が選択されること、

  その上での個性記述や因果帰属の<客観性>、

  すなわち、
  おのれの熾烈な価値意識によっても曇らされない認識の<客観性>は、

  実践の<責任倫理性>を成立させるモメントとしてこそ、
  要請されるものであること----これらのことを、
  ウェーバーは明瞭に説いているのだが、

  それが、
  <没意味>的「専門経営」を自明の秩序とする
  「とらわれた」視座から解釈されるとき、

  解釈者が、
  解釈されるべき著者のレヴェルに達していないために、

  おのれの「没価値性」を<価値自由>に、
  おのれの「適応『倫理』を<責任倫理>に投射した誤解が生まれ、

  業績稼ぎのペーパーのなかで拡大再生産されてゆくのである
  (安藤英治・内田芳明・住谷一彦三氏の研究を除く)。


  出所 本書181㌻ 「追求集会」における<対話>の創造を求めて
      二 闘う主体としての鋭い認識
      1969年3月13日脱稿


  第4点

  この点(豊川元医学部長、上田元病院長の責任)に関しては、

  私も、昨年7月以来
  「国家権力と既成事実を背景として、上から学生の臨もうとする
   (医学部教授会、並びに、それを陰に陽にバック・アップした大学当局の)
  姿勢」を、

  「大学内部の自由な討論を通じて見いだされる学問的真理に基づいて、
   政治を批判するという 大学本来の重要な機能を放棄し、

   逆に、
   政治権力と結合して、内部討論を圧殺した大学の自殺行為」
  として 問題にしてきたので、

  全共闘の諸君と元共に、断固、この問題に固執し、

  東京大学の教授会メンバーと、
  「確認書」をもって能事終われりとする学生諸君の、

  研究者・学生にふさわしからざる軟弱な知性・責任回避、
  あるいは、
  政治的考慮を優先させて 欺瞞に目をつぶる態度、
  に、抗議しなければならない。


  出所 本書190㌻ 私は、何故、現時点における授業再開を拒否するのか
      二 論理的対決の回避(理由一)
      1969年3月18日脱稿



3.折原さんの学問論が、ウェーバーと異なる点 と それに対する私見

  1.と2.をお読み頂いたので、
  折原さんとウェーバーの見解が異なっていることは、
  ご理解頂いたと思いますので、

  ちょっとしつこくなって恐縮ですが、
  お二人の異なっている点と私見を、述べさせて頂きます。、


  第1点について

  折原さんは、
  研究する際に、「意味が必要である」と、
  ウェーバーとは反対の主張をされておられます。


  <折原さんの記述>

  「かれは、一つの問い
   ---- その思想家を研究することが、
       現在のかれ自身 および かれ自身を含む現に生きている人間にとって
       どういう意味をもつのか、
   という問いに、十分に答えられなかった。

   ここにはっきりあらわれている問題は、

   自己の研究の意味を、
   自己を含む現在の生活連関の中で問いながら、研究テーマを選択し、
   研究を方向付けてゆく態度の欠如であり、

   テーマ選択の自由が、
   意味への問いかけを斥ける消極的、防御的姿勢において語られていること
   である。」


   
   <ウェーバーの記述>

   
  「一般に学問的研究は、更に
   「出てくる結果が、何か「知るに値する」という意味で、重要な事柄である」
   ということも、前提する。

   この前提のうちにこそ、我々の全問題が潜んでいる。

   何故ならある
   研究の成果が、重要であるかどうかを、
   学問上の手段により論証しえないからである。

   それは、
   人々が各自の生活上の究極の立場から

   その研究の成果がもつ究極の意味を、
   拒否するか、あるいは、承認するかによって
   解釈され得るだけである」
   (「岩波」43㌻)


  「いかなる学問も、
   絶対に無前提的ではないが、

   その前提を拒否する者に対して、
   自己の基本的価値を証拠立てることは出来ない。」
   (「岩波」68㌻)


  「人生が、その深層において理解されている限り、

   かの神々の間の永遠の争いからなっているという
   根本の事実に基づいている。

   比喩的でなく言えば、
   我々の生活の究極のよりどころとなり得べき立場は、

   今日 全て 互いに
   調停しがたく、また、解決しがたく 相争っている ということ、

   従って、
   我々は、当然 これらの立場のいずれかを
   選定すべく余儀なくされている ということ、
   が、それである。

   この様な事情の下にあって、
   学問が、
   誰かの「天職」となる価値があるかどうか、ということ、

   また、
   学問それ自身が、
   何かある客観的に価値ある「職分」をもつかどうか ということ、

   これは、
   一つの価値判断であって、

   この点については、
   教室では何事も発言しえないのである。

   何故なら、
   教えるものの立場にとっては、
   この点を肯定することが、その前提だからである。

   私自身、
   もとより、自分の仕事を通じて、この点を肯定している。」
   (「岩波」64㌻)


  「ひとり、自己の専門に閉じ籠もることによってのみ、
   自分は、後々まで残るような仕事を達成したという、

   恐らく、生涯に二度とは味われぬであろう様な
   深い喜びを感じることが出来る。

   第三者には、凡そ馬鹿げている三昧境に浸る「情熱」を持たない人、

   つまり、
   ある写本のある箇所について
   「これが、何千年も前から 解かれないできた、永遠の問題である」として、
   何事も忘れてその解釈をえることに熱中するといった心情がない人は、

   学者には向いていない。」
   (「岩波」22㌻)


  <第1点についての コメント>

  折原さんが、ウェーバーとは異なる主張をされておられるのは、
  読まれれば自明なこととご理解頂けると思います。

  ウェーバーは、

  いろいろな価値が存在する中で、
  学問自体は、
  それ自体価値的には、中性、中立であり、

  学問に意味をもたせるのは、各人の価値観である
  と、おっしゃっておられます。

  更に、
  学者にとって大切なのは、
  凡そ馬鹿げている三昧境に浸る「情熱」が必要だ
  と、述べておられます。

  即ち、
  意味なんて全く見いだせない馬鹿げた研究に没頭するだけの情熱を持たねば、
  本物の学者にはなれないとおっしゃっておられるのです。

  これは、ある意味当たり前のことではないでしょうか。

  研究の意味がわかっておれば、
  全く未知なものを発見することはあり得ないでしょう。

  また、
  折原さんのおっしゃるように、
  人間にとって意味あることしか研究できないとしたら、
  研究の範囲が非常に狭まることになります。   



  第2点について

  この文章は、
  東大紛争における折原さんのアピールの核心と思われる文章です。

  折原さんは、ここで 2つのこと を 述べておられます。

  一つは、
  学者の知的誠実性について、

  もう一つは、
  学生に学問を教える目的についてです。

  <折原さん の 知的誠実性について の 記述>

  「根拠や理由を明示して、
   正しいことは正しいとし、誤りは誤りとする<知的誠実性>こそが、
   学問研究者に不可欠の要件なのではなかろうか。

   なるほど、東京大学の教官各位は、
   それぞれの専門分野においては、
   そのような<知的誠実性>の達人であられるに違いない。

   しかし、
   それではどうして、その<知的誠実性>を、
   自らの職場である<学問と教育の府>における紛争の解決に、
   貫徹していけないのであろうか。

   かえってこの様な問題に対してどういう態度を取るかが、
   <知的誠実性>という学問的態度が
   どのくらい身についた生活態度になっているか、
   をためす試金石なのではなかろうか。


   この点は、
   教官としての大学人の資格にもかかわってくる。」


  <ウェーバー の 知的誠実性について の 記述>

  「大学では、
   多くは凡庸な人々が幅をきかしている という事実がある。

   教授は、選挙によって選ばれるために、
   教皇選挙やアメリカ大統領の選挙と同じように、

   第1の候補者よりも、
   普通には、むしろ第2ないし第3の候補者が当選することが多い。

   しかし、驚くべきは、
   この様にして選ばれるにもかかわらず、
   いつも適任者が任命されることの方が多いということである。」
   (「岩波」16~17㌻)


  「大学で教鞭をとる者の義務は何かということは、
   学問的には何人にも明示し得ない。

   彼(大学教師)に求め得るものは、
   ただ知的廉直(尾高訳、出口訳では、「知的誠実」)ということだけである。

   即ち、

   一方では、
    事実の確定、

    つまり、
    諸々の文化財の数学的 あるいは 論理的な関係
    及び
    それらの内部構造のいかんに関する事実の確定ということ。

   他方では、
    文化一般 及び ここの文化的内容 の 価値いかんの問題、
    および、
    文化共同社会 や 政治的団体の中では、
    人は、如何に行為すべきかの問題の答えること。


   この二つのことが、
   全然異質的な事柄であるということを、よくわきまえているのが、
   それである。」
   (「岩波」49㌻)


  <折原さんの 学問を学生に教える目的 についての記述>

  「われわれが、
   学問を通して、学生諸君の人間としての自己形成に働きかけるのは、
   いったいなんのためなのだろうか。

   こういう教育理念の問題については、いろいろなお考えがあろうかと思う。

   しかし、少なくとも共通にいえることは、
   学生諸君の一人一人が、
   <知的誠実性>の生活態度を身につけ、
   大学生活や職場の問題にそのような態度で対決してゆくことを
   期待するからではなかろうか。

   さらには、
   学生諸君の一人一人が、
   必要なばあいには「流れに抗して」生きうる自律的市民として、
   日本社会の「無責任の体系」を批判し、改革してゆくことを
   期待してのことではなかろうか。」


  <ウェーバー の学問を学生に教える目的 についての記述>

  「人が、いつも問題にするのは、物事の価値いかんの問題であるが、

   例えば、
   諸君がこうした問題について、実際にこれこれの立場を取ったとする。

   ところで、
   もし、諸君がこの立場を実際上貫徹するためには、
   学問上の経験から、これこれの手段を用いねばならない。

   ところが、
   その手段は、まさに諸君の避けねばならぬと思うものであるかも知れない。

   そうした場合、
   諸君は、目的とそのための不可避的な手段との間の選択を
   行わなければならない。

   目的が、
   この手段を「神聖にする」かしないか。

   教師は、
   この選択の必然性を諸君に教えることは出来るが、

   教師が、扇動家になるつもりがない以上、
   それ以上のことを教えることは出来ない。」
   (「岩波」61~62㌻)


  「学問上の諸問題を、
   頭はあるが未訓練の人々に理解させ、
   かつ、
   これらの問題を自ら考えていくように解説するということは、

   恐らく、
   教育上最も困難な課題であろう。

   こうした解説の技術は、結局、個人的な天賦であって、
   これは、
   何ら、学者としての資質と一致するものではない。」
   (「岩波」20㌻)


  「有能な教師たるものが、その任務の第一とするべきものは、

   その弟子達が、都合の悪い事実、
   例えば、
   自分の党派的意見にとって都合の悪い事実のようなものを
   承認することを教えることである。

   もし、大学で教鞭をとる者が、
   その聴講者達を導いて、
   こういう習慣をつけるようにさせたならば、

   彼の功績は、
   単なる知育上のそれ以上のものとなるであろう。

   私は、
   敢えて、この様な功績を言い表すのに
   「徳育上の功績」という言葉を持ってしよう。

   勿論、それは、
   教師としては、全く当たり前のことであって、

   これほどまでに言うのは、
   恐らく やや誇大にすぎるであろうけれども。」
    (「岩波」53㌻)


  <第2点についての コメント>

  第2点についても、
  折原さんとウェーバーは、全く異なった見解をお持ちだということを
  お認め頂けると思います。

  ① 知的誠実性について

    ウェーバーは、

    大学教師の義務については、学問的には何人にも明示し得ない。
    大学教師に求め得るものは、
    ただ知的廉直(尾高訳、出口訳では、「知的誠実」)ということだけである、
    と、おっしゃってから、

    大学教師における知的誠実とは
    「事実の確定」と「価値いかんの問題」は、
    異質的な事柄であることをよくわきまえることである
    と、されておられます。

    自分の価値観に基づいて、事実はこうであると主張することは
    避けねばならない と、おっしゃっておられるのではないでしょうか。

    折原さんは、
    このウェーバーの主張を全く無視されておられることが気になります。


    ところで、
    折原さんの知的誠実性を求める主張については、
    ちょっと首を傾げざるを得ません。

    折原さんも、折原さんが批判する他の教官も、
    それぞれの専門知識に秀でているからこそ、
    そのポストについておられるのです。

    ということは、
    教官採用の際の採用基準は、
    専門以外は、一般の入社試験と同じ常識的な評価であり、
  

    教官は、
    専門分野以外については、一般の教養人と同じレベルであると
    考えるのが自然ではないでしょうか。

    医学部の教官は、
    医学のそれぞれの専門分野で秀でているのであって、

    処分問題については、
    一般の教養人と同じく素人なのです。

    その素人が、
    したくもないし、なれてもいない交渉の場に
    無理矢理引っ張り出させられて、

    その結果、
    とんでもない処分をしたのであれば、

    彼らに、
    知的誠実性を求めるのではなく、

    素人でも問題なく結論を出せる方策を提案するとか、

    処分問題は、
    素人には任せないで、専門家に処理を依頼する様にすべきだ
    との提案をするとか、

    生じた紛争を、
    どう解決すべきかの視点からアピールすべきだったのでは?
    という気がしています。

    これは、
    大学当局に対しても、同じ事が言えると思います。

    当時の大河内総長は経済学者であって、
    紛争の処理の専門家ではありませんでした。

    知的誠実性は、
    教官が、それぞれの専門分野で研究する際に求められるべきものだし、

    専門分野での議論においては、
    知的誠実性についての 具体的、客観的な議論が可能だと思いますが、

    専門分野以外について知的誠実性を求めたら、

    それは、
    単なる倫理的な要求であり

    お互いに建設的な議論が難しくなるし、
    解決が見込めない泥沼に陥ってしまうことは、
    東大紛争の経緯を見ても、わかることだと思います。


  ② 学生に学問を教育する目的

    折原さんは、学生が、
    折原さんの価値観 に 基づいて、
    折原さんの価値観 に 従って
    行動するようになることを目的として教育すべきだ
    と、主張されておられますが、

    ウェーバーは、
    それに反対されておられます。

    というか、
    大学教師が、絶対にしてはいけないこと
    と、おっしゃっておられます。

    違いは違いとして、ありうることですが、

    「ウェーバーの徒」とおっしゃっておられる折原さんが、
    ウェーバーと異なることを主張される理由について、
    ご説明がされていないことが、

    知的誠実性の観点からも、訝しく思われます。



  第3点について

  ウェーバーの学問論についての折原さんの認識を記述された文章ですが、

  ウェーバーの使っている単語を使われてはおられますが、
  ウェーバーとは異なった使い方をされておられるのでは?
  と、感じられます。


  <折原さんの記述>

  「おのれの生を律する究極の価値理念を明確に自覚した実践主体が、
   そのイデーの実現を阻害する現実と闘うとき、

   はじめて
   本来の<問題>が提起され、
   経験的現実の無窮動のなかから「知るに値する」素材が選択されること、

   その上での個性記述や因果帰属の<客観性>、

   すなわち、
   おのれの熾烈な価値意識によっても曇らされない 認識の<客観性>は、

   実践の<責任倫理性>を成立させるモメントとしてこそ、
   要請されるものであること----これらのことを、
   ウェーバーは明瞭に説いているのだが、・・・」


  <ウェーバーの記述>

  「これまで、私は、
   個人的な立場を人に強いることについて、
   専ら実際上の理由から、これを避けるべきであると論じてきた。

   だが、これを避けなければならぬ理由は、以上に尽きない。

   実際上の立場を「学問的に」主張することが出来ないということは、
   もっと深い理由によるのである。

   というのは、
   今日 世界に存在する様々の価値秩序は、
   互いに解きがたい争いの中にあり、

   それ故に、
   個々の立場を、それぞれ学問上支持することは、
   それ自身、無意味なことだからである。
   (「岩波」53~54㌻)


   諸々の価値秩序の 神々を 支配し、
   神々の争いに、決着をつけるものは、
   運命であって、
   決して「学問」ではない。


   学問が、把握しうることは、

   それぞれの秩序(価値秩序)にとって、
   あるいは、
   それぞれの秩序(価値秩序)において、

   神にあたるものは何であるかということだけである。


   教室で、教師が行う講義も、
   この点を理解させることが出来れば、その任務は終わるのである。

   もとより、
   その講義の中に隠されている 重大な人生の問題は、
   これで片付いたわけではないが、

   この点については、
   大学の教壇以外の所にある 別の力が ものをいうのである。
   (「岩波」55㌻)


  <第3点についての コメント>

  折原さんは、
  自分が信ずる価値観に基づいて、現実と闘うと、
  初めて、本来の問題が提起され、

  「知るに値する」素材が選択されて、
  自分の価値観によっても 曇らされない客観性が、
  実践の責任倫理性を成立させるモメントとして要請されることを、
  ウェーバーは明瞭に説いている

  と、おっしゃっておられますが、


  ウェーバーは、
  幾つもの価値観が並存していて、
  どの価値観を採用すべきかは、学問的に証明することは出来ない。

  学問は、
  その学問が、「知るに値する」ことを前提にしているが、

  その前提を否定する人には、
  何故「知るに値するか」について証明することが出来ない。
  (この記述については、第1点の ウェーバーの記述を 参照下さい。)

  学問の出来るのは、
  いろいろな価値観があって、

  この価値観によれば、こうなるし、
  こちらの価値観によると、こうなるということを述べるだけであり、

  どの価値観を採用するかは、
  各人がどのような価値観を採用するかによるものであり、
  教師が教えることのできないし、教えてはならないことである、

  と、本講演で述べておられような気がします。


  折原さんがおっしゃっておられることは、
  学問論ではなく、学問の方法論ではないでしょうか?


  ある価値観に基づかなければ、
  ある立場 に拠らなければ、

  研究が進められないのは 理解できます。

  ですから、
  そういう方々が、研究する際には、
  折原さんのおっしゃるような過程を辿ることになるのだろう
  と、思いますが、

  それは、
  学問研究の方法論であって、
  学問の本質論ではないような気がします。


  論文で、
  問題提起や仮説の提示をする際には、
  その人の立場、価値観を明確にせねばならないことは理解できますが、

  その立論は、
  唯一絶対に客観的に正しいものではなく、

  幾つもある価値観の一つによるものだということであり、
  別の価値観に基づく立論もあり得ることを、わきまえてなければならない、

  と、ウェーバーは、強調しておられるのだろうと思います。


  立論の客観性とは、

  ある価値観をスタートとすれば、
  この様な論理に従って、
  この様な結論にいたるという 論理展開が、

  学問で認められた前提に従っていれば、
  客観性を持つということになるのだろう と、思います。



  第4点について

  第4点は、
  折原さんの闘争宣言であり、
  安田講堂落城後の授業再開に反対する第1の理由を、述べておられます。


  <折原さんの記述>

  「私も、昨年7月以来
   「国家権力と既成事実を背景として、上から学生の臨もうとする
    (医学部教授会、並びに、それを陰に陽にバック・アップした大学当局の)
   姿勢」を、

   「大学内部の自由な討論を通じて見いだされる学問的真理に基づいて、
    政治を批判するという 大学本来の重要な機能を放棄し、

    逆に、
    政治権力と結合して、内部討論を圧殺した大学の自殺行為」
   として 問題にしてきたので、

   全共闘の諸君と共に、断固、この問題に固執し・・・・・・」

  <ウェーバーの記述>

  「学問的立場から、政策を取り扱っている場合、
   ことに、教室では政策について取り上げるべきではない。

   何故なら、
   実践的政策的な立場設定と、
   政治組織や政党の立場に関する学問的分析とは、

   全く別のことだからである。」
   (「岩波」47㌻、48㌻)


  「もし、また、
   彼(大学教授)が、

   世界や党派的意見の争いに関与することを、
   自分の天職と 考えているならば、

   彼(大学教授)は、
   教室の外に出て、実生活の市場においてそうするがいい。

   つまり、
   新聞紙の上とか、集会の席とか、
   または、
   自分の属する団体の中とか、

   どこでも自分の好きなところでそうすいるがいい。

   だが、
   聴き手が、

   しかも、
   恐らく自分と意見を異にするであろう聴き手が、
   沈黙を余儀なくされているような場所で、

   得意になって、自分の意見を発表するのは、
   余りに勝手すぎるというものであろう。」
   (「岩波」60㌻)


  <第4点についての コメント>

  折原さんは、

  「学問的真理に基づいて、政治を批判する」のが
  「大学本来の重要な機能」だと、

  ウェーバーの教えと正反対のことを記述されておられます。

  勿論、
  ウェーバーの教えが、絶対的に正しいというわけでなく、
  価値観の選択の問題ではありますが、

  「ウェーバーの徒」とおっしゃる折原さんであるなら、
  折原さんが正しく、ウェーバーが間違っている理由を、
  記述されるのが、知的誠実性というものだと思います。

  私には、
  学問と政治とを峻別して、
  大学教師は、大学内では政治的な発言はすべきでない
  との ウェーバーの主張の方が、真っ当であると思えます。


  更に、
  「政治権力と結合して、内部討論を圧殺した」と
  大学当局を非難しておられますが、

  東大の中には、
  ウェーバーが非難するような、政治的な活動をする扇動者が、
  沢山おられますし、

  彼らの政治活動も又、
  大学自治の阻害要因だと思われますが、

  折原さんは、
  その点について沈黙されておられます。

  折原さんが、
  彼らの一派だから沈黙しているのですか?との質問は、
  皮肉にもならないのかな? と、いう気がしています。


  折原さんの闘争宣言には、
  幾つもの疑問がありますが、

  一々述べると過激となって、穏当を欠きますので、
  疑問点を列挙させて頂きます。

  ① 目的を達成して、授業を再開される状況とは、
    どのような状況だと、折原さんがお考えなのでしょうか。

 
    私には、
    折原さんの要求は、人間心理の奥底にある倫理的な悔悛であり、

    他人である折原さんが、
    東大教官全員の心情を、全て客観的に判定できるとは、
    全く不可能なことですので、

    折原さんが求めておられる状況は、「達成不可能」といわざるを得ず、
    達成不可能なこと、出来もしないことを主張されておられる
    と、思われます。

  ② 闘争宣言後の折原さんの消息は、私は存じませんが、

    ウィキペディアを拝見すると、
    その後、折原さんは、
    東大教授になり、めでたく定年を迎えて名誉教授になって、
    他の大学に天下りされておられますので、

    何処かの時点で、授業を再開されたのでしょう。


    現在の東大は、「東大話法」などが紹介されるように、
    授業再開に反対した折原さんが主張は実現していないと思われますが、

    授業を再開されたとしたら、再開された理由は、
    どのような理由だったのでしょうか?

    また、
    東大教授に昇進され、名誉教授の称号を受けられた理由は
    何なのでしょうか?

    私は、
    折原さんのような主張は、絶対にしませんが、
    もし、覚悟して主張し始めたならば、目的を達成するまで止めないでしょう。

    ましてや、
    目的も達成していない状況で 定年を迎えたら、
    名誉称号である名誉教授など、お断りして、
    「はいそれでは、さようなら」といって、
    さっさと おさらばするだろう と、思います。

  ③ 教え子に対する責任は、
    どのように考えておられるのでしょうか?

    まさか、
    刑事裁判で証人として弁護すれば、責任を果たした と、
    お考えになってはおられないだろう と、思います。

    (注)折原さんの刑事裁判での証人としての弁論を聞いたある裁判長が、、
       折原さんを「大人子供」と評したことがありました。

       その時は、「何故だろう?」と、訝しく思いましたが、
       この拙文を書いてみて、
       その裁判長がおっしゃった理由が分かるような気がしています。

       (「大人子供」とは、
        見かけは立派な大人だが、言っていること、精神年齢は子供だ、
        ということを意味していると、感じました。)

  ④ 本書で、
    折原さんが、自ら直接 教えても おられない 高校生 に、
    「ゲバ棒をもって暴れろ」と、檄を飛ばしておられますが、
    (本書10㌻ 本書の意味と背景 一 「著書出版」の意味)

    この文書を読んで、折原さんの教えを勘違いをして、
    将来を台無しにする高校生が出て来たら、

    どのような責任をとられるのでしょうか。
    また、
    親御さんにどのような申し開きをするのでしょうか?

    (注)折原さんの受験体制に対する批判に、全く賛成できませんが、
       本拙文の主旨から外れますので、割愛します。

    

4.折原さんとウェーバの違いが生じた原因 についての私見

  以上、
  折原さんの主張が、
  ウェーバーに 全く反していること を、述べてきましたが、
  この様な違いが生じた根本原因はどこにあるのでしょうか。

  私なりの推測、仮説を述べさせて頂きます。


  お二人の違いの 根本 は、

  ウェーバーは、
  複数の価値観が世の中に存在し、
  それを前提に行動すべきであることを、実践されておられるに対して、

  折原さんは、
  複数の価値観の存在を、頭では理解していても、

  実際の行動となると、
  ご自身の価値観を絶対的に義(ただ)しいものとする、
  キリスト教が2000年来積み重ねてきたヨーロッパ的知的伝統に従って、
  行動されておられるということではないだろうかと、考えています。


  折原さんは、
  ご自身を、マージナルマンと定義されておられますが、

  本当のマージナルマンであるなら、複数の価値観を理解するが故に、
  行動に移すことが、困難になるのではないでしょうか。

  行動するということは、
  複数の価値観の中から、一つの価値観のみを選択して、
  その価値観に身を委ねることになるのです。

  例えば、
  カトリックとプロテスタントの両方の価値観を理解していた エラスムスは、
  対立する両陣営から、応援を依頼を受けたにもかかわらず
  片方に与することをしませんでした。


  従って、
  複数の価値観に基づいて、
  複数の価値観を体現して行動することは不可能であるために、

  マージナルマンが、行動に移った途端に、マージナルマンではなくなり、
  ある価値観に基づいて、
  ある価値観を体現してしか行動することになるのです。

  従って、折原さんも、
  歴史上最大のマージナルマンである皇帝フリードリヒ2世 と同様に
  (1194~1250 享年 56才)

  行動に際しては、
  ご自分が信じる一つの価値観に基づいて行動されておられるのです。

  このこと自体は、
  一般的には、当たり前のことであり、特段 問題視することではありません。


  問題なのは、
  折原さんが、行動する際に、知識として知っていたのではなく
  身にしみて

  ① 一つの価値観に従って、自分の価値観を旗幟鮮明にして
    行動せざるを得ないことは、避けることが出来ない
    と、承知しているか、否か、
    (折原さんは、承知しておられない のでは?)

  ② 世の中には、
    幾つもの価値観が並存していることを 理解していて、

    それ故に、
    自分は、その一つの価値観を選択して行動しているのだ と、
    他人が、別の行動しても、それはそれで、あり得ることだ と
    自覚しているか、否か、なのです。
    (折原さんは、自覚されておられない のでは?)

  ③ 更に、
    自分の価値観を真っ向から否定する価値観も、世の中にはあり得る
    と、いうことを、理解していて

    この様な 自分の価値観を否定する価値観と、
    どうやって折り合いをつけていこう と、考えているのか、なのです。
    (折原さんは、考えておられない のでは?)

  この
  自分とは異なる他の価値観を選択すれば、別の行動もあり得ることを
  身にしみて理解しているかどうかが、

  折原さんとウェーバーとの根本的、本質的な違いであり、、

  折原さんは、ウェーバーの本質を理解されておたれない
  と、言わざるを得ないのでは? と、思われる所以なのです。


  ヨーロッパ人の 唯我独尊、上から目線で、
  自分の考えが絶対的に義(ただ)しく、これに反するものは、虫けらに等しい
  との態度は、

  マキァヴェッリとウェーバーを除いては、
  歴史上の全てのヨーロッパ人に当てはまるのでは、と考えていますので、

  折原さんは、
  日本人には、理解しづらい キリスト教的伝統に基づくヨーロッパ思想を、
  大変正確に理解し、身につけておられて、
  普通の欧米人 学識者 と 同じレベルに達しておられると思います。

  ただ、普通の欧米人学識者のレベル自体が、
  独りよがりで 唯我独尊 であることを、気がつかないレベルであり、

  それに気がついていた ウェーバーは、
  通常人のレベルを遙かに超えた例外的な天才である
  と、言うべき存在なのだろうと思います。


  東大紛争のおいて、
  折原さんご自身も、
  周りの先生方、学生達も、

  価値論についての 一番大事な点、極めて常識的な当たり前の点を、
  誰も指摘をせず、表だった議論が存在すらしなかったことが、
  東大紛争を泥沼化させた、一番の原因だろうと思いますし、

  はっきり言って、
  東大も、たいした大学ではなかったのだな、
  東大教授なんて、所詮 学校教師の集まり だったのだな
  と、言わざるを得ません。

  でも、
  多分、他のヨーロッパやアメリカの大学も大同小異でしょうから、
  そんなに落胆せねばならないことでは無いとは思いますが・・・・・・


  但し、
  折原さんご自身に対しては、

  「ウェーバーの徒」を看板に、ウェーバーの知識を生活の糧としている
  「ウェーバー講釈師」ですね と、投げかけざるを得ないな
  と、感じています。

  (注)マージナルマンとは、
    複数の価値観の境界に存在して、
    その複数の価値観を理解している人をいいます。

  (注)ヨーロッパの知的伝統であるキリスト教の論理については、
     次の3つのブログを、ご覧頂ければ幸いです。

     1.「ヨーロッパ人、アメリカ人の行動原理(仮説)」
     2.「キリスト教の本質についての 幾つかの謎解き」
     3.「キリスト教が、ヨーロッパに 通奏低音としてもたらしたもの」

  「ヨーロッパ人、アメリカ人の行動原理(仮説)」
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-8f11.html
  「キリスト教の本質についての 幾つかの謎解き」
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-4431.html
  「キリスト教が、ヨーロッパに 通奏低音としてもたらしたもの」
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-6c54.html


5.医学部闘争について

  全共闘や医学部闘争について、お話しするには
  本拙文が長くなりすぎましたので、ポイントだけ、お話しさせて頂きます。

  ① 全共闘は、
    全体としてみたら、子供じみた「革命ごっこ」だったと思います。

    敢えて刺激的な「革命ごっこ」の言葉を使用したのは、
    革命を起こすには、余りにも子供じみて、お話にならなかったからです。

    許せないのは、
    他の大学の学生を引き入れたことと、
    東大の正門に毛沢東の肖像を掲げたことです。

    大学の自治、知的誠実などと、主張しながら、
    自らは、これに反する暴力行為、犯罪行為を平気で行って、
    恥じることがなかった点は、未だに不可思議で、理解が出来ません。

    (注)「全体として」と、申し上げたのは、
      個人個人のレベルでは、
      純粋に考え、誠実に行動した人が、多数おられたことを
      知っているからです。

      全共闘の指導者は、その人々の純粋な熱情を裏切って、、
      人間として許すべからざる行為 を したのです。

  ② 医学部のインターン・登録医反対闘争も、
    大学内の行為としては、不適切であり、
    してはいけないことをされたのだと思います。

    医師免許を取得したにもかかわらず、
    インターンとして、ただ働きを強制されることは、理不尽であり、
    是正すべき問題であることは、その通りだと思います。

    でも、
    医学部は、学生に医学教育をするところであり、
    東大病院は、患者さんの治療を行う場所なのです。

    それに従事している先生方に対して、
    インターンは、不当であると抗議しても、

    要求された教官は、変更する権限は持っていないのです。

    抗議は、制度変更の権限を持っている
    厚生省や国会に対して行うべきものであり、

    身近の先生方に対して、鬱憤をぶつけても、
    何の解決にもならないのではないでしょうか。

    敢えて言うと
    幼児が、かんしゃく を 起こして 駄々をこねているのと
    同じではないでしょうか。


    問題となった処分についても、
    その場にいなかった人物を処分したことは、論外ですが、

    集団で、アポイントもナシに、仕事の最中に交渉に応じろと
    押しかけるのは、非常識極まる行為であったといわざるを得ません。

    また、その場におられなかったのに処分された方は、
    他の大学にオルグに行っていたとのことですので、

    これは、
    他の大学の自治に対する侵害であり、
    あってはならないことではないでしょうか。


    自分たちの主張を通すためには、何をやっても良い、との
    一般社会から隔絶した論理の不当性が、
    東大紛争中に、何故議論されなかったのか、

    折原さんが、
    大学当局に対して知的誠実を要求して、あれだけ責め立てただけに、

    人間として、恥ずかしくないのですか?と、
    大いに疑問を感じる次第です。

    折原さんは、
    「医学部闘争が、「話し合い」では、解決できないという
     言語表現の限界性の自覚から出発しており、

     東大闘争の一つの意味も、
     言語表現の限界を明らかにした点である」と、

    折原さんを追求する集会において、
    全共闘の皆さんがこもごも主張したと書いておられます。
    (本書179㌻ 「追求集会」における 対話の創造を求めて 
     一 非言語的行為による特権的自己の否定)

    だとすると、闘争の指導者は、
    医学部闘争の最初から、
    医学部や東大病院の先生方と、建設的な話し合いをしようと考えておらず、
    騒ぎを起こすために騒いでいたということを、
    自供しているということではないでしょうか。

    東大の医学部は、「白い巨塔」と言われて、
    封建的であると批判をされる部分が大きくあることは承知していますが、

    紛争や喧嘩の素人の先生方が、
    虎視眈々と喧嘩をふっかけようとするストーカーまがいの連中の
    餌食になったのだな、との同情や感慨も、浮かばないわけではありません。



6.東大紛争をもたらした時代背景・・・結びに代えて・・・


  私の東大紛争に対する見解をご紹介するためと言いながら、
  折原さんには、失礼を顧みずに、批判させて頂きましたし、

  一言ですが、
  全共闘や医学部闘争に対して、お怒りを買うような文章を書かせて頂きました。

  議論の場とは言え、失礼の段、深謝させて頂きます。


  最後に、結びに代えて
  東大紛争が生じた背景には、大きな歴史的な時代背景があったのでは、
  との私の仮説をご紹介させて頂きます。

  ヨーロッパ史を大きく見ると、

  13世紀に、
  フランスのカペー朝が力強い歩みを始めて、

  アンジュー家(プランタジネット朝)を、イングランドに駆逐し、
  ブルゴーニュ公国との内紛を終結させて、
  15世紀の終わりに国民国家の歴史を開始しました。

  イングランドにおいても、
  フランスから駆逐されたアンジュー家が、

  バラ戦争を終結させて、
  フランスと同時期に、国民国家を同じように開始しています。

  (注)国民国家は、
     1494年イタリア戦争の開始をもって開始したと考えています。

  19世紀後半には、
  ドイツ、イタリア、日本が、国民国家を形成し、

  19世紀の最後に、フロンティアを解消させたアメリカ、
  第一次大戦後にソ連が国民国家を確立しました。

  これらの国民国家は、
  世界中を植民地として、帝国主義の覇権争いを行い、

  準々決勝として、第一次大戦、
  準決勝 として、第二次大戦、
  決勝戦 として、冷戦という名の第三次大戦を繰り広げたのです。

  その結果、
  1989年に、アメリカがソ連に勝利し、ソ連が崩壊したのと同時に、

  歴史が、
  500年来の国民国家の時代から大転換して、
  地域共同体から世界連邦への、新たな数百年の歴史を歩み始めたのです。


  東大紛争が生じた、1968年は、
  500年単位の歴史の大転換が生じる 20年前の時期で、

  夜明けの前が一番暗い のと同様に、
  時代の閉塞感が最も強く感じられた時期でもあり、
  価値観の混迷が極まった時期でもありました。

  私自身、学生の時、
  価値の問題と共に、
  「時代が、いずこからいずこへ向かっているのだろう」と、
  悩みに悩んだ経験をしました。

  なんやかんや言っても、
  東大は、
  やはり 優秀な人々が集まっていて、
  時代への感度が皆さん鋭かったのだろうともいます。
  

  それ故に、
  皆さんが感じていた 時代の閉塞感への 何とも言えないイライラが、
  医学部や文学部の処分をきっかけに、噴出したのだろうと感じられます。

  同じ時期に、
  パリでも、学生が 騒いでいますし、
  プラハの春が、あった年でもありました。

  ですから、
  東大紛争を、今から振り返ると、
  大きな時代の流れの中で生じた 歴史の一つの泡 だったのだな
  と、しみじみ感じられます。



  以上述べたことについては、
  ホームページに、拙文を掲載していますので、お読み頂ければ幸いです。

  「歴史における現在 *** 国民国家 から 世界連邦へ ***」
   http://chuuseishi.la.coocan.jp/000801.htm

  「ブッシュ の イラク戦争( 「歴史における現在」 再論 )」
   http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm


長文を、最後までお読み頂き、有難うございました。

蛇足ではございますが、
ウェーバーの「職業としての学問」の要約、抜き書きを
ご参考としてご紹介させて頂きます。



< 参 考 > マックス・ウェーバー 「職業としての学問」の要約、抜き書き
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-26c8.html

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2014年12月12日 (金)

2014年7月 の フランスの地域圏の再編

JALさんの広報誌「AGORA」11月号に、

浅野素女さんが「地方のアイデンティティー」と題する
フランス地域圏の再編のニュースを紹介されておられました。


ティエス著「国民アイデンティティの創造」をご紹介した前回のブログで、
フランスの略史を述べましたが、

関連する 大変興味深いニュースですので、
簡単にご紹介させていただきます。



< 浅野素女さんの「地方のアイデンティティー」 抜き書き >

  出所 AGORA 2014年11月号 13㌻


1.この(2014年)7月、
  フランスの22の地方を、13に減らす法案 が、議会を通過した。

  フランスは、
  最小単位のコミューンが、33,500以上あり、

  その上に、96の県、
  更に、   22の地域圏に 区分される。

  今回は、
  地方行政の簡約化の為に、
  22の地域圏 を、13の地域圏 に、再編することになった。


2.22の地域圏 は、
  それぞれが歴史上、地形上の強力なアイデンティティーを持っているので、

  それを、
  政府主導で半分にすることは、そう簡単なことではなく、
  なんとか13に漕ぎ着けたのだが、不満はまだあちこちにくすぶっている。


3.浅野さんは、

  特に、
  アルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ=アルデンヌ が、
  一つの地域圏になることに、注目されておられます。


  アルザスとロレーヌは、

  ドイツ(神聖ローマ帝国)に属していたとの歴史的な共通項があるので、
  頷けるが、

  それに、
  シャンパーニュ=アルデンヌ が一緒になるとは、・・・・

  と、記述されておられます。


  注;(神聖ローマ帝国)は、かんりにん が、補足しました。


4.次に、
  地域圏の首府が、どの都市になるかについて、注目されておられます。


  ① アルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ=アルデンヌ

    アルザスのストラスブールは、
    欧州議会があって、ヨーロッパの首都と標榜しているけど、

    東端に位置する為に、
    西(ロレーヌ)のメッスに首府が奪われるかも知れない。


  ② 南フランスでは、トゥールーズとモンペリエが、
  ③ ノルマンディーでは、カーン、ルーアン、ル・アーヴルが、

    熾烈な争いが繰り広げられそうだ、と、記述されておられます。


5.更に、
  地域圏の名称がどうするのかも大問題である と、指摘されておられます。


6.最後に、
  地域圏の下部に位置する「県」が、
  現在所属している地域圏に所属するのが不満なら、

  来年(2015年)の地方選挙後に、別の地域圏に移籍も可能だそうで、


  ① ナント市が所属する ロワール=アトランティック県は、
    この機会に、ブルターニュに属したい意向であり、

  ② イール=ド=フランスの東北に位置する エーヌ県 は、

    ノールと合併されるはずの ピカルディから抜け出して、
    東隣の シャンパーニュ=アルデンヌ に 移りたい と、
    意向表明していて、

    あちこちで住民投票が準備されている と、記述されておられます。


以上、
浅野素女さんの貴重なニュースをご紹介しましたが、

私が印象に残ったのは、
1.アルザス、ロレーヌとシャンパーニュ=アルデンヌの合体
2.ナントのブルターニュへの復帰
3.ノルマンディーの首都争い   です。



1.アルザス、ロレーヌ と、シャンパーニュ=アルデンヌの合体


  アルザスは、

  中世において、神聖ローマ皇帝だったシュタウフェン朝の首府があった
  中世ドイツの心臓部とも言うべき地方なのです。

  フランスは、
  中世末期からちょっかいを出し始め、
  17世紀、30年戦争後に 軍事占領しました。

  それを、
  ビスマルクが、ドイツに取り返し、

  第一次大戦後、
  又、フランスが、取り戻したのです。

  ストラスブールに、
  プチフランスと称する地区がありますが、

  これは、
  ストラスブール、即ち、アルザスが、
  元々フランスではなかったから(こそ)、名付けられたのだろう
  と、思います。


  ロレーヌは、

  カロリング朝の故地であり、
  中世の始めから、フランスとドイツが、1,000年間争った地方ですが、

  中世では、
  神聖ローマ帝国が、領土権、支配権を維持してきました。


  フランスは、
  中世末期より介入を開始し、

  その後、
  本籍 神聖ローマ帝国、現住所 フランス という感じが続きましたが、

  正式に、フランスの領土となったのは、フランス革命の少し前です。


  この様に、
  アルザスとロレーヌは、

  神聖ローマ帝国の領土であったものを、
  フランスが占領した地方であり、

  シャンパーニュ=アルデンヌは、
  パリのあるイール=ド=フランスの東隣に位置する
  フランスにとって譜代とも言うべき地方なのです。


  ですから、
  この合体は、まさにフランスとドイツの合体であり、

  浅野さんが、
  本当に上手くゆくのかしら と、感じられのに、全く同感します。



  フランス と ドイツ(神聖ローマ帝国) との合体の観点からは、

  ソーヌ川両岸の ブルゴーニュ と フランシュ・コンテ
  リヨンと旧サヴォア領

  の合体も、興味があり、
  今後の推移を見ていきたいと思っています。

  また、
  リヨンは、フランス中央部のオーヴェルニュとも一緒になりますが、
  これも、今後の私の注目点の一つです。  



2.ナントのブルターニュへの復帰


  ナントは、
  中世の始めからブルターニュの首都でした。

  ブルターニュが、
  16世紀に、フランスに併合、植民地化され、

  ナントは、
  現在では、ブルターニュから切り離されていますが、

  ナントやブルターニュの皆さんのアイデンティティーは、

  500年間変わらず維持されてきたのだな、
  ここに至って、表面化したのだな、

  と、感慨深いものを感じます。


  数年前、
  ブルターニュを旅行したときに、

  ブルターニュの鉄道網は、
  パリ→レンヌ→ブルターニュ各地 と、張り巡らされていて、

  レンヌ と ナント、
  ブルターニュ南部の主要都市 ヴァンヌ と ナントの間は、

  支線扱いで、非常に使用の便が悪いと実感しました。


  ナントから、ヴァンヌやカンペールへの鉄道が、
  また、ナントとレンヌを結ぶ鉄道が、
  幹線となるのが自然だろう と、思います。

  この様に、
  本来、幹線になるべきものが、支線扱いにされているのは、

  フランス政府が、
  ナントを、ブルターニュから切り離すためにしたことなのでしょう。


  フランス革命の時に、
  ブルターニュが反乱した と、歴史書に記述されていますが、

  普通の日本人だったら、
  ブルターニュの外のナントでの反乱が、何故ブルターニュの反乱なのか?
  何故、ナントのロワール川に、反乱者の死体が浮かんだのか?
  と、訝しく感じられると思います。

  この様な疑問が生じるのも、
  フランス政府 の ナントとブルターニュを切り離そうとした政策 が、
  もたらしたものなのです。


3.ノルマンディーの首都争い

  浅野さんが、
  カーンも、ノルマンディの首府を競っている と、書かれておられますが、

  「カーンは、初耳だ」 と、感じられる方も、多いのではないでしょうか。


  私が、カーンを知ったのは、

  子供の時、
  第2次大戦の時の連合軍のノルマンディ上陸作戦を描いた
  「史上最大の作戦」という映画を見たときに、カーンが出て来て、

  「そんな町があるのだな」と、印象に残ったからです。


  カーンは、
  1066年イングランドを征服した
  ノルマンディー公ウィリアム征服公の本拠地であり、
  ノルマンディーの古都なのです。


  そのカーンが、
  ルーアンとノルマンディーの首都を競うということは、

  単なるノルマンディーというコップの中のヘゲモニー争いかも知れませんが、

  私には、
  中世の始めから連綿とつながった
  ノルマンディーの人々のアイデンティティーが、

  ここに来て表面化したのでは? と、感じられます。



以上、
浅野さんのニュースで感じたことをお話しさせていただきましたが、

このニュースからも、

国民国家は、人工物で、
「たが」が外れると、ばらばらになってしまう可能性を秘めたものだな
ということを、改めて、確認させられたな と、感じられます。

また、
日本でも同様ですが、

歴史により育まれた地域のアイデンティティは、
普段は、奥深く沈潜していて 表面に現れず、気がつきにくいものだけれども、

何かの拍子に必要が生じると 表に出て来て、
政治や経済をも動かす 強力な力を秘めているな とも、痛感しています。


前にも書きましたが、
今後のEUの推移を見るときに、

加盟各国とEUとの関係に付け加えて、
各国の中の地域が、どのようにEUと結びつきを持とうとしているのか
についても、

歴史を動かす原動力の一つのファクターとして、
注目していかねばならないと思います。

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2014年12月 6日 (土)

アンヌ=マリ・ティエス著「国民アイデンティティの創造」

国民国家は、人工的な構造物であり、
国家が国民と定義した人が、その国の国民となる
と、考えてきましたので、

その国民国家が、
どのように形成されたのかを論じた著作だと思い
読んでみました。

本書は、
大西洋からロシアまでの全ヨーロッパを対象に、
国民国家のイデオロギーの形成史、

あけすけに言うと、
どのように歴史が 改ざんされ、ねつ造されたかについて、
分かり易く記述されております。

ヨーロッパとは?  とか、
歴史とは?   について,
興味をお持ちの方には、最適な著作だとお勧めします。


ここでは、
本書の簡単なご紹介と、若干の感想 を、
お話しさせて頂きます。



1.本書の概略のご紹介

  国民国家のアイデンティティを
  作りだそうという動き は、

  18世紀から活動が始まり、
  19世紀に最盛期を迎えた と、

  著者は、記述されておられます。

  即ち、
  国民国家、及び
  国民国家に求心力をもたらした
  国民国家のアイデンティティ は、

  歴史的に自然発生したものではなく、
  人工的に創り出されたものだ

  と、記述されておられます。


  要するに、

  人工物故に、
  放置すれば、分解してばらばらになる
  国民国家の「たが」をはめる為に

  国民国家のアイデンティティが作り出された
  ということであろうと思います。


  国民国家のアイデンティティは、

  最初、

  その国の建国神話みたいな話を
  探すことから始まりました。

  探してもない場合は、
  お話しを作りだし、ねつ造したそうです。


  不思議なことに、
  その後の歴史は語られずに、
  近代に飛んできて、

  アイデンティティを作り出すために、

  言語を始めとして、
  その国らしさを象徴するものを
  見つけ出したり、ねつ造したりして、

  国民に、周知徹底して
  求心力を作りだしたそうです。


  古い古い昔から、
  中世を飛び越して近世に飛んでくるのは、

  ギリシア・ローマから
  中世を飛び越して、近世を語るヨーロッパ人にとって、

  違和感なく受け入れられる説明なのでしょうが、

  ヨーロッパを遠くから眺めている人間にとっては、

  また、
  おかしなことを言っているなと感じられます。


  最初にお話ししたように、

  著者は、
  全ヨーロッパの地域において、

  それぞれどのようにアイデンティティが
  形成されてきたかを、

  地域毎に詳しく記述されておられますので、

  是非とも一度お読み頂ければ
  と、願っています。



  本書の最後に、

  国民国家は、
  アイデンティティを形成して、

  国民の国家への求心力を
  確固たるものにしているが、


  最近形成されたEUは、
  アイデンティティが形成されていないので、

  どのようなアイデンティティを作り上げていくか
  が、課題であろう との趣旨 を 記述されて、

  本書を 終えられておられます。




2.本書に対する若干の感想

  ① 国民国家のアイデンティティは、
    精々18世紀から ねつ造をされはじめたものだ
    と、おっしゃりながら、

    何故,著者が、
    そのねつ造を支持されておられるのか
    が、私には理解できませんが、

    フランス人である著者が、
    本書のような本 を 書かれた動機 を 推測しつつ、

    フランスの歴史を概観したら、
    私の疑問が自ずから解けたな
    と、感じています。


    フランスは、

    クローヴィス以来の歴史が、
    連綿と 現在まで続いている という点で、
 
    ヨーロッパ諸国の中で、
    一番古い歴史を誇っている国です。

    注 例えば、現在までの続く歴史が始まるのは、

       イングランドは、
       1066年以来であり、

       ドイツは、
       シャルルマーニュが征服して以来 です。
 


    そのフランスが、

    国民国家のアイデンティティを
    意識せざるを得ない のは、

    パリのフランス王朝が、
    現在のフランス各地方 を 侵略併合して
    支配してきた歴史 が あるからです。


    最初は、

    アンジュー家(プランタジネット朝)と争って、
    イングランドに追い出して、
    フランスの西半分を確保しようとしました。

    この争いは、
    百年戦争が終了するまで、数世紀継続しました。 


    次に、

    トゥールーズなどの南フランスを併合し、

    同時に、
    ルイ9世の弟シャルル・ダンジューが、
    プロヴァンス を 入手して フランスにもたらしました。


    その後、
    ローヌ川の東側の地域を
    神聖ローマ帝国から奪取し、

    中世末期には、
    ブルターニュを入手しています。


    また、
    フランドル伯の領土の南部分 を
    手に入れると共に、

    中世ではシュタウフェン朝の所在地だった
    アルザスを、
    30年戦争の後に軍事占領し、

    シャンパーニュの東側のロレーヌ地方を、
    18世紀後半に、最終的に入手しています。


    その他、
    スペイン国境のルションとか
    地中海のコルシカ島なども、

    自分の領土として入手しているのです。


    この様に、
    他人の領土を、どんどん占領して、
    支配 を 拡大するにつれ、

    占領された人々を、フランスに統合し、
    フランスに対する忠誠心を醸成する為に、

    アイデンティティの「たが」をはめることに、
    歴代フランス政府は、
    腐心したのだろうと思います。


    フランスにとって、

    占領した地域の
    フランスに対するアイデンティティ を、

    確固たるものにすることは、
    国の統合の為に 不可欠なことであり、

    それ故に,

    フランス以外のヨーロッパ諸国が、
    どのようにアイデンティティを 形成してきたかを、
    調べることは、

    フランス人にとって
    有意義な研究対象だったのでしょう。


    ですから、

    フランスへのアイデンティティ を
    フランス国民に形成させる為に働く との意識が、
    フランスの歴史家の念頭から 離れず、

    彼らの国家的使命の一つに
    なっているのだろう と、感じられます。


    本書のティエスさんも、
    その様な潜在意識からから、
    本書を 執筆しようとされたのではな いだろうか?

    と、推測しています。


    本書を読んで、

    今まで読んだ
    ガクソット、ペルヌー、ブローデルのような
    フランス人歴史家が、

    ことフランスに関することとなると、

    全く公平性を欠いた、
    フランスにとって都合の良い主張をして、

    イングランドやドイツに対して、
    不当と 思われる非難 を されるのを、

    訝しく感じてきましたが、


    フランス人歴史家の最大の使命は、

    フランスを正当化することであり、
    フランス人に
    祖国へのアイデンティティ を 確固たるものにすること
    である と、考えると、

    納得できたような 気がしています。



  ② ティエスさんが、

    国民国家が確立しているアイデンティティが、
    EUにはない

    と、主張されておられることに、
    疑問を感じています。


    先ず、

    国民国家のアイデンティティは、
    ねつ造したものであり、ウソなのです。

    だとしたら、

    ウソがばれたら、
    アイデンティティは存続できず、
    瓦解するのではないでしょうか。


    私は、

    EUが深化していくにつれて、
    各地域が、直接EUにつながろうと動いて

    国民国家の「たが」が、
    徐々に外れて行くであろうと考え、

    ホームページに、その旨を記述してきました。

     「ブッシュ の イラク戦争( 「歴史における現在」 再論 )」
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/030830.htm

 

    ベルギーが連邦化したとか、
    スコットランドが独立投票をする

    とのニュースに接すると、

    早くも、
    私の予想通りに歴史が動いき始めているな
    と、感じられます。


    国民国家は、

    歴史に基づかない 人工物である故に、

    国民国家の「たが」が、外れれば、
    胡散霧消する可能性 を 秘めているのです。


    ベルギーやスコットランド以外でも、

    例えば、

    チェコとスロヴァキア が、
    早々に分離したり、

    ユーゴスラビアが四散分裂したことが、
    その現れだと思います。


    フランスも、

    フランス革命の時に
    ブルターニュ が 反乱をしています。

    この様に、

    国民国家の本質は、
    「もろいもの」「壊れやすいもの」であることを
    認識すべきだと思います。


    これに反して、EUは、どうでしょうか。

    私には、
    EUそれ自体に
    アイデンティティ が、備わっている存在のように
    感じられます。

    以前、ホームページに書きましたように、

    ヨーロッパ史は、
    EUを舞台に、繰り広げた、地域の歴史なのです。

     「ヨーロッパ史の基礎視座」
     http://chuuseishi.la.coocan.jp/030516.htm


    従って、

    ヨーロッパ=EUは、ヨーロッパ人にとって、
    共通の「ふるさと」「故郷」ともいうべきもの であり、

    ヨーロッパ人は、本来的に
    自分たちの歴史を育んできた
    ヨーロッパ=EUへの帰属意識 を 持っていて、

    現在は、

    人工的な国民国家の「たが」がありますから、
    表面上現れていないだけでは
    と、感じられます。


    ですから、

    歴史が歩みが進んで、
    EUが、深化していくにつれて、

    ヨーロッパのに人々の意識が、
    国民国家から離れて、
    直接 EUに つながるようになって、

    現在水面下にあって隠れている
    EUに対するアイデンティティが、

    自ずから
    表面に現れてくるのだろう と 想像しています。


    即ち、

    EUへのアイデンティティは、
    歴史上育まれてきたものであり、

    国民国家のアイデンティティみたいに、

    ウソで塗り固められ、
    ねつ造されたものではありませんので、

    一旦確立すれば、
    強固なものになるだろう と、思われます。



  ③ 私は、
    歴史におけるウソは、

    歴史が進むうちに暴かれて、
    真実が自ずから歴史に現れてくる

    と、確信していました。


    本書を読んで、

    従来からの私の考えは、間違っていて、

    ウソが、
    そのまま 歴史の真実 になってしまうことが
    あり得るので、

    ウソが、ウソと 分かっている間に、
    そのウソを、暴いて 修正しておかなければ、

    将来に 大変な禍根 を 残すことになるな
    と、痛感しました。


    現在、日本は、

    中国から、南京大虐殺、
    韓国から、慰安婦問題 で、

    世界中にウソをばらまかれて、貶められ、
 
    日本が、
    世界から非難を浴びている状況ですが、

    中国や韓国のウソを、
    早いうちに 世界中に ウソだと認識させることが、

    日本にとって、
    何よりも大切なことだと思います。


    日本を貶める為に、
    中国や朝鮮とタイアップして活動してきた、
    左翼政党や朝日新聞などのマスコミは、

    まさに、
    中国や韓国 の 工作員であり、
    売国奴 というべき存在で、

    社会的に抹殺するぐらいの
    非難を浴びせる必要がある
    と、思いますが、

    それと同時に、

    現在の状況になるまで放置してきた
    外務省や自民党政府も、

    厳しく咎められるべきだろう
    と、思います。


    本書を読んで、
    ウソが、歴史になる と 痛感したのは、

    例えば、

    スコットランドのキルト は、
    (男性用のスカート)

    スコットランドの伝統だ
    と、なっていますが、

    実際は、

    18世紀に ランカシャの製鉄経営者が、

    ハイランドの森の木炭の製造する為に
    集めた労働者の普段着が、
    作業に適していなかった為に、

    軍の仕立屋に依頼して、
    作業に適した服 を 手軽に調えたのが

    キルト誕生の経緯だ とのことです。


    当時の スコットランドの人々 は、

    ズボンやもんぺのような、
    裁ち縫いした服 を 買うことが出来ず、

    長肩掛けを
    ベルトで止めただけのもの を
    着ていたそうです。

    キルトは、
    布を 体にマクだけで 出来ますので、

    安価で、手軽に支給できるから
    作られたのでしょう。

    出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」202㌻)


    また、

    タータンは、
    昔から 様々な意匠 があり、
    氏族の記章 と なってきた

    ということに、なっていますが、


    とある大手タータン製造業者が、

    氏族による違い という発想
    に、関心を持って、

    市場を 振興する為に うってつけ
    と、見て

    ハイランド協会 と 協定を結んで
    「基本図柄集」 を 刊行したのが 経緯 だ

    と、いうことです。

    出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」203㌻


    この様に、

    歴史上になかったものを、

    ねつ造により、
    歴史上に あったことにすること

    即ち、

    ウソが、
    歴史的事実になること が
    あり得るのです。


    先ほど述べたように、

    外務省や自民党政府の当局者は、
    猛省して、

    早急に、リカバリーの対応をされること を
    願っています。




3.「諸国民のヨーロッパ」の抜き書き


  本書は、最初に、

  「諸国民のヨーロッパ」と題して、
  本書の結論 を 要約して 論じています。


  ご参考までに、

  本書の総論部分である
  「諸国民のヨーロッパ」のパートを抜き書きして、

  著者のティエスさんの結論を ご紹介させて頂きます。



  < 「諸国民のヨーロッパ」 の抜き書き >


  近代の国民は、

  公式の歴史が語っているのとは異なるやり方で
  建設された。

  ナショナル・ヒストリー が、
  冒頭の何章かに描きだす、

  あの おぼろに霞んだ 英雄時代にまで
  国民の起源 が 遡り、

  そこで、
  太古の闇に包まれる と いうわけではない のである。


  本当の意味で
  国民 が、誕生するのは、

  ほんの一握りの人間が、
  「国民は存在する」 と、宣言し、

  それを証明しよう と、
  行動 を 起こした瞬間 なのである。


  その最初の例は、
  18世紀より前 ではない。

  近代的な、
  即ち、
  政治的な意味での国民は、

  それ以前には 存在しなかった。


  実際、

  この観念は、
  ある種のイデオロギー革命 に 根ざしている。


  国民とは、

  幾つもの絆で結ばれる、
  大きな共同体として
  構想されたもの であり、

  ・・・・ (以下略) 

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 2㌻



  アイデンティティが、形成されるプロセス とは、


  要するに、

  それぞれの国民の遺産 とは 何か
  を、決定し、

  その遺産の崇拝 を、
  広めることだった。

  ・・・・

  諸国民からなる
  新世界 を 出現させよう
  というのであれば、

  諸国民の遺産の目録 を
  作成するだけでは 足りない。


  むしろ、

  遺産 を 発明すること が、
  求められていたのである。


  しかし、
  一体どうやって?

  輝かしい過去 の 生きた証言 であり、
  国民の一体性 の 優れた表象
  と、成り得るようなもの と、いわれても、

  一体 何を、見つけ出せば良いのだろう?


  それは、

  並外れた 大きな課題 であり、

  長い時間をかけて、
  共同作業により 成し遂げられた
  のである。


  18世紀 の ヨーロッパ で、
  広大な実験的作業場 が 誕生し、

  ・・・・

  作業場の生産性 が、最も高まったのは、
  次なる 19世紀 である。

  国民の壁 を 越える活動であること が、
  その特徴だった。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 5㌻



  一つの祈願 と、
  一つの創意工夫 から、

  国民 は、誕生する。


  しかし、

  この虚構の物語 に
  集団 が、ついてこなければ、

  国民は、
  生き続けることは出来ない。


  挫折した試みは、数えきれぬほどある。


  成功は、

  改宗の勧誘 を、
  たゆまず やること で もたらされた。


  先ず、
  人々に、

  彼らが何物であるか
  を、教え、

  これに即して
  生きなければならない
  と、説得し、

  更には、

  集団の知恵 を
  彼ら自身 が 広めるように
  仕向けるのである。


  国民感情 が、
  自然に湧いてくる為には、

  それが、
  完全に 自分のものに
  なっていなければ ならない。

  それは、
  予め 教え込まれるべきもの なのだ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 6㌻



  国民 が 形成されるプロセス は、
  経済的・社会的な近代性 と
  結びついている。


  国民は、

  生産様式の変革、
  市場の拡大、
  商業取引の活性化

  に伴って 形成されてゆく。


  新たな社会集団 が 登場するのと
  時を 同じくして、

  国民 は、形成されるのだ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 7㌻~8㌻



  それは それとして、

  国民という 概念自体 は、

  一見したところ、
  あらゆる近代性への配慮 に
  ア・プリオリ に 逆行するようにも 思われる。


  何故なら、

  国民の原則 は、

  非時間的な共同体 を
  優位に 置くこと で 成り立っており、


  この共同体は、

  先祖の遺産を守る
  という一点から

  全ての正統性 を 引き出しているからだ。


  しかし、一方では、
  国民という概念 が、

  まさに、

  偶発性を免れた 絶対的な「保守主義」に
  根ざしているからこそ、

  経済・社会的な関係 の
  大変動にも耐えられる 傑出した政治的カテゴリー だ
  ということにも なるのである。


  全ては 変わりうる、

  但し、
  国民だけは、別なのだ。

  国民 を 持ち出せば、
  安心して 保証すること が 出来るだろう、

  世の中が、如何に激しく変化しようとも、
  途切れることなく 続くものがある
  ということを。


  西欧社会では、

  伝統の崇拝や、
  先祖の文化遺産 を
  顕揚する行為が、

  適切なバランス効果をもたらし、

  お陰で
  根底からの社会的転換 を 遂げながら、

  無秩序への転落 を
  避けること が 出来た。


  国民は、

  非宗教的な 同胞愛 を
  打ち建てるのであり、

  その結果、

  同一にして 不可分 の 遺贈品 を
  相続する者たちの間に、

  原理原則としての連帯感
  が、成立し、

  そこに、

  集団的な利害というものが
  存在すること が、明示される。


  国民とは、

  一つの理想にして、
  保護的な性格を持つ 審級であり、

  性別、収容、社会的地位など、
  他のアイデンティティ に 由来する連帯感 に
  優越する と、見なされる。


  国民への帰属
  という点のみから、

  個人 を 定義する
  原理主義的なナショナリズムの場合、

  他の根拠の基づく
  グループ、党派、組合などは、

  非正統的だ
  と、宣告することがある。


  こうした集団 は、

  非国民だ
  と、攻撃し、

  その責任者達 を
  告発して、

  彼らは、

  国民共同体 の 外部の人間 だ、

  それこそ、
  共同体 を 危険にさらしかねない

  と、批判するのである。


  しかし、

  こうした排他的なナショナリズム
  は、別として、

  一般的に言えば、
  政治や イデオロギーに基づく人間集団は、

  国民アイデンティティ と
  他のアイデンティティ決定要因 との間に、

  寧ろ
  複雑な相関関係 を 紡ぎ出すものである。


  共通の遺産が存在する
  という話 は、

  必要不可欠な神話
  のようなものであり、

  これに
  疑問 が、突きつけられることは
  滅多にない。


  政治的な選択や、
  時代によって変わるのは、

  寧ろ
  遺産の構成が、いかなるものか
  という問題だ。

  ・・・・  (以下略)

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 8㌻~9㌻



  今日の国民国家は、

  政治的に 成熟した と、見なされており、

  一定の基準に照らして
  市民権への権利 を 定義している が、

  ・・・・・

  フランスのように 移民の多い国 では、

  長きにわたり、
  国民的な遺産 を
  しっかり認識しているかどうかを、

  前提条件とせずに、
  帰化 を 認めてきた。


  つまり、

  新しい国籍 を 取得した者たち、

  少なくとも、
  彼らの 子供達 は、

  「自然に」
  そうした認識 を 得るもの
  と、見なされてきた。


  今日の議論においては、

  「統合」という概念が、
  クローズアップされているのだが、

  そこでは、

  ある本質的な疑問 が
  否応なく 浮上する。


  ある国の国土で 生活する外国人 は、

  正確なところ、
  一体 何に向けて
  自分 を 統合しなければならないか、

  そして、

  統合 を 目指す 意思と能力 が
  あるということ を 示そうとする者 は、

  どんな具体的証拠 が
  求められるのか?


  おわかりのように、
  問われているのは、

  移民達 が、
  国の基本法 に 従う というだけのこと
  ではない。

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 11㌻



  今日、ヨーロッパ では、

  国民アイデンティティ と その保全
  を めぐる問い が、
  噴出しているが、


  おそらく
  その原因は、

  外国から入ってきた
  労働力の存在 では なくて、

  一つの現実認識
  にある。


  新しい形の経済活動 には、

  国民国家より広い集合体 を
  構築することが 必要なのだ。


  国民 を 越える枠組みである
  欧州連合 は、


  確かに、

  法律、経済、財政、警察、貨幣に係わる
  公共圏となってゆくのだが、


  これは、

  アイデンティティに係わる
  公共圏ではない。


  EUに 欠けているのは、
  象徴的な遺産 であり、

  これがあってこそ、

  国民は、
  集団的な利害や友愛や保護を、

  個人に 提供することが できたのである。


  ある種の逃避場所 として、

  国民的アイデンティティ に
  引き籠もろうとする気持ち は、


  要するに、
  分からないではない。

  ユーロから
  理想が生まれるはずはない のだから。


  それにしても、

  ヨーロッパの父 と呼ばれる者たちが、
  制度は創ったものの、

  真のヨーロッパを建設することは、
  忘れてしまったのだとしたら?

  出所 ティエス「国民アイデンティティの創造」 11㌻

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2013年6月27日 (木)

堀米庸三著「正統と異端」(中公文庫)再読・・・実は、異端が正統では?・・・

堀米先生の「正統と異端」が、中公文庫で再版されましたので、
購入して再読しました。(3~4回目です。)

堀米先生は、
日本のヨーロッパ中世史学の中興の祖ともいうべき先生です。

残念ながら、
道半ばの 63才という若さで、ガンで亡くなられたのが、
返す返すも残念だなと、思われる方は、私だけではないと思います。

(先生は、たばこについての随筆を書かれておられますので、
 大変な愛煙家だったのでしょう。)


本書は、
先生の 何冊もある主著の1つ とも言える 歴史的名著 で、

今回、
中央公論新社が、中公文庫に収録して頂いて、本当に良かったなと喜んでいます。

中世史全体の構図の中から、
カトリックにおける正統と異端を、分かり易く明快に分析された本書は、

ヨーロッパ中世史は勿論、
日本人になじみの薄いキリスト教についての理解を深めるための不可欠の1冊だと、
今回再読して、改めて痛感しました。

なお、
本書は、まえがきに、本書の要約が記述されておられます。

通読後、
まえがきを再読されると、本書の内容を整理できますので、
おすすめさせて頂きます


本書のご紹介は、
6年前(2007年)に ブログに要点を掲載していますので、

今回は、
堀米先生の本を読みながら、私自身が考えていたことについて、
お話しさせて頂きます。


なお、前回のブログにご興味をお持ちの方は、次をクリックして ご覧下さい。

   「正統と異端」
   http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_a856.html


    *******


「歴史は、謎解きである」というのが、私の持論ですが、
今回、堀米先生(以下「先生」と略します)の「正統と異端」についての謎解きに
違和感を感じました。

この違和感は、
私の歴史に対する理解が深まったのか、

それとも、
老化による耄碌によるものか、定かでありませんが、
読みながら考えたことを、以下、ご説明させていたきます。



   < 「正統と異端」第二章 の 抜き書き >


先生は、
第二章で「正統と異端の理論的諸問題」について、記述されておられますので、

最初に、
先生の「正統と異端」に対する考え方を、
第二章を抜き書きして、ご紹介させて頂きます。


先生は、
「支配的な体制、傾向、潮流を、「正統」とし、
 これに反抗する立場、行為を、「異端」とするのが、
 一般であるように思われるが、

 正統と異端の概念としては、あまりにも無内容で、
 問題分析の方法は、どこにも見いだされないであろう。

 そこで、
 正統と異端 の 一般的用法の分析 を 手掛かりとして、
 キリスト教における 正統と異端 の 歴史的概念 に至り、

 本書の主題を解明する観点を、明らかにしてみたい と 思う。」
と、記述されておられます。


そして、
「正統と異端とは、
 決して 実体的な概念 ではないが、
 際限もなく流動的であることは 出来ない。

 実体的概念 ではなくとも、
 それに近い 何物かを 持たなくてはならない のである。

 それを、
 正統 における 客観主義、
 異端 における 主観主義 と、一応規定しておきたい。

 これは、
 一方における 全体的真理の尊重 と、
 他方における 一面的真理の尊重 と、

 ある程度 言い換えることも出来よう。」
と、正統と異端を 定義づけられておられます。


これを、
キリスト教に当て嵌め、次のような論理の展開をされておられます。


1.福音書の中の対立する規定の 二者択一的な決定 は、

  一面的な正しさ は 持ち得ても、
  全面的な正しさ は 期待できない。

  従って、
  福音書の解釈にあたっては、

  相互に矛盾する、
  しかも、
  それぞれに 真実性を持つ規定を、

  総合的に合理化することが、正統の立場を生み、
  その一面的把握は、異端に通ずることになる。


2.キリスト教においては、

  パウロによって、
  イエスの教えの実践的解釈(全面的総合的合理化)が、
  行われることによって、

  信徒の人間的・社会的な日常生活のすべてを包括することが、
  可能となり、

  キリスト教が、
  大衆宗教として、ローマ社会に根付くことが出来た。

  そこに、
  批判の余地を持つ 個々の点が残ること は、
  後年のルターの場合と同じく、やむを得ないことである。

  しかし、
  与えられた現実にあって、
  イエスの教えを、最大限包括的に生かそうとするものである限り、

  この実践的解釈には、
  一面的真理の潔癖さには、求め得ない客観性があるのである。

  これが、
  正統と異端 との関係 であり、

  それを、
  客観主義 と 主観主義 の 対立と、言い換えることができるのである。


3.客観的には、
  現実との妥協・強調を重ねる 正統信仰 ないし 教会 にあっては、

  妥協・強調の一々の段階が、
  すべて原理的検討を経ているとされるため、

  決して それ自体
  現実への妥協とか、敗北の歴史 とは、意識されず、

  かえって、
  啓示に基づく俗世の強化、
  その勝利の歴史      と、されることである。


  更に言えば、

  教会の歴史的発展は、
  啓示の現実的展開として 神聖化されるということにもなる。

  ここに、
  正統信仰における 客観主義・伝統主義の基礎があるのである。


4.スターリン批判あっては、

  正統の象徴を仰がれていた 指導者、スターリン個人 の 誤りに絞られ、

  マルクス・レーニン的原則 と、
  その展開としてのソヴィエト体制は、

  依然として、
  本質上無傷でなければならなかった。


  スターリン と その仕事 は、

  謂わば、
  有機体の自己恢復にも似た
  異物の排除、排泄 として 処理されることになる。


  カトリック教会における 客観主義、
  つまり
  教会 は、

  その機関である 聖職者の徳性 とは 無関係に、
  その神的不可侵性 を 保つ という主張も、

  これと同一の論理に立っているが、

  この点は、
  カトリック教会の秘蹟論との関係で再説する。


5.異端は、

  正統あっての存在であるから、
  それ自体のテーゼはなく、

  正統の批判が、その出発となる。


  批判の基準となるのは、正統と同じ啓示であり、

  これによって
  正統教会による啓示の解釈とその現実との妥協・協調の歴史が、
  その対象となる。


  従って、
  異端のテーゼは、常に 啓示への復帰であるが、

  その啓示は、
  全体的にではなく、

  部分的に、
  つまり
  異端の主観的真実に合致する限りにおいて受け取られ、


  また、
  より文字通りに解釈され、

  その現実への適用可能性は、
  相対的に、軽視 ないし 無視せられる。


  つまり、
  理想(啓示)と現在とが、

  その間にあるべき実現の過程を省略して、
  端的に一体化して捕らえられる。


  従って、その限りでは、

  異端は、
  極めてラディカルな理想主義の形態を取り、

  その理想に耐えられるための強烈な精神の緊張を要する
  という意味だけでも、

  主観主義的とならざるを得ない。


  それは、また、

  現実との妥協を、
  可能なる限り排除するものであるから、

  道徳的には、
  英雄的なリゴリズムを必要とし、

  その信徒は、
  必然的に少数たらざるを得ない。


  それは、また、
  歴史と現実の革新を企てるものであるから、

  ラディカルに、反社会的であるか、
  ないしは、
  社会に対し 全く無関心であるかであるが、


  いずれにせよ、
  主観的理想への意識の緊張を持続する必要から、

  終末感的ラディカリズムに向かう傾向 を、
  示すことが多い。


6.これに対して

  正統は、

  社会=俗世の不完全さ を
  その出発点における前提 とするので、

  人間と社会の欠陥 に、寛容であり、

  それとの妥協 を、
  ただちに 認めるものでは ないが、

  その教化教育を、使命と考える。


  そのために、
  正統は、

  万人に対し、
  エリートのための道徳、道徳的英雄主義を求めず、

  一般人の道徳 と、
  エリートのそれとの、二元主義をとり、


  在家の信徒と、

  その道徳的模範たるべき道徳的英雄主義の組織的追求者
  としての 修道士の存在 を、認める。


  しかも、

  この二元主義が、
  二元的分裂に陥らないため、

  不断の自己更新・理想の自覚(聖体の秘蹟)が要求され、


  また、
  悔悛(秘蹟) と 自己批判 が、

  一般的道徳の倫理規定のなかに入るのである。


  この悔悛 と 自己批判 は、

  しかし、常に、
  一般人の倫理規定 であるばかりではなく、


  理想と現実との距離 を 直視する 正統 にあっては、

  エリート、
  即ち
  道徳的英雄主義の実践者自体 にも、要求され、


  完全に孤立的な理想の追求(隠修士)よりは、
  団体的なそれ(修道院)が選ばれ、

  エリートのエリート を 選んで、
  それへの服従を誓わせることによって、

  重すぎる個人責任を軽減し、
  道徳的フラストレーションを防止する のである。


  このことは、
  異端と目される団体 に あっても、

  それが長期にわたって持続し、
  より広範囲のメンバー を、包括するに至るとき には、

  必ず看取される現象であり、


  例えば、

  ① 12、3世紀の異端 である カタリ派、ワルド派 における

    平信徒=クレデンテス と
    指導者・達識者=ペルフェクテス としての分離は、それである。


  ② 万人司祭説を採る プロテスタンティズムにおいても、

    やがて
    牧師と信徒との区別 が 生じたのも、同じ理由のものであり、

 
 ③ プロテスタンティズムの極限形態 としての 無教会派は、

    原則に、
    最大限忠実であろうとする結果、

    その普及は、最小に限られているが、


    ここでも

    最小限の指導者を欠くことは出来ない。



長い引用となり、恐縮しています。




先生の定義を再読して、次の2点の感想を持ちました。


1.先生は、

  ずいぶんカトリック寄りの論理
  というよりは、

  正統たるカトリックは、正しく、
  異端は、間違っている、

  との
  カトリックの護教的論理を、代弁されておられるのではないだろうか?


  (先生は、仏教系の芝中のご出身ですので、
   キリスト教徒故では無いのでは?と、思いますが・・・)


2.政治と宗教 では、

  正統と異端についての論点が、
  異なるだろう と、思いますが、


  先生は、

  政治における 正統と異端 の 考え方 を、
  そのまま宗教に持ち込んでおられる のではないだろうか?


  政治においては、

  権力(錦の御旗)を握った陣営が、
  正統となり、

  権力奪取できなかった陣営が、
  異端となりますが、


  宗教においては、

  信仰が、
  正統と異端 を 決定する 判断基準 となるのでは ないでしょうか。


  先生が、

  信仰に、力点を置かずして、
  権力に、力点を置かれて、

  権力を握ったカトリック を、
  アプリオリに正統 と、認定される論理付けをされておられることに、

  疑問や違和感 を、感じるのです。


以上の2つの点を踏まえて、

先生の記述をご紹介しながら、
私の考えるところを ご説明させて頂きます。



   < 先生の 秘蹟論の解説 を読んで感じたこと >


1.先生は、

  正統における 客観主義 と
  異端における 主観主義 と、

  規定されておられます。


  カトリック的客観主義 を、

  「洗礼(秘蹟)が、
   効力を持つ根本理由は、聖三位一体であり、

   外部にあて秘蹟を伝える司祭者は、
   道具であるから、

   聖三位一体への呼びかけによって秘蹟は成就する。」


  「緊急の際にあっては、

   異教徒や異端でさえ、
   教会の定める言葉を用い、教会のなすところをなさんとする限り、

   同じく洗礼(秘蹟)を施しうる。」

   (中公文庫65㌻)

  と、紹介されて、


  「成聖恩寵の喪失 と 永劫の断罪 を
   その罰として受ける司祭者(瀆聖聖職者)
   であっても、

   秘蹟の執行要件を 守る場合には、
   効果ある秘蹟を与えうる

   ということであって、


   秘蹟の超越的性格 と
   司祭者の道具的性格 は、

   この上なく明瞭にされている
   ということが、出来るであろう」

   (中公文庫66㌻)

  と、記述され、


  「この カトリック的客観主義 こそ、
   異端 の 最大のカトリック教会への攻撃論点 である」

  と、論を進めておられます。


  要するに、

  聖職者は、
  神の道具であり、

  秘蹟は、
  神が行うものだから、

  形式さえ整っていれば、誰がやっても有効である、

  というのが、
  カトリックが客観主義である所以であるということです。


  客観主義という言葉は、

  カトリックは、

  客観的に正しいことを行っているから正統なのだ
  という印象を、与える言葉のような気がします。


  でも、
  このカトリックの考え方は、
  ちょっとおかしい と、感じられませんでしょうか。


  まず、
  誰に、秘蹟を与えるかを決めるのは、
  人間である聖職者 でしょう。


  ということは、

  人間が、決めた対象者 に対して、
  神が、秘蹟を授ける ということは、

  人間の決定を、神に押しつけている、

  言い換えると、

  人間 を、
  神の上位に位置づけていることにならないでしょうか。


  また、
  秘蹟の執行要件は、
  神が決めたのではなく、カトリック=人間が、定めたものです。

  ということは、
  人間の定めた形式に、神を従わせていることになって、

  これもまた、
  人間を、神の上位に位置づけていることにならないでしょうか。


  上記の具体的な例として、教皇の選出をあげさせて頂きます。

  教皇は、
  人間である枢機卿の選挙により選出されますが、

  それでは、
  教皇の正統性が担保されないと考えたのか、

  枢機卿の選挙は形だけで、
  教皇は、
  聖霊の導きにより選ばれるとされています。

  しかし、
  聖霊の導き=神の決定 である教皇が、3人も並立したこともありますし、

  幾たびも
  対立教皇が、擁立されることが生じています。


  教皇の選出は、
  人間が行っているのに、
  神が、実質決定していると、

  カトリックは、
  平気で詭弁(ウソ)を弄しているのです。


2.異端は、
  瀆聖聖職者の行った秘蹟は無効 と、していますので、

  先生は、
  主観主義だと規定されておられます。

  主観主義という言葉は、

  異端は、
  主観により=自分勝手に 判断している、との印象を
  与えるもののような気がします。

  この様な 価値を印象づける言葉を、定義として使用されること自体が、
  カトリック寄りの立場に 先生が立っておられるような感じがするのです。


  冷静に、第三者的に定義するとしたら、

  カトリックが、
  形式主義、外形主義であり、

  異端は、
  実質主義である

  というような言葉を、使うべきではないでしょうか。



3.次に、先生は、

  カトリックは、

  洗礼・堅振・叙品の三秘蹟は、
  「主の印」又は「消えぬ印」を受領者の心に刻むもので、

  「印」の上に「印」を刻むことは、
  この上ない瀆神の行為にほかならないから、繰り返しが認められていない、
  (中公文庫69㌻)

  と、記述されておられます。


  これも、
  カトリックのおかしな論理であろうと感じられます。

  もし、
  三秘蹟を行った者が、悪魔(サタン)であり、悪魔の印を刻んでいたら、
  どうするのでしょうか。

  また、
  悪魔(サタン)まではなく、異教の印が刻まれていたら、

  その上に、
  キリスト教の印を刻むことは、有効なのでしょうか?

  アウグスティヌスは、
  マニ教やプラトン主義を経験した後に、
  キリスト教の洗礼を受けています。

  過去のマニ教やプラトン主義が刻んだ印は、水に流せるが、
  瀆聖聖職者の刻んだ印は、水に流せない
  という論理が、私には理解できません。

  (カトリックは、
   マニ教やプラトン主義では、
   洗礼に類する儀式を受けていないと主張するのでしょうが、

   詭弁、屁理屈の類いだと思います。)


  民法(法学)では、
  無効な行為は、最初から行為自体がなかったものとされます。

  この論理を使って、異端が主張するように、

  瀆聖聖職者の行った秘蹟は、
  無効な秘蹟であり、印を刻んだものではなかった

  と、する方が、納得できる考え方のような気がしています。



4.先生は、更に、

  カトリックは、

  「主の印」を帯びること と、
  秘蹟の効果にあずかることと は、
  直ちに同一ではない

  とのアウグスティヌスの秘蹟論を、受け継いでいる
  (中公文庫81㌻)

  と、記述されておられます。


  即ち、
  「ドナティストの教会で受けた秘蹟も、秘蹟であり、
   「主の印」を帯びるが、

   それは、
   まだ、秘蹟の効果を欠いているという点で、不完全である。

   秘蹟の効果は、

   異端者が、
   唯一の真実の教会である、カトリック教会に帰一して
   初めて生ずるもので、

   教会の外にある限り、
   秘蹟の効果にあずかることは出来ない。

   秘蹟から秘蹟の効果を生み出せるのが、
   カトリック教会だけであるのは、

   「教会の洗礼は、教会外にも存在しうるが、

    祝福された生命の贈り物は、
    まさにペトロ(磐)の上に建てられ、縛り、かつ 釈(と)く鍵を受け取った
    教会の中においてしか見いだされない」からである。


   しかし、

   この教会とは、
   目に見える教会と同じものではなく、
   アウグスティヌス独自の聖者共同体理論が入ってくる。

   「神は、恩寵による秘蹟を、悪人を介してさえ与えるが、
    恩寵そのものは、
    神自らによるか、ないしは、その聖者を通してしか与えない。」

   アウグスティヌスは、

   この聖者を、
   聖霊に満たされ、聖霊を伝えるものと規定しているが、

   この聖者の作る共同体なるものは、

   全体としてのカトリック教会の中に、
   外面的な法規によって可視的に存在するものとはせず、

   全く無形のままに機能するものとした。」

  と、紹介された後に、

  「この様な純精神的な規定によって、

   アウグスティヌスは、
   単なる職制的理論を超えた深みを、その教会理論に与えると共に、

   道徳的完全さへの要求が、
   宗派(セクト)・異端の形をとって、教会の統一を破ることを
   抑えることが出来た。

   トレルチ流に言えば、
   聖者共同体論は、
   カトリック教会の道徳的二元主義、

   言い換えれば、

   修道士と一般教会聖職者 並びに 平信徒のもつ、二種の道徳の併存と、
   そこから生ずる
   道徳的緊張の論理に基礎を与えるものと言えるであろう。」

  と、記述されておられます。


  アウグスティヌスの聖者共同体論は、
  随分と自分勝手な論理だと感じられませんでしょうか?

  ① カトリック教会が、
    ペトロ(磐)の上に建てられたとのマタイ福音書16・18~19は、

    マルコ福音書やルカ福音書には記述されていません、
    というか、
    そっくり脱落しているのです。

    マタイ福音書が、
    原始キリスト教会の意図に従った福音書であり、

    それ故に、
    マタイより早い時期に記述されたヘレニストのマルコ福音書より前に
    聖書に位置づけられたことを考えると、

    この話は、
    イエスが話をしたと考えるよりは、
    マタイ福音書の記者が、挿入したものと考えたほうが、
    蓋然性が高いのではないでしょうか。

    もし、イエスが、この様なことを言ったとしても、

    ペトロは、
    イエスが逮捕された晩に、3回もイエスを裏切っていますし、
    自分の逃亡を優先して、イエスの処刑にも立ち会っていません。
    (イエスの周囲の女性達は、イエスの処刑に立ち会っています。)

    この様な人間が、
    イエスの後継者だとするカトリックの厚顔さに、
    唖然として、絶句してしまうのは、私だけなのでしょうか?


  ② 聖霊に満たされた聖者について

    これも、唖然として絶句してしまう話です。

    聖霊に満たされているとは、

    イエスが復活した後に昇天した後に、聖霊が降臨して、
    ペトロ以下の使徒達が、
    聖霊に満たされたことから、始まっています。

    その後、
    聖霊に満たされた者が、頭に手をかざす按手をすれば、
    按手された者も、
    聖霊に満たされるとの建前が、受け継がれているのです。

    聖霊に満たされるということは、
    神と直接つながることを意味するそうです。

    この様な聖霊に満たされた者により、
    教会が、構成されているというのが、

    カトリックの正当の理由づけなのでしょうが、
    全く話にならない理由付けのように感じられます。

    以前にお話ししたことで恐縮ですが、
    聖霊に満たされた者という擬制はウソなのです。

    例えば、
    ペトロとパウロは、
    共に誰が見ても聖霊に満たされた者ですが、

    アンティオキアで、
    キリスト教徒になるには割礼が必要かどうかで対立して、

    パウロは、
    原始教会から追放されてしまいました。

    聖霊に満たされた者=神と直接繋がった者であるなら、
    意見が異なることはあり得ないのに、

    パウロが追放されたのですから、

    聖霊に満たされた者との擬制はウソであることが、
    明白であろうと思われます。

    同じようなことが、

    アンティオキアで、
    ペトロとパウロの対立があったかなかったについて、

    アウグスティヌスとヒエロニムス(ウガルタ聖書の作者)とで、論争しています。

     出所;ウィルス「アウグスティヌス 117㌻」(岩波書店)

    これも、
    聖霊に満たされている者との擬制がウソであることを現しているものですが、

    そのような経験をしたアウグスティヌスが、
    聖者共同体論を唱えているということに、

    私は、
    カトリックの平気でウソをつく人間性に、首を傾げているのです。


  以上、①、② を 考えると
  「秘蹟から秘蹟の効果を生み出せるのが、カトリック教会だけである」との
  アウグスティヌスの主張は、説得力を持たないのでは、
  と、いう気がしています。

  聖者共同体論や、使徒的伝承の理論は、砂上の楼閣の理屈であり、
  キリスト教が、
  信者をマインドコントロールするための詐術、虚言とでも言うべきものでしょう。



  < 「異端は、部分的主張である」との解説について 感じたこと >


1.この点の記述に対する違和感 は、
  「異端が 部分的であることは、当然ではないでしょうか」というものです。

  異端は、
  異教と異なり、同じキリスト教なのです。

  権力を握っているカトリックに対して 異議を主張する論点以外は、
  カトリックに反対していないのですから、カトリックと同じなのです。

  従って、
  異端の主張は、部分的と先生は記述されておられますが、
  ある意味当たり前のことではないでしょうか。


2.もう一つの違和感は、
  異端が、カトリックから独立することはないのだろうか?
  と、いうことです。

  カトリックの主張に反対を徹底すれば、
   ① 自らカトリックから袂を分かつか、
   ② カトリックが異端宣告して追放することになるでしょう。

  その時、
  異端がのたれ死にするように消えて無くなるなら、
  先生のおっしゃるように 部分的なものと言えるだろうと思いますが、

  事実はどうだったのかな?・・・との考えが浮かんできます。


  カトリックに対する最大の異端は、

  ルター派であり、
  カルヴァン派ではないでしょうか。

  即ち、
  16世紀に始まった プロテスタントであろうと思います。

  彼らは、
  16世紀にカトリックから独立して、
  カトリックとは別の歴史の歩みを刻んでいます。


3.正統のアウグスティヌスに敗北したと先生が記述されてる ドナティスト は、
  どうでしょうか?

  実は、
  アウグスティヌスの伝記を何冊か読んでみると、
  先生の語られる歴史とは違うのでは、という感じがしています。


  ブラウンは、
  「アウグスティヌス伝上 235㌻」(教文館)で、

  393年以降、
  アウグスティヌスと同僚達は、ドナティスト教会に対して敵対的態度を取った。

  ドナティストは、
  アフリカにおけるローマの法と秩序に脅威を与える大衆の反抗運動である
  との見解は、

  393年~405年
  アウグスティヌスと彼の同僚達が作り出した状況に対しては、
  正当なものとは言えない、

  と、記述されておられます。


  ブラウンの同書の記述を、もう少しご紹介させて頂きます。

   ① ヒッポにおいては、
     カトリックは、少数派 であり、

     (ヒッポがあった)ヌミディアでは、
     ドナティストが、主流教会 だった。

   ② (当時)ドナティストにとって、
     あたかも、教会の平和がやって来たように、見えていた。

     あと、もう少し妥協すれば、
     浄化された教会(ドナティスト)が、

     見下され、弱体化した 引き渡した者たちの教会(カトリック)を、
     すべて吸収するところまで来ていた。

     少数派のカトリックは、
     優勢な兄弟達(ドナティスト)に、
     次第に浸食されるがままになっていたように見えたので、

     アウグスティヌスは、
     ヒッポで、ドナティストへの寛容策を採用できなかった。

   ③ アウグスティヌスと彼の同僚が 393年~405年に作り出した状況

     この時期、
     運動は、いつもトップからのみ 引き起こされた。

     運動とは、

     A.カトリック教会 の 突然の自己主張 と
     B.アフリカにおけるすべての非カトリックに対する帝国の権威が、
       厳しさを増してきたことである、

     こうして私たちは、
     上からの独断的な迫害 と、
     これに対抗した 下からの暴力の盛り上がり という
     始末に負えない繰り返しの軌道をしっかり辿ることになる。

     ドナティストは、
     アフリカにおけるローマの法と秩序に 脅威を与える大衆の反抗運動
     と、言われたことがあったが、

     この見解は、
     アウグスティヌスと同僚が作り出した状況に対しては、
     正当なものとは言えない。

     ドナティウスとの支配領域に、説教者を送り込んだり、
     後には、
     ドナティスト教会に対して、武力でその体制を転覆しようとする
     アウグスティヌスと同僚達の試みは、

     ドナティスト教会の過激派
     キルクムケリーネス(キルクムケリオネス)の集団によって妨害された。

     出所;ブラウン「アウグスティヌス伝上 234~236㌻」(教文館)



  ブラウンは、
  1935年生まれの古代末期についての代表的な歴史学者で、
  ご紹介した「アウグスティヌス伝」(教文館)は、
  当代屈指の伝記との高い評価を得ているそうです。

  ブラウンによると、
  アフリカ(現在のチュニジア、アルジェリア)で主流だったのはドナティストであり、
  アウグスティヌスが 司教をしていたヒッポはもとより、色々な町で、
  ドナティストの司教とカトリックの司教が並立していたそうです。

  しかも、
  ドナティストが、カトリックより優勢で、

  アウグスティヌスは、
  このままではドナティストに敗れてしまうと、
  武力による実力行使を始めたのでした。

  アウグスティヌスが、
  ローマの権力、武力を使用して、ドナティストを鎮圧したのです。

  411年
  カルタゴの比較協議会で、
  アウグスティヌスは、
  ドナティストに論争に勝利したことになっていますが、

  裁判長は、
  ローマが派遣した官僚のマルケリヌスであり、

  神学論争というものは、
  先に「錦の御旗」を確保した者が勝利するような仕組みになっていますので、

  ドナティストが、
  異端と断罪されるのは既定路線だったのだろうと想像しています。



  アウグスティヌスは、
  キリスト教神学を確立した最大の神学者ということになっていますが、
  人格的にも(特に、司教としての行状)感心できないと感じています。

  例えば、
  420年 ティムガドのドナティスト司教 ガウデンティウスは、
  ローマ帝国の執行官ドゥルキティウスが、近づいてくると、

  大聖堂に引き籠もって
  自分の会衆と共に焼身自殺を遂げると脅迫しました。

  これに対して、
  アウグスティヌスは、

  「神が、
   ある者たちを究極の罰へと予め定められている(予定している)以上、

   ごく少数の者たちが、自分の火で焼かれることがあるにしても、
   圧倒的大多数のドナティストが、カトリックに吸収される方が、

   ドナティスト全員が、ドナティストとして留まり、
   地獄の炎で焼かれるより、ずっと良いことであることは明かだ」

  と、予定説を ドゥルキティウスに教示して、
  焼身自殺に立ち向かうよう武装させた、とのことです。

   出所;ブラウン「アウグスティヌス伝下」61㌻(教文館)


  要するに、

  アウグスティヌスは、
  カトリックが、ドナティストを制圧するために、

  ローマの司令官に、
  ドナティストを焼き殺せ と、指示しているのです。


  また、
  418年
  アウグスティヌスは、ペラギウスを異端だと断罪していますが、
  この経緯も感心できません。

  アウグスティヌスは、
  415年に、
  ペラギウスへの攻撃を開始していますが、

  それを受けて、
  415年
  パレスティナのディオスポリス(リッダ)での公会議ので審理の結果、

  エルサレム司教が、
  ペラギウスの正統性を承認しました。


  更に
  417年
  ローマ教皇 ゾシムスが、ペラギウスを審問して、

  「この様な真正の信仰を持った者たちが、誹謗されるなどということを
   考えるだけで、涙を禁じ得ない」とまで、述べて、

  教皇が、ペラギウスを正統と 認めたのです。

  そこで、
  アウグスティヌスは、

  子供時代からの親友のタガステ司教アリピウスを、
  西ローマ皇帝の許に派遣して、

  サラブレッドの種馬を使っての賄賂工作により、
  西ローマ皇帝よりローマ教皇へ圧力をかけさせて、
  ローマ教皇を屈服させ、

  教皇 ゾシムス に
  ペラギウスが異端であると、言わせたのです。

    出所;アマン「アウグスティヌス時代の日常生活下 300㌻」(リトン)


  この様に、
  アウグスティヌスは、
  論争ではなく、
  武力や裏工作で、自らの主張を貫徹させたのです。

  カトリックでは、
  上長の命令は、絶対的な権威があり、
  従わねばならないとなっているはずなのに、

  アウグスティヌスは、
  上長である エルサレム司教、ローマ司教(教皇)を無視して、
  自分の我を通しているのです。

  でも、
  歴史は、勝てば官軍なのです。

  カトリックは、
  というより キリスト教は、

  この様な人格的に首を傾げるような人間でも、
  自分にとって都合が良ければ、偉人だ、聖人だと、崇め奉るのです。

  モーセも、
  アウグスティヌスも、
  ベルナールも、

  更には、
  カルヴァンも、然りなのです。



   < 宗教での正統か異端の判断基準は、信仰では? >


先生は、

「正統は、社会=俗世の不完全さをその出発点における前提とするので、
 人間と社会の欠陥に寛容であり・・・」

「万人に対して、エリートのための道徳、道徳的英雄主義を求めず、
 一般人の道徳とエリートの道徳の二元主義をとっている。」
と、記述されておられますが、

ちょっと論点をそらせておられるのでは、との違和感を持ちました。

先生が、
この様なカトリックの態様で、宗教的な正統が獲得し、維持できると
お考えになっておられるのでしょうか?


ドナティストが、
問題にし、非難したのは、エリートたる聖職者なのです。

カトリックが、
聖職売買や腐敗を非難され、改革を求められたのも、
一般の信者ではなく、エリートたる聖職者なのです。


先生は、
クリュニーがすぐ堕落し、
シトー会もクリュニー同様 すぐに堕落し、

(更に、
 フランシスコ会、ドミニコ会と、)

次から次へと、
最初の志をすぐに忘れ、捨て去ってしまって堕落している
と、書かれておられるのに、

二元主義を採っているから、正統は正しい と、おっしゃるのでしょうか。


そもそも、
アウグスティヌスとドナティストとの比較して、
アウグスティヌスが、正しく正統であり、、
ドナティストが、間違っていて、異端である と、感じられますでしょうか?

ディオクレティアヌス帝のキリスト教弾圧の際に、

ドナティストは、
キリスト教を棄教せずに、必死に頑張り通した人たちなのです。

それに対して、
弾圧の際には、キリスト教を裏切って、
弾圧が終わったら、何にも無かったように、

以前の地位に戻ろうとした聖職者に対して、
おかしいではないかと、異議を申し立てるのは、
当たり前ではないでしょうか。

弾圧の際に、殉教を覚悟で頑張った人間が、
異端として否定され、

弾圧の際の裏切り者が、
正統とされて、カトリックでの権力を 握っていることが、
信仰の面から是認されるのでしょうか。


また、
裏切り者で、資格のない聖職者が行った秘蹟は、無効だ
と、感じるのは、十分理解できるのではないでしょうか。

カトリックは、
そんなことをしたら、組織が持たない、

だから、
秘蹟は、
実質、神がするのであり、聖職者は道具にすぎないから、

形式さえ整っていれば、秘蹟は有効だ
との詭弁を考え出して、
権力を使って強引に押し通したのです。


政治の世界では、それでよいかも知れませんが、
宗教では、この様なことが許されるのでしょうか。

信仰のない聖職者が、
キリスト教を代表して秘蹟を行うことがあって良いのでしょうか。

先生は、
「人間と社会の欠陥に寛容であるから」と、正当化されておられますが、
そのような論理が宗教的に認められるのだろうかと疑問に感じられます。


聖職者の資格を疑われる者を、聖職者にしてはいけないのです。

宗教は、
人間の中で、最も倫理的な厳格さを要求される分野ですから、
腐敗した聖職者は、即座に排除せねばならないのです。

宗教は、
組織の維持よりも、信仰を大切にすべきなのです。

というよりも、
神や信仰を論理の出発点としなければならないのです。

カトリックは、
「旧約の神やモーセからして、犯罪者(殺人犯)であり、
 ペトロやパウロも同様に人殺しであって、

 カトリックは、
 信仰を看板にして、権力を握り、
 信者から金を巻き上げることを、最優先にしてきた組織であることは、
 バチカンを見れば一目瞭然である。

 だから、
 真摯に信仰を考える 建て前と本音が分からない 素っ頓狂な人間が現れると、
 異端として排除してきたのだ。」
と、言われても、反論は出来ないのではないでしょうか。

従って、
カトリックが、危機に陥ったときには、
さすがに、本来の宗教団体として要求される信仰が
甦ってくるのだろうと思います。

グレゴリウス改革が、その典型でしょう。


グレゴリウス改革を見ると、

カトリックが、異端として排除したものが、

本質的には、
言い換えると、
宗教的・信仰的には、正統なのだ

という風に考えるべきだろうと思われます。


それ故に、
危機が過ぎ去れば、
以前の世俗権力を追求する組織に戻っていくのであり、

それをうまくやろうとしたのが、
中世最大の教皇と言われた イノセント3世なのだろう
と、思います。


先生は、
中世の西ヨーロッパは、
皇帝権と教皇権の2つの中心を持つ楕円的統一体だ
との説明をされておられます。

世俗の皇帝権 と、
聖界の教皇権 という
質の異なっている中心(焦点)の感じを、従来持ってきましたが、

今まで述べたことをまとめると、
皇帝権と教皇権の両方共が、同質の世俗の権力であり、

両者が、
世俗の権力の覇を争ったと考えるべきだと考えるようになりました。

そういえば、
ビザンツ帝国では、ギリシア正教は、皇帝に服従していまので、

政治権力と宗教が並存する場合は、
政治権力を持っていない宗教は、
本来的に 政治権力に服従せざるを得ないのです。

西ヨーロッパでは、
ローマ皇帝が、早い時期に消滅しましたから、

教皇権が、世俗的にも力を得て、
皇帝権に対抗するまでの政治権力になったのだろう
と、思います。

近世になって、国民国家が形成されますと、

教皇の世俗的権力が消滅し、
その宗教的な支配領域も、
主にハプスブルク家の支配領域に限定されて、

フランスとイングランド、オランダ、
更には、
北部ドイツは、教皇より袂を分ちました。

 (注) ハプスブルク家の支配地域とは、
     スペイン、ベルギー、イタリア、南ドイツ、オーストリア等です。


注目されるのは、フランスです。

フランスは、
カトリックの世俗権力は、排除しましたが、
信仰は、カトリックを維持しています。


フランスの例を考えると、

カトリックが、最初から
政治権力を持たない信仰に専心した敬虔な宗教団体であったならば、

プロテスタントやイングランド国教会のような
カトリックから分離するような勢力が出現しなかったのでは、
という気がしないでもありません。


歴史を振り返って
カトリック教会に対する批判の根強さの 依って来たるもの を考えると、

カトリック教会が、
「正統であり、宗教的に正しい」とは、アプリオリには言えず、

カトリックの正統の論理は、

世俗的な権力を掌握するための論理であり、
宗教的には、異端とも言うべきものであるのでは?

と、結論づけられるのでは?
という気がしています。




   < キリスト教の本質についての私見 >


この1年半、キリスト教関係の本を読んできましたが、
以上の考察を経て、
キリスト教に対する整理が出来たような気がして、
改めて、堀米先生に感謝しております。

また、
キリスト教に関して、親切にご教示くださり、導いて頂いた todoさんに、
心より御礼申し上げます。


神への信仰は、
個人が神を感じるものであり、全く個人的なものでしょう。

私は宗教を信じていませんので、想像するだけですが、
絶対的な孤独、暗黒の虚無(例えば 死)に耐えられない故に、
神を求めるのではないでしょうか。

ですから、
宗教は、本来的に組織は必要が無いはず です。

一人一人が、神を感じ、帰依すればそれで良いのであり、
その意味から、
先生が、
普及が限られたているとおっしゃっている無教会派のあり方が、
宗教的な本来のあり方を現しているのだろうと思います。


ところが、

信じる神を弘めたい、との願望が、
神への帰依が強い人ほど出てくるのは理解できます。

そして、
そのような人々が、集団(教会)を形成して、
組織(教会)を維持していくようになると、

途端に、
神よりも、組織の論理と、組織及びその成員の利益が
優先されるようになって、宗教として堕落していくのです。


人間は、エゴの塊であり、

人間が集まれば、
先ず自分の利益が最優先するのが、人間の哀しい性(サガ)なのです。

先生は、
十分にそれを承知されていて、
組織とはそういうものだと、達観されておられたのでしょう。

宗教というものは、
そうなるとすぐ堕落して、批判されるようになることを、

先ほど述べた各修道会の経緯を見ても、先生は、ご承知のはずなのに、
堕落した組織であるカトリックを、正統とされたことが、少々残念です。


以上まとめると、

 ① 信仰 は、
   一人一人の人間が、神を感じて、神と対話するものであり、

   宗教とは、
   本質的に個人的な性格のものである

 ② 教会(教会という組織)は、
   世俗の存在であり、聖的な性格を有するものではない。

   また、
   宗教的には堕落する性格を持ったものである。

   何故ならば、
   人間は、エゴの塊であり、
   聖職者も、その人間の本性を免れることがない故に、

   信者から巻き上げた富を 教会や修道会に蓄積することにより、
   聖職者の贅沢な生活をもたらそうとするものであるからである。

   そして、
   組織や成員の利益を追求し、維持するためには、

   神を利用して、信仰を掲げて
   詭弁やウソを弄してでも、押し通そうとする存在である。

 ③ ごく稀に、
   アッシジのフランチェスコのような
   清らかで、神の申し子とも言うべき聖人が、出現するが、

   これらの人は、

   キリスト教の看板として、
   キリスト教の本質を隠蔽すために
   大いに活用すべき道具にすぎない。

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2013年6月 3日 (月)

E.トロクメ著「ナザレのイエス」その生涯の諸証言から と、神学が、似而非(エセ)学問であることについて

加藤教授と田川教授の本を読ませて頂きましたので、
お二人の先生であるトロクメ教授の
イエスと原始キリスト教の本を読んでみようと考え、

その一冊目として、
「ナザレのイエス」を読んでみました。


本書は、
福音書にあるイエスの発言を、

① 主の言葉、
② アポフテグマ
③ 物語伝承
④ 譬え
⑤ 奇跡物語 に分けて、
それぞれを説明された後、

イエスのガリラヤでの伝道は、
 ① ごく狭い、一地域の人々への限られたものであり、
 ② イエスが、
   地方の一預言者であり、
   国民大多数に対して影響を及ぼしていなかったのは明かである、
と、記述されて、

ガリラヤの名も無い説教師が、
国家的に一躍有名となり、公共の人になったのは、
エルサレム神殿での商人追放であり、

社会秩序維持の責任者であるユダヤ教の権力者とローマの総督が、
イエスに対して驚きと不安となり、
イエスが処刑されることになった、
と、結論づけられておられます。


ガリラヤでのイエスの発言 の 解説のなかで、

① イエスの譬え話は、
  中産階級の家に招かれて会食した際に、
  イエスが、教示した譬え話が、福音書に記述された。

  譬えは、
  本質的に、一般庶民を教える手段であるという考えは、
  福音書記者マルコが、護教上の目的のために考え出したものであって、

  その目的は、
  この文学類型を、教会伝承のなかに統合しようとする
  最初の試みを、打破することであった。 

② イエスの奇跡物語は、
  ガリラヤの東北部とか、
  ティベリヤ湖周辺の村落で行った、治癒行為などを、

  村人が、イエス処刑後も覚えていて、
  その話を、
  マルコが取材して、マルコ福音書に記述したものである、
との記述は、
非常に参考になり、印象深く読ませて頂きました。


本書で最も印象深かったのは、

イエスが処刑された理由を説明した
「第八章 公共の人としてのイエス」でした。


トロクメ教授の要旨を、
私流にまとめると、次のようになります。

神殿でのイエスの商人追放は、
瞬間的な一撃であり、
後に何も残らない性質のものであったが、

例えて言うと、
銀座の四丁目の交差点で、
人の耳目を引き付けるような行為であったため、

瞬く間に、
エルサレムはもとより、ユダヤ全土に、イエスの行動が広まり、

イエスが、
大変有名となり、名声をかちえましたが、

反面、
ユダヤ 及び ローマの指導者階級の人々に、
嫉妬心や敵対心をあおり立てることになって、

イエスが、
民衆を扇動して、
聖職者による少数独裁体制を構成している人々(神殿の聖職者)や、
彼らを支持している外国の人々(ローマ総督)に対して
暴動を起こすのではないか、と、心配された。

特に、
エルサレムのサンヘドリンや
ローマ代官の統治が行われている地域では、

イエスの存在が、
やがて危険なものになると、警戒されるに至った。


この出来事は、
イエスが、逮捕・処刑される、数週間、あるいは 数ヶ月前の出来事であろう
と、トロクメ教授は、推定されておられます。

共観福音書(マルコ、マタイ、ルカの福音書の総称)は、
文学的・神学的動機として、
福音書の終わりに、エルサレムで起こったすべての事件を記すことにした
恣意的操作であるとされて、

伝道の初期に起こった事件であると記述しているヨハネ福音書に
近い考え方をされておられるのだろうと、感じました。

(多分、
 ヨハネ福音書とマルコ福音書の間に生じた事件だ
 と、考えておられるのだろう と、推測しています。)


イエスを、
夜中に逮捕し、すぐに裁判をして、即刻処刑したのは、

イエスが、
① 過越際にやって来た巡礼者の群れを、蜂起させるのを妨げる
  と同時に、
② 群衆が、
  この人気ある囚人のために騒ぎを起こすのを避けようと望んでいたこと

を、考えるなら、良く理解できる。

この様な二つの危険が存在していたのは、
イエスが、
国民の大部分から、メシヤだと考えられていたからに他ならない、
と、記述されておられます。


トロクメ教授の記述により、
① イエスが、「ユダヤ人の王」として処刑されたことも、
② イエス逮捕の際に、
  ペトロ以下の弟子達が、全員逃亡して隠れてしまった理由が、理解できました。


本書の最初の「日本の読者へ」で、
トロクメ教授は、次のように書かれておられます。

本書の立場を、簡潔に記した名文だと思いますので、
ちょっと長くなりますが、ほぼ全文をご紹介させて頂きます。


「ナザレのイエスの祖国 パレスチナは、
 日本から遙かに遠いとは言え、

 彼(イエス)は、アジアの人であります。

 一人のヨーロッパ人が、
 アジアの人々に、
 一人のアジア人のことを、今更 敢えて説明する必要があるでしょうか。
 うぬぼれていると、思われるかも知れません。

 著者と致しましては、
 そうでないようにと願っております。

 私は、
 本書を、
 フランスの人々と、
 ヨーロッパの同胞のために書きました。

 この論述が、
 日本の読者にも関心を呼ぶだろうと考えて下さる日本の人々がおります。

 そうであって欲しいと祈るものですが、
 お読み下さる一人一人からは、
 本書が、
 随分ヨーロッパ的であると言われることを、覚悟しています。

 更に、
 本書の主張は、
 一方において、
 ヨーロッパの古くからの伝統を、はねのけることにあります。

 この伝統とは、
 イエス解釈は、
 この人物を、ヨーロッパ文化に結びつけることにある、
 といういき方です。

 古典的キリスト論的教理や、
 最近の二世紀のイエス伝は、

 それぞれのやり方で、
 ヨーロッパ的哲学思想や歴史観に、イエスを結びつけようとの
 この試みを、更に遠くまで押し進めました。

 本書では、
 イエスのヨーロッパ的解釈を陳述するのではなく、

 証人達ーー殆ど全部アジア人ーーに、
 ナザレの預言者の生涯について語らせたいと思います。

 この試みは、
 些か無鉄砲であり、
 当然議論が予想されます。

 しかし、
 これによって、
 日本の読者に、更にイエスに近づいてもらえるなら、

 それは、
 本書にとって、大変貴重な証し となります。」


この文章は、
本書の意図を簡潔に述べられておられると思います。

トロクメ教授は、
敬虔なキリスト教徒でありながら、
その信仰の赦す範囲で、
出来るだけ客観的に、公平なイエス像を記述しようとされておられて、

しかも、
成功されておられると、思われ、

本書は、
イエス伝のなかでも、名著に位置づけられる本であるのでは、
という感じがしています。


これから、トロクメ教授の「キリスト教の揺籃期」その誕生と成立 を、
更に読み進めてみようと考えています。



ところで、
本書を読みながら、

1.神学が、他の学問と異なる点
  端的に言うと、
  神学は、学問とは似て非なる似而非(エセ)学問である という点  と、

 
2.私がイエス伝を読む必要性があるのか 

を、考えていましたので、簡単にご紹介させて頂きます。


1.神学が他の学問と異なる点
  (神学が、似而非(エセ)学問 と述べる理由)

  マックス・ウェーバーは、「職業としての学問」で、

  ① 学問的な研究をして生じる結果は、
    「知る価値がある」という意味で重要であるという前提である。

    この前提そのものを、
    学問の手段を持ってして証明する訳にはゆかない。

    この前提は、
    その究極の意味にかかわらせて解釈されるものであるが、

    その究極の意味というのは、
    そのあとで、
    めいめいが、自分たちのぎりぎりの生活態度に照らしてみて、

    拒否するなり、
    承認するなり、しなくてはならないものである。

  ② 物理学や化学や天文学などの自然科学が、
    自明な前提としているのは、究極の諸法則を知る価値がある、
    ということである。

    その法則を知っていると、
    技術的に有効な成果が得られるからして、知る価値がある、
    というだけではなく、

    更に、
    学問が「職業」であるならば、

    学問は、
    「それ自身のために」も知る価値があるからだ、
    というのである。

    この前提は、
    それ自体、証明しようとしてもできるものでは絶対にない。

    自然科学が描くこの世に、
    1) 存在するだけの価値があるかどうか、
    2) この世には「意味」があるかどうか、

    また、
    3) この世に生きて意味があるのかどうか、
    ということは、

    尚更証明できる事柄ではない。 

  ③ 医学についても、
    医学の研究の一般的な「前提」は、
    1) 生命を維持するという課題と、
    2) 苦痛を出来るだけ和らげることとが、

    ひたすらにそれ自体として、肯定される、
    ということである。

    医者は、
    危篤の病人が、死にたいと嘆願する場合にも、
    色々と手段をつくして病院を助ける。

    医者は、
    医学の前提と刑法典とのために、

    その(死にたいという患者や患者の身内の)望みを
    叶えるわけにはゆかないのだ。 

  ④ 美学においても、
    芸術品が存在するということは、
    美学にとって与えられた事実である。

    この事実が生ずるときの条件を、
    美学は、根拠づけようとする(学問である)。

    芸術品が存在すべきかどうか、
    ということは、
    美学の問うところではない、 

  ⑤ 法学についても、
    1) 法が、存在すべきかどうか、
    2) 他ならぬ かくかくの規則を立てるべきかどうか、
    については、
    法学は答えはしない。

    法学が示すことが出来ることは、
    もし、
    我々が 法的施行の規範に従って、ある効果を望むならば、
    かくかくの法規が、その効果を上げるために一番適当な手段である、
    ということである。 

  ⑥ 歴史的文化科学は、
    1) 昔には、
      これらの文化諸現象が存在する価値があったのか、
      又、
      今もあるのかどうか、
    という問題には、自らは答えないし、

    また、
    2) 文化諸現象を知ることが、苦労のしがいのあることかどうか、
    という問題にも、答えはしない。

    歴史的文化科学は、
    文化諸現象を知れば、

    それによって、
    「文化人」の社会に参加するという利益がある、
    ということを、前提としている。

    だが、
    こういう前提が、実際にあるのかどうかは、
    「学問的」に、誰にも証明できることではない。

    また、
    文化科学が、上のことを前提するからと行って、

    その前提が、
    自明であるということが証明されるものでは決してない。


要するに、
ウェーバーは、
学問が存在する価値があるとの前提に基づいて、学問が存在するのであり、

その学問が存在する価値あるとの前提については、
即ち、
研究すること、及び 研究した結果が、意味、価値があることは、
証明できないと、縷々説明されているのです。

従って、
学問とは、
学問それ自体を目的として組み立てられる技術(アート)である、
ということだろうと思いますし、

この点については、
神学も、
他の学問同様、当てはまるのだろうと思います。


神学と他の学問が、決定的に異なるのは、
研究の出発点が、
事実に基づかない ことです。

ウェーバーが例示した諸学問は、
ある事実をスタートラインとして、研究を積み上げていくことが、
価値があるものであるとの前提にしている、ということです。

ところが、
神学のスタートラインには、

人間が創り出した神、
即ち
架空の存在 が、鎮座しているのです。

神は、架空の存在ですから、
何とでも作り出し、言うことができますし、

これが神だと言えば、
だれも「そうではない」と反論や証明することができないものです。

これに、
人間は、エゴイストである との性格が加味されると、

神学者やキリスト教団の都合、妄想、により、
何とでも理屈をつけることが可能になるのです。

要するに、
スタートラインが事実に基づけば、
その後、
どの学者が論理が積み重ねても、同じ結論に到達するのです。

ところが、
スタートラインが架空の存在であれば、
いくら論理を積み重ねても、

砂上の楼閣であり、かつ、幻にすぎず、
人によって結論が異なるのです。

従って、
神学は、他の学問とは「似て非なるもの」と言えるだろうと思います。

神にとらえられているルターと、
自分の言葉は神の言葉だとするカルヴァンが、
神学上の合意できなかったのが、

神学が、
他の学問と似て非なるものであることが表面化し、、
幻にすぎないことが、露わになった 象徴的な事例だ と、思います。


もともと、
福音書は、

福音書記者が、護教的な目的から恣意的操作をしていると、
トロクメ教授は記述されておられます。

要するに、
あること無いことを福音書記者が記述していて、

今となっては、
どれが事実なのか分からない、ということです。


その文書を、神学者が、
それぞれの立場から、自分の都合の良いように構築し、記述して、

事実に基づいて組み立てた理論とは、大幅に乖離した化け物
というべきものを、作り出してきたのでは、
と、感じられます。

矛盾だらけの旧約聖書も同様です。


キリスト教は、
2000年にわたって、非常に優秀な方々が、
他の学問とは似て非なる作業を繰り返されておられるのです。

 ① 神は、勿論のこと、
 ② 人間に原罪があること、

 ③ キリストが十字架で、人々の罪を贖ったにもかかわらず、
   悔い改めなければ、最後の審判で地獄送りになるぞと脅かすこと、

 ④ 旧約の神と新約の神、及び聖霊が三位一体である、
   等々、

事実に基づかない荒唐無稽な理論を構築して、

弱い立場の人間を追い詰め、
マインドコントロールし、
金銭を巻き上げるための手段となり、

更には、
殺人や、拷問などの残虐な犯罪行為や、
聖職者の邪悪な欲望 や、嘘・出鱈目・詐欺

を、強弁し、正当化してたのが、「神学」なのです。


要するに、
出発点が架空のものですから、

論者に都合の良い理論や結論を いかようにも導き出せます。

「神学」は、このことを悪用して、
強盗犯や脅迫犯を正当化する 用心棒的な理論 というべきものを
作りだして、提供して

世俗組織の一つであるキリスト教会の犯罪行為を覆い隠し、
聖職者の 犯罪行為 や 地位・金・性欲を含むあらゆる欲望 を 満たす為に、
多大の貢献をしてきているのです。


今後、本を読むときには、

キリスト教の愛だとか、博愛だとの
表面上のプロパガンダの裏にある本質、

とりわけ、
人間が創りだした 事実に基づかない 神 を、
スタートラインとする神学 が、

どのような詭弁や法螺を作り出して、人を惑わそうとしているのか
どのように 犯罪行為に誘導しているのか、
について、
特に、注意せねばならないな、と、考えています。


 (注)上記のキリスト教神学に対する考察は、

    キリスト教に対する次の2つの考察に基づいていますので、
    こちらも ご参照頂ければ幸いです。


    キリスト教の本質についての幾つかの謎解き ・・・・・
    1.一神教のキリスト教が、世界宗教(普遍宗教)になったわけ(仮説)
    2.キリスト教が、異端を生み出し、幾つもの宗派に分裂したわけ(仮説)
    3.キリスト教が、殺人宗教となったわけ(仮説)
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-4431.html


    キリスト教が、ヨーロッパに 通奏低音としてもたらしたもの
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-6c54.html




2.私がイエス伝を読む必要があるのか?

神学が、他の学問とは似て非なるものであるから、読む必要が無い、
と、考えているのではありません。

神学が、他の学問とは 似て非なるものであるなら、
尚更、詳しく分析せねばならないはずです。


私が、
イエス伝を読む必要があるのかな?
と、疑問に考え出したのは、

私のキリスト教に対する視座が、歴史にあるからです。

即ち、
キリスト教の存在が、歴史にどのような影響を及ぼしたのだろうか、
との視点で、キリスト教を見ています。

田川教授やトロクメ教授のイエス伝は、
キリストの真実を掴もうとされている努力であるだろうと、感じられます。

これは、
非常に貴重な作業であり、
そういう面までも視野に入れた方が良いのでは、
とは、思いますが、

現時点でイエスの真実が明らかになったとしても、
歴史において語られたイエスとは、異なるものなのです。

歴史において語られたイエスを含めたキリスト教の活動が、
歴史に及ぼした影響を考えるとすれば、

昔に語られていたイエス伝、
ウソも含んだ聖書に記述されているイエス伝の方が、
歴史を考える際の資料として適当なのでは、

こちらの方が、
当時の人々の考え方に迫れるのでは、という気がするのです。

貧弱な能力と限られた時間のなかで、
幅広く歴史を考えたいと思っている人間にとって、

イエスの真実に迫ろうとする近代や現代の神学的な営為は、
とりあえず置いておいても良いのかな、
という気がしています。


またまた、
キリスト教関係者のお気持ちを逆なでする議論を 展開してしまいました。

キリスト教を、
中傷非難する趣旨ではなく、

歴史におけるキリスト教をどう考えたら良いのか
との思索の一環であることを、

ご理解頂いて、お許し下さることを、願っています。

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2013年5月22日 (水)

田川建三著「イエスという男」

田川建三 著
「イエスという男」
(作品社)

          **********


加藤隆著「一神教の誕生」と共に todoさん に ご紹介頂いた
「イエスという男」を、読ませて頂きました。

本が届いて「あとがき」を読んで、
大学紛争の頃、
国際基督教大学でも、造反教官が現れたとの話を聞いて、
キリスト教の大学で、意外だなとの感じを持ったことを思い出し、

その時の造反教官が、田川さんだったのか、
その方の本を、40年後に読むことになるとは、
と、ひととき 感慨にふけりました。

この本も、
加藤教授の「一神教の誕生」と同様、読むのに1ヶ月半かかってしまいました。

加藤さんの本と違って、読みやすい本だったのですが、
田川さんがおっしゃりたいことが良く理解できず、
文章を抜き書きしながら読んだために、時間がかかったのです。


私が理解した 田川さんのイエス観を、一口にまとめると、
次の通りであろうと感じています。

① イエスは、
  ユダヤ教及びユダヤ教が支配する社会への批判者、反逆者であり、
  それ故に殺された。 

② イエスの宗教的熱狂は、病気の治癒行為により生じた。

  イエスは、
  イエスの治癒行為は、神自身の力が直接働くことにより実現している
  という自信に満ちていて、

  それ故に、
  神の国が来たのだと宣言している。

③ この世の終末に際して、雲に乗って再臨する「人の子」とイエス自身を同化していた。

  ということは、
  イエスは、終末において、人の子として、人々を審判すると信じていた。



田川さんは、
イエスに関する通説的な学説を、否定されています。

① 「神の国」

  神の国の概念は、
  ユダヤ教において当時よく知られていた概念であり、

  イエスは、
  逆説的な言い方をぶつけている。

  「そんなに神の国、神の国と、言いたければ、はっきり言ってやる。
   神の国は、あなた達の中にある。」
  と、紹介し、

  「イエスにとって、
   神の国は、本質的な問題ではなかった。
   どうでも良かったのだ、と言って良い」
  と、記述されておられます。 

  また、
  洗礼者ヨハネの弟子達が、洗礼者ヨハネを継承して、
  自分たちの洗礼活動によらなければ、神の国には入れない
  と、主張したのだとすると、
  それは、神の国を簒奪する主張であり、

  イエスは、
  洗礼者ヨハネとその弟子達の活動に対して否定的だったのは確かだろう、
  と、記述されておられます。

② 「悔い改めよ、神の国は近づいたのだ」と言ったのは、洗礼者ヨハネであり、
  洗礼者ヨハネが実施した「洗礼」とは、悔い改めを象徴する儀礼だった。

  これを、
  原始キリスト教団が、イエスを飛び越して、
  洗礼者ヨハネの発言や洗礼などの宗教儀礼を取り込んで、
  おのれの宗教儀礼の中心に据えた。 

  即ち、
  洗礼者ヨハネの思想を、原始キリスト教団が継承し、
  それを、
  イエスの口に置いてしまった。

③ 「罪」

  イエスは、
  2、3の例外を別にすると「罪」という語を口にしていない。

  「罪」とは言わずに「負い目」と言っていて、
  「罪」を、神に対する「借り」と考えていた。

  即ち、
  すべての人間は、神に対して借財を負っている、

  人より富んでいたり、人を支配する権力を持っている者は、
  ますます神からの借りなのだ、と、イエスは 考えていた。

  また、
  宗教家面して
  厚顔無恥に、他人のことを罪人呼ばわりする連中に対して、憤っていた。

  そもそも、
  「罪の赦し」を、自分の基本課題とする必要も無かったはずだ、
  と、考えていた。


田川さんは、
通説を否定されておられますが、

それなら、
ご自身は、どのように考えておられるのか、が、未だに良く分かりません。

良く分からない点をご紹介して、
皆様よりご教示いただければと、願っています。


1.イエスの宗教観

  田川さんは、
  イエスは神を信じていたが、
  イエスの宗教的熱狂は、治癒行為にのめり込んでいった
  と、記述されておられます。

  イエスは、
  治癒行為だけをして、

  神や信仰について、語らなかったのでしょうか?
  人々に宣教しなかったのでしょうか?

  そうではないような気がしています。

  治癒行為は、
  イエスしかできなかったでしょうから、
  弟子達は、何のためにいたのでしょうか?

  イエスが、ペテロ達を誘ったとのことですが、
  何をするために誘ったのでしょうか?

  この様なことに対する説明がないので、
  イエスの宗教観が分かりませんし、
  宗教的熱狂と言われても、ピンとこないのです。 


2.神の国

  イエスは、
  「神の国」は、彼岸ではなく、この世に存在すると、記述されていますが、
  これも、良く分かりません。

  田川さんは、
  「神の国では、洗礼者ヨハネが一番小さい者だ」と、
  イエスが言ったと 記述されておられます。

  この様な言い方は、
  神の国が、この世ではなく、彼岸にあることを前提にしているのでは、
  という感じが受けるのですが、
  どう考えたら良いのでしょうか。

  また、
  この世の終末に、「人の子」として、イエスは再臨するつもりだった
  と、田川さんは記述されておられますが、

  イエスは、
  終末まで この世で生きているのでしょうか?

  普通に考えたら、
  昇天して、終末が訪れるまで 神と共に過ごす
  ということではないでしょうか? 

  だとしたら、
  「神の国」は、彼岸にある
  と、イエスは考えていたのではないでしょうか?


3.処刑された理由

  ① ユダヤ教が、イエスを処刑した理由について、
    具体的な記述が見あたりません。

    イエスの行動が、
    律法のどこに反して、極刑に値したのでしょうか?

    また、
    何故、ローマに引き渡したのでしょうか。

    神殿の乱暴狼藉や、その他のことを、
    断片的に色々記述されておられますが、

    イエスのこの行動が、もしくは、これらの行動が、処刑に値する
    と、断罪された、との説明がないものですから、
    良く理解ができないのです。

  ② ローマ総督が、イエスを処刑した理由も、
    良く分かりませんでした。

    ローマの責任で処刑したのですから、
    ローマが処刑する理由がなければならないはずです。

    パウロは、
    ローマ人でしたので、

    ユダヤ教がパウロを処刑しようとしたら、
    パウロを保護して、

    パウロの申請に従って、
    ローマまで連行してそこで裁判をしています。

    ローマというのは、合理的な行動を取る国ですから、
    イエスの処刑についても、合理的な理由があったはずです。

    ところが、
    田川さんの記述を読んでいて、
    ローマが何を判断したのか、良く分かりませんでした。


田川さんは、本書の最後で、

「こうして、
 受難物語の語り手も、
 後世の神学的解釈者も、

 断末魔のイエスのあまりに無残な意識に対面して、
 慄然とするのを避けようとした。

 こういう解釈者の意識の中で、
 イエスは、「復活」させられる。

 その次には、
 イエスの死の意味づけが、始まる。

 ついには、
 イエスという救済者は、
 十字架の死によって、世の人々を救うためにこの世に来たのだ、
 と、言われるようになる。

 イエスは、
 十字架に掛かって 死ぬために生きた、
 と いうわけだ。


 そうではない。

 イエスの
 あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きた から、
 あのように すさまじい死に いたりついた。

 いやむしろ、
 あのようにすさまじい死が予期されているにかかわらず、

 敢えて、
 それを回避せずに生き抜いた、
 と、いうことか。

 イエスの死に 希望があるとしたら、
 死そのものの中にではなく、
 その死にいたるまで 生きかつ活動し続けた姿の中にある。」
と、記述されておられます。


大変格調高い名文だと感心しています。

しかし、
「あのように」という語が何度も出て来ますが、

私には、
「あのように」という事実は、
田川さんの頭の中にはあるのでしょうが、
本書で具体的に記述されている個所が、良く分かりませんでした。


書物を記述するということは、
 ① 仮説の提示であり、
 ② その仮説を説得力ある論理により立証する作業だと思います。

田川さんは、
他の学者の学説を、反対し、否定したからには、
自分の学説を、論理立てて 立証しなければ、学者として不誠実である、
ということを、認識されておられないような印象を受けます。

率直に言って、
他人を 批判し、要求するだけで、自らを 反省せず、
破壊するだけで、再建を無視した
(東大)全共闘を思い出しました。


田川さんは、
ジグソーパズルのピースともいうべき、
イエスのエピソードを幾つも記述されておられますが、

ピースを組み合わせて、一つのイエス像を作り上げずに、

ただ、
「イエスの あのような 生と活動の結末 として、
 あのような 死があった、ということだ。

 あのように すさまじく生きたから、
 あのように すさまじい死にいたりついた。」
とだけ記述されて、

具体的な立証をされておられないのでは、と感じられます。


(注) 例えば、
    第6章 一 イエスにおける宗教的熱狂の自己相克 で、

    史的イエス論争の際の所謂「批判的」学者を、
    徹底的に批判した後、

    「何も 私は、彼らに反対して、
     イエスは、
     後の教団が 信奉したような 救済者としての意識 を 持って活動したのだ、
     などと、主張しようとしているわけではない。

     ただ、
     イエスの死後、信奉者達が、イエスをメシアとして崇めたのは、
     全く無から有を生ぜしめた創作ではないので、

     彼らに、
     そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった、
     と、言いたいだけのことである。

     イエスにも、
     その程度の人間的弱みは、大いにあったのだ。」
    と、記述されておられのに、吃驚しました。

    「批判的」学者を、詭弁だと批判されたのですから、

    少なくとも
    「イエスの宗教的熱狂」と
    「そのような気持ちを起こさせるような要素が、多分イエス自身にあった」
    ということに関して、

    この場所で、具体的に、詳細に説明して頂きたいな、
    それが、
    批判した相手に対しての礼儀であり、義務ではないだろうか、
    と、感じた次第です。

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2013年4月 4日 (木)

加藤 隆著「一神教の誕生」 第1回 本書の読後感

加藤 隆 著
「一神教の誕生」・・・ユダヤ教からキリスト教へ・・・
(講談社 現代新書)



          **********



ブログに コメントを頂いた todoさん に ご紹介頂いて、読ませて頂きました。
ノートを取りながら、一行一行確認する毎日でしたので、
1ヶ月半も、読むのに かかってしまいました。

本書は、
ユダヤ教とキリスト教の宗教としての本質を、
ものの見事に分析された「名著」であろうと感じています。

今後、色々な本を読んで、
加藤教授が分析された神学理論を、確認していきたいなと考えています、

todoさん、
本当に貴重な本をご紹介頂き、厚く御礼申し上げます。

今後は、
イエスや原始キリスト教関連の本を、何冊か読んでみようと思っています。
とりあえず、
次は、ご紹介頂いた、田川教授の「イエスという男」を
楽しんでみたいと考えています。


          **********


最初に、本書の概要をご紹介してから、私の読後感を書かせて頂こうと考え、
抜き書き風の要約をしたのですが、大変な分量になってしまいましたので、

最初の考えを逆にして、

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

という形で、進めさせて頂きます。

本書の内容についてご興味をお持ちの方は、
第2回、第3回を、お読み下さるようお願いします。



          **********


第1回 本書の読後感


私は、
ユダヤ教、キリスト教については、初学者であり、
これから幾つかの本を読ませて頂こうと考えていました。

そのような状況で、この2ヶ月近く、本書と向き合ったのですが、
本書は、
大変素晴らしい理論で、ユダヤ教、初期キリスト教についての全体像を
明快かつ簡潔に整理されておられて、

今まで疑問に感じていたことが、きれいに整理できる「名著」であろう
と、感じておりますが、

他方、
本書だけで判断するのは危うく、
他の方の本を読んで、本書の確かさを確認せねばならないな、
と、重い宿題を頂いたなとの感じもしています。

従って、以下では、
今後の読書する際に、気になる点、
念頭に置いておこうと考える点について、
幾つかご紹介させて頂きます。


1.本書の加藤理論と歴史事実が同一であったのだろうか?

現在から歴史を見て、
歴史事実を整理したときに見えてくる 過去の出来事 は、

実際に歴史を担った人々が、
目指していたこと、
考えていたこと、
認識していたこと とは
異なることがあるのでは、という気がしています。

本書を読んで、
加藤教授の理論は、
素晴らしい整理であり、その通りであろうと感心していますが、

果たして、
例えば、ペトロやパウロが、加藤理論を理解して、歴史を担っていたのかな
というと、
私の数少ない知識からでも、ちょっと疑問に感じられることがあります。


① 加藤教授は、
  ユダヤ教の神殿や律法を方便としてエルサレム教会は利用した
  と、記述されておられますが、

  これは、
  現在から見た見方、
  結果を知っているから見える見方であり、

  当時の人々は、
  別の意図を持って行動されたのではないでしょうか。

  パウロは、
  イエスの教えに従って、
  律法は守らなくては良い、具体的には割礼は不要である と、主張して、
  アンティオキアで、ペトロ達と対立し、
  エルサレム教会を追放されました。

  トロクメ教授やルナンの「パウロ」の本を読むと、
  エルサレム教会は、
  キリスト教徒になるには、先ずユダヤ教徒にならなければならない
  と主張して、パウロと対立した と、書かれていた記憶があります。

  ですから、
  エルサレム教会は、
  方便ではなく、本気でユダヤ教を信じていたのではないでしょうか。

  また、
  パウロにしても、第3回の伝道旅行の後、
  ユダヤ教と和解しようと、信者から大金を集めて エルサレムに赴き、
  ユダヤ教徒として、神殿でお勤めをするつもりでした。

  現在から見ると、
  キリスト教とユダヤ教は 全く別のものですが、

  エルサレム教会の指導者達は、
  ユダヤ教との違いを主張することはあっても、
  本質的には、
  キリスト教徒であると同時に、ユダヤ教徒でもあったのでは、
  と考えることもできるのではないでしょうか。


② 加藤教授は、
  イエスは、神が動いて、神の支配が近づいていると予告したのであり、
  神との断絶しているユダヤ教とは、異なった立場だった
  と、記述されておられますが、

  弟子達が、
  このイエスの告知の意味を、本当に理解していたのでしょうか。

  理解していなかった故に、
  極論すると、
  彼らのレベルが低かった故に、

  師であるイエス没後、
  イエスの教えに反して、ユダヤ教化したのではないでしょうか。

  加藤教授は、
  NHKカルチャーラジオの講義で、パウロを批判されておられます。

  加藤教授のパウロ批判は、その通りだと思いますが、
  批判されたパウロは、
  実は加藤教授の整理された神学を理解していなかったのでは、
  イエスの教えの意味することを理解していなかったのでは、
  と、感じられるのです。

  <加藤教授のパウロ批判>
  (加藤隆著「「新約聖書」とその時代」NHK出版158ページ以下)

  加藤教授は、
  4点パウロ批判をされておられますが、
  ここでは2点ご紹介させて頂きます。

  A.「十字架の神学」

    十字架の神学とは、
    「すべての者は罪の状態にあるが、
     その罪は、イエスの十字架によって贖われた」ということだそうです。

    加藤教授は、
    十字架事件以降、すべての者の罪が消えて、義の状態になり、
    永遠の命を得て、神との十全な繋がりが実現したことになるはずなのに、
    教会も、パウロも、(依然として)人が罪の状態にあると、盛んに主張して、

    十字架事件以降も、
    人は罪の状態に留まっていて、十字架の神学は有効でないと主張している
    と、批判されておられます。

    パウロは、
    神との断絶が生じたから、罪が生じたとの加藤理論を
    ご存じなかったのではないでしょうか。

    また、
    加藤理論によるイエスの予告の意味も理解していなかった
    のではないでしょうか。

  B.「信仰義認」

    パウロは、
    「信じる者は、救われる」との議論をしていると、批判されておられます。

    加藤教授によると、
    神は、自らの判断で、介入するのであり、
    人間が何をしようが、神の行動に影響を与えることはない
    と、説明されておられます。

    パウロは、
    この加藤理論を理解せずに、神との断絶とか、人間の罪について、
    ユダヤ教の考え方をしていたのは、という気がします。

    また、加藤教授は、
    信じる者は救われるとなると、信じない者は救われないので、
    すべての者の罪が消えて救われたとする「十字架の神学」にも反している、
    と、批判されておられます。

    加藤教授は、
    エルサレム初期共同体は、イエスの教えに反して、
    人を二分することを選択したと記述されておられますが、

    加藤教授のパウロ批判を読むと、
    彼らは、人を二分することの意味するところなど考えもしていなかったのでは、
    という気がしないではありません。


ここで申し上げたいのは、
当事者が考えてもいなかったことが、後から見ると位置づけられることがある、
ということです。

加藤理論を知らなかったペトロやパウロの足跡を、
現在の視点で整理すると、
彼らが考えもしなかった加藤理論が浮かび上がってきたのでは、
という感じがしています。

こういうことは、歴史ではありうることだと思います。

もしそうなら、
歴史事実と神学理論が異なることがあり得るということなので、
その場合どのように対処すれば良いのか、
すぐには結論が出せない問題だな、という気がしています。


2.神は実在するのだろうか?

本書を読んでいて、
神が、実在するのだろうか?
神は、人間が創り出した想像の産物と考えるべきでは?
との感が、ますます強まりました。

加藤教授は、
ユダヤ教の神(旧約の神)は、最初、御利益神だったのが、創造神に変化した
と、書かれておられます。

神が実在していたら、
途中で神の性格が変わるということがあり得るのでしょうか。

神は、
人間が、想像して作り出した架空の存在だからこそ、
その性格が、
人間の都合により変化させられたのではないでしょうか。

北王国が、アッシリアに、
南王国が、バビロニアに滅ぼされても、
更には、
その後現在に至るまで、
神は、何の動きもしていません。

イエスは、
神の支配が近づいていると予告しましたが、
それから2000年たっても、神の支配は実現していません。

黙示思想によると、
この世の中は悪の世界だから、
この世界を創った神が、すべてを破壊するとされていますが、
これも現実となっていません。

これらは、
人間が勝手に想像したものだから、お話だけのことにすぎない
と、考える方が、説得力があるのでは?と思われます。


3.イエスは、神なのだろうか?

イエスは、
父(神)の子とは言ったけれど、自分が神だとは言わなかったようです。

加藤教授は、
エルサレム初期共同体が、自分たちの都合でイエスを神とした
と、記述されています。

キリスト教会は、
ペトロ達が、イエスは神だ と言い出したことを、
そのまま継続して、イエスが神だというのは正しい と、言い続けているのです。

もし、
ペトロ達が神であると言い出さなかったら、
もしくは、
ヘレニストがキリスト教の主流となったなら、
イエスは、神とはならなかったのだろう と、思います。

だとしたら、
イエスを神としたのは、人間であり、イエスは神ではなかった、
と、いうことになると思いますが、

キリスト教は、
神学上の理由ではなく、
ペトロ達同様自分たちの組織の都合により、
イエスが人間であることを認めていないのだろう と、感じられます。


4.ペトロなどの教会の指導者(聖職者)は、聖霊に満たされた者だろうか?

加藤教授は、
ペトロ達は、聖霊に満たされているので、

神と直接的な繋がりがあるので、
神が判断すべきことも判断できる存在だ。

按手により、信者を直接神と繋げることができる、
と されていると、記述されておられます。

これは本当でしょうか?
ちょっと考えても、ウソだとしか言いようがない気がします。

例えば、
聖霊に満たされている者の代表である ペトロとパウロは、
キリスト教徒は、ユダヤ教の律法に従うべきかどうかで
意見が対立して、
パウロは、原始キリスト教会から追放されました。

ペトロもパウロも、
キリスト教史上最も聖霊に満たされているであろうと考えられる人ですから、
当然 2人とも 直接 神に繋がっている人のはずです。

言い換えると、
神が、こう考えている、
こう判断している と、
信者に対して、正確に神の意向を伝えることができる人です。

神の考えは 一つのはず です。
従って、
ペトロとパウロの意見が対立するということは、

ペトロとパウロは、
神の考えに基づかずに、
人間である各々の考えが異なったから対立したと考えるべきです。

これはまずい と 考えた ヒエロニムス は、
二人の対立は芝居だ と ウソの上塗りをして糊塗しようとしましたが、

ペトロとパウロは 対立した と 考えていた アウグスティヌス に
かみつかれました。
(ウィルズ「アウグスティヌス」岩波書店117㌻ )

ヒエロニムス も、
アウグスティヌス も、
キリスト教史上有数の聖霊に満たされた人々です。

彼らが 論争をした と 言うことは、
やはり、
神の考えに基づかず、人間である自分の考えで論争した
と、考えるべきです。

この様な例は、いくらでも挙げられます。

例えば、
何故、ギリシア正教 と カトリックが,分離したのでしょうか。
何故、カトリックから プロテスタント が,分離したのでしょうか。

何故、ルター派 と カルヴァン派 は、
一緒になろうと会議を持ったのに、決裂したのでしょうか。

教皇は、
聖霊の助けを借りて、選出されるとされていますが、
歴史上 3人も 教皇が並立したことが ありました。

これらは、
当事者が、もし聖霊に満たされていて、一つの神の考えに従っていれば、
あり得ないことでしょう。

加藤教授の記述の中にも、同じような例が記述されています。

例えば、
キリスト教では 重要事項は、指導者達が決めた と、記述されてから、
決定方法を、次のように説明されておられます。

 A.個々の教会の指導者が、最終的な決定を行いました。
 B.その決定が 困難な場合は、会議(公会議)を行いました。
 C.また、神学者なる者たちが、
   可能な限りでの全体的なあり方の了解を具体化し、
   個々の問題に対する対策を提案しました。

そして、
加藤教授は、結論として、

キリスト教では、
こうした 人間側の活動 に、神学的な意義がある と されたのでした
と、記述されておられます。

個々の教会の指導者は、
聖霊に満たされている者=神と同じ考えをする者であるはずですから、
彼らが、個々に 神と同じ決定ができるはずで、

その後の 会議(公会議)や 神学者の思索 は、
全く必要のないことのはずです。

それがそうでないとされるのは、
キリスト教が主張する 聖霊そのものが存在しないか、

それとも、
聖霊に満たされている者=神と同じ考えをする者というキリスト教の主張が、
ウソであるからだ

と、言わざるを得ないのではないでしょうか。

加藤教授も、
人間的な活動により、重要なことが決定される
と、おっしゃっておられますので、

聖霊は、
存在しないか、
その働きについての主張がウソである  と、
認めておられるのだろう と 思います。

加藤教授は、
ペトロ達が、聖霊に満たされている者となったのは、

状況の変化したときに、
ペトロ達の決定は、神の決定と同じだとするために、
自分たちを神格化したためである、
と、説明されておられます。

即ち、
私流の言い方をすると、

ペトロ達の都合で、
ペトロ達を 神 ないしは 神と同格の者だ とすることを、
信者をごまかすために、聖霊を持ち出して、利用した
と、記述されています。

加藤教授は、
ペトロ達が、どのようにして聖霊を獲得したのか、について
説明されておられませんが、
多分 最初の聖霊降臨祭の出来事であるのでしょう。

この出来事は、
ペトロ達が、現実にあったことだと主張していますが、

これは、
謂わば 当事者の主張であり、
客観的な証明がされた出来事であるとは、言えないだろうと思います。

奇跡が、あったか、なかったかについては、
加藤教授も書かれておられるように、実りの少ない議論ですから、
これ以上議論しませんが、

少なくとも、先ほど述べたように、
聖霊に満たされている者の判断が、
人間の判断と同様に 幾つにも別れるものであるという事実がある以上、

聖霊について、
少なくとも、
聖霊の働きについてのキリスト教の主張は、
否定されるべきものと考えます。


5.教会に、正統性があるのだろうか?

加藤教授によると、
イエスは、神の支配が近づいている との告知 を しただけです。

神が、
自らの判断で、すべての人間のために肯定的な関与をする、

言い換えると、
神が、
人間の働きかけとは 全く関係なしに、勝手に動くことが 近づいてますよ、
もうすぐ 神が、ご自身で 自ら 人間を支配するようになりますよ、
と、人々に知らせたのです。

イエスの告知 を 信じようが 信じまいが 関係なく、
すべての人々が 神の支配の恩恵を受ける
と、イエスは教えていたのです。

イエスが、神の支配の現実を告知するときに、
助手のペトロなどの弟子達と一緒に共同生活をしながら、活動しましたが、

イエス も、
弟子達 も、
イエスから告知を受けた一般の人々も、

神の前では、
即ち、
神学的には、同等でした。

一般の人々は、
ユダヤ教の教えの下、神との断絶の中で生活をしていましたが、
その生活スタイルを変える必要はありませんでした。

多分、イエスにしたら、
神の支配が実現したら、神が必要により指示する生活スタイルに、
おのずから変わるのだろう と、考えておられたのでしょう。

ところが、
ペトロなどの弟子達は、イエスが死刑で没した後、
このイエスの教えを 全く無視して、
自分たちの都合の良いように、勝手に変えてしまいました。

 ① まず、
   エルサレムで、共同体を作って、
   イエスの教えに従うことに賛同する者は、全員、全財産を共同体に供出して、
   参加せねばならないとしました。

   これにより、
   イエスの教えを従う者と、そうでない者とに、
   人間を 二分したのです。

   ですから、
   イエスの教えに従う者しか、神の恩恵を受けることができなくなりました。

   洗礼を受けないで死んだ赤ん坊は、地獄に行くのか などの
   馬鹿げた話が出てくる所以となったのです。

 ② 次に、
   エルサレム初期共同体の生活スタイルが、
   神の支配の現実に見合った生活スタイルだとして、
   信者達に、その生活スタイルを強制しました。

   これも、イエスの教えに反しています。

   イエスは、
   神の支配の現実が近づいていると告知(予告)したのであって、
   神の支配が現実となるまでは、
   今のままの生活スタイルのままでよろしいと言っていたのです。

   イエスは、弟子達と共同生活をしましたが、
   それは、布教のために必要だったからであり、
   神学的にそのような生活をすることが求められたのではありませんでした。

 ③ エルサレム初期共同体 と、既存のユダヤ教社会とを区別し、
   エルサレム初期共同体の生活スタイルに 神学的根拠を与えるために、
   イエスを、神格化し、神だと言い出しました。

   これは、
   自分たちの都合、
   即ち
   組織の都合のために、言い出した主張であり、
   神学的な必然性はありませんでした。 

 ④ エルサレム初期共同体が、
   貧困層の加入が増加して、経済的に経営が困難になると共に、

   規模が拡大して、
   エルサレム初期共同体の最初の生活スタイルが維持できなくなりました。

   規模が拡大したとは、
   A.エルサレムで従来のアラム語を話すユダヤ人に加えて、
     ギリシア語を話すユダヤ人が加入して、
     文化的な摩擦が生じたと共に、

   B.エルサレム以外の町でも、
     キリスト教の共同体が形成されてして、
     それぞれの生活スタイルが現れたのです。

   この様な状況が色々変化する事態に対して、
   ペトロなどの指導者達が、
   時々に応じて 柔軟に判断したことを、神の判断だ(神と同じ判断だ)とするために、
   指導者達も 神格化しました。 

   即ち、
   指導者達 は、
   聖霊に満たされている者であり、
   神と同じ判断をしている者だ と、主張し始めたのです。

   また、
   聖霊に満たされている者である自分たちが按手をすれば、
   その信者は、直接神と繋がるものとなる と、言い出しました。

   直接 神と繋がる者を誰にするかは、
   本来は、神が判断すべきことですので、

   ペトロ達の按手は、
   勝手に神を語って、信者をたぶらかす行為では、
   と、思われます。

 ⑤ この様なエルサレム教会の主流派に対して、
   ギリシア語を話すユダヤ人達の中で、
   特に、反神殿の立場に立ったステファノ、フィリポなどの人々が、
   ヘレニストと呼ばれていました。

   彼らは、
   イエスの教えに忠実だったのですが、
   反神殿故に、ユダヤ教により
   ステファノは処刑され、
   フィリポ以下の他の人々は、エルサレムから追放されました。

   このとき、
   ペトロ以下のエルサレム教会主流派は、
   ヘレニストを全く援助をしなかったために、
   両派の対立は決定的になったのです。

   私には、
   この主流派とヘレニストの対立は、
   キリスト教会最初の正統と異端の問題が生じた事件だろう
   と、感じられます。

   ペトロ達は、
   エルサレム初期共同体に参加するときに、

   最初は、全財産、
   途中から、一部の財産を供出することを強制しました。

   一部の財産しか供出しなかったのに、
   全部の財産を供出したとごまかした夫婦は、
   ペトロにより殺されています。
   (加藤隆著「「新約聖書」とその時代」NHK出版83㌻以下)

   私には、
   これが、その後の教会による、信者から財産を巻き上げる端緒と
   なったのだろう と、感じられます。

   キリスト教は、
   自分たちは、清貧を モットーにしている と 言いながら、

   実際には、
   信者から財産を巻き上げて、
   聖職者は、贅沢三昧の生活を満喫し、大変贅沢な生活をしています。

   ロビンフッドを子供の頃読んだ方は思い出して頂きたいのですが、
   シャーウッドの森の住人で、太っていたのはタック坊主だけでした。

   中世において、
   一般の人々は、太るほどの栄養を摂取できなかったのに、
   肥満体の聖職者がうようよいました。

   これは、
   教会が、一般の人々から財産を巻き上げていたからです。

   その究極が、贅を尽くしたバチカンのローマ教皇庁です。

   勿論、
   個人的には、アッシジのフランチェスコのように、
   本当に清貧の生活をした高潔な人格の方も、多数おられました。

   しかし、
   組織としてのキリスト教会、
   特に、
   カトリック教会は、
   堕落を批判され、改革を求められた歴史の連続でした。

   その行き着いたところに、
   ルターやカルヴァンによる分裂、
   国民国家を形成したフランス、イングランドのカトリックからの離反
   が、あったのです。

   (注) フランスは、カトリックの国では、と思われる方が大半だと思いますが、
       ガリカニスムにより、
       実質的にローマ教会から独立した存在となっているのです。


以上のような経緯を考えると、
ペトロ達が作った原始キリスト教会は、神学的に正統なのだろうか
という疑問が生じてきます。

加藤教授は、
キリスト教会は、「人による人の支配」と、結論づけておられます。

「人による人に支配」は、
ユダヤ教で批判された「神の前の自己正当化」より、もっと問題であるどころか、
神を無視し、神を悪用する 人間として唾棄すべき下劣な振る舞いでは
ないでしょうか。

旧約の神が、下劣な神ですから、
それを奉じるキリスト教も下劣であるのは、類は類を呼んだのですね、
と、罵詈雑言を吐きたくなるくらいです。

ペトロ達エルサレム教会の指導者は、
自分の都合、組織の都合で、神やイエスを利用しているのです。

彼らを引き継いだキリスト教会も、また同様なのです。

私には、
キリスト教が、カルト宗教とどこが違うのか、同じではないか、
と、思われます。

どうしてこの様な組織が、
2000年も、人々をマインドコントロールして来られたのかが、
今後の大きな宿題の一つであろうと、考えています。


6.キリスト教徒は、何を信じているのだろうか?

以上、お話ししたことをまとめると、
キリスト教徒は、一体何を信じているのだろうか?
という気がします。

① 神

  加藤教授は、
  キリスト教で一番大切なのは、
  イエスではなく、神であり、神の支配の現実だ
  と、記述されておられます。

  でも、
  神は、
  どうやら 人間の想像の産物であり、架空のもの のような気がします。

  また、
  加藤教授は、
  ユダヤ教の神が、イエスの神と異なるかも知れない、という問題が、
  解決されていない、と記述されておられます。

  確かに、
  旧約の神 =ユダヤ教の神 は、
  ユダヤ民族に偏った神であり、全人類を公平に扱っていません。

  例えば、
  出エジプトの際には、
  ユダヤ人の赤ん坊は助けますが、エジプト人の赤ん坊は殺しました。

  ユダヤ人に、カナンの地を与えた、
  ということは、
  従来から カナンに住んでいた人から、住処を召し上げたのです。

  秦先生は、
  神が、ユダヤ人を陣頭指揮して、カナンに住んでいた人を皆殺しした
  と、書かれておられます。

  また、
  旧約の神は、果たして神と言えるのかと思うほど、
  自ら定めた十戒に反して、
  ユダヤ人以外だけでなく、自分に従わないユダヤ人も、殺しまくっています。

② イエス

  加藤教授は、
  イエスの神学的な機能は、
  神の支配が近づいている と 告知したことである、
  神となったのは、ペトロ達が自分たちの組織の都合でそう言いだしたのだ
  と、記述されています。

  要するに、イエスは、
  ユダヤ教に数多く出てくる預言者と同じではないでしょうか。

  勿論、
  神が、人類のために肯定的な方向に勝手に動く と 言い出したことは、
  新しいことだろうと思いますが、

  預言にしかすぎないことは、
  それ以降2000年間、神の支配が実現していないことで
  証明されていると思います。

  マニやムハンマドが、
  イエスを 預言者と位置づけていること は、正しいのだろう と 感じられます。

③ 聖霊

  これはウソであることは、先ほど述べました。

④ 人による人の支配

  加藤教授の キリスト教の結論 は、
  人の人による支配です。
  神が、何処かに行ってるのです。

  それでいながら、
  加藤教授が、
  キリスト教において、神が一番大切だとおっしゃっておられるのが、
  私には理解できません。

  人による人の支配ということは、
  神という架空のものを、いかにもありがたいものだと 信者に提示して、
  聖職者が、信者を支配すること を 意味しています。

  そのための、
  論理付け、道具立てを、ユダヤ教から流用しているのです。

  それが、
  加藤教授が記述されておられる 聖書主義であり、儀式主義だろう
  と、思います。

  有名な三位一体論も、
  上記の①②③の様に考えると、

  強引に、神とイエスと聖霊は三位一体であるとするのが、
  自分たち(聖職者、キリスト教会)とって都合が良かったからであり、
  キリスト教の聖職者達がでっち上げたことだと感じられます。

  でっち上げだからこそ、
  あれだけ反対者が、手を変え、品を変えて 何度も何度も出てきたのでしょう。


以上、まとめると、
キリスト教は、やはり詐欺宗教、ペテン宗教であるであるということが、
今時点の私の結論となりますが、

本書だけで結論を出すのは危ういことですので、
今後、色々な本
とりあえずは、
イエスや原始教会の本 を 読んで、考えていこうと思っています。

この様なキリスト教が、
2000年も影響力を持ち続けたのは、何故でしょう?

ありもしない神を、
信じたい、
信じなければおられない と 感じる人が、
人間の中で相当多くおられるからだろう と、思います。

人間とは、
そのような性質を持った動物であるのだろう、という感じがしています。
加藤教授も、本書の最後(288㌻)に
信じることは人間的な行為であると記述されておられます。

キリスト教は、
そのような人間の宗教を求める欲求 に応えてきた
と、言えるでしょう。

でも、
そのような信者の宗教心を利用して、
信者を、たぶらかして、財産を巻き上げ、
場合によっては、人殺しまでして、
おいしい思いをしてきたのも、キリスト教だ とも、言えると思います。


7.異端が、実は正統では?

本書を読んでいて、
従来から感じていたこと、再度確認出来たなと感じることの一つに、
異端が、神学的には 本当は 正統である ということが多いのでは、
と いうことがあります。

そこまで極論しなくても、
キリスト教の歴史を考えるときに、異端の重要性を深く認識すべきでは、
と、改めて痛感しました。

異端は、
正統派にとって 目障りで、邪魔な存在であるが故に、
本来の価値を不当に貶められていることが多いのです。

本書の範囲内でも、

 ① イエス自身が、ユダヤ教の異端者でした。 

 ② ペトロ達の原始教会の主流派が、
   イエスの教えに忠実だったヘレニストが、
   ユダヤ教により追放されるのを黙認しました。 

 ③ キリスト教のユダヤ教化に反対して、
   ユダヤ教とは別の存在であり、律法は不要である と唱えたパウロも、
   ペトロ達主流派から追放されました。

   追放後、当然のことながら、
   主流派は、パウロが宣教する後を追っかけて、
   パウロの活動を妨害したのです。

   パウロは、
   ユダヤ教にとっても異端者でした。

   第3回伝道旅行の後、エルサレムでユダヤ教徒に捕まり、
   イエスやステファノ同様、殺されるところでした。

   このとき、エルサレム教会の主流派は、
   ステファノが処刑されたときと同様の行動を取っています。

   パウロが、殺されなかったのは、
   ローマ国籍を持っていて、
   ローマ人は、本人の申告により皇帝の裁判を受ける権利を持っていたため、
   パウロの要求により、エルサレムよりローマに護送されたからでした。

 ④ ユダヤ教の神(旧約聖書の神)は、創造神で、
   イエスを派遣したのは至高神であるとしたグノーシス派は、
   異端とされ排斥されました。 

これ以外でも、
ニカイア公会議以降のアリウス派、ネストリウス派等や、
アウグスティヌスが異端としたペラギウス派、
更には、
アッシジのフランチェスコの思想を受け継いだ故に、弾圧された聖霊派など、
今思いついただけでも、いくつもあげられます。

どうやら、
これらの異端派の方が、
主流派より、宗教的に正統であり、
イエスの考えを正確に引き継いで、実現しようとしたため、

主流派は、
彼らを悪魔呼ばわりして、弾圧したのでしょう。

弾圧の激しさが、
異端派の正統性を裏返しに証明しているような気がします。

イエスの教えに忠実だったヘレニストや、
アッシジのフランチェスコの教えに忠実だった聖霊派の、
似たような運命を考えると、感慨深いものがあります。

主流派が、
異端派の主張を認めなかったのは、

主流派が、
組織の論理=人間の論理 を、神や神学理論より優先したためであり、

これも、
キリスト教は、神の宗教ではなく、
人間が人間を支配するための世俗的権力であることの現れだろう
と、思います。

(注)ペラギウス派について

   アウグスティヌスに異端と断定され、
   その後、カトリック内で蛇蝎の如く扱われたペラギウス派は、

   最初、エルサレム公会議で、
   エルサレム司教により 全く正統であると認定され、

   その後、
   ローマ教皇の審問を受けて、

   審問後 ローマ教皇も、
   全く正統であり、何故異端と言われるのであろう、と嘆いたほどだったのです。

   それを、
   アウグスティヌスが、西ローマ皇帝の宮廷に、
   子供のときからの親友であるタガステ司教アリピウスを派遣して、

   サラブレッドの種馬の賄賂で、宮廷を買収して、
   ローマ皇帝の権力により、ローマ教皇に異端認定を強制させたものであり、

   ペラギウス派は、
   聖職者の議論によらず、賄賂によって異端とされたものなのです。
   (アマン「アウグスティヌス時代の日常生活」下300㌻ リトン刊)

   アウグスティヌスは、
   人格が高潔で、
   キリスト教の歴史上最高の神学者とされていますが、
   きらきら光る表面のメッキの裏側に、醜悪な本質が隠されていたのです。

   これも、
   キリスト教が言う「聖霊に満たされた者」の本質なのでしょう。


今回の読後感は、キリスト教に対して、大変厳しいものとなりました。
ただ、
ブログの最初 と 中半で申し上げた通り、完全に結論を出したわけではありません。
もうしばらく、キリスト教の本に留まって、考えていこうと思います。

その際に、
ランケが息子さんに贈った神についての次の言葉(1873年)を
常に念頭に置いて考えていこうと思います。

「すべての物事には、真正なる定めが存在する。

 我々人間は、
 その存在を直接証明することはできないが、
 その存在を感じることはできる。
 ・・・
 摂理を信ずること、
 それは、
 あらゆる信念の内の最高のもの、
 すべての信念の実質をなす。

 その点で、
 私の心は揺らぐことがない。」

(注)この言葉は、
   E.H.カーの伝記である「誠実という悪徳」(現代思潮新社刊)の
   「序」の前の㌻(表紙の裏扉みたいな場所)に掲載されていました。

   歴史学の研究においては、合理的な研究に徹したランケが、

   その心の奥底に、何故 神がおられたのか、
   その意味するところは何だったのだろうか?
   ということを考えていけば、

   神とは?、宗教とは?、との問いに対する解を導くよすが になるのでは、
   と、期待しています。


   現在 これが解答になるのでは と、想像していることは、
   「宗教とは、
    理屈でも、事実でもなく、
    一人一人が、ただ、神を 感じることではないだろうか?」です。

   ランケの言葉をご紹介したのも、そう感じられるからでした。

   神を、必要とするか どうか、
   神を、感じることが あるのか、ないのか、ということは、
   個々人の感性であり、精神作用なのです。

   今まで本ブログで、長々と述べてきたのは、
   加藤教授の神学に基づいた理屈であり、論理です。

   本来、神学とは、
   信仰とは関係ないことなのでは?という気がしています。

   逆に、
   組織の論理を優先した 自分たちの信仰を 正当化するために
   神学を利用しようとするから、おかしなことになるのだろう、
   とも想像しています。

   神学とは、
   人を 説得するときに、
   人を 勧誘するときに、
   更には、
   キリスト教内部で、自分たちの正統性を主張するときに、

   「神とは、感じるものです」では、説得力が弱いため、
   補強するための色々な理屈を考え出す必要性から
   作り出されたものなのだろうと思いますが、

   所詮、
   信仰という理屈でないものを、理屈づけようとするから、
   論理的な破綻をきたして、色々ほころびが出てくるのだろう
   と、思います。


   信者の方にとって、
   信仰なき者が、信仰とはかけ離れた人間が、信仰も理解せずに、
   ストーカーみたいにまとわりついて、とやかく言わないで欲しい、
   と、うっとうしい思いをされておられるのだろうと、想像しています。

   ただ、
   パウロの第三回目のブログで述べたように、

   歴史における キリスト教の言動、行動 の 評価 ということは、
   信仰とは別に議論されることだ と、思いますし、
   キリスト教は、これに答える立場におられるのだろうと思います。

   ヨーロッパにとって、キリスト教は、歴史のバックボーンであり、、
   ヨーロッパを理解するためには、キリスト教の理解が不可欠なのです。
  
   ヨーロッパの歴史を議論するための前提として、
   キリスト教とはどのようなものか、を知ることが必要であり、

   「キリスト教信仰」からの視座ではなく、
   「歴史におけるキリスト教」 という視座から、
   色々な本を読んで、できるだけロジカルに感想を述べているのが、
   本ブログであることをご理解頂ければ幸いです。

   キリスト教の方にはご迷惑だろうと思いますが、
   これが、老後の楽しみである 私にとっての謎解きのテーマの一つであり、
   お赦し下さることを願っています。


    加藤 隆著「一神教の誕生」

    第1回 本書の読後感
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-124b.html

    第2回 ユダヤ教についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-53b2.html

    第3回 イエス と エルサレム初期共同体 についての本書の概略
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/3-dae4.html

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2012年8月28日 (火)

パウロ・・・第3回 悲惨な歴史の淵源となった パウロの教え

パウロについて、今まで2回お話しさせて頂きました。
 第1回 「パウロの生涯」
 第2回 「パウロの業績」と「パウロ没後のパウロの教え」

今回は、
パウロが確立したキリスト教神学が、
ヨーロッパの悲惨な歴史の淵源になった点について、
お話しさせて頂きます。


     **********


ヨーロッパ史を概観していくと、

キリスト教の教えが、
ヨーロッパ人のエートスに、血となり肉となってしみこんでいて、

ヨーロッパ人を凶暴化させて、
殺戮などの悲惨な歴史を繰り広げさせた と、感じられます。


そのキリスト教の教えの淵源 を 辿っていくと、
キリスト教の実質的な創始者であり、
キリスト教神学を確立したパウロに 到達するのです。


勿論、パウロは、
キリスト教徒を凶暴化させ、殺戮を繰り広げさせようとは、
考えていませんでした。

しかし、
パウロの教えをロジカルに積み重ねていくと、
ヨーロッパ人の凶暴化の淵源となったと言わざるを得ないな、
と、結論づけざるを得ないのです。

何故そう考えるのか、について、簡単にご説明させて頂きます。


私が、
ヨーロッパの歴史に悲惨をもたらしたと考えるパウロの教えは、
現在の所、次の3つを考えています。

 1.「神にとらわれている」との信仰

 2.ユダヤ教の神(=旧約聖書の神)を否定しなかったこと

 3.イエスが持っているはずの 罪を赦す権限 を
   「教会」に認めたこと


     **********


1.「神にとらわれている」との信仰 について

  「神にとらわれている」は、
  キリスト教の信仰の核心だと想像しています。

  前回の最後に、
  森有正先生の文章をご紹介しましたように、

  「神にとらわれているからこそ、自由が実現できる」
  と、キリスト教徒、少なくともプロテスタントは考えているのです。


  A.アルベルトゥス・マグナスの
    「哲学」と「神学」の違いについての見解

  「神にとらわれている」との 信仰について 考え始めたのは、
  松田智雄先生 の ルターの解説 を 読んでいるときでした。

  「とらわれている」と「自由」という 全く矛盾した言葉 に 直面して、
  瞬間理解できなかったこと を 印象深く記憶しています。

  そのとき思い出したのは、
  ゴンザレスのアルベルトゥス・マグナスについて解説した、
  次の記述でした。

  (アルベルトゥス・マグナスは、
   ドミニコ会の神学者で、トマス・アクィナスの先生です。)

  「パリとケルンで教えたアルベルトゥスは、
   哲学と神学をはっきり区別した。


   哲学は、
   それ自体独立した原則によって機能する為、
   啓示ナシに知ることが出来ると考えた。

   哲学は、
   厳密な論理的方法によって、真理を探究しようとする。

   従って、真の哲学者は、
   たとえ議論されるべき事柄が、信仰の教理であるとしても、

   精神が捉える事の出来ない事柄については、
   証明を試みることをしない。


   これに対して、神学者は、
   理性では把握することの出来ない、啓示された真理を
   前提をして論述する。

   このことは、
   神学的教理が、不確実であるということを、意味してはいない。

   むしろ、
   啓示された事柄は、理性に基づく事柄よりも、一層確実である。

   何故なら、
   理性は、啓示とは異なって、誤りを犯す可能性があるからである。


   哲学者は、
   理性が把握することの出来る領域に留まっている限りは、

   いちいち神学によって導かれることナシに、
   自由に探求することが出来なければならない。


   例えば、
   アルベルトゥス・マグナスは、
   世界の永遠性を巡る問題について、

   哲学者という立場からは、
   無からの創造を証明することはできない、
   と、率直に表明している。

   この問題に関しては、
   哲学者は、色々な可能性を 議論する以上のことは 出来ない。

   しかし、
   神学者という立場からすれば、

   彼は、
   世界が永遠ではなく、無から創造されたこと を
   知っているのである。

   これは、
   探求の対象が人間の理性の範囲を 超えているために、
   理性によっては 真理が把握することが 出来ない事例 である。

   もし、哲学者が、理性に基づいて
   世界の永遠性 や 無からの創造 を 証明しようとするなら、

   その人は、
   哲学者としての資質を欠いていることになる。
   理性の限界を無視しているからである。」

   (出所) ゴンサレス 「キリスト教史 上巻」 340㌻  


  B. 森有正先生の見解

  森有正先生も、アルベルトゥス・マグナスと同じ考えを、
  最近読んだ「土の器に」で、次のように 記述されています。


  「キリスト教の神は、
   漠然と神なのではなく、
   イエス・キリストにおいて現れた神なのです。

   哲学においては、
   人間が、神を認識するのですけれども、

   キリスト教(福音)においては、
   神が、
   イエス・キリストにおいて 自分を表したことを
   人間が信ずることを、私どもに要求するわけです。

   語りかけてくる福音(神自身の言葉)ですから、
   人間の側からどうすることもできない。

   神は、
   「こういうものである」と、神様の側から人間に啓示される。

   キリスト教というのは、
   神様が、
   ご自分を 主張なさる。私どもに 要求をなさる。

   これがなかったら
   キリスト教ではないのです。

   他の人間が研究して、神様は存在するということを、
   哲学的に証明した人が何人もいますけれども、

   証明になっているかどうか知りませんが、

   とにかく、そういう
   人間が考え、人間の方から至りつく神
   ではなくて、

   神の方から
   これが神だ と言って、信ずることを要求する
   のですから、
   一点の妥協の余地もない。

   信仰というものは、
   そういう意味で厳格なものです。」

   (出所) 森有正「土の器に」206㌻、207㌻


  森先生が、
  キリスト者として、神の絶対性についても
  言及しておられることに、ご注目下さい。


  C. 「神にとらわれている」と「自由」に、
     ブリッジを架けるロジック

  アルベルトゥス・マグナスや森先生の記述を、
  詳しくご紹介したのは、

  お二人の考え方に、
  「とらわれている」と「自由」という矛盾した言葉に、
  ブリッジを架けるロジックが存在している、と、考えられるからです。


  私が考えているロジックは、次の通りです。

  ① イエス・キリスト(神)を信仰し、
     イエスにとらわれて、イエスと対話している。

  ② 聖霊の助けを受けながら、
     神(イエス)の啓示(命令)を受けて考え、理解するので、

     自分は、
     神(イエス)と同一の考えであり、
     神と同じ理解をしていると確信できる。

  ③ だとすると、
     何を考えても、何を理解しても、
     自分の考えや理解は、神の考えと常に同じなのだから、

     自分の考え、理解は、常に義(ただ)しく、
     それ故、
     自分は、神と同じく自由である。


  要するに、

  神にとらわれている故に、
  神の啓示に従って、
  神の命令するとおり考えているのだから、

  自分の考えは、神と同一であり、常に義(ただ)しい。
  何を考え、理解しても、神と同じ考え が できるなら、
  自分は、自由である、

  とのロジックであろうと、理解しています。

  このように考えると、
  アルベルトゥス・マグナスが言うように、

  ① 哲学は、
     論理の積み重ねであるので、間違う可能性があるが、

  ② 神学は、
     神の命令(啓示)に従って、神の考えと同一なので、
     間違えるはずはなく、常に義(ただ)しい、

  との結論になります。

  絶対者である神を信じ、
  神にとらえられながら、
  常に、神と対話する毎日を 過ごしている内に、

  ある日、
  神のおっしゃりたいことはこういうものだなと
  神を感じる瞬間 が、訪れるのだろうと思います。

  そのとき、
  神より授けられた啓示、命令 が、
  絶対的な信仰の基準であると共に、

  物事を考えたり、理解したりする
  確固たる基準、価値 となるのだろう、
  と、想像しています。

  そして、
  これこそが、
  神の考えであり、絶対に 義(ただ)しく、

  自分は、
  神の考えに従って考えているから、自由である
  と、感じられるのだろう、

  と、想像しています。

  この 神の啓示 を 感じる瞬間 というものは、

  例えば、

  禅宗で
  公案の回答を得るために、座禅を組んで沈思黙考している内に、
  あっとひらめいて、悟りを開く瞬間 と、同じようなものではないだろうか、
  と、想像しています。

  もし、これが正しければ、

  アルキメデスが、
  比重 を 見つけたときのひらめきや、

  ニュートンが、
  リンゴが落ちるのを見て、重力を発見したときのひらめきと、

  とことん突き詰めて考えた結果 ひらめく ということでは、
  同質の精神作用ではないだろうか と、言えるのではないでしょうか。

  神を感じる瞬間、
  啓示を受けたと感じた瞬間 が、

  宗教者として、最高の至福の時なのだろう
  と、想像しています。 


  D. 「神にとらわれている」との考え方の 危険性の所在

  「神にとらわれている」との考えは、
  キリスト教の信者の皆さん の 一般的な考え方であり、

  少なくとも
  アルベルトゥス・マグナスと森有正先生は、
  全く疑問を感じておられないで、信じておられるのだろう
  と、思われます。

  大秀才と、誰からも賞賛された森先生が、
  全くこの考え方に、
  疑問を抱いておられないどころか、

  これこそ、キリスト教の根幹であるような文章を
  書かれておられることは、

  私には、大変な驚きであり、
  キリスト教の持つ危険性 を 感じています。

  というのは、

  これこそが、
  キリスト教に、唯我独尊の独善 と 凶暴性 を もたらしたロジックだ
  と、考えるからです。


  神と対話し、神より啓示を受けることは、その人の頭の中で行われます。
  聖霊の助けを受けるのも、その人の頭の中です。

  従って、
  神の考えというものは、
  実は、その人が考えたことなのです。


  神から 、啓示を受けた、
  神から 、命令を受けた、 と、その人が考えたとしても、

  客観的には、
  (第三者から見ると)

  その人の頭の中も浮かんだことであり、
  その人の主観なのです。

  これは、
  自分が考えたこと(主観)が、

  証明もなしに、
  神の考えである、客観的な真実である(客観)となり、

  絶対的に義(ただ)しいとの考えとなってしまうことを
  意味しています。


  ルナンは、
  パウロのダマスコへの途上での イエスの啓示 について、

  「パウロに 親しく啓示を与えた キリスト とは、パウロの幻想 でした」

  「パウロは、「イエスから聞いた」と信じていますが、
   パウロが耳にしたのは、自分自身の声でした。」
  と、書かれておられます。

   (出所) ルナン「パウロ」364㌻

  この記述こそが、
  アルベルトゥス・マグナスや森先生への
  痛烈な批判となっている と、考えています。


  尤も、このようなことを書くので、
  ルナンは、矢内原先生から、
  「宗教の合理化運動だ」との批判を、浴びせられるのでしょう。

  矢内原先生は、ルナンなどを 次のように批判しておられます。

  「科学的合理主義精神の隆盛は、
   宗教に対しても 大きな影響 を 与えずにはいなかった。

   科学的合理主義に 完全に屈服し、
   宗教の本質自身を合理化しようとする動きさえ見られた。

   即ち、
   科学的に納得できない要素を、
   宗教から全て取り去ってしまうというのであって、

   例えば、
   聖書の奇跡の記事は、

   多くの人がつまずくので、
   できる限り合理的に内容に変形して解釈し、

   どうしても説明困難なものは、
   原始キリスト教社会における時代的迷信の混入であるとして
   除去抹殺し、

   後に残る
   歴史的事実と道徳的教訓だけを、キリスト教の内容として認めよう、
   と、いうのである。


   これは、
   早くは、ルナン、
   近くは、H.G.ウエルズなどが 唱えたものであって、

   キリスト教から 奇跡的要素を除き、
   「汝の敵をも愛せよ」という至高の教訓を教えた

   倫理的宗教、
   道徳的宗教としてだけ、その意義を認めていこう、

   これが、
   現代においてキリスト教を生かす唯一の正しい道である、
   と、主張するのである。

   これは、
   いわば宗教の合理化運動である。」

   (出所) 矢内原忠雄「キリスト教入門」35㌻、(中公文庫)


  奇跡を信じる 矢内原先生 は、

  多分
  「パウロは、イエスを見た」とおっしゃるのでしょう。

  でも、
  パウロが、イエスを見たかどうかについては、
  客観的な証明がないのです。

  「だからこそ 奇跡だ」と、おっしゃるのでしょうが、

  それなら、
  イエスより啓示を受けていないのに、
  「奇跡が生じてイエスより啓示を受けた」と、
  ウソを言う人間が出てきたときに、どう判断されるのでしょうか。

  矢内原先生は、
  「聖霊の助けによりウソを見抜くことができる」
  と、おっしゃるのだろうと思いますが、

  私には、その回答は、
  「黙って座れば、ピタリと中る」と称する
  占い師の言葉のように感じられます。

  ウソつき、詐欺師は、
  そのうちメッキがはがれるでしょうが、

  問題は、
  自分が「本当に神と同じ考えをしている」と、
  思い込んでいる人が出てくることです。

  誰が見ても最高のキリスト者であるとされ、

  神の啓示に従って、神と同じ考えである
  と 確信を持った結果、

  人を殺したり、卑劣な行為を行った、
  ベルナール と カルヴァンの例を、
  ご紹介して、

  「神にとらわれている」との考え方が、
  いかに危険かを お考え頂ければと願っています。


  E. ベルナールの卑劣な行状

  ベルナールは、

  12世紀(1100年代)
  教皇以上の権威を持ったシトー会の指導者として、

  また、
  第2回十字軍を組織した人として有名な方です。

  歴史上、
  キリスト教徒として最高位に位置づけられる
  何人かの一人だと思います。


  ベルナールは、
  神を感じるとする神秘主義者で、

  当時、有名な学者だったアベラールと
  正反対の考え方を 持っていました。


  アベラールは、
  人間的、哲学的根拠を重視し、

  理解できないこと(神秘)を、信じることはできないし、

  教える側も、教えられる側も、
  知性によって捉えることができないことを、

  他人に教えるのは馬鹿げている、と、考える「合理主義者」でした。

  ベルナールにとり、アベラールは、

  許すべからざる冒涜者,
  いたずらに知識を弄ぶ者でしたので、

  異端者として告発し、
  1140年6月3日
  フランスのサンス公会議で、審理することになりました。

  ベルナールは、卑劣にも
  公会議の前夜に、
  アベラールを審理する司教たちを集めて、

  アベラールが断罪されるべき19の命題を呈示し、
  アベラールが異端であることを、
  事前に根回しして、決定してしまったのです。

  翌日、アベラールは、

  公会議ではなく、
  異端審問に被告として出廷している自分を知り、

  全ての弁明を拒否したため、
  公会議で、異端として宣告されました。

  ベルナールの伝記を書いたリシェでさえ、

  ベルナールの卑劣さを
  「お世辞にも褒められないような策を弄した」
  と、記述されておられます。

  (出所) リシェ「聖ベルナール小伝」68㌻


  ベルナールは、

  神の啓示に従って、異端のアベラールを 葬っただけだ
  と、考えているのでしょうが、

  その行状は、人間として唾棄すべき「卑劣な行為」でした。


  F. 凶暴な狂信者 カルヴァン

  カルヴァンは、

  16世紀(1500年代)の宗教改革で、
  ルターと並ぶ宗教改革者として有名な方で、

  皆さんよくご存じの方です。


  カルヴァンは、

  1553年
  イタリアへの亡命の途中にジュネーブに立ち寄ったセルヴェを
  逮捕し、火刑に処しました。

  ツヴァイクは、
  「権力と戦う良心」において、
  カルヴァンについて次のように記述されておられます。

  「我々は、
   カルヴァンの花崗岩のような性格、
   鉄のような頑固さ に 突き当たる。

   カルヴァンが知っていたのは、
   ただ一つの真理、
   カルヴァン自身の真理だけだった。

   人に教えることは、
   カルヴァンだけに許されたた天職であり、
   他の人は、
   皆 カルヴァンから教わらなければならなかった。

   このことは、
   カルヴァンにとって自明の公理であった。

   カルヴァンは、
   世にもまじめな確信をもって、文字通りこう言っている。

   「私は、私の教えることを、神から受け継いでいる。
    私の良心がそのことを保証する。」

   恐ろしい不気味なくらいの自信をもって、
   カルヴァンは、
   自分の主張を絶対的な真理と同列におくのだ。

   「恵み深くも 神が、私に、
    何が善く、何が悪いか を、教えて下さった。」

   自分自身に憑かれた カルヴァン は、
   自分の意見 と 違う意見を、誰かが表明すると、
   激しい怒り に 襲われた。

   相手が、
   どんなに客観的に、
   どんなに学問的に展開しても無駄だった。

   相手が、
   大胆にも自分と違った考え方をした という、
   その事実だけで、

   相手を、
   自分の不倶戴天の敵であるばかりか、

   「世界の敵」
   「神の敵」  であるとした。

   シューシューと 音を立てながら向かってくる蛇

   吠え立てる犬、
   野獣、

   無頼漢、
   悪魔の奴隷・・・

   私生活あっては、
   極度の慎みを示したカルヴァンが、

   同時代の一流の人文学者や神学者たちを、
   このような名前 で 罵ったのである。

   人が、カルヴァンに、学問的にでも反駁すると、
   「神の僕」にあらわれた「神の栄光」を、辱めたこと
   になった。

   サン・ピエール教会の説教者(カルヴァン)その人をつかまえて
   「傲慢だ」と、言ったりしようものなら、
   それは、
   「キリストの教会を脅かした」ことになった。

   カルヴァンの考えでは、

   他人と問答することは、カルヴァンの意見に従って、
   相手が、
   改宗し、その信仰 を 告白するのでなければ、意味が なかった。

   一生涯の間、
   神の言葉 を 解き明かす資格 を 備えているのは、
   自分(カルヴァン)一人だけ であり、

   真理 を 知っているのも、自分だけだ、ということを、
   疑ってみたことは、一瞬もなかった。

   カルヴァンが、
   現実の世界で勝利したのは、

   この
   強固なまでの 自信、
   預言者的な 狂信、
   偉大な    偏執狂 の お陰であった。

   この石のような 固い 不動の信念、
   氷のような       非人間的な頑固さ こそ、

   カルヴァンの政治的な勝利 を、明らかにする秘密である。」

   出所 ツヴァイク「権力と戦う良心」44㌻、45㌻、46㌻、
      (みすず書房、ツヴァイク全集17)


  (注)「権力と戦う良心」は、

      カルヴァンの弟子で、
      途中からカルヴァンを批判するようになり、

      カルヴァンに命を狙われた
      カステリヨンについて書かれた本で、
      是非とも皆様にお読み頂きたい本です。


  神の啓示 と 同じ考えを持ってる と、
  思い込んだ人間が、どんなに危険な存在かは、
  カルヴァンを考えただけでも 良く分かると思います。

  カルヴァンは、

  キリストの教えに従っている、
  神の教えと同じ考えである と、称して、
  神の教え と 真逆な殺戮 を、何度も 行っているのです。

  頭の中で 神を感じる ということの危険性 について、
  キリスト教は、
  何故、議論の俎上 に 載せないのでしょうか。

  私には、
  カルヴァンに対する 根本的な批判 が 行わない
  キリスト教自体に、
  カルヴァンと同じような凶暴、狂信の体質、におい
  を、感じるのです。

  「神にとらわれている」との観念 が、
  いかに危険なものであるか、について、

  キリスト教の方だけでなく、
  非キリスト教徒の方も お考え下さることを、

  切に願っています。


  G. 現在でも存在する危険性

  キリスト教の信者の中には、

  近代になり色々反省して、
  中世までの蛮行はもう行わなくなった と、おっしゃる方もおられます。

  このような発言を聞くと、
  「願望を、
   事実である と 思い込んでおられるな。

   現実を 見ておられないな、
   自画像を描くことができない方の言だな」
  と がっかりして ため息が出てきます。

  キリスト教の本質、
  特に
  ここでご紹介した「神にとらわれている」との考え方は、
  パウロ以来 ちっとも変わっておらず、

  本質的には、
  今までご説明したとおりの危険性を、持ち続けているのです。

  変わったのは、

  キリスト教が、
  政治権力を失い 物理的な暴力(武力)を持たなくなったため、
  キリスト教が、
  人を殺したくとも、殺せなくなっただけなのです。

  でも、
  キリスト教に深く帰依する信者が、政治権力者となったら、
  今まで お話ししてきた 危険 が、現実化するのです。

  例えば、
  敬虔なプロテスタントであったブッシュ(息子)大統領が、
  イラクのフセイン大統領に攻め入ったのは、

  信心深く、神にとらわれているが故に
  神と同じ考えを持った 自分(ブッシュ)が 出した結論だから、
  絶対的に義(ただ)しい と、確信し、

  一時的にせよ「これは十字軍」だと言って、
  あんな血迷ったことを、しでかしたのだ
  と、考えられます。

  また、
  あの当時アメリカ政府を動かしたネオコンも、
  「リベラルな民主主義」で、歴史が終わる と 称して、

  これに反対するものは、
  武力で抑圧してでも実現すべきだ
  と、主張しました。

  ネオコンのイデオローグ だった フクヤマ は、
  「神にとらわれている」と考えるヘーゲルの論理に
  従っていたのです。

  このように、
  「神にとらわれている」との観念の危険性は、
  現在でも 生き続けているのだ、ということを、
  ご理解頂ければ幸いです。


2.パウロが、
  ユダヤ教の神(=旧約聖書の神)を否定しなかったこと

  旧約聖書の神は、ユダヤ教の神です。

  旧約聖書は、ユダヤ人が、
  メソポタミアより民族移動して以来の歴史を、
  神の命令、啓示に従って歩んできた、と考えて、
  記述されたのでしょう。

  第三者から この旧約聖書の神を 見ると、
  ユダヤ人の神 故に、非常に不公平な神であり、

  また、
  十戒で「殺すなかれ」と言いながら、
  ユダヤ人の先頭に立って、殺人、殺戮を繰り返して

  「建て前」と「本音」を、平気で違える神 である、
  と、言うことが言えます。

  人間の倫理に反する 唾棄すべき神 を、

  イエスは、
  自らを、「(旧約聖書の)神の子」と呼び、

  ユダヤ教の律法に 従う必要はない と、主張した
  パウロ も、

  イエスに帰依した後も、ユダヤ教を棄教しないで、
  ユダヤの神(=旧約聖書の神)を、神として 認めていました。

  パウロと対立したペテロなどの
  ユダヤ・キリスト教会(原始教会)も、

  キリスト教徒になるには、

  まず、
  ユダヤ人(ユダヤ教徒)になって、
  ユダヤ教の戒律に従うことが 必要である
  と、主張したのです。

  旧約聖書の神 の 行状 は、

  別のブログ、
  「旧約聖書の神は、大量殺人犯 かつ 殺人犯の親玉である」
  http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-7da6.html 

  で、ご紹介しましたので、
  そちらお読み頂きたいのですが、

  一言で言うと、

  殺人犯のモーセを、
  ユダヤ人のリーダーに登用し、

  ユダヤ人をエジプトから出国する際には、
  ユダヤ人の赤ん坊には手をつけないで、
  エジプト人の赤ん坊だけを殺し

  (自分たちの赤ん坊を殺さないでくれたことに対する
   感謝の祭りが、ユダヤ人の「過越祭」です)、

  モーゼ没後、ヨシュアに命じて、
  他人の土地である カナン に 侵攻し、
  カナン人 を 虐殺したのでした。

  自らの命令に従わないユダヤ人を、大量に殺した 反面、

  神の命令に反するよう 民衆を扇動した、
  自分の子分である モーセの兄 アロン を、
  ユダヤ教の初代の大祭司に、任命しているのです。

  要するに、

  イエスが、
  「愛の神」だとすると、

  旧約聖書の神は、
  「殺人、殺戮の神」であり、

  先ほど申したように
  平気で 二枚舌を使う「詐欺師」なのです。

  この神を、
  ユダヤ人が、自分たちの神だと信じ、
  キリスト教も、引き継いだのでした。

  今申し上げたことは、旧約聖書に書いてあるのです。

  旧約聖書 の 神の行状、性格 および その評価 に関して、
  ここで議論しようとしているのでは ありません。

  キリスト教が、
  ユダヤ教の神(=旧約聖書の神)を 神としたことが、

  後の時代に、
  自分たちが行った、もしくは、これから行おうとする
  殺人、殺戮、詐欺などの犯罪を、

  「神がしていることだ、神が認めていることだ」
  と、正当化する キリスト教徒 が、出現した、

  という歴史が生じましたね、と、申し上げたいのです。

  ここで言う「キリスト教徒」 とは、
  単なる「平信徒」だけでなく、

  「ローマ教皇」や「カルヴァン」などの
  キリスト教を代表する人間も含み、

  彼らが率先して
  旧約聖書の神を利用し、悲惨な歴史をもたらしたこと
  を、指摘しているのです。

  パウロが、
  旧約聖書の神が定めた「律法」を、守らなくても良いとしながら、

  その先に踏み込まずに、
  旧約聖書の神を肯定したことが、

  後の時代に、
  旧約聖書の神を悪用する人が生じる淵源となったのだ
  と、思います。

  悪いのは、
  パウロの教えを悪用した人間であり、
  パウロを責める気はありませんが、

  「もう少し考えてくれていたら、
   悲惨な歴史を少しでも緩和できただろうに」

  との愚痴を、こぼしたくなります。

  旧約聖書の神 を 利用したローマ教皇の例としては、
  十字軍や異端審問を上げれば、ご理解頂けると思います。

  十字軍は、
  「神が望んでいる」と教皇が民衆を扇動した 侵略戦争ですし、

  異端審問は、
  自分の考えと異なる人間を抹殺しようとした 殺戮でした。

  両方とも、
  旧約聖書の神が 行ったことです。

  カルヴァンが、
  神を利用して 殺人 を 犯したことは、
  「神にとらわれている」をご説明した際に、ご紹介しました。


  16世紀フランスで
  カルヴァン派(ユグノー)とカトリックの宗教戦争が勃発した際に、

  1562年、カステリヨンは、
  祖国フランスへの遺言である
  「悩めるフランスに勧めること」を書いて、

  カルヴァン派、カトリックの両派に
  「それが、キリストと何の関係があるのか」と
  イエスの立場から諫めたのですが、
  双方から、完全に無視されました。

  カルヴァン派、カトリック両派が、無視した根拠の一つは、
  「自分たちは、
   (旧教の)神に従っている」からだろう と、思われます。


  1世紀から2世紀のキリスト教徒は、

  旧約聖書の神を、キリスト教の神としたことに
  困惑したのではないでしょうか。

  当時は、
  カトリックや東方教会みたいな
  しっかりした教会組織が 確立してなかったので、

  締め付けもなく、
  三位一体論が確立した後よりも
  自由に 信仰 を 考えられたのではないだろうか
  と、いう気がています。

  グノーシス派は、
  現在異端として無視されていますが、
  彼らが創りだした教えは、

  殺人、殺戮の神を、
  どうやったら合理的に受け入れられるのか、
  どうやって神として位置づたら良いだろう
  という努力の一環だったのでは、という気します。

  彼らは、
  「至高神」と「創造神」の2つの神を創りだして、

  旧約の神は、
  一段低い創造神に位置づけました。

  マルキオンが、
  「ルカの福音書」と「パウロの手紙」だけを、「聖書」と認め編纂したのは、
  旧約の神への批判的な立場故の結果ではないでしょうか。

  三位一体論も、
  この延長線上の議論 では、との 仮説 を もっています。

  正統派教会に、
  グノーシス派を否定され、
  2つの神を創ること が できなくなった故に、

  イエス中心の信仰を確立しようとした努力 ではないでしょうか。

  三位一体論の議論の結果、
  (旧約の)神とイエスと聖霊は一体である と、いうことに なったのですが、

  これにより、キリスト教は、
  ① 表の面は、「愛の神」、
  ② 裏の面は、「殺人、殺戮の神」という
  2つの面を持つ神を、信仰することになったのです。

  そして、聖職者が、

  その時々で、
  自分の都合の良い神の面を持ち出して利用したのです。

  このように考えると、
  キリスト教は、
  「倫理的に堕落した、世人を惑わす邪宗である」との非難に
  どのように答えるのでしょうか と、人ごとながら心配になります。


3.イエスが持っているはずの 罪を赦す権限 を、「教会」に認めたこと 

  ルナンは、「罪」について、
  「繊細な心の人にとっての 大きな苦しみ は、良心のとがめだが、
   これを和らげてくれる者は、彼にとって全能者である。

   罪業の深さの思いに打ちのめされた
   パウロも、
   イエスにおいて始めて 心の安らぎを得た。

 

   末々まで人は、全て罪人であり、
   アダムの子孫であるが故に 罪人とされた。

   ユダヤ教は、
   罪について犠牲を供することによって、

   いうなれば、
   人と神との間に、免罪と負債の勘定科目を開設という
   全く根拠のない思想を確立していた。

   根拠がないというのは、
   罪は免除されるのではなく、
   贖われるものだからである。

   犯された罪は、時の終わりまで続いて残る。
   但し、
   罪を犯した心は立ち直って、全く逆の行いを始めることはできる。

   罪の免除は、
   弟子たちが、イエスから授けられた 権原の一つ と考えられた。
   教会にとって、これほど有り難いことはなかった。

   「罪を犯した心 が、さいなまれる」
   これが、クリスチャンになる動機の一つであった。

   「この方による罪の赦しが、告げ知らされ、
    また、
    あなた方が、モーセの律法では義とされなかったのに、

    信じる者は皆、
    この方によって 義とされるのです。」

   (行伝 13 三十八~三十九)


   ユダヤ人にとって、
   これほど魅力的なことがあろうか。

   コンスタンティヌス帝を、
   キリスト教に引きつけた理由の一つは、

   キリスト者だけが、
   息子を殺した父親の心を静めるための罪滅ぼしができる
   という確信であったという。

   全ての者を赦し、
   むしろ
   罪を犯した者を、いわば 優先させることすら 認める

   慈悲深いイエスは、
   人々の魂に、
   大いなる平安をもたらす者として、この混濁の世に あらわあれた。

   こうなると人々は、
   罪を犯したことは、いいことだ、
   全ての免罪は、 無償(ただ)である、
   信仰だけにより、義(ただ)しいとされる、

   と、言い合い始めた。」
  と、記述されておられます。

  (出所) ルナン「パウロ」308㌻


  ルナン が、
  「イエスが、罪の免除を弟子に授けた と言い出したのは、
   パウロである」とは、書かれてないので、

  ユダヤ・キリスト教会(原始教会)が、
  既に免罪の権限を主張していたのかも知れません。

  でも、ルナンが、
  「イエスが、弟子に授けた」と書かれているということは、
  パウロも、このことを是認していたのでしょう。

  これが後に、ローマ教皇が、
  「ペテロ の代理人」(教皇 グレゴリウス7世 在位 1073~1085)
     ↓
  「キリストの代理人」(教皇 インノケンティウス3世 在位 1198~1216)
     ↓
  「神   の代理人」(教皇 インノケンティウス4世 在位 1243~1254)

  と、夜郎自大的に自称を広げて、
  なし崩し的に権限を拡大させた根拠の一つになったのだろうと、思います。

  ルナンは、
  「罪」の最後の文章を、皮肉っぽく書いておられますが、

  誰が考えても、
  教会が罪を赦す権限をもっているというのは、
  おかしなことではないでしょうか。

  全ての人の罪を贖ったのが、「十字架の福音」だから、
  人類には罪がないのでは、との 揶揄は、控えるとしても、

  キリスト教を 普通に理解すれば、
  「罪」を赦すのは、
  旧約の神か、イエス以外には、考えられない
  と、考えるのが常識ではないでしょうか。

  キリストの弟子たち=教会の聖職者は、人間です。
  彼らも、
  「最後の審判」で、神により裁かれる存在なのです。

  人間の罪は、
  最終的には「最後の審判」で神(=イエス)が裁くものであり、

  それを、
  「最後の審判」以前に、早手回しに 人間が、赦してしまうのは、
  どう考えても「おかしい」のではないでしょうか。

  この点について、キリスト教の中で、
  何故 議論にならないのか、
  何故 批判が出てこないのかが、 納得がいきません。

  理解できるのは、
  ルナンが書いてあるように
  「教会にとって有り難いこと、都合の良いこと」だからでしょう。

  人間は、「エゴの塊」です。

  キリスト教 の 聖職者 も、
  それを支持する信者 も、
  やはり「エゴの塊」だったのですね、と、罵倒したくなります。

  私が問題にするのは、
  神学上の議論ではなく、

  「教会が、罪を赦す権限をもっている」ことにより、
  これを 歴史上、教会が 悪用したことを、
  キリスト教は、どのように考えるのですか、ということです。

  例えば、

  ① 「十字軍の参加者は、免罪される」と扇動して、
    侵略戦争にキリスト教徒を駆り立てました。

  ② 「免罪符を買えば、罪が赦される」と称して、

    大司教選挙の買収資金の返済金 と
    ローマ教皇の道楽資金稼ぎのために、
    ドイツ人から金を巻き上げました。

  このような歴史をもたらした教理について、

  何の反省 も なく、
  何の議論 も ないことが、
  あったとしても、
  根本的な変更がないことが、問題だろうと考えるのです。


4.キリスト教徒の皆様に考えて頂きたいこと

  以上の拙文を お読み頂いて、
  キリスト教を信じる方は、お怒りになるだろうと思います。

  お怒りになる前に、
  次のことを 冷静にお考え下さることを、お願い申し上げます。

  私は、
  キリスト教 を、歴史上の存在として、
  キリスト教 を、「外から」見ています。

  キリスト教を信じる方は、
  キリスト教の内部 で、
  ご本人 が、神と 対話されているのだろう と 思います。

  この 視点の違い を、キリスト教を、「教会」に例えると、

  キリスト教を信じる方は、
  教会の中で神に祈っているのです。

  私は、
  教会を外から眺めているのです。

 

  しかも、私は、
  その町の歴史において、

  その教会が、どのような役割を果たしたのか、
  神父の発言により、信徒がどのような行動をしたのか、
  について、考えているのであって、

  神父が説教した話の内容について、
  議論しているのではないのです。

  言い換えると、

  ① 教会の神父が、町の住人に、
    遙かに遠い町を攻撃しろと言って遠征させ、
    虐殺させたことがありました。
    (十字軍)

  ② 隣町に司祭を派遣して、
    お金を巻き上げたことがありました。
    (免罪符)

  ③ 教会の神父が、
    町に立ち寄った自分の考えと異なる旅人のクリスチャンを
    「異端だ」と断定して、火刑に処したこともありました。
    (カルヴァン)

  このような 教会での神父の説教が、
  町の歴史、町の行動にもたらした影響について、

  更には、
  説教を聞いた町の住人が、行った行動について考えて、

  「ちょっと 考えるべきではないでしょうか」
  と、記述しているのです。

  また、
  神父の説教について
  質問したり、記述したりするのは、

  それが、
  町の歴史に大きな影響を与え、
  町の住人の心の底のエートスを 形作っているから と、共に、

  普通人の倫理から見て首を傾げるときに
  端的に言うと、
  刑法犯罪になる時に、
  「ちょっと どうですかね」と、申し上げているのです。

  これらの神父さんの説教は、
  その淵源を辿るとパウロに行き着きます。

  パウロの生涯や教えが、
  後世の歴史に大きな影響を及ぼしたから、

  宗教上からではなく、
  歴史上の観点から
  パウロにスポットライトをあてて、考えてみたのです。

  私とキリスト教の方との「視点の違い」は、
  なかなかキリスト教を信じる方には、ご理解頂けないようです。

  最近も、
  ブログにコメント頂いた機会に、

  私が、
  旧約聖書の神について質問したことから、
  敬虔なクリスチャンと、
  何回か、対話をやりとりしたのですが、

  その方は、
  最初から最後まで、

  先ほどの例えで言うと、「教会」の祈りについて語るのみで、
  私が質問した
  「教会」が歴史上果たした役割について、どう考えるのですか、
  ということについては、一顧だにされませんでした。

  最後には

  「あなたとの対話を通して、
   宗教は、縁なき者や信心なき者には結局のところわからない
   ということが、
   真実であるという確信を、ますます 強められました。」
  と、一方的にレッテルを貼って、議論を停止されてしまいました。

  キリスト教は、
  自分と異なる考えを持つ人間を、「異端」だと一方的に断定し、
  弾圧し、殺戮を繰り広げてきました。

  今回の対話の結果、
  「この本質は、今でも変わっていないな」
  「キリスト教は、
   パウロ以来の信仰の伝統を、きっちり伝え、教育しているのだな」
  と、強く感じたのでした。

  今回ご呈示した
  パウロの教えの3つの点は、

  歴史的存在であるキリスト教 が、
  歴史にもたらした大いなる悲惨 が、
  キリスト教の源であるパウロに淵源を発している、との
  仮説を ご呈示して、

  皆様のご参考に供したい と、願っていることを
  ご理解頂ければ、幸いです。

  キリスト教を、
  一方的に非難、中傷するのでなく、

  ヨーロッパ史におけるキリスト教 について
  ヨーロッパ人のエートス形成に及ぼしたキリスト教の影響 について
  建設的な コメント、議論 を、お待ちしています。

  最後までお読み頂いてありがとうございました。
  御礼申し上げます。

    パウロ・・・第1回 パウロの生涯
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/1-0120.html

    パウロ・・・第2回 パウロの業績とパウロ没後のパウロの教え
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-9e5f.html

    < 今回 >
    パウロ・・・第3回 悲惨な歴史の淵源となったパウロの教え
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-219f.html

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